第7編 『意外と、身近にある危機』 シーン04

作者:健速

シーン04 : 最後のリハビリ


 その後もナナのリハビリは健康診断と並行して定期的に行われていた。
晴海(はるみ)やティア、クラン達は自然とそれに付き合っている。やはりナナが抱えている問題は簡単には無視できなかった。
そしてもう一つ、彼女達を強く結び付けている感情があった。それは晴海以外の三人が抱えている、ある特殊な事情に絡んでのものだった。

「このままでは、らちがあきませんわ」
「問題は明らかじゃ」
「それをどう解決するか、ですね」

 晴海が精密検査用の装置に入っている間に、クランとティア、ナナの三人は顔を突き合わせて相談をしていた。三人の表情は真剣だった。

「といっても………どう解決したらよいものか、思い付きませんわ」
「事情が事情じゃからのう」
「相談できる相手も限られますよね」

 こっそりと晴海の暮らしぶりを撮影し、それを詳細に分析した結果、三人はある結論に達した。
それは自分達には女性らしさが足りないという事、そしてこのまま放置しているといつまでもそのままになるという事だった。
 ナナは思春期を迎える頃には既にレインボゥハートのアークウィザードとして最前線で活躍していたので、女の子らしい遊びやおしゃれとは無縁の生活を送ってきた。結果的に素直で物分かりがいい子供がそのまま大人になってしまったかのような状況にあり、女性らしさがあまり身に着いていなかった。

 ティアもナナと似たような状況と言えるだろう。ティアの場合は人付き合いはあったものの、幼い頃から周囲は敵ばかりで友好的な人付き合いは殆どなかった。女の子らしさは友好的な人間関係の中で生じるものであるから、ティアの場合は地球へやってきてからの一年半余りが全てだった。

 クランの場合は二人よりも更に深刻だった。昔から人付き合いが苦手な上に、研究室にこもりきりだったので、女の子らしさ以前の状態にあったのだ。まずは人付き合いを身に付けた上で、女の子らしさを身に付ける必要がある。結果的に見て、クランの女の子らしさはようやく芽生(めば)え始めたかどうかという段階にあった。

「ならばいっその事………というのはどうじゃろうか?」
「そんな事をして大丈夫ですの?」
「どうせなら理想を追うべきじゃろうし、秘密裏に進められるじゃろう」
「私は賛成です。ここまでの流れ上、頼みやすい気もしますし」
「分かりましたわ。わたくしもそれだと気が楽ですわ」
「よし、決まりじゃ!」

 このまま自分達の自然な成長を待っていては、多くの時間を浪費する。早急に抜本的な改善が必要である―――
三人の意見は一致していた。そこで三人は恥を忍び、大胆極まりない一手に踏み切る事を決めたのだった。



 晴海が精密検査用の装置から出ると、ティアとクラン、ナナの三人が出迎えた。
だが三人の表情は妙に固い。それに気付いた晴海は、ちょっとした不安に駆られた。
自然と自分の検査結果が悪かったのではないかと考えたのだ。

「えと………検査結果、どうだったんでしょうか?」

 晴海は恐る恐る尋ねる。三人が三人とも深刻そうな顔をしているので、もしかしたらという不安が大きい。
おかげで晴海の声は妙に掠れていた。

「特に問題ありませんわ」
「そういう風には思えないんですけれど………」

 クランは即座に否定したが、晴海はすぐには納得できない。大丈夫という言葉と、三人の表情が一致していないのだ。

「いや、そなたの身体に問題がないのは本当じゃ。実はのう、問題があるのは我らの方なのじゃ」
「ティアミリスさん達の?」

 ティアの言葉で自分の身体に問題がない事は分かったが、それならそれで晴海は心配になった。ティア達に何らかの問題が生じたという事だったから。だから晴海は一度息を呑み込むと、恐る恐る尋ねた。

「どういう事なんですか?」
「実はね、晴海さん。私達三人には、ある共通した問題があるの」

 晴海の言葉に答えたのはナナだった。この場は一番年長の彼女が、リーダーシップを発揮(はっき)して話をするつもりだった。

「それは一人の人間として、とても大切な問題なの」
「………大切な、問題………?」

 晴海はナナの深刻そうな表情と口ぶりに呑まれてしまい、先程とはまた違う理由で息を呑んだ。

「それに絡んで、一つあなたにお願いがあるの」
「構いませんけど」

 晴海には目の前の三人のお願いを断る理由はない。あっさりと首を縦に振った。
するとナナは少し安堵した様子でその中身を語った。

「私達三人のリハビリを手伝って欲しいの」
「何のリハビリですか?」
「女の子」
「へっ?」
「だから、女の子らしさのリハビリをしたいのよ」
「ええぇえぇぇぇぇっ!?」

 それはあまりに予想外なお願いだった。
おかげで普段は物静かで控え目な晴海が思わず大きな声を上げてしまうくらい、大きな驚きがあった。

「女の子らしさって、皆さんどこからどう見ても女の子じゃありませんかっ!?」
「それが問題なのよ。その………見た目以外の女の子らしさが欠如している事に気付いてしまって………そのぉ………」

 いつも凛として堂々たる態度のナナが、この時ばかりは照れ臭そうにしていた。
指先をつんつんと突き合わせ、頬を赤らめつつ、上目遣いに晴海を見ている。
いかに年長のナナといえど、自身の欠点、とりわけ女性的な面で劣っていると告白するのは恥ずかしい事だった。
これはティアとクランについてもそうで、二人共ナナと同様に顔を赤らめ、居心地が悪そうにしていた。

「………だから………見た目以外の女の子らしさで突出した力を持つ晴海さんに、その秘訣を教えて貰えないものかと………」
「そう言われても………」

 事情を聞かされても、晴海は困惑気味だった。
晴海は意識して女の子らしく振る舞っている訳ではない。
だから教えろと言われても何を教えていいのかさっぱりだった。

「上手く教える自信がないです」
「一緒に行動して、あなたならどうするのかを見せて欲しいの。そしてあなたなら避ける事を私達がやってしまった時に、それを指摘してくれれば。他のリハビリと同じで構わないのよ!」
「そうじゃ! 出来る限りで構わぬ!」
「このまま放置するより、少しでも何か手を打たなければいけませんの!」

 だが三人は晴海に自信があろうがなかろうが、リハビリをお願いする以外になかった。何もしなければ現状維持となる。
それを問題視していたのだから、(わず)かでも進歩したいと願うのは当たり前だろう。

「でもそういう事ならキリハさんあたりに頼んだ方がいいんじゃありませんか?」

 晴海がお願いした時、キリハは悪女の訓練をしてくれた。
だから女の子らしさを開花させる方法もきっとキリハなら考え出してくれるに違いなかった。

「そうしたとしても結局最後は晴海さんに頼まなきゃいけないのよ! お願い!」

 ティアとクラン、ナナの視点では女の子らしさという意味では晴海が群を抜いている。キリハよりもだ。キリハは精神年齢が高い分だけ、女の子よりも大人の女性の雰囲気が出てしまっているからだ。
三人に必要なのはあくまで女の子らしさ。大人の女性らしさではないのだった。

「ええと………」

 晴海は悩み始めた。教える自信はないが、三人の真剣さは分かる。無下に断ってはいけない内容である筈だった。
さんざん悩んだ挙句、晴海はある事を条件にリハビリ指導を引き受ける事に決めた。

「………分かりました、お引き受けします」
「本当に!?」
「よくぞ言うてくれた、ハルミ!」
「助かりましたわ!!」
「ただし、条件があります」
「何でも言って下さい」

 ナナは条件の内容も聞かず、すぐに首を縦に振った。そうしたくなるほど、女の子らしさの習得は、切実な願いだったのだ。
これはティアとクランも同じだった。

「私が皆さんに女の子らしさを教える代わりに、逆に皆さんから教えて欲しいものがあるんです」
「それは?」
「ナナさんには、凛々しく戦う秘訣を教えて貰いたいです」

 実は似たような悩みは晴海の方にもあった。それは自分がどうしても女の子じみた行動しかとれないという事だった。
 戦いになれば晴海も必死に頑張るが、ナナのようにスマートに戦う事が出来ない。やはり一般人の枠から抜け出せず、目の前の出来事に必死に対応しているだけで終わってしまうのだ。みんなの役に立つ為には、このままでは駄目だという思いが常にあった。

「ティアさんには、積極的な人間関係を教えて貰いたいです」

 晴海がティアから習いたいのは、ある種の攻撃的とすら思える、対人関係の構築方法だった。
晴海はどうしても温和で奥手、常に待ち構える方になりがちだった。それがスポーツであれ戦いであれ人との関わり方であれ、待ち構えているだけではその後の展開が狭い範囲に納まってしまう。
だから晴海は、ティアのように自分で人間関係をこじ開ける力を常々欲しいと思っていたのだ。

「そしてクランさんには、里見(さとみ)君に悪戯(いたずら)される方法を教えて欲しいです」

 クランから習いたい事は、最初の二つに比べると非常に狭い領域で必要になるものだった。
晴海は常々クランを(うらや)ましいと思っていた。
クランは特に何らかの働きかけをしなくても、孝太郎(こうたろう)から悪戯をして貰えるという特異な才能を持っていたのだ。
晴海はなかなかそういう事をして貰えないので、秘訣があるなら知りたいと思っていたのだ。

「スマートに戦う秘訣………考えた事もなかったけれど………」
「あんなものっ、弄ばれているだけですわっ! あなたは尊敬されているから(もてあそ)ばれないのですわっ!」
「落ち着くのじゃ、クラン。わらわ達が教えて貰おうとしているものもそういう性質のものじゃから、取り引きとしては正当じゃぞ」
「分かっていますわっ、もうっ」

 多少感情的になる部分もあったが、三人とも晴海の要望には応えるつもりでいた。教えを乞う以上、対価は必要だった。

「晴海さん、私達はその条件を飲みます」
「はいっ、みんなで頑張りましょうね」

 晴海は話がまとまると嬉しそうに笑う。晴海は最初こそ大きく戸惑ったものの、結局やる事は四人で楽しく過ごすだけだという事に気付いたのだ。女の子らしさ、スマートさ、激しい対人関係、悪戯される方法。どれもただお茶を飲みながら、あるいは遊びながら身に付けるものでしかないのだった。

「これで少しは女の子らしくなれるといいけれど」
「何事も為せば成る」
「その前向きさが羨ましいですわ、まったく………」

 そしてその事はナナ達三人にも伝わっていく。やがて三人も晴海と一緒になって笑い始めた。
それこそが今の四人に必要な事だった。

「それで早速なんですけれど………ベルトリオンがお腹を出して寝ている時の、最良の対応はなんですの?」
「私はまだそういう状況に遭遇した事がないので………ちなみにティアさんはどうしますか?」
「その感じなら………ダイビングボディプレスじゃな。ハルミは?」
「ダッ、ダイビング………!? あっ、え、ええと、私の場合は毛布を掛けますね」

 四人の少女達はお茶とお菓子を用意すると、ああでもないこうでもないと、議論ともお喋りともつなかい時間を過ごし始めた。それはこれまでにナナがあまり体験してこなかった事だから、新鮮で印象的な出来事だった。

 ―――もし私が普通の女の子で、学校に通っていたら………もしかしたらこんな風だったのかしら………。

 この時になってようやく、ナナは自分に本当に必要なリハビリが何だったのか、という事に思い当たった。
女の子らしさなど、実は大した問題ではなかったのだ。本当に必要だったのは、こうして友達と時間を過ごす事。きっと友情のリハビリこそが、ナナに必要なものだったのだろう。

「でもそれだとベルトリオンは後でなんだかんだ言ってきますでしょう?」
「ええっ? 私はお礼しか言われた事はありませんけれど………」
「ハルミ補正じゃの」
「これまでの積み重ねが重要なのではありませんか?」
「ベルトリオンはハルミにだけ優しいのですわっ!」
「………いいなぁ、クランさんは………」
「ちっともよくありませんわっ!!」

 しかしナナはその真実を胸の奥にそっとしまいこんだ。
口にしてしまえば、せっかく始まった友情のリハビリに支障を来しかねないから。
ナナが友達を手に入れたのは、ゆりか以来となるだろう。
そんな友達とのお喋りの時間を、ナナは出来るだけ長く堪能していたいと願うのだった。



   ◆◆◆次回更新は4月1日(金)予定です◆◆◆

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