第6編 『今しばらく美しく』 シーン03

作者:健速

シーン03 : 早苗方式


 魔法による若返りは、西洋医学的アプローチと言えるだろう。薬を使うように、魔法によって若返らせるのだ。
これに対して早苗(さなえ)が担当する霊能力を使った若返りは東洋医学的なアプローチと言えるだろう。
エルファリアが本来持っている生命力を引き出し、その結果として若返らせる訳だ。おかげで双方の手法が競合する事はなく、同時に効果が得られるのだった。

「よぉし、あたし達三人で我慢比べよ!」
「暑いの苦手ですぅ」
「私は意外と大丈夫かもしれません」
「ティアママは無理しないでね?」
「ふふふ、こう見えて我慢比べは得意なんですよ」

 早苗が一行を案内したのは、国道沿いにあるスーパー銭湯。
そのサウナとお風呂を利用して血行を良くした後、早苗が霊能力でマッサージしつつ、霊力そのものも(そそ)()む。そうする事でエルファリアの生命力を引き出そうというのだった。

「もしかして、ティアママもティアと一緒で勝ち負けには(こだわ)る方?」
「勝つまでやる方です」
「あいわかった、その勝負受けて立とう! ではでは、みんなで突撃ダー!」

 四人が最初に入ったのはサウナ。乾燥した百度近い空気で満たされた部屋は、すぐに彼女達の身体を温め始めた。

「この程度ならぁ、大丈夫そうな気がしますぅ」
「エルファリアさん、フォルトーゼにもサウナはあるんですか?」
「ありますよ。薬草のオイルを火にくべるくらいの違いはありますけど」
「最初にこっから出た人がコーヒー牛乳おごりだからね!」

 季節が秋に差し掛かった事もあり、夕方になると大分気温が下がる。
少女達は外をしばらく歩いて身体が幾らか冷えていたので、最初は暑いなと感じるだけだった。
だが、その余裕は幾らも続かない。一分もしないうちに暑さが身体の中に浸透し、全身から汗が吹き出し始める。
一旦そうなると、体感する暑さは当初のそれとは別の次元だった。

「………あ、あづい………もう無理ですぅ………」
「出てもいーよ。あんたがコーヒー牛乳おごる事になるケド」
「………それも無理ですぅ………」
「嫌ならもうしばらく頑張りなさいな、ゆりか。一応レインボゥハートのアークウィザードでしょう?」
「………()()ちゃぁん、こんなのアークウィザードは関係ないれすよぅ………」
「あらあら、ふふふっ」
「………エ、エルファリアさんはぁ、まだ平気そうですねぇ………」
「そりゃ、あんたと比べたら誰でも我慢強いわよ」
「私は仕事柄ポーカーフェイスが得意なので」

 ゆりかはこの時点で既に泣き言が出始めていた。
早苗も暑がってはいるが、もうしばらく大丈夫だろう。
真希は我慢強いので、少し顔が赤くなっただけで、あまり様子に変化が見られない。
エルファリアはもっとで、汗が出ている以外は普段通りだった。

「………あ、あのぉ、本当にコーヒー牛乳おごらないと駄目ですかねぇ………?」
「駄目に決まってるでしょ。そういうゲームなんだから」
「………晩御飯のおかずを一品提供する方向で何とかなりませんかねぇ………?」
「ウッ、晩御飯次第だけど………う~ん………」
「確かキリハさんが今晩はすきやきか野菜炒めかというような話をしていましたから、エルファリアさんがいらっしゃるので高確率ですきやきではないかと」
「あんたがネギ、あたしが肉なら手を打つわ」
「そっ、そんなの酷すぎますぅっ! それだけは勘弁して下さぁいっ!」
「何かを我慢すればいいのよ。暑さか、コーヒー牛乳か、肉か」
「究極の選択という訳ですね。頑張って下さい、ユリカさん」
「ふぁい………」

 ゆりかはほぼギブアップも同然の状態だったが、泣き言を言いながらもそこから意外と粘り続け、最終的に十分近く耐え続けた。
しかし結局は暑さと肉を諦め切れず、コーヒー牛乳をおごる羽目になったゆりかだった。



 サウナから出た四人はシャワーで身体を洗った後、大風呂へ移った。
大風呂はぬるめの温度になっていたのだが、既にサウナで身体の芯まで温まっていた四人には気持ちがいい温度だった。
むしろお喋りをしながら入浴するには、このくらいの温度の方が長居し易いだろう。

「うっうっ、コーヒー牛乳………」
「もう諦めなさいって。あんたは負けたのよ」
「ゆりか、あなたにしては頑張った方よ」

 一番最初にサウナを出たのは、もちろん我慢が苦手なゆりか。次いでじっとしているのが苦手な早苗。
その次は真希だが、どちらかと言えば彼女はエルファリアの体調を考慮して勝ちを譲った状況に近い。
最後にサウナを出たエルファリアは、その瞬間まで涼しげな表情をしていた。ポーカーフェイスもここまで来れば芸術的だった。

「それにしても、ティアママはティアとおんなじで根性あるね!」
「逆じゃないですかねぇ? ティアちゃんがぁ、エルファリアさんとぉ、おんなじなんですよぉ」
「ふふ、確かに私の根性はティアに受け継がれていると思いますよ」

 ティアの名前が出ると、エルファリアの笑顔の雰囲気が変わる。
やはり彼女も人の親だから、娘の事は可愛くて仕方がない。笑顔が優しくなるのは無理もないだろう。
しかし、その笑顔が(わず)かに曇った。

「でも………その分だけ苦労をかけているような気がします。あの子は辛くても頑張ってしまうから、余計な苦労をしてしまっている筈なんです」

 もしティアがもう少し弱い子であったら、軍部から守る為であってもエルファリアはティアを地球へ向かわせたりしなかっただろう。
それが出来たのは、ティアが心身共に強い子だったから。
無論それだけではない。幼い頃から公務を言い訳にティアを一人にしてしまった事にも、影響は少なくない筈だった。

「本当はもっと普通の女の子のように、のびのびとさせてあげたかった………それが私の後悔の一つです」

 皇帝の娘として生まれ、しかも心身共に強かった事がティアの不幸だった。
それが結果としてエルファリアとティアの間に距離を作った。
ティアが幼子のように泣き叫んでいれば、エルファリアはティアの傍にいたに違いないのだ。

「大丈夫だよ。ティアはこっちで友達沢山出来たもの。あたし達や、今日みたいに演劇部の人達とか」
「ルースさんだって一緒ですぅ」
「私達だけの時は、ティアさんも結構子供っぽい事を仰るんですよ。だからきっと、エルファリアさんが思う程には不幸ではない筈です」
「………ありがとうございます、皆さん」

 目元を(ぬぐ)いながら微笑むエルファリア。その姿を見て、早苗達三人は改めて彼女の美しさを思い知る。
姿形ではない。内側から溢れ出る意思が、彼女を美しくさせている。
こういう母親を持つティアが、思わず(うらや)ましくなってしまう程だった。

「いいなぁ、ティア。あたしもママに甘えてこようかなぁ」
「うちのお母さんはぁ、こんなに綺麗じゃないですぅ。ぐぅたらだしぃ。でも………会いたいなぁ………」
「………お母さん、かぁ………」

 少女達の声のトーンが僅かに落ちる。表情もほんの僅かに曇った。
それを感じて、エルファリアは気付く。早苗は幽霊時代にずっと両親に会えなかった。
ゆりかはナナと出会った時から親と離れて暮らしている。孤児の真希は両親の顔を知らない。
親というものに対して特別な思いのある三人なのだった。

 ―――特に、マキさんとユリカさんは………。

 強い衝動に駆られ、エルファリアは自然と身体が動いていた。
彼女はすぐ近くにいたゆりかと真希を両腕で強く抱き締める。

「えっ、あっ、あれっ?」
「エルファリア………さん?」

 ゆりかも真希も、この状況に戸惑っていた。どうしてこうなったのかが分からない。
だがこうしてエルファリアに抱かれていると気持ちが安らぐ。
親のぬくもりを知らない真希でさえ、母親とはこういうものだろうかと思えるくらいに。

「………何でもありませんよ、何でも………ふふふ………」

 左右の腕にゆりかと真希を抱いたまま、エルファリアは笑う。
今エルファリアが何をしているのかという事には、明確な答えが存在している。
だが、この場でその答えを口にすると途端にその意味が崩れてしまいかねない。
世の中には明確にしない方がいい事が、沢山存在しているのだった。

「何でもありませんけれど………時々、あなた達をこうして構いませんか?」
「えっとぉ、あのぉ………はいぃ………」
「………別に構いません………というか、むしろ、その………」

 ゆりかと真希にもエルファリアの気持ちは伝わっていた。
そして彼女があえて意図を曖昧(あいまい)なままにしてくれている意味も。
だから二人は遠慮がちに手を伸ばし、エルファリアを抱き返した。
それこそが今のゆりかと真希が、エルファリアに対して感じている全てだった。

「えへ、えへへ………ずるいぐらいにカッコいいなぁ、ティアママって………あたしも後でママに甘えてこよっと………」

 この時、早苗だけは蚊帳(かや)の外だった。だがそうあるべき事だったから、早苗には少しも文句はない。
むしろ早苗は強く感じている。こういうエルファリアの為になら、どんな事でもしてあげようと。
おかげで早苗の霊力は高まる一方だった。だからきっと、早苗によるエルファリアの若返りは、成功するに違いなかった。



   ◆◆◆次回更新は12月25日(金)予定です◆◆◆

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