第1編 『虹野、魔法少女やめるってよ』 シーン02

作者:健速

シーン02 : 虹野さん、あなたは堕落したわ!


 (にじ)()ゆりかという少女は、長い時間を経て魔法少女として完成した。
彼女は愛と勇気を身に付けた事で、絆と友情を重んじ、善を成し悪を正す、本物の魔法少女になったのだ。
そしてゆりかが魔法少女を名乗るに 相応(ふさわ)しい成長を遂げた事で、彼女を取り巻く環境が急激に変化し始めた。
六畳間の住人達は、今のゆりかが本気で言った言葉なら何でも信じるだろう。それがたとえ突飛な内容だとしても。
魔法少女レインボーゆりかは、信じるに足る仲間なのだ。

「ホントですかぁっ!? すぐに行きましょうよぉっ! たいやきたいやき!」
「駄目だ」
「里見さんっ、どうして意地悪言うんですかぁっ!?」

 しかし普段の生活においては、未だゆりかの地位は向上していない。
普段のゆりかは相変わらず怠け癖が(ぬぐ)えない。

かつてよりは自覚が出て大分いい方へ変化しているのだが、時折かつての悪い癖が出てしまう。
また、相変わらずうっかりも多い。
そのおかげで、孝太郎(こうたろう)達からはいまいち信用されていないのが現状だった。

「お前、まだ進路申告表出してないだろ」
「ウッ」
「たいやきはその後だ」

「テストでいい点を取ったご褒美なんだからいいじゃないですかぁっ!」
「駄目だ。お前はもっと自分の将来を大事にしろ。目先の楽しい事にばかり注目するんじゃない」

 ゆりかは孝太郎と続けている勉強が実を結び、先日のテストで一つも落第点を取らなかった。
落第点だらけのかつての彼女からすると、これは目覚ましい進歩と言える。
だから孝太郎はそのご褒美にゆりかをたいやきを食べに連れて行く事にした。

しかしゆりかは締め切りが間近の進路申告表を出していないので、孝太郎はそれを先にやるように求めた。
ゆりかの『あとでやりますぅ』という言葉を信じなかったのだ。そんな訳で、今もゆりかは不満そうにむくれていた。

桜庭(さくらば)せんぷぁい、里見(さとみ)さんに何か言ってあげて下さいよぉっ」

 そんなゆりかが頼ったのが、隣に座っている晴海(はるみ)だった。
今日は天気がいいので、編み物研究会は外で活動している。
その場所に選ばれたのは、吉祥春風(きっしょうはるかぜ)高校で一番日当りのいいベンチ。

孝太郎達はそこへ三人並んで腰掛け、編み物をしている最中だった。
そしてゆりかに意見を求められた晴海は、編み物の手を休めて孝太郎に笑いかけた。

「里見君はゆりかさんの将来だけは、自分の思い通りにしようとしますよね」
「そうですそうです、横暴ですぅ」

 ゆりかは晴海の言葉で勢いを得て、その頬を不満げに膨らませた。

「お前、放っておいたらろくでもない人生を送るだろ」
「だから私は、ゆりかさんが(うらや)ましいです」

 だが、晴海の言葉は途中からゆりかの望む方向から大きくそれた。
ゆりかは一緒に非難して欲しかったのに、晴海の結論は違う場所へ行ってしまった。
そこでゆりかは晴海に意見を変えるよう必死で訴えた。
晴海の援護が得られなければ、たいやきが遠退いてしまうからだった。

「羨む必要はないですよぅっ!! たいやきで意地悪するんですよっ!?」
「ふふ、ゆりかさん、里見君はあなたの人生に責任を持つ気でいるんですよ。
 だからゆりかさんの将来に厳しく口出しするんです」

 晴海は軽く目を細め、そっと微笑む。実は晴海はどちらの味方でもなかった。
だからあっさりと孝太郎の本音を暴露してしまう。これに驚いたのはゆりかと孝太郎だった。

「えっ………」
「さ、桜庭先輩っ!?」

 ゆりかを放っておけば悪い人生に転落していくのは間違いない。
それが嫌だから、孝太郎はゆりかの将来に口を挟む。
そして口を挟むからには、ある一定の覚悟が必要になる。

結果的にだが、孝太郎はゆりかの人生の責任を取る覚悟をしたのだ。
ゆりかが悪い人生に転落してしまうぐらいなら、手の届く場所において自分が面倒を見よう―――
それが孝太郎の本音だった。

「私が里見君にそう思って貰う為には、騎士団に入れて貰う必要がありました。
 でもゆりかさんにはその必要はなかった。
 それがどういう事なのかって、少しだけ考えてみるといいと思いますよ」

「里見さんが、私、の………」

 微笑む晴海を見ていたゆりかは、横目でちらりと孝太郎の顔を見る。
するとゆりかの目には、晴海の言葉にたじろいでいる孝太郎の姿が飛び込んできた。
そんな孝太郎の顔を見ているうち、ゆりかは段々と表情が変化し始める。

 ―――もしかしてぇ、いま私ぃ、里見さんに凄ぉく大事にされてた?

 不満と驚きが和らぎ、代わりに何かを訴えかけるような表情と瞳に。
不満で微かに上気していた頬は、これまで以上に赤く染まっていく。
ゆりかは先程の孝太郎の言葉が、厳しい訳でも、意地悪を言っている訳でもない事に気が付いたのだ。

「あっ、あのぉっ、里見さん、わたしぃ………そ、そうだっ、進路申告表っ、申告表書かないとっ!」

 そしてゆりかはぎくしゃくとしながら鞄の中から一枚のプリントを取り出す。
このプリントが進路申告表で、高校卒業後の進路の希望を書いて提出する必要があった。
ゆりかは頭に血が昇って完全に空回りしており、ペンの向きを間違えたり、
名前を書き損じたりと惨憺(さんたん)たる有り様だった。

「高校の卒業後はっ、け、結婚して―――じゃなくてぇっ、だっ、大学っ、吉祥春風大学に入りますぅっ!」

 ゆりかは大して難しくない質問に対して、非常に大きな苦労をしながら必死に答えを考える。
ゆりかの頭の中には既に明確な人生設計があるのだが、それをダイレクトに書き込む訳にはいかない。
その前に、まずは吉祥春風大学。
ゆりかは真っ白になった頭で懸命に漢字を思い出しつつ、答えをプリントに記入していった。

「里見君、責任重大ですね?」

 そんなゆりかを見て、晴海は楽しそうに孝太郎に笑いかける。

『さぁ、どうするの?』

 孝太郎には、晴海の瞳がそう言っているように見えていた。

「………桜庭先輩は、ゆりかの事をよく分かっているんですね?」

 こういう時の晴海には誰も敵わない。孝太郎はすぐに白旗を揚げ、苦笑気味に肩を(すく)めた。
孝太郎がゆりかを大事にしているのは紛れもない事実なのだ。

「私だって女の子ですよ? それに私も進路志望はゆりかさんと同じですから、分かります」

 晴海は来年、孝太郎達よりも一足早く吉祥春風大学へ進学する。
だがここで晴海が言う進路志望は、その事ではない。
もっとずっと先の未来に関する話だった。

「俺は………桜庭先輩が願うような未来を選ばないかもしれませんよ?」

 多くの少女達が自分を思ってくれている。孝太郎はそれに気付いている。
そして自分も少女達を大切に思っている。

もはやそれを誤魔化そうとは思わない。だが、だからこそ不義理は出来ない。
道理に適った正しい選択をしなければならない。
その選択は、場合によっては、晴海を傷付けるかもしれない。孝太郎はそう考えていたのだ。

「甘いですよ、里見君」

 しかし晴海は動じない。彼女はほっそりとした指を伸ばし、笑顔のまま孝太郎の鼻をつつく。
そして深い優しさと強い決意を(たた)えた瞳で、じっと孝太郎の瞳を見つめた。

「私は―――ううん、私達は、里見君がどんな未来を選んでも、同じ事をするでしょう。
 あなた一人の選択で、私達全員を思うように動かせるだなんて、思い上がりも(はなは)だしいです」

 晴海は孝太郎がどんな未来を選ぼうとも、必ずその横を歩もうと心に決めていた。
そしてそれはきっと、他の少女達も同じだろうと思っている。

更に言えば、少女達の人間関係は、孝太郎との間にだけある訳ではない。
少女達同士の間にも濃密に存在している。
それが孝太郎一人の選択で(くつがえ)る筈がない―――
晴海に言わせれば、未来の結論は既に出ているのだった。

「………なんだか責任ばかり重くなっている気がします」
「あは、そう思いますよ。でも………あなたは投げ出さない」

「もう勘弁して下さい、桜庭先輩」
「ふふ、じゃあ、今回はこの辺で」

 バツが悪そうに苦笑する孝太郎。限りない優しさと深い愛情を湛えて微笑む晴海。
二人を見比べれば、どちらが正しいのかは論ずるまでもないだろう。孝太郎もその事には薄々感付いている。
けれど今それを受け入れるのは難しい。だから晴海は孝太郎を許す。
孝太郎が今受け入れられない事も未来の選択の一つだ。
だからここでも晴海の行動は変わらないのだった。





 孝太郎との会話の途中で出てきた言葉で、晴海はある問題を思い出した。
それは差し迫った重大な問題で、早急に解決する必要があった。
そこで晴海は話題の転換も兼ねて、それを孝太郎に相談する事にした。

「そうだ里見君、未来と言えば、そろそろ決めないといけない事がありましたね」
「決めないといけない事? なんですか?」

「この編み物研究会の次期会長ですよ」

 現在編み物研究会の会長は晴海なのだが、彼女は三年生なのでもうすぐ卒業する。
だから彼女が卒業する前に、次の会長を決めねばならなかったのだ。
するとこれまでプリントと格闘していたゆりかが顔を上げた。

「次の会長はぁ、里見さんですよねぇ?」

 幾らか時間が経ったおかげで、ゆりかは普段の調子を取り戻していた。
編み物研究会は晴海を除くと孝太郎とゆりかの二人だけ。
そうなると必然的に次期会長は孝太郎だろう、というのがゆりかの考え方だった。
自分が頼りないという自覚はあったのだ。

「私もそれがいいと思うんですが」
「うーん………」

 ゆりかと晴海は次期会長は孝太郎で決まりだと思っていた。
しかし当の孝太郎は乗り気ではないようで、両腕を組んで考え込んだ。

「やりたくないんですか?」

 晴海は孝太郎の反応をそう解釈した。
孝太郎がそう考えるのは無理もないが、一緒に活動してきた研究会なので寂しくもある。
晴海は軽く眉を寄せ寂しげにしていた。
だが乗り気ではない理由はそうではなかったから、孝太郎は晴海の様子を見ると慌てて大きく首を左右に振った。

「そういう意味じゃなくてですね………桜庭先輩、正直なところ、
 編み物研究会の会長が俺で、入ってくれる新入生がいると思いますか?」

「えっ? 私なら喜んで入りますけど………」

 晴海は首を傾げ、不思議そうにする。彼女には孝太郎が会長を務める研究会に入らない道理はなかった。

「それは桜庭先輩が俺の事を個人的に良く知っているからでしょう?」
「新入生の人達はぁ、里見さんの事を知らない人達ですよねぇ?」
「だから絶対、怪しい研究会だと思って入会を思い止まると思うんですよ」

 孝太郎が心配していたのは、自分の性別と風貌だった。
編み物研究会という名前と活動内容の温厚さと比べると、
背が高くしっかりした体格の孝太郎はイメージが大きくかけ離れている。
だから孝太郎は自分が会長では、新入会員が尻込みして入ってくれないのではないか、そんな風に考えたのだ。

「………それを認めるのは、一人の女の子として抵抗があります」

 晴海は孝太郎の事が大好きなので、新入生が孝太郎を怖がると認めたくはなかった。
しかしその可能性が高いこともまた事実。
実際はともかく、どうしても誤解は生じる。晴海としてはもどかしい状況だった。

「里見さんはぁ、ぬぼーんっておっきいしぃ、いつも怖い顔してるしぃ、
 何かと意地悪するしぃ、すぐに叩くしぃ、新入生は絶対怖がりますぅ」

 しかしゆりかはそうではないようで、孝太郎の欠点をあげつつ、うんうんと繰り返し頷いていた。
ゆりかが孝太郎に対して優位に立つ事は滅多にないので、彼女はここぞとばかりに強気だった。

 ぽかっ

「それはお前だからだ」
「ほらぁっ、すぐそうやって意地悪を言うじゃないですかぁ! それに叩くしぃ!」

「新入生には絶対にやらん」
「あ~やしいなぁ~~~」

 ぽかっ

「すっ、すびばせんでしたっ、いいすぎましたっ」
「結構」

 だがゆりかが優勢であったのはほんの数十秒間だけだった。
孝太郎はすぐに主導権を取り戻すと、話の流れを元に戻した。

「ともかく、次期会長は俺じゃない方がいいと思うんです」
「でも、里見君ではない場合、新しい会長は―――」
「そういう事です。………ゆりか、頼むぞ」

「ほへ?」

 新会長は孝太郎だと頭から思い込んでいたゆりかは話の流れが理解できず、目を丸くする。
何を頼まれているのか、ゆりかには全く分かっていなかった。

「何妙な顔してるんだ。俺が駄目なら、お前が会長に決まってるだろ」
「えっ、えっ、えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? 私ですかぁぁぁぁぁぁっ!?」
「どうしてそこに気付かないんだ、お前は………」

 編み物研究会の会員は晴海を除くと孝太郎とゆりかの二人だけ。当然、新会長はそのどちらかという事になる。
孝太郎が駄目ならゆりかしかいないのだ。

「むっ、むっ、無理ぃっ、無理ですよぉっ! 私が新しい会長だなんてぇっ、絶対に無理ですぅっ!!」

 ようやく事情が呑み込めたゆりかは懸命に首を横に振り、そのおさげが左右に大きく揺れた。
自分が会長など想像もつかなかったし、自信もなかった。するとそんなゆりかの両肩に孝太郎が手を置いた。
孝太郎の大きな手は、ゆりかの身体をがっしりと支えた。

「心配するな、あくまで名目上だ」
「へっ? 名目、上?」

「実際の仕事は俺が全部やってやる。その代わり部活紹介で演説する時とか、
 そういう対外的な行事にはお前が会長として出てくれ。それで大分印象がまともになる筈だ」

 だが孝太郎も重責の全てをゆりかに押し付けるつもりはなかった。
緊急時はともかく平時のゆりかがリーダーに向かないのは孝太郎もよく分かっている。
だから実務は孝太郎が取り仕切り、対外的なイベントの時に限ってゆりかに会長役をさせる。
そうやって会長を二人三脚でこなす事で、孝太郎は見た目の印象を和らげようという魂胆なのだった。

「そ、それぐらいならぁ………」
「とはいえ、ちょっとぐらいは編み物の練習もしてくれよ? 仮にも会長になるんだからな」
「がんばりますぅ」

 新入生の勧誘を始めとする、イベントの時だけであれば、ゆりかもやれそうな気がしていた。
また、孝太郎がバックアップしてくれるという事も、ゆりかを安心させる要素の一つだった。
それに来年新しい部員が確保できなければ編み物研究会が消滅するので、あらゆる手を打たねばならない。
ゆりかもそれがよく分かっていた。

「それにしても、会長さんになって学内行事に参加かぁ………」

 ゆりかはしみじみと呟く。

「どうした?」

 孝太郎がその顔を覗き込むと、ゆりかは笑顔を作った。深刻な話ではないのだ。

「そうなると、私が魔法少女の格好をする事もないんだなぁって」

 ゆりかはこれまで、学内で行事がある毎に、コス研の一員として参加してきた。
しかし編み物研究会の会長として学内行事に参加する場合、コス研の手伝いは出来なくなる。

だがゆりかが編み物研究会の会長役を求められる学内行事はそう多くはないし、
コス研の活動の場は主に学外イベントなので、実際は微々たる変化しかない。
けれど一年以上続けてきた事なので、安堵と寂しさが半分ずつという、ちょっとした感慨(かんがい)があるのだった。


 ―――魔法少女の格好をする事はないだって!? 嘘だろ、虹野っ!?

 そしてこのゆりかの言葉に狼狽したのが、コス研の新入部員の少女だった。

 彼女は偶然、三人が座っているベンチのすぐ後ろを通りかかった。
楽しそうにしていたので、気を遣った彼女はゆりかに声をかけずにその背後を通り過ぎた。

 しかしそこから離れる直前に耳へ飛び込んできたゆりかの一言は、どうしても無視できなかった。
話の最後の部分だけを聞いた彼女は、ゆりかがコスプレを辞めると勘違い。
そこで彼女は大慌てでコス研の部室へ向かった訳なのだった。



   ◆◆◆次回更新は2月20日(金)予定です◆◆◆

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