第8編 『帰るまでに行っておきたいいくつかの場所』 シーン03

作者:健速

シーン03 小さな襲撃者



 旅館に泊まると朝食の用意をする必要がないので、キリハとルース、(しず)()の三人はいつもよりゆっくりとした朝を迎えていた。
旅館が朝食を用意するのは七時半。彼女達が目覚めたのはその少し前の事だった。

「おはよう、三人共」

 最初に起き上ったのは元気が()()の静香。キリハとルースは低血圧気味なので、まだ布団の中でウトウトとしていた。

『やっと起きたか』
『みんなお寝坊さんだホー』
『ゆりかちゃん並みだホー』

 その時にはもう一匹と二体は起きており、部屋の端に移動してあった座卓の上で何かをやっていた。興味を惹かれた静香はそちらへ近付いていった。

「ふぁあぁ………それはそうと、朝から何をやっているの?」

 静香は起きたばかりなので眠気が抜けておらず、あくびを交えて鼻声で訪ねた。

『これだ』

 アルゥナイアは立っている場所を変え、背後に置かれていた物を静香に見せてやる。それは以前から彼が愛読していたガイドブックだった。するとガイドブックを一瞥(いちべつ)した静香は軽く首を傾げる。

「幾つか印が付いてるけど、これは何なの、おじさま?」
(わし)らが絶対に食べて帰る物をチェックしている。昨日店先を覗いた感じと、ガイドブックの情報を突き合わせた上で、彼らと協議して七ヶ所まで絞った』
『怪獣のおじさんと一緒に相談したホー!』
『この七ヶ所は絶対に譲れないホー!』

 楽しみ過ぎて早朝に目覚めた一匹と二体は、この温泉地で絶対に食べて帰りたい物を順番にピックアップしていった。その中から土産物屋で購入して持ち帰る事が出来る物を除外。残りを食材が旬かどうかで選別し、そこへ一匹と二体の好みを加えてランキング化した。
その上位七つは、彼らが決して(ゆず)れない最優先の食べ物達だった。

『という訳だからシズカよ、朝食は食べ過ぎないよう願いたい』

 アルゥナイアは自分では物が食べられない。静香に代わりに食べて貰って、その感覚を共有するしかないのだ。従って静香が満腹では話にならないのだった。

「ちょ、ちょっと待ってよおじさまぁっ!! それじゃあ私、今日は七つも名産品を食べるのぉっ!?」
『そういう事になるな』
『最初は獲れたばかりの天然鮎の塩焼きからだホー!』
『最後は春風鶏の卵を豊富に使ったカスタードソフトクリームだホ』
「いっ、いやよ~~~!! そんなに食べたら絶対に太っちゃうじゃないのぉっ!!」

 話を聞かされた静香は眠気が完全に吹っ飛んでいた。
もしアルゥナイア達の計画通りに食べ歩くとしたら、静香は間違いなく体重が増える。それもアルゥナイアが魔力を使ったからではなく、静香そのものの体重が増えてしまうのだ。これは静香には到底無視できない大問題だった。

『心配はいらない。今日からしばらくの間、シズカの体重が二キロ低くなるように魔力をコントロールする』
「そういう問題じゃなーーーーい!! それに二キロも食べる気なのぉぉぉっ!?」

 静香が体重を気にするのは、ボディラインが崩れるからでもある。アルゥナイアが魔法で体重を軽くしてくれても、ボディラインまでは元には戻らないのだ。

「絶対に人前で水着が着れなくなるぅぅぅぅっ!!」
『ならば幻術で見た目も良くしよう』
「や~~~め~~~て~~~!!」

 残念ながら、火竜帝は孝太郎以上に女心に理解がない。元々そういう性格である事に加え、別の種族である事が大きく影響しているのだ。そしてアルゥナイアの言動に全く悪意がなく、純粋に友情や家族を見守る感情から出ている事が、静香の不幸だった。



 最終的に静香が七品食べる問題は、食べた分のエネルギーを直接熱に変換して放出するという、プラズマブレスダイエットの提案によって解決を見た。これは話を聞いたキリハによって提案されたものだった。

「………ええとですね、先程シズカ様が吐き出した火の息の火力を基準としますと、だいたい五回と三分の二回、火を吐かねばならないようです」
『つまり、六回火を吐けば好きなだけ食べて構わないという事だな?』
「おじさまは黙ってて!」
『………ハイ』
「既にシズカ様は先程一度火を吐いていますから、正確には五回弱になります」

 キリハの案を元に、ルースは静香が吐き出す火の息のデータを計測。その火力と予想される七食分の名産品のカロリー数を比較したのが、五回と三分の二という数字だった。

「しかし念の為、一日に五回全部をやるのは避けた方がいいだろう。名産品七つ分のカロリーは大した事はないが、本来火を吐く事は人間がやる事ではないから、身体にどの程度負担があるのかが正確には予想できない」

 発案者であるキリハが(わず)かに懸念(けねん)しているのが、このダイエット方法が人体に及ぼす影響だった。
本来アルゥナイアは魔力を消費して火を吐くのだが、今回はそれを静香の身体が蓄えているエネルギーに肩代わりさせる事でダイエットする訳だ。この場合、何か特定の栄養素が急激に消費される可能性が否定できない。無理は禁物というのがキリハの考えだった。

「だったら一日一回って考え方で大丈夫かな?」
「それぐらいなら問題はないだろう」

 無理をせず一日一回。それなら消耗は少なくて済むだろうし、異常があるなら気付く事が出来るだろう。キリハもこれなら文句はなかった。

「それじゃあおじさま、さっきの奴を明日から一日一回、来週の日曜までね」
『それだと全部で七回になるが』
「ちょっと余計に痩せたいのよ」
『………七回でいいのか、キリハよ?』
「アルゥナイア殿が、静香との関係をどうしたいのかによる」
『分かった、来週の日曜まで毎日一回ずつ執り行う』
『ズルだホー』
『インチキだホー』
「何か?」

 ギラッ

『なっ、なんでもないホー!』
『静香ちゃんが綺麗になるのは良い事だホー!』
「ふふふ、シズカ様も体型は気になりますよね」
「昨日、ルースさんやキリハさんの裸を見ちゃったもの」
「静香も綺麗な身体をしていると思うが」
「その油断で大変な事になるのよ」

 そうやって三人と一匹と二体は元気にお喋りをしながら山道を登っていく。
彼女達が目指すのはその先にある神社。そこでお参りするのが今日の目的の一つだった。



 神社の境内に入ると少女達もそのお供達も一様に落ち着きを取り戻した。いつも陽気な彼女達も、こういう宗教施設では大人しくしているものだと理解している。加えて少女達には叶えたい願いがあるから、なおの事そうなる。自分の願いを汚したくないのは、女の子として当然の事だろう。

『埴輪丸様のイベントのチケットが当たりますようにだホー』
『ハニーナちゃんのグッズが付属するからお願いだホー』
『儂はこの地を騒がせるつもりはない。だから観光くらいは多めに見て欲しい』

 お供の二体と一匹にも神社に祭られている神に敬意を払う理由がある。多少、即物的な願いではあるのだが、その分だけ三者の願いは真摯だった。しかし真摯さでは、やはり三人の少女達には敵わなかった。

 ―――どうか………殿下とわたくしの想いが、あの方に届きますように………。

 ルースは胸の前で両手を合わせて一心に祈っている。一行がここへやってきたのは、彼女がここでお参りをしたいと言ったからなので、自然と祈りには熱が入る。ルースが生まれて初めて本気で好きになった相手と結ばれたいという強い想い、そして同じ事をティアの分まで祈っていこうと考えている事も、彼女の祈りを強める理由だった。

 ―――あの日、お兄ちゃんと交わした約束を果たせますように………。

 この時のキリハの祈りを知れば、きっと誰もが目を丸くするだろう。彼女の祈りは、普段の彼女からは想像もつかない程、素直で純粋だった。彼女が合わせた両手の間に挟み込まれている古ぼけたカード。そこに込められた想いは、今ここにいる彼女だけのものではない。十年以上に亘る、全ての年齢の彼女の願いがそこに込められている。最愛の人の傷ついた魂を救いたい。それが彼女の祈りを素直で純粋なものにしてくれるのだった。

 ―――みんなが幸せになる方法が、見付かりますように………それと、できればダイエットに成功しますように………。

 静香はここでもやはり周囲にいる者達の事を考えていた。生まれついての性分か、彼女には自分だけが幸せならいいという発想が出来ない。好きになった相手も幸せになって欲しいし、周囲にいる少女達にも幸せになって欲しい。だからあり得ないかもしれないと、自分でも薄々分かっている事を願ってしまう。それでいて彼女は、ダイエットという個人的で小さな目標の達成も一緒に願う。彼女はしっかり者だった。

『………姐さん達、真剣だホー』
『埴輪丸様が戦っている時のハニーナちゃんと同じ感じだホー』
『しばらく、そっとしておいてやろう』
『怪獣のおじさん、男前だホー』
『それに、そうした方が儂らも後で色々と主張し易い』
『流石火竜帝、頼もしいホー!!』

 結局の所、大きく見れば誰の願いも同じなのだろう。彼女達は自分だけでなく、多くの人間の幸福を求めている。そしてその困難な道を、互いに手を取り合って進んで行こうとしている。その道の果てにこそ、真の答えがあると信じて。



 神社の参拝が済み山道を下り始めると、一匹と二体の興奮は高まる一方だった。雌伏(しふく)の時間は終わり、遂に彼らの為の時間がやってきたのだ。

『鮎の塩焼きを店頭で販売しているのは何処だ?』
『全部で五店舗、一番人気は斉賀屋だホー!』
『斉賀屋は、パリッとした焼き加減と岩塩の味付けが自慢らしいホー!』
『よし、そこへ行くぞ』
『がってんだホー!』
『頼もしいホー!』

 アルゥナイアの断固としたリーダーシップと二体の埴輪の的確な情報分析、その二つが融合した結果、完全無欠の観光客が誕生した。
今の彼らには隙がない。彼らが温泉地の名産品を残らず食べ尽くすであろう事は明らかだった。

「………ああっ、ついにこの時が来てしまった………」

 勇んで進む一匹と二体とは逆に、テンションが下がる一方なのが静香だった。彼女は一行の最後尾をとぼとぼと歩いていた。

「もはや諦めるよりないな。プラズマブレスダイエットという免罪符を得た今、彼らは決して止まらないだろう」
「それはキリハさんのせいじゃないのっ!!」
「しかしキリハ様が提案しなかった場合は、シズカ様の体重が二キロ近く増える計算になりますが」
「それはもっといやぁ~~!」

 静香はその瞳に涙を溜め、鼻をすすりながらとぼとぼと力なく歩いている。殆ど泣き出しているような状態だった。先行する一匹と二体とは、対照的と言えるだろう。

「わんっ、わんわんっ!」

 そんな時、小さな影が一行の前に立ちはだかった。

「う~、わるるるるるぅぅぅ~」

 それは小さな犬だった。犬はまだ一歳にもなっていないであろう真っ白い子犬で、何処からか逃げ出してきたのか、首輪と紐が付いたままになっていた。

『これは確か犬という生き物だったな?』
『そうだホー』
『これは友達になれる生き物だホー』
「わうっ、わうわうわうっ!」

 そしてこの小さな来訪者は、目の前にいる静香達に、何故か敵意を向けていた。



   ◆◆◆次回更新は4月22日(金)予定です◆◆◆

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