第5編 『なぐり逢えたら』 シーン02

作者:健速

シーン02 : 技術的困難


 孝太郎(こうたろう)が元気になったところで、(しず)()と孝太郎は実験の問題点の洗い出しを始めた。
二人は記録映像を見て問題点を見付ける度に、実際に身体を動かしながらどう対応すべきだったのかを議論していく。
実験を分析し、改善策を練る。非常に重要な作業だった。

「………でも里見(さとみ)君、防御ならこうやって左で払う方がいいんじゃない?」
 ひゅっ、ぱしっ
「確かにそれが正しいんですが、それは大家さんのスピードだから出来る事であって、PAFが想定する緊急事態なら、確実性を取ってやっぱり―――」
「こう?」
 ひゅっ、ぱしっ
「そうそう、右の方がいいと思います」
「なるほどね。緊急時にPAFがどういう状態かは分からないもんね」

 クランはそんな二人の様子をカメラで記録していた。
この映像記録を参考にして制御用のアルゴリズムを手直しする訳なので、クランは強い熱意を持ってカメラ越しに二人を見つめていた。だがしばらくそうしているうちに、クランはある事に気が付いた。
そしてその事が、クランの議論への興味を()いでいだ。

 ―――楽しそうですわね、二人共………。

 クランが気付いたのは二人の様子だった。拳を交わしながら議論をする二人は、とても楽しげに見えた。
そして、特にクランの目を引いたのが二人の瞳だった。

 ―――あの目………さっきのと、同じ………。

 孝太郎と静香がお互いに向けている瞳には覚えがあった。
とても楽しそうで、同時に優しさが感じられる瞳。
それは先程クランのPAFと戦っていた時の孝太郎の瞳と、同じものだった。
活動的な孝太郎だから、こういう事をしている時が一番楽しいだろう事はクランにもすぐに想像がついた。

 ―――もし、わたくしが格闘技を覚えたら………ベルトリオンはずっとあの瞳をしていて下さるのかしら………。

 やがてクランは静香が羨ましくなった。
自分が実験の時に三分しか見られなかったものを、静香は日常的に見ている。
自分もそうなりたい―――クランがそんな風に考えるようになるまで、それほど時間はかからなかった。
そしてそれが、クランの考えを転換させるきっかけとなった。

「ベルトリオン、シズカ!」

 だからクランは、二人が議論を終えた時に思い切って申し出た。

「わたくしに格闘技を教えて下さいませんかっ!?」

 それはクランにとって非常に勇気のいる言葉だった。
らしくない事を言っている自覚はある。それでもクランは我慢出来なかった。
あの瞳をもっと自分にも向けて欲しい、そう願ってしまったのだ。

「どうしたんだ、急に。さっきはやらないって言ってただろ」

 目を丸くしたのは孝太郎だった。やはり孝太郎には、クランらしからぬ言葉だと感じられていた。
クランの体力のなさは特筆すべきものがあり、山歩きをして途中で力尽きるなど日常茶飯事だった。

「気が変わったんですわ! 自分で出来れば、開発も容易ですもの!」
「ふぅん………?」

 そんな訳でクランが事情を説明しても今一つピンと来ず、何か別の事情があるのではないかと勘繰(かんぐ)ってしまう孝太郎だった。
クランはそんな孝太郎に困ってしまったのだが、そこへ静香が助け舟を出してくれた。

「まあまあ、里見君もクランさんの運動不足を(なげ)いていた訳だし、丁度いいんじゃないかしら?」
「それもそうですね」

 静香にはクランの真の事情がおぼろげながら想像できていた。
静香も女の子。クランの微妙な感情には理解があるのだ。
そして静香の言葉のおかげで、孝太郎は納得する。確かに理由はどうあれ、クランに運動をさせるのは賛成だった。

「………」
「頑張りましょ、クランさん」
「え、ええ。その、ありが、とう」
「ふふふ」

 クランにも静香が助け舟を出してくれたのは分かった。
そして恩知らずではいたくなかったから、クランは恥ずかしさを必死で押し殺して、笑顔の静香に礼を言った。



 クランに対する格闘技の指導は、孝太郎が直接教え、静香はその様子を少し離れて見ていて問題点を指摘するという形を取った。このやり方が今の三人には一番効率的な指導方法だった。

「手だけで殴るなよ。そうすると腕の力しか乗らない」
「分かっているつもり、なんですけれど」
「はははっ、お前の場合はそうだろうな」

 孝太郎の指導は理屈よりも身体を動かせという方針だ。これは完全な初心者には乱暴な指導と言わざるを得ない。
だがクランの場合、格闘技の力学的な解析は済んでいるので、孝太郎の指導に戸惑うような事はなかった。
クランは孝太郎の指導に相性のいい弟子と言えるだろう。

「思った通りに、身体を動かすのって、大変ですのね」
「イメージと実際の動きが完全に一致する人間は達人だけだ。気にする事はない」
「………」

 むしろクランが戸惑っていたのは、孝太郎がいつもの意地悪をしない事の方だった。
普段の孝太郎はクランが何か失敗するとすぐにからかう。しかし今は何故かそういう反応を示さない。
クランにはそれが不思議だった。

「どうした?」
「あ、いえ………別に何でも………こ、こうかしら?」
「おう、マシになってきてるぞ」
「あ………」

 孝太郎がからかわないのは、クランのやる気が分かるからだ。
いくら孝太郎でも、そういう人間をからかってはいけない事は分かる。
しかしそういう孝太郎の気持ちが分からないから、クランは戸惑ってしまう訳だった。

 ―――でも………悪い気は、しませんわね………。よし!

 普段意地悪な孝太郎も、時折クランを褒める時があった。
PAFの開発を始めた時などがそう。今の孝太郎はその時の感じによく似ていた。
どうしてそうなのかは分からなくても、これが続いて欲しいというクラン自身の気持ちははっきりしている。
だからクランは真面目に練習を繰り返すのだった。



 クランは言われた事を素直にやっていた。
もちろん初心者なので、言われた事をきちんと出来る訳ではない。
だがクランの場合は格闘技の仕組みは理解しているから、出来ないのは不真面目だからではなく、身体を上手く動かせないだけだ。しかも熱心に頑張っているので、孝太郎は感心するばかりだった。

「クランの奴、意外に頑張るなぁ。前だったらとっくに音を上げてたのに」
「クランさんだって、やる時はやるわよ」
「あいつも成長したのかな」

 孝太郎と一緒に過去のフォルトーゼにいた頃のクランは、体力と根性がなく、運動が苦手だった。
だからすぐに歩けなくなって、しばしば孝太郎が彼女をおんぶする必要があった。
それに比べると今のクランは大きく進歩している。
今も額に汗をにじませながら、孝太郎に言われた通りに型の練習を繰り返していた。

「成長というか、乙女の事情かしら」

 孝太郎と一緒にクランを眺めていた静香は、クランの事情が分かっている。
そしてその事に気付かないでいる孝太郎に、仕方ないなあという意味の笑顔を向けていた。

「乙女の事情? そんな可愛らしいタマじゃないと思うんですが」
「ふふふ、里見君が私と組み手をやれば分かるわよ」
「組み手? どうしてですか?」
「いいからいいから。いくわよ!」
「おっとっ!?」

 孝太郎が気付かないままなのは可哀想だ―――そう考えた静香は、笑顔のまま孝太郎に殴りかかった。
ここからは少しだけ笑顔の質が変わる。孝太郎との組み手は楽しいし、ちょっとした悪戯心もあった。

「お、大家さんっ、ちょっとっ、加減して下さいっ!」
「イ・ヤ・で・すっ♪」
「おわわっ!?」

 静香は爽やかな笑顔のまま、怒涛のような連続攻撃を繰り出す。

 ―――流石は大家さんっ、ついていくだけで精一杯だ!

 孝太郎は必死でそれを防ぎ続ける。
クランの指導中なので静香は火竜帝の力を使っていないが、それでも孝太郎は防戦一方だった。
静香が日々積み上げてきた努力は、半端なものではないのだ。
しかし楽しかった。普段の生活の中では、本気を出していい機会はそうそうなかったから。

「ふふ、見て、里見君」
「えっ?」

 ここで何故か静香の攻撃が緩んだ。そして視線でチラッと横の方を示す。
攻撃が緩んでいたので、孝太郎には静香の視線を追う余裕があった。
静香の視線の先には、型の練習をしていたクランの姿があった。

「………」
 クランは拳を前に出した状態でピタリと動きを止め、じっと孝太郎と静香達の方を見つめていた。

 ―――どうしたんだ、クランの奴………?

 そしてクランの眼鏡の向こう側にある瞳には、どこかもどかしげな光が宿っている。
それは孝太郎が見た事のない、不思議な瞳だった。

「まだ分からない? じゃあ………こんな感じでどうかしら?」
「わぁっ!?」

 孝太郎がクランに気を取られた隙をつき、静香はタックルを仕掛けた。
しかしこのタックルは奇妙なものだった。真正面から孝太郎に飛びつき、首筋にしがみつく。
それはまるで、恋人の腕の中に飛び込むかのようだった。

「なっ、なにをなさってっ!?」

 その瞬間、クランの瞳が限界まで見開かれた。
そしてぴったりと寄り添う二人の姿を見た事で、これまで以上にもどかしげな表情を作る。
手が所在なく動き、口は何度か開閉されたが、言葉は出てこなかった。

「大家さん、一体何のつもりですか!?」

 驚いていたのは孝太郎も同じだ。だが孝太郎の場合は、静香がいきなり抱きついてきた事に純粋に驚いていただけだった。

「これなら分かるんじゃない?」
「えっ?」

 そんな孝太郎に対して、静香は再び視線でクランを示した。孝太郎は先程と同じように視線を追う。
すると表情が強張り、もどかしげにしているクランの姿が見えた。

「………あっ………」

 クランは孝太郎と静香の視線が自分に向いている事に気付き、慌てて目を伏せた。
そして誤魔化すように型の練習を再開する。クランの顔は真っ赤だった。

「あいつ………」
「もう分かったでしょ? クランさんは里見君に構って欲しいのよ。でも意地っ張りでしょう、ティアちゃんに負けないくらい」
「あのクランがな………」

 ようやく孝太郎にも静香が言わんとしている事が分かってきた。
今のクランの姿は、友達に声をかけたくてかけられないでいる子供のようだった。
研究室に(こも)って他人を拒絶してきたクランだから、大きな進歩と言えるだろう。

「あいつも俺と同じで、変わろうとしているって事か………」
「そうなると思うわよ。でもクランさんの場合は、女の子の部分も変わろうとしているから、ちょっと事情は複雑なの」

 静香は孝太郎から少しだけ身体を離し、孝太郎に笑いかける。
ようやく分かったか男の子め―――それはそんな意味の笑顔だった。

「そっか、あいつも女の子なんだよな………」
「あら里見君、私も女の子なんですけどっ!?」
「おわっ!? なんでっ!?」

 話を理解して貰えた事で一度は納得したものの、孝太郎の視線がクランに行ったまま全く帰ってこないので、再び乙女タックルを敢行する静香だった。



   ◆◆◆次回更新は11月20日(金)予定です◆◆◆

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