第6編 『今しばらく美しく』 シーン02

作者:健速

シーン02 : 真希・ゆりか方式


 フォルサリア魔法王国のアークウィザードであるゆりかには、魔法の私的な利用を防ぐという任務がある。
だからエルファリアを若返らせるという早苗(さなえ)のアイデアには反対せざるを得なかった。

「駄目ですよぉっ、早苗ちゃぁん! 魔法は好き勝手に使っちゃいけないんです!」

 レインボゥハートの戒律(かいりつ)は絶対だ。
根拠なく私的に魔法を利用すれば、ゆりかは解任されて借金の山だけが残る。避けねばならない未来だった。

「じゃあ、とりあえずあたしと()()だけでいいや」
「そういう意味じゃないんですよぉっ!」
「でもゆりか、意外と根拠なしって訳でもないかもしれないわ」

 ここで真希が、早苗とゆりか、双方の妥協点を提供する。彼女の視点ではゆりかも協力できる可能性があったのだ。

「ほへ? どういう意味ですかぁ、真希ちゃん?」
「それはね、ダークネスレインボゥがフォルトーゼにちょっかいを出すのがほぼ確実だからよ」

 フォルサリアでの決戦の後、ダークネスレインボゥの幹部達は姿を消した。
エゥレクシスや真耶も同時期に姿を消している事からすると、フォルトーゼへ向かったと考えるのが妥当だろう。
つまり今後、フォルトーゼでの出来事にダークネスレインボゥが絡んでくる可能性が非常に高いという事になる。
それはそのまま、エルファリアの身に魔法の悪用による危機が迫っているという事でもあった。

「その危機を回避する為には、常に一緒にいて魔法でエルファリアさんを守り続ける必要があるわよね?」
「それは………そうなると思いますぅ」

 ダークネスレインボゥの襲撃が予想されるなら、エルファリアの護衛に魔法が必要になるのは必然だろう。これはゆりかも同感だった。

「でも常に一緒にいるのって大変でしょう?」
「それも、そうだと思いますぅ」

 ダークネスレインボゥの幹部達の魔力に対抗できるのは、レインボゥハートのアークウィザード七人のみ。
フォルサリアや地球の防衛にも人手がいるので、恐らくエルファリアに回せる人間は一人か二人。
それでは(ほとん)ど護衛を休めないという事になる。危険な状況と言えるだろう。

「だったら、エルファリアさんを若返らせて、身体能力を強化するっていうのは方法論としてあながち間違いじゃないと思わない?」

 若返るという事は、単に美貌(びぼう)が戻るというだけではない。
若い頃の体力が戻るという事でもあるから、それによって基礎的な危険が減る。足が速くなり、スタミナが増し、打たれ強くなる。
これに通常の魔法による防御策をプラスすれば、人手が不足している問題は大幅に緩和されるだろう。

「それは………」

 ゆりかは迷い始めた。確かに真希の言葉は筋が通っている。ダークネスレインボゥの脅威が想定される以上、エルファリアを若返らせる事は必ずしも魔法の私的利用とは言えないかもしれない。
しかしどこか誤魔化しのようにも感じてしまい、ゆりかには最後の一歩が踏み出せない。
普段はいい加減でも、魔法少女という役目に関しては手を抜けないゆりかなのだ。
そんな迷えるゆりかを決断させたのは、意外にも早苗の言葉だった。

「ねーゆりかー。レインボゥハートって、もともとフォルトーゼの魔法使い軍団だったんでしょ?」
「その(はず)ですぅ」
「だったらなんで皇帝に魔法使っちゃダメなの?」
「あっ………」

 フォルサリアやレインボゥハートは、元々フォルトーゼの公的組織である宮廷魔術師団を前身としている。
つまり本質的には今も、皇帝を守り、その希望を叶える事が役目である筈なのだ。
しかし皇帝から切り離され孤立したから、余計な事をしないように戒律で自己を縛っている。
だから道義的には、エルファリアの命や健康を守る為の魔法の使用は、何ら問題はないという事になるのだった。

「分かりましたぁ。若返りが目的ではなくぅ、身体を元気にする為だったらぁ、いいんじゃないかなぁって気がしてきましたぁ」
 早苗のおかげで、身体を元気にした結果として若返るなら構わないだろう―――ゆりかはそういう風に考えるようになっていた。
「よしよし、それでいいのですよ」

 早苗はゆりかの結論に満足し、無意味に自信が溢れる笑顔で繰り返し頷いた。
だが成り行きを見守っていたエルファリアは少しだけ違う意見だった。

「私は、今のあなた方にフォルトーゼに従えと言うつもりはありませんよ」

 レインボゥハートがフォルトーゼの指揮下にあったのは二千年前だ。レインボゥハート側の時間感覚で数えても数百年前まで。
それなのに皇帝の為に黙って働けというのは乱暴過ぎる。エルファリアの感覚では無理筋だった。

「本当は最初っからぁ、ティアちゃんのお母さんには元気でいて欲しかったんですぅ。でもちゃんとした理由がなくて困ってただけなのでぇ、別に問題はないですぅ」
「あなた達レインボゥハートは、そういうところが不便だと思うわ」
「そういう訳でっ、ティアママ若返り大作戦始めるぞー!」

 だが結局のところ早苗達はエルファリアが好きなだけなので、何も問題はなかった。
エルファリアの側も真正直な好意を拒否する訳にもいかず、小さく苦笑すると頭の中から難しい考えを追い払った。
そしてエルファリアは、年若い少女達としばらく楽しく過ごすだけだと考える事に決めたのだった。



 エルファリアの若返り大作戦は霊能力と魔法の二段構え。
早苗達はそのうち準備に多少手間がかかる魔法の方を、先に片付ける事に決めた。
 若返りの魔法は沢山年齢を(さかのぼ)るほどに加速度的に必要とされる魔力が増大していく。一年若返るだけなら遺伝情報のエラー訂正は(わず)かで済むのだが、仮に十年とするとエラーが指数関数的に増大し、一年分で必要とされる魔力を単純に十倍するだけでは済まない。
加えてゆりかと真希に扱える魔力には限りがあるし、大きな犠牲を(ともな)うような大規模な魔法を使う訳にはいかないので、魔法の規模は自然と小さめになる。

 そこで今回ゆりかと真希が選んだのは、植物や鉱物など、比較的手に入りやすい触媒(しょくばい)を利用する方法だった。
負担にならない範囲で効果の最大化を図れば、継続的に続ける事が可能になる。
その分効果は弱めで、二年から三年若返る程度になると思われた。だがまだ早苗の霊能力も残っているので、魔法だけで突出した結果を出す必要はないだろうというのが彼女達の考え方だった。

「………資料にはぁ、この山の中腹に自生地があるって書いてありますぅ」

 早苗達は四人でフォルサリア魔法王国を訪れていた。
彼女達はここしばらくフォルサリアの治安回復の手伝いで何度も行き来しているので、吉祥(きっしょう)春風市(はるかぜし)とフォルサリアを繋ぐ魔法の通路は顔パスで利用できる。そして通路を抜けた後は、ゆりかが資料片手に一行を先導していた。唯一備蓄がなかった、花を手に入れる為だった。

「ねぇ、ゆりか」
「なんですかぁ?」
「まさかとは思うけど、道に迷ったりはしてないでしょうね?」
「幾らなんでも、山道に入ってすぐ迷う程器用じゃないですよぅ」
「そりゃそうか」

 資料には森の中を()うように走る山道を一時間ほど歩けば目的地に辿り着くと記されている。ゆりか達は資料に添付された地図を参考に、山道を二時間あまり歩き続け、目的地に辿り着いた。

「ねぇ、ゆりか、怒らないから正直に言って欲しいんだけど」
「なんですかぁ?」
「本当は迷ったんでしょう?」
「そっ、そっ、そんな事ないですよぅっ! 現にちゃんと自生地に着いたじゃないですかぁっ!」
「………あやしいなぁ………」
「ほ、ほらっ、お花を取らないとっ!」

 自生地は花で埋め尽くされていた。背の低い木が、純白の花を沢山付けている。それはさながら雪原のような美しい光景だった。

「マキさん、この花が必要な植物なのですか?」
「はい。この花、正確にはこの植物の葉っぱが、若返りの魔法を使う時の触媒になってくれるんです。名前は―――」
「ルブストリ?」
「御存知だったのですか?」

 真希は目を丸くする。まさか問題の植物の名が、エルファリアの口から飛び出してくるとは思っていなかったのだ。

「ええ。私の故郷、マスティル領にも生えている植物です」
「これが………フォルトーゼにも………」
「私達はこれをお茶にして飲む風習があるんです」

 ルブストリの木は、フォルトーゼ本星では一度絶滅していた。
だが二十年ほど前に絶滅を免れた木が見付かり、今では全土で広く栽培されている。
伝説のアライア皇女が愛飲していたお茶の葉なので、非常に人気のある品種だった。

「薬効があるからこその触媒なので、確かにお茶にして飲むのは正解なのですが………驚きです」
「ええ………私も驚いています」

 エルファリアは驚いている真希に同意しながら、目を細めてルブストリの自生地を眺める。
真希はそんなエルファリアの姿から何か特別な感情を感じていた。

「どうなさったのですか、エルファリアさん?」
「特に何も」

 エルファリアは笑顔で首を横に振る。

「ただ、少し不思議な気分になったのです。フォルサリアはやはり、フォルトーゼの末裔(まつえい)が住んでいる土地なのだな、と………」

 フォルトーゼから吹き飛ばされたのは、サリアシャールの城とその周辺の土地。
そこにお茶の栽培地があった記録はないから、恐らくは一緒に飛ばされた者達の誰かが種を持っていて、この地に植えたのだろう。マクスファーンの一派は魔法使い達と錬金術師達なので、薬効のあるお茶の種を持っていた可能性は非常に高かった。

「そっか………この花は、真なる故郷の花だったんですね………」

 偶然同じような花が咲いていたのではなく、フォルトーゼから持ち込まれた花。真希は今、それを強く感じていた。

「真なる故郷?」
「私達はフォルトーゼの事をそのように呼んでいます」
「………マキさん、フォルサリアの人達は、フォルトーゼへの帰還を望んでいるのでしょうか?」

 真なる故郷―――その言葉には、明らかに望郷の念が込められている。
だからフォルサリアに辿り着いた人々は、間違いなくフォルトーゼへの帰還を望んでいただろう。
しかしその気持ちは今も続いているのだろうか? エルファリアには気になる点だった。

「そう願う人は少なくない筈です。その反面、この場所が自分達の故郷だという思いもあると思います。だから帰りたいような、帰りたくないような、という感覚が正しいのではないかと思います」

 フォルサリア魔法王国の国土は狭く、生きていくには過酷な環境と言えるだろう。
それを豊富な魔力を背景に何とかしている状態なので、魔法を使えるかどうかや資金力によって、生活レベルに極端な差がある。
だからそういう生活から抜け出したいという思いを抱えている者達は多く、争いは絶えない。
実際真希がそうだったから、これには疑う余地はないだろう。
 しかし既にフォルサリアへやって来て数百年が経っているので、国民達はこの場所こそが自分達の故郷であるという意識も強い。
厳しい土地でも自分達の故郷からは離れがたいのはいつの世も同じだった。

「では、どちらでもいいように体制を整えねばなりませんね」

 真なる故郷へ帰りたい者、帰りたくない者、見るだけ見てみたい者。きっと考え方はそれぞれだろう。
エルファリアはその全てに対応するのが、彼らをこの場所へ送った責任の取り方だろうと考えていた。

「………ご配慮に感謝致します」

 真希はそんなエルファリアの姿を見て、皇帝というのはこういう事なのかと改めて感じていた。
そして自然と頭が下がる真希だった。

「ふふふ………マキさん、あなたは悪の魔法使いだったと聞いておりましたが、そのようには見えませんね?」
「えっ………?」
「まるで………まるでそう、青騎士の伝説に出てくるカリスという魔法使いの少女を見ているような気になります」

 青騎士の伝説にも魔法使いの少女が登場する。
彼女はグレバナスの配下であったが、青騎士やアライアと出会ってその道を改め、共に救国の英雄となった。
そして今ではカリスも国民に愛されている。エルファリアには真希の姿がそれに重なって見えていた。

「もったいないお言葉です」

 真希は自分の罪を忘れていない。いずれそれと向き合う時が来るだろうと考えている。
だが、この時のエルファリアの言葉は嬉しかった。(ゆる)すと言って貰えたような、そんな気がしたから。

「あなたの道は険しいものかもしれません。しかし決して―――」
「きゃああぁああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「大丈夫ゆりかっ!?」
「あいたたたたぁ………だ、大丈夫ですけどぉ、一人じゃここから出られませぇん」
「待ってて、真希達呼んでくるから!」
「ふふふふ、あちらはあちらで、カリスを思わせる魔法使いなのですね?」
「………お恥ずかしい限りです」
「ふふふ」
「くすっ」

 いつの間にか、真面目な話をしていられるような状況ではなくなってしまっていた。
そこで真希とエルファリアは顔を見合わせて笑い合うと、一緒に穴に落ちたゆりかを引き上げに向かうのだった。



   ◆◆◆次回更新は12月18日(金)予定です◆◆◆

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