第9編 早苗VSティア『ご町内大食い選手権!』 シーン04

作者:健速

シーン04 勝利の訳は



 決勝のスタートは目前まで迫っていた。孝太郎(こうたろう)は準決勝で敗退してしまったので、舞台に上がったのは早苗(さなえ)とティアの二人きり。おかげで彼女達には漠然とした不安があった。しかし残る参加者のうち一人がダイサクだったので、不安は幾らか軽減されている。とはいえ、なごんでばかりもいられない。そのダイサクこそが、早苗とティアの最大の敵だからだった。

「相手が女の子でも優勝は譲れないからね」
「分かっておる。相手にとって不足はない!」
「それでもあたしが優勝するから、大会は盛り上がるのですよ!」
「お互いに悔いがない戦いをしよう」
「うん!」
「同感じゃ!」

 二人はダイサクに挨拶を済ませると、自分達に割り当てられた席へ向かう。そうしながら、二人はなおも闘志を()()しにする。確かに最大の敵はダイサクかもしれないが、倒さねばならない敵は目の前にも存在していた。

「今度こそあたしが勝つぞ! すき焼きを我が手に!」
「そうはいかぬ。わらわ達が賞品を持って帰る事と、個々の勝負は別の問題なのじゃからな!」

 出会った時には敵同士だった早苗とティア。仲良くなった今でも、勝負事に関しては一歩も引かない。それは精神年齢が低いとか、勝負に負けるのが嫌いとか、そういう事情だけではない。遊びは本気でやった方が楽しいという事を、二人が十分に理解しているからなのだ。だからここからは、二人は優勝を争うライバル同士だった。

『さあ皆さんお待ちかね、「春山(はるやま)祥之助(しょうのすけ)生誕五百周年記念大食い選手権大会」の決勝のお時間がやって参りました!』

 早苗とティアがそれぞれの席に着くか着かないかというタイミングで、市営体育館にアナウンサーの声が響き渡った。時刻は夜の七時。決勝のスタートに定められた時間になっていた。そしてアナウンサーは滑らかな口調で今後の事を説明していった。

『ではここでもう一度ルールの確認をしましょう!』

 決勝は事前に行われた商店街グルメの人気投票で、一位から三位までに入った料理が登場する。そしてこの三品を最初に食べ終えた者が優勝というシンプルなルールだった。

『………それでは決勝に進出した参加者を御紹介致しましょう! まずは四位通過の東本願(ひがしほんがん)早苗さん! その小さな身体からは―――』

 続いてアナウンサーは壇上に登った四人の参加者を順に紹介していった。大食い大会なのに決勝に可愛らしい女の子が二人も残っている事もあって、早苗とティアの紹介は必要以上に入念に行われた。観客席の反応も上々で、注目度の高さが窺われた。

『観客の皆さんももう待ち切れないでしょう! 私もそうです! ですからさっさと始めてしまいましょう! 最初のメニューはこれだぁぁぁっ!!』

 ルールと参加者の紹介が終わると、アナウンサーは体育館の壇上に据え付けられている大型の液晶画面を指し示した。するとこれまで参加者の顔を表示していた画面がパッと切り替わり、人気投票で三位になったメニュー、専門店のビーフカレーが表示された。

「勝った!」

 その瞬間、ダイサクは自身の勝利を確信した。カレーはダイサクの大好物。しかも今回登場するビーフカレーは、ダイサクが毎日のように通っているカレー専門店の、特にお気に入りのメニューだった。



 そして実際、アナウンサーがスタートを告げたその時から、ダイサクが一方的にリードする展開となった。

「カレーは飲み物! 勝てる、これなら勝てるよ!」

 ダイサクはカレーを殆どスープのように食べていた。言葉通り飲んでいたと言っても過言ではないだろう。おかげで二人前のカレーが彼の腹の中に納まるまで、何分もかからなかった。この時、残りの三人はようやく三分の一ほど食べ進めた頃。ダイサクが勝利を確信したのも当然で、そこには圧倒的な力の差が存在していた。

「あやつ、化け物じゃな………」
「どういう身体の作りなんだろうねぇ………」

 ダイサクの食べっぷりに、思わずティアと早苗の手が止まってしまっていた。スピードレースでは命取りの行為だが、分かっていても深い驚き故に手が止まってしまっている状況だった。

「殿下ー、サナエ様! 手が止まっておいでですっ!」
「ハッ!? サナエ!」
「う、うんっ!」

 しかし危うい所で観客席からルースの声が飛ぶ。それで我に返った二人は、慌てて食事を再開した。ルースのおかげで、時間のロスは最低限に抑えられていた。

「まだ二品残っておる! 逆転できなくはない!」
「頑張ろうっ、ティアッ!」

 ティアと早苗は敵同士ではあるが、ダイサクと差が開いてしまった現状では、共にダイサクを追う同志という感覚が強い。二人は励まし合うようにしながら残りのカレーを食べ進めていった。

「………二品目はパスタみたいだな。これも好物だから、本当にこのまま勝てるかもしれないなぁ………」

 そんな時、ダイサクの前に新たな料理が運ばれてきた。料理を運んで来た人物が着ているのは、商店街にある人気のイタリア料理店の制服。パスタで有名な店なので、ダイサクは素直にパスタが出て来ると想像した。そしてパスタも好物なので、もし想像通りであればダイサクが更に有利になる展開だった。

「………そっ、そうだっ!! 忘れてたぁっ!!」

 しかし料理に被せられていた金属製の覆いが取り除かれた瞬間、ダイサクの表情が凍り付いた。

「あそこの一番人気はイカスミのパスタだった!!」

 大食漢のダイサクにも幾つか苦手な食べ物があり、その内の一つがイカスミだった。独特の風味と真っ黒な見た目が、昔から感覚的に合わないのだ。

「運がなかったか………くぅぅ」

 普通の人気投票なら、イカスミを使ったパスタは上位には来ない。しかしイカそのものが吉祥春風市で良く獲れる名産品で、しかもイカスミのパスタは季節限定メニュー。その為、イカが旬に突入した今だけは圧倒的な人気を誇る。大食い選手権大会がこのタイミングだったからこそ起こった悪夢だった。

「サナエ、ダイサクの動きが止まったぞ!」
「ホントだ! 今のうちだね!」

 ダイサクがカレーを食べる速度は圧倒的だったのだが、メニューがイカスミのパスタになった途端、その速度は小食な女の子並みに落ちていた。ティアと早苗が追い付くチャンスの到来だった。

「ハッハッハッハッ、これは俺にもチャンスが向いてきたぞ!」

 しかし勢い付いたのはティアと早苗だけではなかった。二品目がイカスミのパスタだと分かった途端、残る一人の参加者がカレーを食べるスピードを上げた。

「そっか、あの人漁師さんだったっけ!」
「くぅっ、簡単に勝たせては貰えんか!」

 地元の漁師がイカが苦手の筈はない。むしろ食べ慣れた食材と言えるだろう。ダイサクにとってはハンデでも、漁師にとってはまたとないチャンス。それも早苗とティア以上のチャンスだった。



 全員が二品目に移ると、四人の戦いは混戦模様となった。トップだったダイサクはイカスミに苦戦して急激に順位を落とし、現在は最下位。二位と三位にはティアと早苗が付けており、現在一位は地元の漁師という展開だった。だが四人の差はそれほど大きくはなく、三品目のメニュー次第では誰もが逆転可能な位置に付けていた。

「この展開は予想外じゃった!」
「言ってないで食べて食べて!」

 いつも元気でよく食べる方だとはいえ、やはり身体の小さな女の子。ティアと早苗にも徐々に限界は近付いている。最後までこのままのペースを維持できるかどうかは、もはや根性の次元に突入し始めていた。だが幸い根性に関しては、二人共まだ幾らか余裕がある。口の周りがイカスミで汚れて女の子らしさは既になかったが、炎のような執念がぎらぎらと瞳を輝かせていた。

「よぉしっ、次の料理を持って来いっ!」

 そんな時、先行していた漁師がイカスミのパスタを食べ終えた。やはり食べ慣れたものだった事が大きくプラスに働いており、彼も幾らか余裕を残していた。

『さぁ、遂に地元漁師の笹山(ささやま)選手が最後の料理に辿り着いた! 皆さん、もう薄々感付いているでしょうっ! 最後の料理はコチラッ!!』

 アナウンサーの興奮気味の声が響く中、漁師の目の前に三品目の料理が置かれた。

「まさか、最後がこれとは………確かに出て来ないとは思っていたが………」

 三品目の料理はラーメンだった。人気料理の上位にこれが入っていない訳がないので、登場は誰もが予想していただろう。しかしこのタイミングというのは予想していなかったかもしれない。何故なら問題のラーメンは、地元名産春風豚の背脂をふんだんに使った、強烈に脂っこいラーメンだったのだ。

「商工会長っ、あんた俺に勝たせる気ないだろうっ!?」
「ぐ、偶然じゃ! 意図したものではない!」

 この脂っこいラーメンは、既に中年を過ぎた漁師には辛い。しかも散々食べた後のこのタイミング。漁師でなくとも、陰謀を疑いたくなる状況だった。

「サナエ!」
「うんっ!」

 ティアと早苗は残ったパスタを強引に口に押し込んでいく。パスタでダイサクが、ラーメンで漁師が足を止めている。ここでスパートをかける事が、二人に与えられた最後の勝機だった。

「しまった!?」
「もう好きだ嫌いだ言ってられない!」

 ティアと早苗がスパートをかけた事で、漁師とダイサクも食べる速度を上げた。しかしやはり苦手なメニューである事が祟り、そのスピードは思ったよりも上がらなかった。

「ギ、ギブアップ………」

 そして結局、漁師は最後まで背脂ラーメンを食べ切る事が出来ずにギブアップした。半分ぐらいまでは頑張ったのだが、やはり寄る年波には敵わなかった。

「ティア、あの人降参したみたい!」
「あとは逃げ切るのみじゃ!」
「そうはいかないよ、二人共!」

 だが漁師のギブアップと時を同じくして、ダイサクがイカスミのパスタを食べ切った。大嫌いなイカスミだったが故に急ブレーキがかかったが、ここから先は違う。ダイサクはラーメンもカレーに劣らずの大好物。彼の身体はカレーとラーメンで出来ていると言っても過言ではない。従ってその食べるスピードはカレーのそれとほぼ同じだった。

「イエローのおじちゃん!?」
「来たか化け物め!!」
「ラーメンも飲み物!!」

 早苗とティアは既にラーメンの半分以上を食べていた。だがダイサクが食べる速度は二人のそれを遥かに上回っている。恐ろしい事に、ダイサクが二人を追い抜く可能性も十分に考えられた。

「急ぐのじゃサナエ! もはや一刻の猶予もない!」
「絶対に勝つ! 早苗ちゃんが優勝なのだぁぁっ!!」
「メグちゃんっ、僕が絶対に優勝してデート資金を作るからねぇっ!!」

 さりげなくダイサクが爆弾発言をしていたのだが、今のティアと早苗にはダイサクの言葉は届いていない。目の前のラーメンを食べ切る事、今の二人にはそれが全てだった。戦いはもはや食欲がどうとかいう次元を超えた場所で展開されていた。

「おとめちっくぱわぁぁぁっ!!」
「これしきで皇家を倒せると思うなぁぁっ!!」
「メグちゃあぁぁぁぁんっ!!」

 決着が付いたのは、その数分後の事だった。しかし当事者の三人にとっては、数時間に及ぶ激闘であったかのような感覚だった。ラーメンの麺が減る速度をこれほどゆっくりに感じた事は、三人共生まれて初めての経験だった。

『試合しゅうりょぉぉぉぉぉぉぉうっ!!』

 ゴールは三人ほぼ同時。おかげで当事者である三人には、その時点では誰が優勝したのかが分からなかった。アナウンサーが優勝者の名を呼ぶのを、もどかしい思いで待つしかなかった。

『優勝はなんとっ、東本願早苗さんっ!! 大方の予想を覆しての、見事な優勝ですっ!!』

 優勝は早苗だった。早苗は他の二人よりもほんの一瞬だけ早くスープを飲み干し、どんぶりを机の上に置いていた。

「やぁぁぁったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 そして自分の名前が呼ばれた瞬間、早苗は両手を頭上に挙げ、飛び上がるようにして喜びを爆発させた。



 早苗が勝利したのは、根性の一言に尽きるだろう。どうしても勝ちたいという思いが他の二人を上回ったのだ。厳密な話をすれば、早苗は霊力のおかげで他の二人よりも身体が健康だったと言う事も出来るかもしれない。しかしそれはあくまで副次的な問題であり、最後まで食べ続けたのは間違いなく彼女の意志の力によるものだった。

「ごめんねメグちゃん。あとちょっとだったんだけど………」
「仕方ないわ、ダイサク君は頑張ったもの。運がなかったのよ」
「ありがとう、メグちゃん」
「それにあの笑顔は奪えないじゃない?」

 ダイサクは二位だった。恋人とのデート資金の為に最後まで頑張ったのだが、一歩及ばなかった。これはイカスミの影響を若干引き摺っていた為だった。鼻の奥に(わず)かに残っていたイカスミの匂いが、ほんの僅かにスピードを落とさせたのだ。

「………やれやれ、負けてしもうたか………」

 ティアは三位だった。優れた身体能力を持つティアだが、身体のサイズだけで言うと一番小さいのは彼女だ。単純に胃の体積が足りなかったのが彼女の敗因だった。もしもう少しだけ身体と胃が大きければ、勝ったのはティアだったに違いない。

「じゃが、これはこれでよかったのかもしれんのう………」

 終わった直後は負けてしまった事に大きな不満を感じていたティアだったが、今は不思議と納得していた。そう感じるのは、表彰式を終えた早苗の行動を見たせいだった。

「孝太郎孝太郎、見て見て! あたしが取ってきたぬいぐるみ!」
「おおお、近くで見るとでかいなぁ!」

 早苗はこれまで商品券とすき焼きを連呼していたのだが、いざ優勝して真っ先にやった事は、孝太郎に副賞の『はるやましょうのすけ』のぬいぐるみを見せに行く事だった。ティアには早苗がそうする理由がよく分かる。早苗は景品ゲームでぬいぐるみを取れなかった事が、ずっと引っ掛かっていたのだ。

「そういう訳で、早苗ちゃんを全力で褒めるのだ!」
「よく頑張ったな、早苗」
「もっと男前な顔で!」
「でかした、ブラザー☆」
「ぬいぐるみにも一言!」
「ようこそおいで下さいました、祥之助様」
「うむ、くるしゅうない、くるしゅうないぞ!」

 そして早苗は、ぬいぐるみを自力で取りたいという気持ちと同じかそれ以上に、孝太郎に自慢して褒めて貰いたかった。帰るまでが遠足という言葉ではないが、早苗にとっては孝太郎に自慢して褒めて貰うまでが、ぬいぐるみを取るという行為なのだった。

「………まったく、道理で早苗が勝つ訳じゃ。わらわはもう、ぬいぐるみの事を褒めて貰った後じゃからのう………」

 ぬいぐるみを抱えてはしゃいでいる早苗を見て、ティアは素直に自分の負けを認めた。ぬいぐるみを取るという事に対する思い入れの分だけ早苗が強かったというのは、ティアにも納得がいく結末だった。

「………でも早苗、こんなの何処に置こうか?」
「部屋でいいじゃない。真ん中に置こうよ!」
「おいおい、等身大だぞ」
「早苗ちゃんの偉大さと愛が、毎日感じられるという仕組みです」
「明後日ぐらいから邪魔だ邪魔だって言われる気がするがなあ………」
「いーのっ!」
「待つがよい、わらわに良いアイデアがある」
「なになに!?」
「明後日からはクランとルースに頼んで―――」

 しかしティアは大食いの勝敗についてはともかく、その後の事まで納得して退いてやるつもりはなかった。早苗もそんな事は望んでいない。それはたった今ティアに向けられている早苗の輝く瞳が証明していた。だからティアは臆する事無く、早苗が巻き起こしている騒動に飛び込んでいくのだった。



   ◆◆◆次回更新は8月5日(金)予定です◆◆◆

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