第1編 『虹野、魔法少女やめるってよ』 シーン03

作者:健速

シーン03 : はい、その予定ですぅ。


 新入部員から『ゆりかが魔法少女をやめる』という報告を聞いたコス研は大きく動揺したものの、
それでも最初に出た反応は否定の言葉だった。

「そんなまさかっ、嘘でしょ!?」

 ゆりかが魔法少女のコスプレにどれだけの情熱を注いでいるのかはコス研の誰もが知るところだ。
だからゆりかはコス研の中でも一目置かれる存在だった。
ゆりかならきっと生涯を魔法少女のコスプレに捧げるのだろうと、誰もが信じていたのだ。
だから会長の口から飛び出した言葉は否定の言葉となり、それは研究会の総意でもあった。

「嘘なもんかっ! あたしがこの耳で聞いたんだっ、間違いないっ!」

 そしてそれはこの報をもたらした新入部員にとってもそうだった。
自分の耳で聞いた事が信じられず、彼女は苛立っていた。

「それが本当だとして、どうしてなの!?」
「知るかよ! 男でも出来たんだろっ!」

 代々コス研に言い伝えられている『コスプレイヤーが引退する十の理由』によれば、
最も有力な引退理由は『彼氏が出来る事』だった。
 交際相手が出来ると、私生活の充実により相対的にコスプレの価値が下がり、コスプレに割ける時間が減っていく。
一度そうなるとあとは悪循環で、急激にコスプレに対する情熱を失っていく。

 逆に彼氏に見せる為のコスプレは増えるのだが、積極的に新規の衣装を作る理由がなく、創造性が失われてしまう。
彼氏がコスプレイヤーやカメラマンである場合など一部の例外は存在するが、
多くの場合、彼氏の出現はコスプレイヤーとしての死を意味するのだった。
 だからこそ、コス研では男性関係は蛇蝎(だかつ)のように嫌われている。
だから新入部員の少女が『男が出来た』と口にした瞬間、部屋の温度がグッと下がった。

「そういえば、(にじ)()さんのクラスには有名な女たらしがいたわね」
「マッケンジー先輩ですか? まさか………あの人には今ちゃんとした交際相手がいる筈ですよ?」
「分からないわよ………男なんてみんなケダモノなんだから」

 コス研の少女達は口々に噂話を始める。
その槍玉に上がったのはやはり賢治(けんじ)で、彼の女性関係の悪評は着実に学内全体に広がっている様子だった。

「みんな落ち着いてちょうだい!」

 動揺する仲間達を見かね、前会長が声を張り上げた。
長年コス研を支えてきた彼女に対する信頼は絶大で、研究会の少女達は噂話を止め、彼女に視線を向けた。

「ゆりかちゃんの言葉が真実だとしても、その理由はまだ分からないわ!
 慌てて騒ぐ前に、まずはそれを確かめましょう!」

 ゆりかが口にしたという『魔法少女をやめる』という言葉が真実なのだとしても、その理由ははっきりしていない。
本当に交際相手が出来たのなら大問題だが、家庭の事情などという場合も考えられる。
噂話を先行させるよりも、まずは真相の究明こそが第一。
この理屈は誰にも正しく感じられ、結果的にコス研の少女達の動揺は収まっていた。

「しかし先輩、確かめるって言っても、どうやって?」

 新会長が話を先に進める。
これもコス研の言い伝えなのだが、特定の交際相手が出来た場合、直接尋ねても返答は得られない。
多くの場合、交際それ自体を隠そうとするのが基本パターンだった。

「ふふふ、私達はコスプレイヤーよ。コスプレイヤーらしいやり方で、ゆりかちゃんの私生活を探ればいいのよ!」

 彼女達はコスプレ研究会。その実力をフル活用すれば、変装も容易い。
彼女達には隠密裏にゆりかの私生活を探る事も、そう難しい話ではないのだった。



 警察官、ナース、コンビニ店員、ウェイトレス、その他諸々。
コス研のコスプレレパートリーの中には一般的な職業も数多く含まれていて、その衣装は部室の倉庫内に多数用意されている。
彼女達はそれらを身に着けてゆりかの追跡を開始した。
本人を問い詰めるよりも、生活を覗き見る方が確実に真相を暴く事が出来る。
思想的なリーダーの裏切りとも目されている事件なので、少女達の意気は上がっていた。


「ねえ、里見(さとみ)さん、綺麗なお花がいっぱい咲いてますよ」
「もうそういう時期か………秋だもんな」
「食べられるお花ですかねぇ?」
「食う事ばかり考えるな!! お前の秋は食欲の秋だけか!?」
「だってぇ、いつ貧乏暮らしに戻るか分からないじゃないですかぁ」
「お前はもう、貧乏暮らしにはならん」
「………あのあのぉ、そ、それってぇ、里見さんが………ずっと養ってくれる、から、ですかぁ?」
「………」
「え、えと………えと………えへへへっ」
「………馬鹿な事言ってないで、さっさと行くぞ」
「たいやきですよね? えへっ、えへへへへっ」


桜庭(さくらば)先輩の身体ってぇ、どこが悪いんですかぁ?」
「どこというより、全体的にだな。身体に無理をさせるだけの余力がないんだ」
「………だから、動き回ったりすると倒れてしまうんですね………」
「でも、もう心配ないだろ」
「えっ?」
「いつもお前が一緒だから安心だ」
「さとみさん………」
「違うのか? 親友なんだろう?」
「………い、いいえっ、違いませんっ! 虹野ゆりか、粉骨砕身して励みます!」
「結構結構」
「ねぇ、里見さん」
「うん?」
「なんだか今、とっても優しいですね?」
「茶化していい話題じゃないだろ」
「だったらあの、桜庭先輩の診察が終わるまで、手、握っててもいいですか?」
「………好きにしろ」
「はいっ!」


「桜庭先輩、たいやきですよぉっ、たいやきぃ! らんららーん♪」
「ゆりかさん、ご機嫌ですね。何かあったんですか?」
「特に何も」
「そういう風には見えませんけど」
「ゆりかが桜庭先輩の身体の心配をしていたから、親友のお前が一緒にいるんだから心配要らないだろって言ったら、以降あの調子です」
「それは何かあったって言うんですよ、もぅ………里見君ったらぁ………ふふふ」
「………俺には女心は分かりません」
「分かっていないのに、必要な事が出来ているから、ゆりかさんは里見君が大好きなんですよ。
 里見君が何もかも計算尽くの人だったら、好きになったりしません」
「桜庭先輩………」
「もちろん、私もですよ?」
「………」

「ほらほらぁっ、里見さんも桜庭先輩も早く早くぅっ!! 信号変わっちゃいますよぉっ!?」
「ほら、里見君、お呼びですよ」
「………はい」
「早く行かないと、たいやきが冷めちゃいますよぉっ!」
「買う前に冷める訳ないだろっ!」
「ふふふ………」


「んじゃ、買ってきます」
「行ってらっしゃい、里見君」
「たいやきが冷めないうちに帰ってきて下さいねぇ?」
「買ってすぐ冷める訳ないだろ!」
「わかりませんよぉ、里見さんすぐ意地悪するからぁ」
「馬鹿者!」

 ぽかっ

「いたっ!? ほらぁっ!!」
「自業自得だ。それじゃホントに行ってきます」
「………まったくもぉ………すぐ実力行使なんだからぁ………」
「ふふっ」
「笑い事じゃありませんよぉ」
「でも、大好きなんですよね?」
「………うぅ………はいぃ………」
「ゆりかさんは、里見君のどこが好きなんですか?」
「………えと………里見さんはぁ、私の駄目なところを全部知ってるのにぃ、必要だって思ってくれてるんですぅ………
 なかなか、言葉にしてはくれませんけどぉ………」
「里見君は男の子ですから、言い難い事もあるんですよ。
 それに………言葉にしたら価値が薄れる事って、あると思いませんか?」
「はい………今は、凄くそう思いますぅ」


「あっ、里見さんのたいやきの方が大きくないですかぁっ!? 交換して下さい!!」
「大きい訳ないだろ!! 同じ型で焼いてるんだぞ!?」
「ほらぁっ、厚みが全然違うじゃないですかぁっ!」
「それはお前が中のあんこだけ吸ったからだろ!」
「里見さんのも吸ってみれば分かりますよ。むちゅ~~~~」
「吸うなっ!!」
 
 ぽかっ

「ぷはぁっ………ほらぁ、やっぱりおっきいですよぉ?」
「そりゃあな。ちょっとしか吸わせなかったからな」
「んー、はぐっ」
「わー!? 桜庭せんぱーいっ!?」
「はぐはぐ………里見君、やっぱりここのたいやきは美味しいですね。尻尾の先まであんこたっぷりです」
「………あぁ………尻尾がなくなっちまった………」
「里見さん、やっぱり私自分のを食べますぅ」
「そうだろうなっ、そうだろうともっ!!」


 だがコス研の少女達に勢いがあったのは最初だけだった。
ゆりかの暮らしぶりを眺めるうち、真実を追求しようという意志の力が急激に削がれ、
代わりにフラストレーションだけが高まっていった。
 ゆりかは仲良しの親友と彼氏に恵まれ、代わり映えはしないけれど、底抜けに明るく楽しい毎日を送っている。
それはコス研の少女達に限らず、誰もが思い描くような理想の高校生活だった。

「なっ、なんなのよこれはぁっ!?」
「裏切りよぉっ、これはコスプレイヤー全体に対する重大な裏切りだわぁっ!?」
「虹野さんは堕落したのよっ! 恋に魂を売ったんだわっ!」
「道理でコスプレを辞める訳だわっ!! これ以上何を望むって言うのよぉっ!?」
「神様っ、どうかゆりかちゃんに天罰をををををっ!!」

 そんなゆりかに比べて、自分達は一体何をしているのか。
コス研の少女達のイライラが急激に高まっていくのも当たり前だろう。

「み、みんな落ち着いてっ、まだ結論が出た訳じゃないでしょうっ!?」

 新会長は必死に仲間達をなだめようとする。
彼女は新しく会長になったという責任感の分だけ、辛うじて冷静さを保っていた。
しかしもはや、彼女の言葉だけでは仲間達を止める事は出来なかった。

「もぉうっ、がまんできなぁぁああぁぁぁぁいっ!!」
「ああっ!? 駄目ですせんぱぁ~~~いっ!!」
『うおぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』

 新会長とは逆に責任から解き放たれた前会長が、先陣を切って走り出す。
向かう先はもちろんゆりかの所。ゆりかを直接問い詰めようというのだ。
するとコス研の少女達もそれに続く。新会長の制止はもはや誰の耳にも届かなかった。

『おおおおぉおぉおぉぉおぉぉぉぉぉぉっ!!』
「きゃああぁあぁぁぁっ、なんですかぁっ!?」
「ゆりか!」

 突然沢山の少女達に取り囲まれたので、孝太郎は反射的にゆりかを背後に庇った。
ゆりかの方も孝太郎に縋るようにして身体を縮こまらせる。その様子がなおの事コス研の少女達の気持ちに油を注ぐ。
今や少女達の心は化学工場の火災並みに燃え上がっていた。

「コ、コス研の皆さん!? 何事ですかぁっ!?」

 顔を見て正体が分かったおかげで若干気持ちが落ち着いたものの、コス研の少女達の異様な雰囲気にゆりかは怯えていた。

「ゆりかちゃんっ、正直に答えてっ!」

 目を血走らせ、眼鏡をギラギラと輝かせながら、前会長が一歩ずつゆりかに近付いていく。
すると他の少女達もじりじりと包囲の輪を狭めていく。

「か、かまいませんけどぉ………?」

 ゆりかはその迫力に押されて一歩後退した。
しかし孝太郎を抱き締める力は少しも緩めなかったから、孝太郎も一緒に下がる形になる。
そしてそれが更に少女達の緊張を高めていった。

「編み物研究会の会長になるって本当なのっ!?」
「はっ、はいっ、その予定ですぅ」

 前会長の声は、まるで地獄の悪魔のそれのようだった。ゆりかの経験上、こういう相手には逆らわない方がいい。
ゆりかは素直に質問に答え、首を縦に振った。

 ―――なるほど、それを心配して様子を見に来てくれたのか………。

 ゆりかはまだ怖がっていたが、孝太郎はここで緊張を解いた。
コス研の少女達は別にゆりかをどうこうしようという気はなく、むしろその逆だったと気付いたのだ。

「ゆりか、大丈夫だ」
「里見さん? ………は、はい」

 ゆりかはまだよく分かっていない様子だったが、孝太郎が軽く手を握ってやった時点で緊張を解いた。
孝太郎が大丈夫というのなら大丈夫だろう、ゆりかは孝太郎の判断を信用していた。

「里見さんと二人で、編み物研究会の活動をするっていうのねっ!?」
「新入部員がいなければそうなる予定ですぅ」

 ぽかっ

「そんな弱気でどうする」
「あいたぁっ!? ………里見さんは私と二人だけは嫌なんですかぁ?」

 落ち着きを取り戻したおかげで、ゆりかと孝太郎のやり取りは普段の調子に戻った。
おかげで二人は、コス研の少女達がやってくる直前の雰囲気に戻り始めていた。

「おう。このままじゃ研究会潰れちまうだろ」
「あは、私と二人だけなのが嫌なんじゃないんですねぇ?」
「ほ、ほっとけよっ」
「………優しくして下さいねぇ? えへへへっ」

 ゴンッ

「ずびばぜん、わるノリがすぎばした………」
「分かれば結構」

 そして間近でゆりかと孝太郎のやり取りを目にする事となったコス研の少女達は、
あっという間に燃え上がっていた激情を鎮火させた。

「全くお前という奴はもー………」
「里見さん、出来れば涙だけじゃなく、鼻水も拭いて下さい」
「ったくぅ………ちょっと顔上げろ」
「ふぁ~い」
『………あ~~~………』

 驚きと困惑、真実の追及、強烈なフラストレーション。
そうやって段階を経て変化してきたコス研の少女達の感情は、最終的にあるマイナスの感情に落ち着いた。

「………いいなぁ………」
「………私にもああいう人現れないかなぁ………」
「………無理無理、ああいうのって競争率高いじゃん………」
「………神様って不公平だよね………」

 それは圧倒的な敗北感だった。
 ゆりかと孝太郎があまりに自然と恋人同士のように振る舞うので、
至極あっさりとコス研など眼中にないのだろうと思わされてしまったのだ。
自分がゆりかの立場なら、きっとそうだと思うから。

「………かえろっかぁ………」
「………うん………」
「………あぁ~あ、来て損しちゃったなぁ………」

 少女達は女性としての敗北感を感じながら、とぼとぼと去っていく。
だがゆりかはそれに気付く事はないだろう。彼女達はその事もよく分かっている。
あれだけ幸せな環境に暮らしていて、去っていくコス研の少女達に気付くとは思えないのだ。

「お前、ちゃんとしてれば可愛いんだから、身だしなみは気を付けろよ?」
「ええっ!? 里見さんっ、私って可愛いですかっ!?」
「うわっと!? そ、それはだなぁ………あれっ、コス研の人達どうしたんだ!?」
「そんなのでは騙されませんよぉ! ちゃんと言って下さいぃ!」
「嘘じゃないって。見てみろ」

 グキッ

「きゃああぁあぁぁぁっ!? いたたたっ、あいたたたたたっ!!」
「あ、すまん」
「すまんじゃないですよぉっ、もぉぉぉぉっ!」
「でも、ホントだったろう?」
「それは………そうみたいですねぇ。凄く痛いですけど」
「桜庭先輩、コス研の人達はどうしたんですか?」
「えーと………しばらくそっとしておいてあげて下さい」

 晴海(はるみ)は苦笑するばかりで何も答えなかった。
一歩引いて騒動の流れを見ていた晴海にはコス研の事情がおぼろげに分かっている。
しかし彼女はその事をあえて孝太郎達には伝えなかった。
今コス研の少女達を呼び止める事は、傷口に塩を塗り込むような行為だという事も分かっていたのだ。

「はぁ」
「分かりましたぁ」

 晴海のいう事なので、二人は素直に従った。代わりに孝太郎とゆりかは不思議そうに顔を見合わせる。
急にやってきて急に去っていったコスプレ研究会の少女達が、不思議でならないのだった。

「………それにしても………」

 晴海は再び去っていくコス研の少女達の背中に目を向ける。
 ―――普通の人達からすると、私達の関係は恋人同士のように見えるのね………。
 恐らく、ゆりかに限った話ではないだろう。孝太郎達の関係は、無関係の人間からは恋人同士のように見えるらしい。
それを確認できたから、晴海はコス研の少女達を可哀想だと思いつつも、少しだけ満足しているのだった。



   ◆◆◆次回更新は2月27日(金)予定です◆◆◆

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