第8編 『帰るまでに行っておきたいいくつかの場所』 シーン02

作者:健速

シーン02 火竜帝、温泉地を強襲



 温泉卵という食文化に心奪われた()(りゅう)(てい)アルゥナイアが、実際に温泉へ行きたくなるまでそう時間はかからなかった。
温泉卵には大まかに二つの種類が存在していているが、彼はそのうち家庭でも作れる方しか食べた事がない。だから温泉のお湯を使って作る方の温泉卵も食べたくて仕方がないのだった。

『どことなく(わし)住処(すみか)を思わせる風景だな』

 それが温泉地に降り立ったアルゥナイアの第一声だった。(しず)()の目を通して見た温泉地の風景は、不思議と故郷のそれとよく似ていた。

「おじさまの故郷もこういう岩山なんだ?」
『うむ。火山に住んでいたからな。岩がゴツゴツしている感じが、とてもよく似ている。とはいえ生えている植物や建物には、見慣れない物が多いのだが』
「そこまで似てたら来た甲斐がないでしょ」
『もっともな話だ』

 バスから降りて人目が離れたので、アルゥナイアは例のぬいぐるみを思わせる幻影を作り、静香の肩に座らせる。遠目には本当にぬいぐるみにしか見えないので、下手に動き回らなければ周囲を騒がせる心配はない。
幻影を作った理由は、こうした方が話し易いからだ。しばらくやってみて分かった事だが、やはり視線と言葉を向ける先がある方が、コミュニケーションは取り易い。静香だけなら問題は少ないのだが、他に誰かが居る場合は特にその傾向が強かった。

「どちらにお住まいだったのですか? アライア様の手記では、火山としか書かれていなかったのですが………」

 ルースはそのアルゥナイアの幻影に目を向けて話し掛ける。幻影があるおかげで、そうするだけで誰に向かって話しているのかが分かる。もし幻影がなければ、誰に話しているのかをあらかじめ宣言する必要があっただろう。

『お前達で言うところの、南方連山の辺りだな』
「ああ、確かにあの辺りは火山が多かったですね」
『おかげで気温も高く、住み易かったのだ』
「しかし………確か気温が下がって、別の世界へ移住したと言っておられたが」

 ここでキリハが話に加わる。静香とアルゥナイアに同行しているのは、ルースとキリハの二人。他の顔触れは都合が付かず来ていない。結果的にだが、温泉地でのんびりするのに向いているメンバーになっていた。

『うむ。気温が下がって来たのと、火山の活動が鈍ったせいで、移住を決断した』
「フォルトーゼでは数万年周期で平均気温が低下する時期があります。そして数千年前からその傾向が始まっていると言われています。本格化はずっとずっと先のようですが」
「地球で言うなら、氷河期の気配を察して移住を決断したという事になるだろうか」
『寒い時期はあったかい場所に住みたいのは誰でも同じだろう?』
「おじさま達の気持ち、分かるなぁ。私も寒いの苦手だもん」

 三人と一匹はとりとめのない話をしながら、バス停から伸びる緩やかな坂道を登っていく。その先にある温泉街に、今日の宿泊先の宿がある。そこで少女達は温泉を堪能し、火竜帝は温泉卵を堪能(たんのう)する予定となっていた。



 温泉街に入ると、アルゥナイアは興味深そうに辺りを見回し始めた。事前にガイドブックで予習をしていたものの、実際に見ると印象が大分違っている。
またいかにガイドブックであっても全てが網羅されている訳ではないので、そこにある物はアルゥナイアにとっては初めて見る物ばかりだった。

『シズカ、シズカ!! 温泉饅頭の色が茶色ではないぞ!! どういう事なんだ!?』
「お、落ち着いておじさま! そんなに動いたらバレちゃうわよ!」

 興奮したアルゥナイアはまるで子供のようで、次々と新しい物に興味を持ち、静香を振り回している。竜族の生活と比べると都会の生活はあまりにかけ離れていたので、今一つ興味が持てなかったのだが、温泉街のそれは上手い具合にアルゥナイアの興味を()いた。シンプルさが良かった訳だが、静香には災難だろう。

「ふふふ、遊びに出掛けた時のおやかたさまやティア殿下と同じですね」
「竜であっても男の子、という事なのだろう」
「男の子………殿下が聞いたら怒り出しますよ」
(なんじ)は黙っていてくれる」
「あははっ、そう致します」

 パチン

 キリハとルースが笑い合った、丁度その時。キリハの鞄の留め金がひとりでに外れた。そして鞄の中から小さな声が聞こえてきた。

『姐さん、まだ出ちゃ駄目ホ?』
『怪獣のおじさんだけずるいホー!』
「そうだな。よし、出て来て構わないぞ」
『ホー!』
『ホホー!』

 軽く周囲を見回したキリハが鞄の口を大きく広げてやると、中から二体の埴輪が飛び出してきた。埴輪達は手にしていた携帯ゲーム機と音楽プレーヤーを鞄の中に戻すと、アルゥナイアの方へ飛んで行った。

『色が違う温泉饅頭ってどれだホー!』
『あれだ。茶色ばかりかと思っていたのに、ここのは白いのだ』
『ホントだホー! 食べてみたいホー!』

 アルゥナイアと埴輪達が並んでいると、完全にぬいぐるみの集団にしか見えない。
子供達に見付かると災難だが、幸いここは温泉地。子供の数は少ない。
仮に見付かったとしてもこの一匹と二体は姿を消す事が出来るので、大きな問題にはならないだろう。

『よし、早速参ろう』
『参るホー!』
『流石は帝王、頼もしいホー!』
「あっ、ちょっと三人共っ、待ちなさいってばぁっ!」

 むしろ問題は静香の方で、勝手気ままに行動する火竜帝と二体のお供に、完全に振り回されていた。

「………キリハ様、埴輪ちゃん達も男の子という認識で良いのでしょうか?」
「うむ、一応そういう事になっている」

 ルースとキリハが見守る中、静香はアルゥナイアと埴輪を追って右往左往している。静香には申し訳ないが、二人にとってその光景はとても微笑ましいものだった。



 アルゥナイアが魔力で作り出しているぬいぐるみのような姿は、意思を示す為や対話し易いようにする為の幻影だ。だから感覚的な部分では多くを静香に依存している。例えば食べ物の味を知る為には静香に食べて貰う必要がある、という具合だ。そしてそれは温泉に関しても言える事だった。

『………これまであまり注目して来なかったが、温泉というのも中々良いものだな』

 近くにいる静香からお湯の感覚を読み取ったアルゥナイアは温泉を気に入った様子だった。気を良くした彼は、ぬいぐるみのような姿で温泉の湯面を泳いでいく。幻影なのでそれで波が立ったり大きな音がしたりはしなかったが、静香はそんな彼に注意をした。

「おじさま、温泉の中では大人しくしているのがエチケットなのよ」
『おおそうか、済まない。彼らが楽しそうだったからつい』
『泳げるほど広いお風呂だホー!』
『ジェット推進だホー!』

 アルゥナイアは埴輪達の真似をしただけなので特に悪気はない。そして静かにしているのがエチケットだというなら、それを受け入れるだけの度量もある。アルゥナイアは泳ぐのを止め、ぷかぷかと湯面を漂い始めた。

「カラマちゃんとコラマちゃんも大人しくして」
『済まなかったホー』
『静香ちゃんの頼みなら断れないホー』

 埴輪達の方も静香に注意されると大人しくなる。埴輪達もアルゥナイア同様に泳ぐのを止め、水面を漂い始める。その姿はまるで池に投げ込まれたペットボトルのようだった。そして、そんな二体の様子を見て苦笑したのがキリハだった。

「済まないな、静香」

 キリハはこの顔触れの中では一番長い髪を持っている。おかげで髪を洗うのに多くの時間がかかり、埴輪達の大騒ぎを止められなかったのだ。

「本来なら我が監督せねばならない所だったのだが」
「いいのよ、自慢の髪を洗う間ぐらい。それにちゃんと気を遣って貸し切りにしてくれているじゃない」

 謎の生き物と埴輪を連れているので、キリハは他の客を驚かせてしまわないように、ツテを頼って浴場を丸ごと借り切っている。ずっと前に地上へ出た大地の民が経営している温泉があったのだ。そういう気遣いがある時点で、静香は十分にキリハが役目を果たしていると考えていた。

「そう言って貰えるとありがたい」
「気にしない気にしない」
「そうですよ。今回の仕切りは全てキリハ様がやって下さっている訳ですし」

 温泉の貸し切りに限らず、今回のミニ旅行全体を仕切っているのはキリハだ。彼女は各方面に手を回し、アルゥナイアや静香、ルースの希望が最大限叶うように調整してくれている。埴輪達がちょっとぐらいはしゃいだ所で、それに対する感謝の感情が揺らぐような事はなかった。

「仕切りといえばさ、ルースさんの希望は何だったの?」
「あ、ええとぉ………」

 急に話題が自分の方へ向き、ルースは思わず答えに(きゅう)した。アルゥナイアの希望は温泉卵、静香はどうせなら温泉に入りたい。同様にルースにも何らかの希望があった筈で、静香はそこが気になっていた。

「ルースの希望は神社だ」

 ルースが返答しないでいたので、代わりにキリハが答えてしまう。仕切りは彼女だったので、ルースの希望は知っているのだ。

「神社? へぇぇ、渋い所を突いて来たわねぇ」
「えと………その、はい………」

 話題としては特に問題があるような内容ではない。
しかしここでルースは何故か軽く頬を赤らめ、目を伏せてしまう。そんな彼女の姿を見て、静香はピンと来た。

「なぁるほどぉ………確かここのパンフレットに、近くに恋愛成就の神様が祭られた神社があると書いてありましたなぁ」

 静香は意地悪そうな笑顔を浮かべてそう言うと、肘で軽くルースをつついた。

「ううっ!?」

 するとルースは一旦限界まで両目を見開いた後、逃げるように身体を小さくして視線を湯面に落とした。その顔は限界まで赤く染まり、赤い範囲は耳の辺りまで広がっていた。その反応を見れば答えは明らかだった。

「ルースさん、やはり成就したいですか、恋愛?」

 静香は絞ったタオルをマイクに見立ててルースに向ける。すると横目でちらりとタオルを見てから、ルースは絞り出すようにして答えた。

「は、はい。でもそれは………皆様も同じなのでは?」
「うむ。我は成就して貰わねば困るな」

 ルースとは違って、キリハはあっさりと自身の願望を認めた。キリハには幼い頃から抱えて来た強い想いは捨てられなかった。

「そうねぇ………あの人を、あのまま放っておいちゃ駄目だよね」

 静香も自身の感情を認めたが、キリハ程にはストレートに表現できないでいる。ルースとキリハの中間くらいの表現と言えるだろう。

「だからその………この際誰でもいいから、何とかして下さいっ! っていう感じでお願いして来ようかと………」
「ルースさんはそれでいいの?」
「あの方はいつも御自分の事を後回しになさいますから、わたくしの事は後回しで構いません。それにわたくしはそのぉ………元々殿下のついでで構わないというか、第二夫人志望というか………」
「その気持ちは良く分かる」
「みんな考える事は同じかぁ………」

 ルースにせよ、キリハにせよ、静香にせよ、自分が幸せになる為だけの選択はむなしいと考えている。何事もお互いが幸せになってこそ。それが一番大好きな人であるなら、なおさらそうだろう。

「結局、お互いに自分より大切だからこそ、という事なんだろうな」
「わたくしはそう思います。そして、そうなるといいと願っています」
「それじゃあ、明日は三人でお参りという事で!」
『儂の温泉卵も忘れないでくれ』
『温泉埴輪だホー』
『良い感じで茹だってきたホー』

 貸し切りの温泉に六つの声が響き渡る。その声はどれも明るく元気、底抜けに楽しそうだ。仲の良い友達と共に、ゆっくりと温泉につかる。様々な事件に遭遇する彼女達にとって、こういう時間は得難い物だ。三人と一匹と二体は、それを心行くまで堪能するのだった。



   ◆◆◆次回更新は4月15日(金)予定です◆◆◆

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