第7編 『意外と、身近にある危機』 シーン01

作者:健速

シーン01 : 健康診断


 かつて大怪我を負ったナナは、身体の多くの部分を人工の四肢(しし)で補っている。
それは六畳間の少女達が持つ科学と霊力、魔法の融合によって誕生した、本物の肉体と区別が付かない程に精巧な代物だ。
おかげでナナは人工の四肢を使っているという認識が薄く、心理的な負担は大きく軽減されていた。
一人の女の子として、回復したと言えるだろう。
 だがそれほどまでに精巧である以上、稼働開始から間もない時期には不具合も少なくない。
ナナの健康状態への影響や、人工四肢の機構的なトラブル、プログラム上の問題、動力が消費する霊力や魔力の量など、定期的に確認しながら調整する必要がある要素は非常に多かった。
 特に大きい戦いの直後ともなると、負担が大きくなる分だけ、多くの問題が生じる。
自然と大掛かりな診断と調整が必要になるのだった。

「ナナ、あなたこの状態でよく飛んだり跳ねたりしてらっしゃいましたわね。途中から感覚に投影される垂直が、実際よりも少しずれてしまっていますわ」
「ふふふっ、それは元魔法使いの経験からでしょうか。感覚を乱される事など、よくある事でしたから」
「………随分非常識な戦いをしてらっしゃいましたのね」
「もちろんそれだけじゃないですけれど。この新しい身体がよくできているお陰です」
「それは褒め言葉として受け取っておきますわ」
「褒め言葉ですよ。皆さんには感謝しています」

 ナナの健康診断と人工四肢の調整は、多くの技術に精通しているクランの主導で行われていた。
場所も『(ろう)(げつ)』の研究施設を使っている。おかげで二人の接点は多くなり、今では親しく言葉を交わすようになっていた。そしてそれは、一緒にこの場所へ来ている晴海(はるみ)も同じだった。

「戦いの時に(くるぶし)と膝への負担が多いみたいですね。少し魔法が弱まっています」
「それはきっと私のやり方がいけないんだわ。身体は大きくなってしまったのに、若い頃のように動こうとしているもの」
「ナナさんは今も十分に若いじゃありませんか」
「ふふ、魔法少女を名乗るには、歳を取り過ぎたという意味ですよ」

 晴海は生まれつき身体が弱いので、ナナが健康診断を受ける時には彼女も一緒に受けている。
また晴海は魔法が使えるので、ナナの身体の魔法を使っている部分を検査する事ができた。
一石二鳥であり、そのおかげで自然と晴海もナナと親しくなっていた。
 普段の健康診断はナナ、クラン、晴海の三人だけなのだが、実は今日はもう一人この場所へやってきている。
それは六畳間の少女達の中で、一番健康そうなティアだった。

「ナナよ、そなたの銃を一旦全て分解して掃除、組み立て直しておいた。不良パーツは変えたし、バレルも高精度のものに交換してある。重心も少し(いじ)った。そなたの場合は、以前より扱いやすくなっておる(はず)じゃ」
「ありがとうございます、ティアミリス殿下。わざわざ手間のかかるお仕事を………」
「気にする事はない。武器の扱いには慣れておるし、魔法を使った武器というものには興味もあるのでのう」

 ティアが担当していたのは、ナナの武器の整備だった。
工業製品としての銃の整備はクランでも十分に可能なのだが、それを使う人間に合わせて整備できるのはティアだけだ。
戦いが得意なティアは、誰よりも武器に精通しているのだった。

「………確かに大分扱いやすくなっています。照準器も調整して頂いているんですね」

 ナナは手渡された銃の動作を確認しながら、ティアに笑いかける。
ティアの整備は一流で、ナナが気になっていた部分は全て修正されていた。
日常生活では不器用な部分が目立つティアだが、武器に関しては器用だった。

「それは何よりじゃ。じゃが霊力や魔法に関する機構には手が出せなんだ。後ほどキリハやマキに頼むとよかろう」
「はい、ありがとうございます」

 ナナの健康診断と、人工四肢や銃の整備。どれも健康や命に関わる大切な仕事だ。
そしてそれは同時に、ナナを一人の女の子として生活させてあげる為に必要不可欠な仕事でもある。
少女達はそれをとても大切な事だと思っているから、この仕事には大きなやりがいを感じていた。



 ナナが魔法少女になった頃は最年少であったおかげで、いわゆる友人や戦友と呼べるものが乏しかった。
その直後から大活躍をしてアークウィザードになってしまったのも良くなかった。単独任務が大半になり、結果的に人付き合いが狭くなっていた。ナナにとって友人と呼べる相手は、早苗(さなえ)の母である()(なえ)と、弟子でもあるゆりかくらいしかいないのが現実だった。

「ナナの診断と、人工四肢のデータ解析の結果を総合すると、若干の問題があるようですわね」
「何が問題なのじゃ?」
「より自然な動きに必要なデータが揃っておりませんの。普段あまり使わない神経ってありますでしょう?」
「なるほど………その神経が関わる動きをしようとすると、モタつくわけじゃな」
「皆さん、お茶が入りましたよ」
「ありがとう、ハルミ」
「お菓子はなんなのじゃ?」
里見(さとみ)君が戸棚の奥に隠していたようかんを持って来ちゃいました。うふふ」

 そんなナナであるから、少女達の輪の中に入っていると、これまであまり感じた事のない感情を覚える。それは友達のグループというのはこういうものなのだろうかという、友情や帰属意識だ。佳苗には助けられ、ゆりかは保護していたから、完全に利害関係を伴わない同世代の女の子達との本格的な付き合いは、ナナにとって初めての出来事だった。

 ―――そうは言っても、幾つか年上なのだけれど………ここは自分が子供のような容姿に生まれついた事に感謝するべきかしらね?

 ナナは苦笑する。これまでは任務を始めとする幾つかの事情から、ナナは自分が童顔の幼児体型である事をあまり意識して来なかった。怪しまれないから便利だと感じているぐらいだった。しかし今は年下の少女達との付き合いに役立っている。自分が幼く見える容姿に生まれついた事に、思わず感謝するナナだった。

「そんな事をしたら、里見さんに怒られませんか?」
「大丈夫です。ちゃんと貰っていいですかって言ってきましたから」
「………それは持って来ちゃいました、ではありませんわよ、ハルミ」
「ハルミらしいのう」
『あはははははっ』

 ナナと三人の少女達は声を合わせて笑う。そうしていると本当に同い年の友人同士に見える。
ナナはこういう時間が出来るだけ長く続いて欲しいと感じていた。

「実は更にもう一つ、問題がありますの」
「どうしたのじゃ、深刻そうに」
「何か重大な問題でも?」

 ここでティアと晴海が心配そうな表情に変わる。するとクランは大きく頷き、もう一つの問題を口にした。

「ナナの胸や腰………お尻のサイズをどうするのか、という問題ですわ」

 ナナの人工四肢は、怪我を負った彼女の本来の身体を包み込むように作られている。彼女の本来の身体は怪我を負った事で()せてしまっており、怪我をしなかった場合を予想したボディラインとは異なっている。また身体を動かした時のデータが十分に取れるまではボディラインを整えるとデータを取る邪魔になる恐れがあったので、あえてボディラインには変更を加えていない。しかしある程度データが取れた今なら、そうした問題は起こらない。だからクランは今こそそれをする時だと考えていた。

「それはとても大事な問題じゃな」
「女性としては放っておけない部分ですよね」

 クランの指摘を受け、ティアと晴海は納得した様子で同意する。ティアと晴海も一人の女の子。ナナを出来るだけ可愛い姿に、というクランの考えには大賛成だった。

「それでナナ………あなたはどのような姿を希望なさいますの? ユリカが持っている写真に合わせます? それともそこから少し成長した想定に致します?」
「ええと………」

 ナナはその幼さの残る顔に軽く眉を寄せて考え込む。かつての姿を取り戻すか、それとも想定される現在の姿か、あるいはもっと踏み込んで理想の女性の姿にするのか。厳密には、現在の人工四肢はゆりかと一緒だった頃の彼女よりも幾らか平坦なボディラインになっている。大差はないものの、若干胸や腰を強調した方が本来の彼女に近付く。現実的に判断すれば、そのあたりが落としどころになる筈だった。

「………もうしばらくこの姿でいようと思います」

 しかしナナの結論はそうではなかった。なんと彼女は、姿を変えようとは思わなかったのだ。これに驚いたのが晴海達三人だった。

「いいんですかっ、そのままでっ!?」
「何故じゃ!? 元の姿に戻りたくはないのか!?」
「手間の心配ならありませんわ! あなたの貢献からすれば、些細な問題でしてよ!」

 三人にとっては、ナナが本来の生活を取り戻すのが第一だ。ナナに一人の女の子として完全な状態を取り戻させる為に、これまで頑張ってきたのだから。おかげで三人の驚きは深かった。

「このままの方が、子供っぽく見えるでしょう? 私はどうやら子供時代をどこかに置き忘れて来てしまったようなので………せっかくなので、もうしばらくこの格好で子供のような事をしてみようかなって」

 ナナの意図は明確だった。彼女は小さな頃から任務に明け暮れ、あまり子供らしい暮らしをしてこなかった。
だから幼さの残る容姿でいたい。あまり大人びた姿では、やりにくい事も多い筈だから。

「そういう事だったんですか。そういう意味なら私も賛成です」
「子供のような事を、か。コータローに任せると良いかもしれんのう」
「………ベルトリオンは子供のような男ではなく、本当に子供なのですわ」

 大人の姿にはいつだって戻れる。そうする前に今の姿の方がいい事をする。この理由であれば、少女達も納得だった。

「ありがとう、皆さん。大人びた姿になりたくなったら、その時は是非お願いします」

 実はもう一つ、ナナにとって重要な理由があった。今の姿の方が、目の前の少女達と雰囲気が近い。
つまりナナは少女達との関係を円滑に保つ為に、今のこの姿を保ちたいと思っていたのだ。

「という事は、さしあたって必要なのは、不足部分のデータ収集ですわね」
「どういう姿であっても、動きが自然な方がいいのは間違いないからのう」
「具体的には、ナナさんはどうすればいいんでしょうか?」
「骨折の後のリハビリだと思えば問題ありませんわ。動かさなかったところを動かして、身体に覚え込ませる。正確にはシステムに神経信号のデータを取らせる訳ですわね」
「………ふふふ………」

 そして少女達もいずれは大人になるだろう。その時は自分の身体もそうすればいい。ナナはゆりかや佳苗以来の新しい友人達と、これからもずっと親しく付き合っていきたいと願っているのだった。



   ◆◆◆次回更新は2月12日(金)予定です◆◆◆

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