第7編 『意外と、身近にある危機』 シーン02

作者:健速

シーン02 : 手先のリハビリ


 ナナの人工四肢は彼女の霊波や神経を流れる信号を拾い、動作パターンのデータベースと照合しながら彼女が思った通りになるように動く。従って動作を繰り返せば繰り返すほど自然な動きに近付いていく。赤ん坊の脳神経が身体の動かし方を覚えていくのと同じと考えていいだろう。
 だがそれは同時に欠点でもある。経験がない事に関してはデータが(とぼ)しくなり、動きに不自然さが生じてしまうのだ。データがない部分が(わず)かであっても、大きな流れのある動きの一部でそれが起これば、本人やそれを見る者は動き全体に違和感を覚えるだろう。そういうデータの穴を埋めていくのが今後のナナの目標だった。
 この問題を些細(ささい)な事と切り捨ててしまうのは簡単な事だ。しかしハンデを抱えた女の子を、きちんと一人の女の子に見えるように仕上げる事は、晴海(はるみ)やティア、クランにとっては非常に重要な意味を持っている。女性の目線では、決して放っておいてはいけない事なのだった。

「いいですか、編み棒はこういう風に持って下さい」
「ええと………こんな感じでしょうか」
「そうです、お上手ですよ」
「ふふ、まだ持っただけじゃないですか」

 ナナが最初に始めたリハビリ―――厳密に言うと少し違うのだが、便宜上(べんぎじょう)そう呼ぶ事にする―――は、細かな手先の作業だった。先生役は晴海。晴海が得意とする編み物を習う事で、ナナがあまり使った事がない神経を働かせようという考えだった。

「ティアミリスさん、指の位置が違いましてよ」
「こうかのう?」

 晴海の編み物教室に参加しているのはナナだけではない。ティアとクランも一緒に編み物をしていた。
これは単なる付き合いというだけでなく、二人共以前から多少興味があったのだ。そんな訳で四人は六畳間でちゃぶ台を囲み、編み物の真っ最中だった。

「んー、なんだか雰囲気が違うように見えるのですけれど」
「そなたと同じじゃぞ」
「変ですわねぇ………もしかして、わたくしも間違えていますのかしら?」

 しかし武器に関する事を除けば細かい事は苦手なティアと、研究以外には興味がなかったクランなので、編み棒を持つという所から既につまづいてしまっていた。

「ナナさん、あちらは持つだけで苦労しているみたいですよ」
「ふふ、少しだけリードしているみたいですね」
「その調子でお願いします。では早速始めましょうか」
「お願いします、先生」

 ナナは晴海にとって、とても出来のいい生徒だった。
彼女は晴海が教えた事を、まるでスポンジが水を吸収するかのように習得してしまう。晴海の感覚では、ナナは凄く上手になりそうな印象があった。一つ一つの動作を正確に理解しており、動きにも迷いがない。上手く出来ていないのは単なる慣れの問題や、それこそ人工四肢のデータ不足が原因だろうと思われた。

 ―――里見(さとみ)君はこうじゃなくてよかったな………。

 どんどん編み物の技術を習得していくナナを見ながら、晴海は最初の教え子であった孝太郎の事を思う。今でこそ孝太郎もそれなりの技術を習得しているが、当初は酷い有り様だった。孝太郎はナナとは逆で酷く不器用であったから、技術の習得は非常にスローペース。教えがいのある生徒だったと言い換える事が出来るだろう。そしてその事が晴海と孝太郎(こうたろう)の距離を縮めてくれた訳なので、晴海にとって孝太郎が不器用であった事は幸いだったと言えるだろう。

 ―――でもそっか………何でも出来ちゃうって、そういう事なんだろうな………。

 そこで晴海はふと、ナナが知らず知らずのうちに抱えている欠点に気付いた。
晴海と孝太郎の関係が不器用さによって深まったのなら、ナナはその逆かもしれない。
何でも出来てしまうおかげで、他人との接点が薄くなっているのだ。例外的にゆりかとの関係が(あつ)いのも、ゆりかの不器用さのおかげであると考えれば納得がいく。

 ―――だとしたら、もっと、こう………。

 だから晴海はナナとの接し方を改める事にした。
出来ているからといって、出来る人のように扱うのはナナにとって不幸かもしれない。もしそうでなかったとしても、別段問題はないのだから。これはかつての晴海には出来なかった考え方だが、やはり彼女も大きく成長していた。

「上手く出来ていますよ、ナナさん」
「ありがとうございます」
「では念の為に一度復習をしましょう」
「あ、え………はい」

 晴海はナナの背後に回ると、抱き締めるような形で腕を回した。華奢(きゃしゃ)な晴海よりも更に一回り小柄なナナは、晴海の腕の中に納まってしまう。そして晴海は孝太郎に教えた時のように、実際に手の動かし方を見せてやった。

 ―――昔………()(なえ)さんがよくこうしてくれていたっけ………。

 晴海の手の動きを眺めながら、ナナは十年ほど前の事を思い出していた。
ナナの協力者であった佳苗は、実の娘と同じようにナナを大事にしてくれた。抱き締められた事も一度や二度ではない。その時のあたたかな感覚は今もはっきりと覚えている。
晴海は編み物を教えようとしているだけなのだろうが、こうしているとかつてのように抱き締められているかのように錯覚する。
年下の少女に対して感じるべき感情ではないかもしれないが、ナナは晴海とこうしている事が心地よかった。



 編み物ばかりしていても使う神経が重複して、あまり効率的とは言えない。そこで一旦別のリハビリに移る事になったのだが、その前にお昼を兼ねて休憩する事にした。頑張り過ぎがいけないのは、リハビリについても同じだった。
 ちゃぶ台の所にはティアとクラン、ナナが残っている。晴海は一人で台所へ向かい、食事の用意をしている。この四人の中で料理が得意なのは晴海一人だった。

「ハルミが居てくれて助かったのう」

 台所の方を見ながら、ティアが笑う。ティアは料理が出来ない。材料とレシピ本があれば、食べられるものは作れるという程度だった。

「ユリカの買い置きのカップ麺は御免ですわ。ハルミには感謝しなくては」

 ティアの言葉を聞き、クランは繰り返し首を縦に振った。料理が出来ないのはクランも同じだったが、彼女の場合は全くできないレベルにある。しかもお料理コンクールの失敗が尾を引いていて、何となく台所には立ちたくないのが本音だった。

「ゆりかちゃんは、未だにカップ麺が好きなんですね」

 ナナは料理が出来ない訳ではない。多くの才能に恵まれた彼女だから、材料があればそれなりに食べられるものを手早く作ってしまう。しかし彼女は何事も効率的にこなしてしまうので、非常にシンプルな料理になりがちだった。遊び心と奥深さが足りないという所だろう。

「貧乏が怖くて、本能的に買ってしまうようじゃぞ」
「今後もずっとベルトリオンの世話になるつもりでしょうに、一体何をやってらっしゃるのか………」

 ガラッ

「まぁ、箱ごとこんなに沢山っ!?」

 ティア、クラン、ナナ、厳密な理由はともかく、三人とも料理が得意とは言えない。そんな訳で、昼食は晴海に一任される事になったのだった。

「じゃが………わらわ達もユリカを笑えんのが辛いところじゃな」
「料理は苦手な訳ですものねぇ………」

 ここでティアとクランの声のトーンが僅かに落ちた。二人の視線は自然と台所にいる晴海の方に向く。
ちゃぶ台の所からでは晴海の姿は見えないが、慣れた手つきで料理をしている事は見なくても明らかだった。

「そういえば、晴海さんは色んな事が得意ですよね」

 ナナも台所の方に目を向ける。晴海は編み物だけでなく、料理も得意だった。まだ経験が不足しているのでレパートリーではキリハやルースには及ばないものの、一つ一つ丁寧に作業するので出来栄えは見事だ。きっと今日も美味しい食事を提供してくれるに違いなかった。

「確かにハルミは身体が弱くて運動こそ苦手じゃが、それ以外の事は何でもそつなくこなすのう」
「私達三人と比べると、間違いなく人間としての能力は晴海さんが圧倒しているような気がします」
「………わたくし達が出来なさ過ぎるという可能性も否定できませんわね」

 個々の能力では晴海は一番ではない。頭の良さ、魔法、家事や戦いも。しかし全部を必要以上にこなす事は出来るから、総合力では勝る。複数の問題を抱えている時、一人だけ助っ人を選んでいいと言われたら、この顔ぶれの中では晴海を選ぶのがベストだろう。

「いや………問題から目を背けるのはよそう」
「背けてなどおりませんわ」
「いや、背けておる」
「ティアミリス殿下、どういう意味なのでしょうか?」
「わらわ達は人間としての力がハルミに劣っているのではない。………女の子としての力が、ハルミよりも大きく劣っておるのじゃ」

 認めたくない部分ではある。しかし目を背けても現実は変わらない。
 女の子としての力の欠如(けつじょ)
 これは意外なほど身近に潜んでいた、非常に大きな危機。
圧倒的な力を持つ晴海を前にした事で、三人が初めて向き合う事になった、女の子としての危機だった。



   ◆◆◆次回更新は2月19日(金)予定です◆◆◆

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