第9編 早苗VSティア『ご町内大食い選手権!』 シーン03

作者:健速

シーン03 悲劇の準決勝



 準決勝は予選の翌日の正午から行われる。そして決勝は同じ日の夕方から。かなりの強行スケジュールだが、土日の二日開催ではこの構成は必然だった。予選は参加者が多い分だけ大量の料理が必要となり丸一日必要になるし、準決勝と決勝を同じ日にすれば、お腹が(ふく)れている分だけ決勝が早めに終わる。月曜からは普通に仕事の人が(ほとん)どだから、こうするしかないのだった。

「………それが分かっているのに、お前は馬鹿かっ!!」
「だ、だってぇっ、海苔(のり)のお餅がとっても美味しそうだったからぁ!!」
「正直に言うと、わらわもあの誘惑に耐えるのは辛かった」
「それにしてもさぁ、大食い選手権の当日に余計なもの食べる?」
「でもでもぉ、タダで幾らでも食べていいってっ!!」
「あほーーーう!!」

 準決勝が始まるまで、孝太郎(こうたろう)達は並行して開催されているイベントを見て回っていた。しかしそれがいけなかった。朝からの空腹に耐えかねたゆりかが、来場者サービスの餅を沢山食べてしまったのだ。暴挙に気付いた孝太郎達は慌てて止めたが、その時点でゆりかは相当数の餅を食べてしまっていた。

「………これで一人脱落か………」
「アホじゃアホじゃとは思っておったが………」
「こうなったらあたし達三人でやるしかないわ!! ど根性っ!!」
「すみませぇんっ、すみませぇんっ、生まれて来てすみませぇんっ!!」

 ゆりかが戦力外である事は明らかだった。お餅はゆりかのお腹の中で水分を吸って膨れる一方。しかも準決勝開始は目前なので、お腹を減らす時間も方法もない。準決勝開始前なのに、既にゆりかの運命は決していた。



 準決勝からは商店街の人気店のメニューがそのまま登場する。事前の人気投票で上位四位から十位までの人気店が一品ずつ料理を提供する事になっていた。あまりお腹を膨らませては決勝に差し障りがあるので、準決勝ではその六品を食べる速度を競う。早く食べ終わった者から順番に四人が決勝へコマを進める訳だ。そしてその決勝では、事前の人気投票で一位から三位を占めた超人気店のメニューが登場する事になっていた。

「………あああぁぁぁ、お餅なんかに釣られなければよかったですぅ………こっちの方が良かったですぅ………」
「みんな、この際ゆりかの事は忘れよう」
「忘れないで下さいぃぃぃぃっ!!」
「心配ないよ孝太郎。このあたしにお任せなさい! 優勝はこのあたし、早苗(さなえ)ちゃんなのです!」
「どうしてわらわが負ける前提の議論なのじゃ! わらわの優勝に決まっておろう!」
「そうだな、前向きに考えよう。終わった事をくよくよ考えても始まらない」
「まだ始まってませんよおぅ!!」

 準決勝になると観客の数がぐっと増える。その為、参加者十六人は控え室に集合する事になっていた。会場となる市営体育館はイベントでの使用も想定して作られているので、大きめの控え室がある。そこは十六人で入っても十分な広さがあった。そして孝太郎達がそこへ入った時、イエローシャインことダイサクが一行を見付けて近付いてきた。

「やあみんな。気合いは十分だね」

 孝太郎達の声は壁越しにダイサクの耳まで届いており、内容までは分からないものの、その意気込みは伝わっていた。

 ぐぅぅ

「………ふふふ、そういうダイサクさんもやる気十分ですね」
「いやぁ、恥ずかしいねぇ」

 ダイサクのやる気は腹の虫の活発さで表現されていた。ダイサクが大食漢であるのは誰もが知る所。それがゆりかとは違ってきちんと腹を空かせてきているので、彼もやる気が十分なのは明らかだった。

「でも商品券は是非とも欲しいから、大人げないのを覚悟の上で勝とうと思って」

 その時、ほんの(わず)かにダイサクの感情に変化が起こった。恥ずかしいという感情はそのままなのだが、その一部が少しだけ別の恥ずかしさに置き換わったのだ。早苗はその微妙な変化を感じ取り、にやりと笑いながらダイサクのお腹を肘で突いた。

「あっ、もしかして彼女の為なんじゃない!? デート資金か何かでしょ!?」
「ええっ、分かるのかい?」
「えへへへへ~」
「コラ早苗、勝手に心を読んだら失礼だろ。すいません、ダイサクさん」

 孝太郎は早苗が霊力を読んでしまったのだろうと思い、慌ててダイサクに詫びた。

「そんな事してませんよーだ。もぉ、信用無いなぁ………」
「今のはわらわにも分かったぞ。コータローが鈍感なだけじゃ」
「………私は分からなかったですぅ」

 しかし実態は違う。女の子の繊細な感覚がダイサクの変化を捉えただけで、早苗は霊力を使っていなかった。だから早苗は不満そうにほっぺたを膨らませると、するすると孝太郎の背中によじ登る。そして孝太郎の頭に顎を乗せて物理的な圧力をかけつつ、抗議を始めた。

「反省は?」
「悪かったよ、早苗」
「そこに三倍の愛情を込めて」
「大変申し訳ありませんでした、早苗お嬢様」
「うむ、許してつかわす」

 そんな孝太郎と早苗のほのぼのとしたやり取りを見ていたダイサクがにこにこと笑う。素直なダイサクは、自分も恋人とそのように出来ればいいと思っていた。

「ところでその彼女とやらは、どのような人物なのじゃ?」

 サンレンジャーのイエローことダイサクが恋人を作ったという事には、ティアも大変な興味を寄せていた。しかしティアも道理は弁えているので、誰なのかを直接訊いたりはせず、大まかな質問に留めた。

「うん………繊細で可愛い子なんだけど、誤解され易くて損をしがちで………」
「それを放っておけなかったんですかぁ?」

 ゆりかも少女漫画の範囲では、女心に理解がある。だから素直で純朴な青年であるダイサクの恋愛であれば、ゆりかにも理解できるものだった。

「放っておけなかった………どうだろう、そこまではっきりとした理由じゃなかったような………?」
「人の気持ちというのは、そういうものじゃろうて。一つの感情だけでは、気持ちは動くまいよ」
「そうだね。大まかに、放っておけなかったって事だと思う」

 ダイサクはティアの言葉に大きく頷いた。彼が恋人に向けている感情は幾つかあって、その総意として関わっていたかった、つまり放っておけなかったという事だった。

「そういう恋人とのデート資金が欲しいという事だと………負けられませんね、ダイサクさん」
「うん、今日は勝ちを(ゆず)る気はないよ。それが君達でもね」
「こちらも似たようなものです。だから………いい勝負をしましょう」
「うん!」

 孝太郎とダイサクは拳を合わせた。男同士だから、お互いの気持ちはよく分かる。そして拳の向こう側にいる相手こそが、今日の最大の敵となるだろう事も、お互いによく分かっていた。



 準決勝のメニューは全部で六品。老舗(しにせ)洋食店のビーフシチュー、商店街の入り口にあるたこ焼き屋のねぎだくたこ焼き、とんかつ屋のかつ丼、老舗鶏肉料理屋の焼き鳥、中華料理店からは回鍋肉、多国籍料理の店からはケバブサンド。どれも商店街では名が知れた有名店の人気メニューだ。この六品を食べるタイムを競い、その上位四名が決勝へコマを進める事になっていた。

「………もう無理ですぅ………ああぁぁ、こんなに美味しいのにぃ………お餅なんか食べなければよかったですぅ………」

 最初に脱落したのはやはりゆりかだった。持ち前の食い意地の悪さのおかげでビーフシチューは突破したのだが、重たい粉物であるたこ焼きの壁は厚く、半分の五個を食べたところで力尽きた。しかしお餅と合わせた総量で見ると、ゆりかが食べた量は決して少なくはない。失敗は単に事前に餅を食べてしまった事だった。

「そうか、残念だったな」
「出口あっちだよ」
「そうじゃ、ルース達にもうしばらくかかりそうだと伝えておいてくれ」
「みんなもうちょっと優しい言葉はないんですかぁっ!?」
「話し掛けるなよ、こっちは忙しいんだ」
「うぅっ、うっうっうっ………よのなかはきびしい………うううぅっ」

 不幸にしてゆりかのギブアップは孝太郎達の同情を買えなかった。ゆりかは一人寂しく準決勝の舞台から降りていった。

「………放っておいてよかったのかい、孝太郎君?」
「今回に限っては完全な自業自得なんで」
「そっか………雰囲気は違うけど、確かにメグちゃんと似たタイプの子だよね」

 ゆりかが満腹で舞台を降りても、孝太郎とダイサクの食べるスピードは一向に落ちる気配がない。むしろ二人が大好きなかつ丼に差し掛かったあたりから、スピードがアップしていた。

「………ふぐっ!?」

 しかしそこに落とし穴があった。ダイサクに遅れまいと孝太郎が必死にかきこんでいたかつ丼のご飯が、喉に詰まってしまったのだ。

「ふんぐぐぐっ、ぐぐっ」

 どんどんどん

 孝太郎は慌てて自分の胸を叩く。その衝撃で何とかご飯を食道の方へ落そうとした訳なのだが、不幸にしてご飯の塊は落ちていってくれない。仕方なく孝太郎は自分のテーブルに置かれている、ミネラルウォーターが入ったコップに手を伸ばした。

「んぐんぐんぐ………ぷはぁ」

 大量のミネラルウォーターが喉に詰まったご飯を押し流してくれる。これにより孝太郎は一応危機を脱する事が出来た。

「大丈夫かい、孝太郎君?」
「はい、何とか」
「脅かさないでよっ、孝太郎っ」
「焦って考えなしに食べるからじゃ」
「悪い悪い」

 だが、この一連の騒動が孝太郎の食事のペースを完全に乱してしまった。再び喉を詰まらせては大きなタイムロスになるという考えが、無意識にのうちに食べるペースを落とし、そして大量に飲んでしまった水が胃を圧迫、しかも胃の中の食べ物が水を吸って膨らみ始めていた。上位四名という狭き門に入らねばならないこの状況では、この事は手痛いハンデとなった。

「………コータローは厳しいかもしれんのう」
「こうなったらあたし達だけで何とかしよ!」
「それしかないようじゃ!」

 孝太郎の様子の変化を察した早苗とティアは、逆に食べるペースを上げた。ダイサクからは多少遅れ気味の彼女達だが、まだ上位四名に入る可能性は残されていた。

「フォルトーゼ皇家に敗北はない!」
「おとめちっくぱわぁで、賞品ゲット!」

 孝太郎のペースダウンに落胆して、彼女達まで諦めてしまうのは早計だろう。彼女達は勝利と賞品という即物的な利益を心の支えに、先行するダイサクの追撃を開始した。



 準決勝を一位で突破したのは、終始安定した強さを見せていたダイサク。続く二位は地元の漁師。そして三位と四位がティアと早苗。残念ながら孝太郎は五位で、決勝進出はならなかった。やはり途中のペースダウンが響いた格好だった。

「………二人共スマン」
「わらわ達も流石にあれを責めるつもりはない。あとはわらわ達に任せよ」
「残念だったねぇ、孝太郎。あとはひたすら早苗ちゃんを応援するのだ!」

 孝太郎はティアと早苗に詫びたが、当の二人は気にした様子はなかった。孝太郎がペースダウンしたのはあくまで試合中のアクシデント。試合前に餅を食って自滅したゆりかとは失敗の次元が違っていた。

「それに結果を冷静に見ると、仮にコータローが突破した場合、わらわか早苗のどちらかが落ちる訳じゃからのう」
「ホントだ。最初から二人しか抜けられなかったんだね」

 孝太郎が仮にダイサクに続いて準決勝を突破したとしても、三位が漁師となり、残りの決勝出場枠は一つになる。つまり早苗かティア、どちらかが準決勝で敗退となる計算だった。従って孝太郎の敗退はそれほど大きなダメージにはなっていないと考える事も出来るのだった。

「しかしエースを失ったのは事実じゃ。早急に対策が必要じゃろう」
「孝太郎も協力しなさいよ?」
「分かってるって」

 出場枠という意味では問題はなかった訳だが、決勝ではダイサクを倒さねばならない。その意味では一番良く食べる孝太郎を失ったのは痛い。そこでティアと早苗は、決勝までの時間を利用して何とかお腹を空かせようと考えていた。



 やろうと思えば、体内にナノマシンを送り込んで食べた物を物理的に分解してしまう事が可能だ。だが地球の人間に出来ない事をやるのは流石におかしいだろうという良識が働き、高度な技術を使うのは取り止めになった。それに対して霊力は地球人にも使える能力なので、利用する事になった。それでも早苗が本気で霊力を使ってしまうとやはりやり過ぎだろう。そこで霊力は血行を良くする程度に絞る事にした。

「早苗ちゃん必殺、幽体離脱ふぇいんとっ!」
「なんじゃそれはっ、ずるいぞサナエ!」
「お前も負けじとティアミリスちゃん鉄板胸ディフェンスでもやったらどうだ?」
「このっ、先に殺してやろうか!?」

 結果的にティアと早苗がお腹を空かせる為にやった事は、主に運動だった。走ったり飛んだりボールを投げたり、格闘技をしたり。考え得るあらゆる運動をして、二人は身体を動かし続けた。そして孝太郎はそれに付き合ってやっていた。

「………よし、そろそろ終わりにしておこう」

 準決勝から決勝までは五時間の余裕があった。孝太郎はその内の四時間を使ったところで、早苗とティアに運動の終了を告げた。

「なんで? まだ時間あるじゃない」
「そうじゃぞ。少しでも多くカロリーを消費せねば」

 だがまだ一時間残っているので、早苗とティアはもう少し頑張りたいと考えていた。しかし孝太郎は首を横に振った。

「冷静になれよ。運動が終わった直後に飯食えるか? それにお前らだってシャワーや着替えの時間が欲しいだろう?」

 カロリー的にはぎりぎりまで運動するべきだろうが、身体の機能的にはそろそろ止めて安静にしていた方がいい。また普段からデリカシーがどうのと言われる事が多いので、その辺りにも配慮してみた孝太郎だった。

「………言われてみれば確かにそうじゃの。多少クールダウンの時間が必要か」
「えへへ、孝太郎はあたしとティアに可愛い格好で決勝に出て欲しいんだね?」
「そういう意味ではありません」
「照れなくていいじゃない。本当はあたしやティアが可愛いと嬉しいくせにぃ」
「心配ない、そなたが誇れる可憐な皇女として決戦の舞台へ上がるつもりじゃ」
「だから違うっつーの!」

 当初は孝太郎の言葉に反対したティアと早苗だったが、ちゃんと説明を受けると賛成した。何事もやり過ぎは良くないのは、二人にもよく分かっていた。



   ◆◆◆次回更新は6月24日(金)予定です◆◆◆

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