第6編 『今しばらく美しく』 シーン04

作者:健速

シーン04 : あの頃のあなたに


 早苗(さなえ)達三人のやる気が半端ではなかった事もあって、若返りの魔法や霊能力は絶大な効果を上げた。
それはもちろん大きな犠牲を(ともな)わない範囲での話だ。
しかし三人の頑張りでその限界に近い結果を得ている。エルファリアは明らかに数歳若返っていた。

「いいじゃないっ、これなら二十歳で通るわ!」
「やりましたぁっ、やりましたよエルファリアさぁんっ!!」
「だーいせーいこ~~~うっ!!」

 この成功に、早苗達はエルファリアを囲んで大喜び。いつも元気な早苗とゆりかだけでなく、普段は落ち着いている()()まで感情を露わにしていた。
今の三人にとって、エルファリアは単なる友人の母親ではないのだ。

「………昔の私は、こんな風だったんですね………」

 エルファリアも驚いていた。
ざっと見ただけでも明らかに肌の張りや(つや)が違うのが分かる。
十代のそれとまではいかないものの、二十歳と言っても通る様な状態だった。
もちろんそれは表面だけに限った話ではない。身体の全体、そして内側にまで及んでいる根本的な変化だった。
身体を動かすと、動作にキレがある。そうなると内蔵の機能なども大きく回復している事は間違いないだろう。
ゆりかと真希の魔法が悪い部分を治し、早苗の霊能力が本来の生命力を引き出した結果だった。

「十代の子供がいるようには見えないよ、ティアママ!」
「ありがとう、サナエさん。それにマキさんとユリカさんも」
「一時的に記憶を封印すれば、本当にその身体に合わせた年齢に戻る事も可能ですが」
「それでは皆さんの事を忘れてしまいます。これ以上の高望みは止めておきます」
「はい」
「ほえぇ~~、若くなっても綺麗なんですねぇ~~~」

 そして最大の変化は見た目の印象だろう。
これまでのエルファリアも美しかったが、今はその方向性が大きく変わっている。
内側から溢れ出す生命力が、エルファリアを輝かせているのだ。
攻撃的な美しさというべきだろうか、ティアの雰囲気にぐっと近付いたという表現が一番相応しいだろう。

「当たり前じゃん。若くなって不細工になる訳ないっしょ」
「バランスってあるじゃないですかぁ。そこだけちょっと心配だったんですよぅ」
「その心配は杞憂(きゆう)だったみたいね。まあ、服は合わなくなっているかもしれないけど」
「ふふふっ、確かにそんな気がしますね」

 エルファリアは笑いながら自分の身体を見下ろす。
今の彼女は印象が大分活動的になっているので、大人びた服が多少イメージに合わなくなってしまっている。
それこそティアの服が似合うに違いないだろう。もしくは、クローゼットの奥にしまいこんである、想い出の服が。

「よぉし、最後の仕上げだっ! みんなっ、ティアママをこーでぃねーとするぞっ!」
『おー!』

 今の若返った姿に相応しい服装を。早苗達三人は最後の最後までエルファリアに付き合うつもりだった。

「行きますよぅ、エルファリアさぁん」
「急いで急いで、みんな帰って来ちゃいますから!」
「あらあら」

 三人はぐいぐいとエルファリアの背中を押して『青騎士』へ続くゲートを潜った。
時刻は夜にさしかかろうとしている。もうすぐ一〇六号室の住人達が帰ってくるから、急いで仕上げなければならなかった。



 アルバイトを終えて帰ってきた時、珍しい声が孝太郎(こうたろう)を出迎えた。

「おかえりなさいませ、レイオス様」

 孝太郎を出迎えたのはエルファリアの声だった。彼女の声は六畳間の方から聞こえてきている。
孝太郎は玄関のドアを潜ったばかりなので、まだ彼女の姿は見えていない。
しかしその声を聞き間違う程、浅い付き合いでもなかった。

「エル? お前来てたのか」
「はい、久しぶりにお顔を拝見しに参りました」

 孝太郎は靴を脱ぐといつも通りの足取りで六畳間へ向かう。
だが六畳間に入った時、そこで目にしたものはいつもとは大きくかけ離れた光景だった。

「エ、エル!?」
「はい、レイオス様。お久しぶりです」

 六畳間にはエルファリアが一人きりでいた。
ちゃぶ台の近くで、座布団に座っている。この部屋ではよくある光景だった。
しかしエルファリアの姿が普段とは大きく異なっていた。だから孝太郎は最初、自分が居眠りをして夢でも見ているのかと思った。
何故なら彼女は、孝太郎が二十年前の世界で出会った時と同じ姿をしていたから。

「お、お前っ、一体どうしたんだその姿は!?」

 孝太郎は混乱する。思わず一度自分の頬を(つね)ったくらいだった。
それで夢ではないと確認した後、孝太郎はエルファリアの姿を注意深く見つめた。
巧妙なメイクや、何らかの仕掛けかと思ったのだ。だがどうやらそれも違うらしい。
メイクや仕掛けどころか、(わず)かだが顔の輪郭が変化していたのだ。
体型にも同様の違いがあった。明らかにエルファリアは若くなっていた。服装もかつてのものを着ていたから、その印象は更に強まっている。まるで想い出の中から飛び出してきたかのような―――今のエルファリアは、そう表現するしかない姿をしていた。

「実はユリカさんとマキさん、サナエさんの三人が若返らせてくれたんです」

 エルファリアはちらりと孝太郎の背後、押入れに目を向けた。
三人の少女達はそこに隠れており、息を潜めてエルファリアと孝太郎を見守っている。それは二人だけにしてやろうという配慮だった。

「若返り!? 魔法と霊能力でって事かっ!?」
「はい。といっても完全ではなく、定期的にかけ直さないと駄目なようですが」

 エルファリアは事情を説明しながら照れ臭そうに笑う。身体と服装に()()られてか、かつての気持ちが胸の中に戻って来ていた。
エルファリアは感じている。ああ、自分はこんな気持ちで孝太郎と向かい合っていたのか、と。そしてこうも思った。出来ればこの気持ちを、ずっと忘れないようにしたい、と。

「それに完全にあの頃に戻れた訳でもないのです。少し、年上に見えているのではありませんか?」
「バーカ、男にそこまで区別がつくもんか。お前ら女の子と一緒にするなよな」

 厳密にはエルファリアの身体的な年齢は、孝太郎と出会った時のそれよりも少し上だ。
だが男である孝太郎は、そこまで女性の姿を細かくチェックしている訳ではない。
大まかな印象が同じであれば、同じであると感じる。その辺りは女性とは違う部分だった。

「あら、女の子って言って下さるんですね?」
「言葉のあやだ。まったくお前ときたら………何でも都合よく解釈するんだから」
「今だけは、本当に女の子ですもの。ふふふっ………」

 エルファリアは目を細め、可憐な笑顔を作る。それは確かに、女の子と呼ぶに相応(ふさわ)しい笑顔だった。
ちょっと照れ臭くなった孝太郎は、思わずその笑顔から顔を背けてしまう。
それを感じたエルファリアは、ちょっと意地悪がしてみたくなった。

「ところでレイオス様、どんな部分が普段の私と違っていますか?」
「えっ、えーとだな………」

 こう問われてしまえば、孝太郎はエルファリアを見つめざるを得ない。
だから彼女は、胸の中に蘇っている二十年前の想いを込めて、孝太郎に笑いかけた。

「………えと、き、綺麗なのはそのままだけど、明るく元気な感じかな。あとは………なんだか懐かしい気分になるよ」
「私もです」

 エルファリアはスカートの裾をつまんで、その場でぐるりと一回転する。
どの方向から見ても、やはりそれは孝太郎の想い出の中にいる彼女そのものだった。

「………」

 回転を終えて再び向き合った時、孝太郎は沈黙してエルファリアを見つめていた。
しかしどうしてか、少し前までの照れ臭そうな雰囲気や、懐かしげな眼差しが消えてしまっていた。
今の孝太郎はどこか残念そうな表情をしている。それが気になったエルファリアは事情を尋ねた。

「どうしました、レイオス様?」
「ん? ああ、なんでもないよ」
「そういうお顔ではありませんけど。よかったら理由を教えて下さいませんか?」
「人がせっかく気を遣って、黙っていようと思ったのに」
「聞きたいです。レイオス様の悪口って本当に許せない相手と、一定以上仲良しの相手にしか出ないじゃありませんか」
「しょうがないなぁ………」

 孝太郎はエルファリアの笑顔に根負けし、頭を()きながら何を残念に思っていたのかを明かす事に決めた。やはりエルファリアには敵わない、そんな事を思いながら。

「若くなったお前は少しシュッとした印象になって、元気で明るい感じがするようになったと思う」
「それが残念なのですか?」
「当たらずとも遠からずってところだ。シュッとして元気で明るい感じになったから、その………だな」
「その、なんですか?」
「その………いつものあったかくて優しい感じがどっか行っちまった」

 本質が変わった訳ではない。だが見た目の変化が、孝太郎にそのように感じさせる。それを孝太郎は残念に思っていたのだ。

「………あったかくて………やさしい………」
「そ、それだけだっ!」

 再び恥ずかしくなった孝太郎はエルファリアに背を向けた。これは実質、いつものエルファリアのあったかくて優しい感じが好きだったと告白するに等しい。この年齢の男子としては恥ずかしい状況だった。

「………レイオス様………」

 自分だけが歳を取ってしまった。エルファリアはずっとそれを残念に思っていた。しかし今の孝太郎の言葉で、歳を重ねる事が決して悪い事ばかりではない事に気付かされた。孝太郎はちゃんと、普段のエルファリアの良い部分を見ていてくれたのだ。

「でしたら次に若返らせて貰う時には、ここまで若くならないようにします」
「………好きにしろ」
「はい。好きに致します」

 こうしてエルファリアは自分だけが歳を取ってしまった事に悩むのを止めた。
それは彼女自身の為というだけでなく、目の前の孝太郎の為でもあった。

 ―――それに………あの子達を抱き締めてあげるには、この姿は若過ぎる………。

 そして何より、押入れの中で息を潜めて成り行きを見守っている、三人の少女達の為でもあるのだった。



   ◆◆◆次回更新は2月5日(金)予定です◆◆◆

作品応援ボタン(1日1回)応援コメントを書く