第7編 『意外と、身近にある危機』 シーン03

作者:健速

シーン03 : 運動のリハビリ


 昼食を済ませた四人は、予定通りにナナのリハビリを再開した。
午後のリハビリのメニューは運動が中心。先生役はティアが担当していた。
身体を動かす事に関しては、やはりティアの独壇場(どくだんじょう)だった。

「そのまま左手を伸ばして、右足のつま先を掴めるかのう?」
「多分、届くんじゃないかと」
「その動きをすると、脇腹のあたりの普段使わない筋肉を使う事になるのじゃ。同じ調子で右手でもやってみるがよい」
「分かりました、やってみます」

 最初は身体を大きく動かす事はなく、座った状態で身体を動かしている。
それは準備運動やストレッチに近いものだ。使わない部分の身体を動かして神経を働かせ、人工四肢にそのデータを取らせるのが目的なので、自然と準備運動やストレッチに近い内容になるのだった。

「ふむ………ではこちらも参るぞ、クラン」
「あだだだだだだだっ」

 クランが悲鳴を上げる。ナナはティアの言葉だけで何をすればいいのか分かるのだが、運動が苦手なクランはそうではない。
おかげでティアはつきっきりでクランの指導に当たっていた。今はクランの背中に手を当て、押してやっているところだった。

「そら頑張れ、ホレホレッ」
「いたたたっ、とっ、届きませんわっ!」

 普段から研究室にこもりきりで運動不足のクランなので、身体は非常に固い。
ティアは自分がやって貰う時よりもずっとずっと弱くクランの背中を押したのだが、クランは痛みで盛大に悲鳴を上げた。しかもそれで曲がったのはほんの僅かだった。

「………だらしがないのう。いつもじっとしているからそうなるのじゃぞ」
「ティアミリスさんだって、争い事以外では頭をお使いになるのは苦手でしょう?」
「そこを言われると痛い。………よかろう、互いに苦手分野には否定的な意見は言わないという事で」
「協定成立ですわね」

 お互いに苦手な事をあげつらってもきりがない。二人はすぐに言い争いを止め、運動に戻った。
かつての二人であれば、そのまま激しい言い争いが続いただろう。だが今の二人は、そういう争いが何も生まない事を知っている。
二人共、かつてよりずっと内面が成長していたのだった。
 そしてもう一つ、ティアとクランが争いを避けたい特別な事情があった。それは彼女達と一緒にリハビリに付き合っている、晴海(はるみ)の存在だった。

「ふにゅっ、にゅにゅにゅにゅぅぅぅっ」

 晴海はナナの動きを真似て、身体を動かしていた。しかし生まれつきの病弱さゆえに身体を動かす機会が少ない晴海なので、クランと同じく身体が固い。そのせいでナナのやっている通りには出来ずにいた。

「ここは一旦逆に動かしてみようかな? もしかしたらそれでもうちょっと………」

 だが晴海は勘は悪くない。もし生まれつき病弱でなかったら、運動はむしろ得意だっただろう。おかげで問題にぶつかっても、何となく自分なりに解決法が見出せる。そうして彼女は自分なりのペースで、少しずつ進歩していた。

「にゅっ、にゅにゅ………いた、いたたっ、も、もうちょっと………にゅにゅぅぅっ」

 ティアとクランが気にしていたのは、晴海が運動をする姿そのものではない。二人が注目しているのは、晴海が運動をする際にそこかしこから漏れ出してくる、女の子らしさだった。

「………やけに可愛いのう。どうしてじゃろう?」
「特別な事はしていない筈ですのに………わたくし達とは何が違うのか………」

 晴海はティアの指導の通りに身体を動かしているだけだった。にもかかわらず、何故かとても可愛らしく、柔らかな印象がある。
同じ事をしている(はず)なのに、同じ印象にならない。二人にとってはそこが非常に大きな謎だった。

「その違いを見付け出さない事には、いつまで()っても私達の問題は解決しませんね」

 そしてそこに注目していたのはティアとクランだけではなかった。ナナもまた、晴海が与える印象の違いに注目していた。
いつの間にか三人は自身の動きを止め、晴海の不思議と可愛らしく柔らかな運動に見入ってしまっていた。

「………あら、皆さんどうしたんですか?」

 だがそんな事がしばらく続けば、晴海も異常に気付く。
晴海は自分を見ている三人に気付くと、動きを止めて不思議そうに首を傾げた。

「あ、い、いや、なんでもない。そなたの進み具合を確認しただけじゃ!」
「そそっ、そうですわ! わ、わたくしと同じで運動が苦手なあなたのっ、身体の動かし方を見ていただけですのよっ!」
「気にしないで続けて下さい。休憩する時に目に留まっただけですから」

 三人は慌てて誤魔化すと、ばね仕掛けのおもちゃのようなぎこちない動きで、自分達の運動を再開した。

「はぁ………そういう事でしたら………?」

 晴海はそんな三人の様子が不思議で仕方がなかったが、幾らもしないうちに気持ちを切り替え、彼女も運動を再開した。
そして晴海はその後も、可愛らしく柔らかな印象のままだった。



 ティアとクラン、ナナの三人は、晴海の女性らしさがどこから来るのかを知りたいと思った。その一端でも身に付けない事には、女性としての危機である事に気付いたのだ。だがじろじろ見てしまうと晴海を戸惑わせ、一番見たい女性らしさを薄れさせてしまいかねない。そこで三人は知恵を絞り、晴海と一緒にリハビリをしながら、気付かれないように彼女を観察する事にした。そしてこっそり観察するのは、クランの得意分野だった。



「ハルミや、とりあえず思う通りに構えてみるがよい」
「ええと………こんな感じでしょうか」

 チャッ

「うむ、スパイ映画じゃとそうやって腰のあたりで構える事が多いが、実はその構えは実用性が低い」
「そうなんですか?」
「目の前の相手であっても、どこに当たるか分からんからのう。そう構えて、どこに命中するか想像できるか?」
「言われてみれば、何となく的の方に向けてる感じでしょうか」
「照準器も使っておらぬしのう。つまり、そういう風に構える設計ではないのじゃ」
「ではどう構えればいいんですか?」
「利き目で銃を後ろから見て、銃口の上にある突起と、銃の後方にある溝を合わせるのじゃ。そうすると自然とその先にある的に当たる」
「こうですか?」

 チャッ

「そうじゃ。後は狙いを正確にする為と反動への対策で、両手で持つのがいい」
「こういう構えも映画で見たような覚えがあります。ちゃんと理由があっての構えなんですね」
「そういう事じゃ。………よし、試しに撃ってみるがよい」
「でも………撃つと弾が出るんですよね?」
「大丈夫じゃて。訓練用の銃じゃし、弾もペイント弾じゃ。やっておかないと、いつまでも仕組みが理解できんぞ。戦いになったら魔法で銃の仕組みを邪魔するのじゃろう?」
「そ、そうでした。………やってみます」

 チャッ

「怖がることはない。ちゃんと両手で持てば反動は抑え込める」
「えと………撃ちます!」

 ドンッ

「きゃあきゃあきゃあっ!? 出たっ、弾が出ましたっ!?」
「………なんだか、こう………銃を撃つ姿さえも妙に………。それはともかく、この調子では先は長そうじゃの」



「クランさん、少しPAFのアシストを弱くする事は出来ますか?」
「出来ますわよ。でも、何故ですの?」
「実は自分の力だけで腕立て伏せをやろうとしたら、そのぉ、二、三回で動けなくなってしまいまして………あは、あはははっ」
「反復できなくてはトレーニングの意味がありませんわねぇ。かといってPAFが通常のアシスト状態では運動にならない………ちょっとお待ちになって下さいまし。アシストの強度を調整いたしますわ」
「ありがとうございます!」
「どれどれ………」

 ピッ、チチチッ

「………ハルミの動きからのフィードバックのレベルを、スライダーで調整できるようにすれば………えーとぉ………こんなところかな?」

 ピッ、ピピッ

「ハルミ、PAFの発生器にアシスト強度の調整用のスライダーを付けましたわ」
「えっ、もう出来たんですか?」
「ええ。新しいコードを一つだけ加えただけですもの………それで、最強にするとこれまで通り。それを基準にして、アシスト量をゼロパーセントまで自由に変更できるようにしましたわ」
「ありがとうございます、すぐにやってみます!」
「あまり無茶はなさらないようにして下さいまし」
「はい。最初は半分ぐらいで………」

 ピー

「これでよし、と。では早速………ふにゅぅっ、にゅにゅにゅにゅぅぅぅっ」
「………にゅにゅ?」
「にゅんにゅにゅにゅにゅにゅううぅぅぅぅぅっ」
「………この反則的な可愛らしさにも、調整用のスライダーが必要ですわね………」



「ナナ、そなたもしかして、格闘技は我流か?」
「はい。基礎的な部分は訓練で習っているんですが、我々は魔法使いなので、格闘技はそれ程しっかり習っている訳ではないんです」
「その先は戦いの中で磨いたという訳か」
「本格的に格闘技を訓練していないという事を、最大限肯定的に表現するとそうなると思います」
「なるほどのう、それで動作に一貫性がないのか」
「分かりますか?」
「うむ。格闘技には流派ごとに戦いに対する考え方があってのう。この技をこうかわすなら、あの技はこう来る可能性が高い、というような予測がある程度成り立つのじゃ。しかしそなたには予測が成り立たない」
「相手がやっているのを真似して覚えたような感じですから、格闘技術全体がパッチワークのようになっているんじゃないかと」
「うむ、確かにそのような感じを受けるのぅ。ふふん、面白い、もう少し相手をしてくれぬか」
「はい、喜んで」

 ガッ、ガガガッ、パシィッ

「………はぁ………お二人共凄いですねぇ………」
「わたくし達にはついていけない世界ですわね。自信を失くしますわ」
「何を言っているんですか。クランさんには凄い発明があるじゃありませんか」
「ハルミ………」
「その点、私は普通の女の子の枠から抜け出せなくて………皆さんと知り合ってから、やっぱり身の丈ってあるんだなぁって、つくづく思っています」
「………わたくし達からすると、どんな事をやっていても、決して女の子の枠から抜け出さないハルミの方が凄いと思いますわ………」
「はい? 今、何て(おっしゃ)ったのですか?」
「格闘技が出来ない事など、大した問題ではないと言ったのですわ」
「その意気ですよ、クランさん!」
「………わたくし達の問題は、あなたのように出来ていないという事でしてよ………」



 クランが撮影した晴海の映像は長時間に及んだ。
そしてその映像をティア、ナナ、クランの三人で分析した結果、彼女達はある一つの結論に辿り着いた。
それは、このまま独学を続けていても自分達の女の子らしさは開花しないだろう、という結論だった。



   ◆◆◆次回更新は2月26日(金)予定です◆◆◆

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