第6編 『今しばらく美しく』 シーン01

作者:健速

シーン01 : 美貌の曲がり角

 エルファリアは特定の条件を満たした場合を除くと、言動は優雅で知性に満ちている。
しかし元々性格は独創的なので、他人に同等の振る舞いを求める事はないし、自身を皇帝として扱えと言う事もない。
最低限の人と人の間にある礼儀が守られていれば、むしろ皇帝扱いされない方がいいというのが彼女の考えだった。

「ティアママ、甘栗ならあるけど食べる?」
「アマグリってなんですか?」
「えっとね、木の実を焼いただけの甘いお菓子………だと思う」
「面白そうですね。是非いただきます」
「あいあい、待ってて~」

 暇を持て余したエルファリアが一〇六号室を訪ねた時、そこには録画してあったアニメを見ている早苗(さなえ)とゆりか、そして家計簿とにらめっこしている()()の姿しかなかった。
三人はエルファリアの来訪を歓迎し、お茶とお菓子でもてなそうとした。
だが不幸にして、この三人の中には上流階級の人間を相手にする時の礼儀を身に付けている者はおらず、(かろ)うじて真希が目上の人間への敬意の払い方を知っている程度だった。当然エルファリアへの対応は間違いだらけだったのだが、前述したような理由から彼女はそれに腹を立てるような事はない。
逆に少女達から、単なる友達のお母さんとして歓待されている事を嬉しく思っていた。

「あーうー、えーとぉ………」
「ゆりか、なんだったらお茶を淹れるのを代わりましょうか?」
「ホントですかぁ!? お願いしますぅ、真希ちゃぁん!」
「あなたはお菓子を乗せるお皿とか、手を拭くタオルなんかを用意して頂戴」
「はぁい、わかりましたぁ!」

 エルファリアが楽しそうに見守る中、三人の少女達は協力してお菓子とお茶の用意を進めていく。
幸いな事にお菓子もお茶も、それなりのものが用意されつつある。礼儀はともかく、女の子としてはギリギリセーフの三人組だった。



 お菓子とお茶の用意が出来ると、四人はちゃぶ台を囲んでおしゃべりを始めた。
今は土曜の午後で別段急がなければならない用事はない。アニメや家計簿は後回しで構わないので、三人の少女達はエルファリアという珍しいお客の方に興味津々(きょうみしんしん)だった。

 ぱきょ
「………それでティアママ、今日は何しに来たの?」

 早苗はお菓子―――甘栗の(から)を割りながら単刀直入に切り出した。
礼儀はともかく、エルファリアが何者でどういう状況なのかは早苗も知っている。急ぎの用事だと困るので、一応気を回した早苗だった。
早苗の心配そうな表情からそれをおぼろげに感じ取ったエルファリアは、優しい表情で早苗に笑いかけた。

「特に用事はないのですが………強いて言えばティアの様子を見に来た、というところでしょうか。ほら、今日なら土曜日で忙しくないでしょう?」
「ふーん、そっか。………んふ~♪」

 早苗はすぐに笑顔になると、殻と薄皮を()いたばかりの甘栗を口の中に放り込む。その笑顔は安堵した為であり、同時に甘栗が甘くて美味しかった為でもあった。

 ぱきょっ
「………あら、思ったより素直に割れるんですね」
「でも不器用だとああなるよ」
「………うっうっうっ………また実ごと割れちゃいましたぁ………」
「………。ゆりか、これを食べなさい」
「ありがとごじゃいましゅぅぅぅ………」
「あらあら、ふふふ………」

 見よう見まねで栗の殻と薄皮を取り除いたエルファリアは、早苗の仕草を真似て栗の実を口の中へ放り込む。
するとエルファリアの口の中に上品な甘さと独特の風味が広がっていった。

「あら、ほんのり甘くて美味しい」
「でしょ!?」
「それに香ばしい、いいにおいが」
「どんどん食べて! あたしたちはまた買って来ればいいから!」
「ありがとう、サナエさん」

 自分の好きなものを気に入って貰えた事で、早苗はすっかり上機嫌になっていた。
まるで自分が褒められたかのように喜び、エルファリアに甘栗を勧める。
その様子を見たエルファリアは、ティアが子供だった頃の事を思い出していた。

 ―――子供というのは、あっという間に育ってしまうものなのですね………。

 今のティアは滅多に子供のように振る舞う事はない。
心身共に成長して、立派な皇女になってしまったからだ。それが少し寂しくもあるエルファリアだった。
だが例外的に一〇六号室ではそれが見られる。土曜の休みにここを訪れた事には、多分にそうした事情も含まれていた。

「そういえばぁ、ティアちゃん達はどこへ行ったんでしたっけぇ?」

 ようやく割れていない栗の実を口に出来た事で、ゆりかは泣き止んでいた。
 ぺきょ
 だが次の栗はまた実ごと割れてしまい、ゆりかは残念そうに肩を落とした。
そんなゆりかに苦笑しつつ、真希は愛用の手帳を開いた。

「今日は………ティアさんはルースさんと一緒に演劇部に行っています」
「あれ? ティアは演劇から手を引いたんじゃなかったっけ?」
「相談には乗っているようですよ。原作者ですし」
「そりゃそーか」
「もしかして、演劇というのは『白銀の姫と青き騎士』の事ですか!?」

 ティアの行き先を聞いて、エルファリアが目を輝かせた。
ティアが青騎士の伝説を演劇にした事は既に聞いている。やはりフォルトーゼ出身の彼女には見逃せない話だった。

「そうですよぉ。去年みんなで台本を書く勝負をしてぇ、ティアちゃんが青騎士の話で勝ったんですぅ」
「ふふふ、あの子は青騎士の伝説だけは誰よりも詳しかったですから………厳密には、卑怯な勝ち方かもしれませんが」

 エルファリアは小さく苦笑する。ティアが勝てたのは、地球では青騎士の伝説を知る者がいなかった事が大きく影響している。
だからエルファリアは、もしフォルトーゼで同じような勝負をしたら、結果は違っていたかもしれないと思っていた。
しかしティアが勝った事が誇らしくもある。母親としては当然だろう。
だからエルファリアの苦笑は、最終的には嬉しそうなものへと変わっていった。

「………ほふぁ………」

 ゆりかはそんなエルファリアの笑顔に見惚(みと)れていた。
女性らしい繊細な顔立ち、涼しげな眼元、柔らかな曲線を描く唇。同じ女性から見ても、エルファリアはびっくりするほど美しい。
どう見ても二十代半ばくらいなのに、これで一児の母だというから驚きだ。
エルファリアはティアの母親。決してティアの姉ではないのだ。

「どうしました、ユリカさん?」
「あ、え、えっと………」

 ゆりかの様子がおかしい事に気付いたエルファリアが、彼女に笑いかける。
それで我に返ったゆりかは、慌てて両手をぱたぱたと動かしながら、思っていた事を口にした。

「その………エルファリアさんがぁ、とても綺麗だからぁ、凄いなぁって………」
「あっ、それはあたしも思う! ティアママは若くて綺麗!」
「私もそう思います。その若さと美しさの秘訣(ひけつ)をお訊きしたいです」

 早苗の母も若く見える方だが、エルファリアほどではない。だから早苗はその秘密が知りたくて仕方がない。
真希は単純に女の子として美しくあり続けたいと思っている。少女達は三人ともエルファリアの美の秘訣に興味津々だった。

「ふふふ、これは私がどうこうというより、フォルトーゼの技術による部分が大きいんですよ」

 エルファリアにも女の子の事情はよく分かる。だから素直にその秘密を明かした。
またこれを秘密にしておくのは卑怯な気もしていた。

「整形でもしてるの?」

 早苗は地球的な発想でそういう風に考えた。今の地球では、見た目の若さを保つのは整形が一番なのだ。
ちなみにそれが不敬であるという発想はない。だがやはりエルファリアは怒ったりしない。楽しそうに笑いながら首を横に振った。

「いいえ、そうではなく………。ええと、私は皇帝ですから、病気になっては困りますよね?」
「うん。リーダーが寝てたら困る気がする」
「ですから自分で何もしなくても、周囲が私の健康に気を遣ってくれるのです。その結果がこうなのです」

 神聖フォルトーゼ銀河皇国は、植民星まで含めると数百億の人口を誇る。
その頂点に立つ皇帝が病気になれば大変な事になってしまうので、その健康管理は最優先課題だ。
そこで周囲はあらゆる手段を講じてエルファリアの健康を守る。
彼女が若さと美しさを保っているのは、国を安定させる為の手段が結果的にもたらしたものなのだった。

「フォルトーゼは技術が進んでいるから、特にその傾向が強いんじゃないかしら」

 この真希の推測は正しい。若さを保てば健康に繋がるのは明らか。
そして地球とフォルトーゼには科学技術に大きな格差がある。だから若さを保つ技術は、地球のそれとは大きく異なっている。
エルファリアは見た目だけでなく、実際の肉体年齢が若いのだった。

「偉いって大変だねぇ………それじゃあズル休みも出来ないんじゃない?」
「そうなんですよ。すぐに嘘がばれてしまうんです」

 エルファリアは活動的な性格をしており、しかも肉体的にも若いので、執務室に(こも)っていると遊びたい衝動に駆られる事が多い。
しかし進んだ技術のせいで医療スタッフに嘘が通じず、結局公務は休めないのだった。

「わたしはぁ、ズル休み出来ないとぉ、やっていけない気がしますぅ」
「………ゆりか、貴女はやっぱり里見君に一生面倒見て貰いなさい」
「そのつもりですぅ」
「あんた、自立する気は欠片もないでしょ」

 エルファリアは、明るく元気にお喋りを続ける三人の少女達を眩しそうに見つめていた。
目の前の少女達は、心のままに生きていた頃のエルファリアを思わせる。彼女にとって特別な意味を持つ年頃だった。

「どうしたの、ティアママ?」
「どうもしませんが、今の皆さんが少し(うらや)ましくて。私が遠い昔に置いてきたものを、今この瞬間に体験しているんだなぁって」

 エルファリアの言葉には嘘はない。だがその言葉には一抹の寂しさが混じっている。
他人の感情に敏感な早苗には、それがよく分かった。そして早苗には、それを放っておく事が出来なかった。

「じゃあさ、ティアママも続きをやろーよ」
「えっ?」

 エルファリアは目を丸くする。
早苗が配慮してくれている事は分かったが、どういう意図によるものなのかがさっぱり分からなかった。

「もっと若くなってさ、あたし達と一緒にワーワーしようよ。こっちにいる間は比較的ヒマなんでしょ?」
「サナエさん………」

 早苗の言葉はエルファリアの胸に大きく響いた。エルファリアにとって、それはとても嬉しい言葉だった。
だが、これには一つ大きな問題があった。

「ありがとう、サナエさん。でも………フォルトーゼの技術にも限界はあります。これ以上若返るのは難しいでしょう」

 早苗の申し出は本当に嬉しかった。しかしこれ以上若返るのは技術的に困難なので、実現する可能性はない。
それに心の方まで若返る事はできない。だからエルファリアはこの時点で諦めていた。

「ふっふっふ、あたし達を()めて貰っては困りますなぁ、ティアママ」

 早苗はあくまで自信たっぷりだった。
彼女もエルファリアの言葉の意味はちゃんと分かっている。しかし早苗にはその問題を覆すだけの算段があったのだ。

「あたし達三人の魔法少女の力があればっ、何年か若返る事ぐらい、ちょちょいのちょいなのですっ!」

 早苗の霊能力、真希とゆりかの魔法。
三人で力を合わせれば、永遠に美しくとまではいかないだろうが、エルファリアが過去に置いてきたものを取り戻せるに違いない―――早苗はその自信に満ち溢れていた。



   ◆◆◆次回更新は12月11日(金)予定です◆◆◆

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