第10編 クランVSゆりか『真夏のトライアスロン泥仕合!』 シーン01

作者:健速

シーン01 海へ



 遊びたい盛りである高校生にとって、一番のネックは移動手段だろう。徒歩や自転車では限界があるし、電車はお金がかかるので遠出が出来ず、車は免許を持っていないおかげで色々と遊びたいのに、地元を離れられないというジレンマが生じがちになる。
 その点、孝太郎(こうたろう)達は恵まれていると言えるだろう。ティアがいるおかげで『青騎士』の転送装置が使い放題なので、行きたい場所にタダで行ける。また遊ぶ上でもう一つの障害となる宿泊先の問題も、キリハの関係先を利用すれば大きな負担なしに利用できる。夏休みを迎えてやりたい事が沢山ある孝太郎達にとっては、理想的な環境と言えるだろう。そしてこの日の孝太郎達は、その恵まれた環境を利用して海を訪れていた。

「………日差しがきついですわね………」
「歩くだけで汗だらけになりそうですぅ」

 しかし孝太郎達十人全員がこの環境を歓迎している訳ではない。運動が苦手なクランと根性が全くないゆりかの二人は、真夏の暑い中、毎日のように各地へ連れ出される状況をそれほど楽しめていなかった。どちらかと言えば空調が効いた涼しい部屋でアイスを食べながら、研究なり漫画なり、好きな事をしていたいというのが本音だった。

「おら、文句言わずにキリキリ歩け。みんなもう行っちまったぞ」

 そんな二人の背中を押すのは孝太郎の仕事だった。ゲートの出口から動こうとしない二人を、後ろからグイグイと道の方へ押しやっていく。

「わたくしは外の環境に向いていないのですわ」

 孝太郎に背中を押されながら、クランは軽く頬を(ふく)らませつつ後ろを振り返る。クランは一応足を動かしていたが、その表情は明らかに不満げだった。

「知ってるんだぞ。お前、夏になってから運動不足で少し体重増えただろ」
「なっ、何故それをっ!?」

 しかしクランの表情はすぐに驚愕へ変わる。そしてそれは徐々に羞恥(しゅうち)の赤へと変化していった。

「俺は『青騎士』の全権限を持ってるんだぞ? 乗員の体重ぐらいすぐに調べられる」
「………う、迂闊(うかつ)でしたわ。『青騎士』を利用した事が裏目に………」
「俺は別にいいんだ。お前の体重が多少上下したところで、俺達の事にはあまり関係がないからな」
「でしたら―――」
「問題があるとすれば、ぽっちゃり系の皇帝が誕生した時の国民の気持ちだろうな」
「―――ベルトリオン、あなた良い死に方しませんわよ?」
「お前が殺してくれるなら、別段問題はないだろう」
「………んもぉっ、あなたはそういうところがズルいと思いますわっ!!」

 孝太郎が運動不足を心配している事は、クランにもよく分かっている。また少しだが、クランが可愛い方が嬉しいと思っている事も分かっている。それは彼女のカバンの中にある運動用のウェアが証明してくれていた。だが腹立たしいのは、孝太郎がそれを少しも表面に出してくれない事。おかげでクランの表情は元の不満げなものに戻っていた。そして苛立(いらだ)たしげに歩く速度を上げ、先を行く少女達を追っていった。

「ほら、クランは行ったぞ。お前もグズってないでさっさと歩け」
「えぇぇぇ、速く歩くと暑いじゃないですかぁ!」

 残る問題はゆりかだった。ゆりかはノロノロとした足取りで日陰から日陰へと移動し、可能な限り暑さから逃れようとしている。それが時間の浪費に繋がり、かえって暑さが長引く原因になっているとは思っていない様子だった。

「さっさと行って、涼しい所で休もうという考えはないのか?」
「涼しい所がなかったらぁ、急いだ分だけ損するじゃないですかぁ」
「………お前は本当に悲観論者だな」
「それは里見(さとみ)さんに言われたくないですぅ」
「………」

 孝太郎は一瞬言葉に詰まる。この時ゆりかが何気なく口にした言葉は、孝太郎の痛い所を突いた言葉だったから。しかしこれで黙ってしまう訳にはいかない。孝太郎は気を取り直すと、再び口を開いた。

「………おほんっ、そ、それはともかくだな、ゆりか」
「はぁ」
「ここに残っていると、暑さよりもっと酷い目に遭うぞ」
「それはどんな?」
「それはだな………ゆっくりと右を向け。急ぐんじゃないぞ?」
「はぁ………あ、あれっ?」

 孝太郎に従って右を向いたゆりかの目に、茶色と黒の中間の色合いの何かが飛び込んでくる。それは緑の草木を背景に、よく目立っていた。

「何が見える?」
「えと………イノシシ?」
「正解」
「それも鼻息が荒いみたいですぅ」
「そうだな」

 ゆりかが見付けたのは野生のイノシシだった。茶色と黒の毛皮に身を包み、爛々(らんらん)と輝く瞳がゆりか達を見つめていた。

「ちなみに誰を見て鼻息が荒くなっているか分かるか?」
「えっとぉ、男の子だから比較的地味な里見さんじゃなくてぇ、女の子だから赤かったりピンクだったりでぇ、若干派手な私ですかねぇ?」
「そうだな。じゃあ、これから何が起こるか分かるか?」
「………私につっこんでくる?」
「大・正・解」
「いやああぁぁぁぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!!!」

 その瞬間、ゆりかは全速力で駆け出した。それはこれまでの彼女と比べると、どこにそんな元気があったのかというくらいの勢いだった。

「………やれやれ、やっと行ったか」

 全速力で走り出したゆりかを見送ると、孝太郎は身に着けている腕輪を(いじ)る。それは以前クランから貰った、通信機兼コンピューターだった。

「あいつも追い詰められれば速いんだよなぁ………」

 孝太郎は腕輪を操作してイノシシの立体映像を消去すると、何事もなかったかのようにゆりかの後を追って歩き始めた。



 孝太郎達が海を訪れたのは、この日開催されるトライアスロンの大会に参加する為だった。運動が苦手な面々もいるのにそんなものに参加して大丈夫なのかと心配する声もあったが、幸いな事にこの大会はいわゆる競技目的の大会ではなかった。
 一般的な競技目的の大会では一番短いものでも水泳四百メートル、自転車十キロ、マラソン二・五キロ。しかし孝太郎達が参加しようとしている大会はそれよりも更に距離が短い。自転車は十キロのままなのだが、負担が大きい水泳とマラソンはそれぞれ二百メートルと二キロに短縮されている。子供であっても二、三時間でゴール出来るように工夫されており、つまりはみんなで夏を楽しむ為の大会なのだった。

「ふっふっふ、わらわの時代がやってきたようじゃなっ! わらわが優勝じゃっ!」

 水着姿になったティアが不敵に笑う。身体能力が飛び抜けて高く、しかも勝負事が大好きなティアは、たとえレジャーのトライアスロンだとしても全く手を抜くつもりはない。ぶっちぎりの優勝が彼女の目的だった。

「そうはさせないわよ。私だってこういうのは得意なんだから」

 そんなティアに笑顔で近付いて行ったのが(しず)()だ。ティアのシンプルな競技用水着とは違い、静香はいかにも海水浴という雰囲気のお洒落(しゃれ)なビキニを身に着けている。だがその水着の下にある身体はティアに勝るとも劣らない運動能力を秘めている。今日のティアのライバルは、間違いなく静香だろう。

「私も頑張ります! こういうのは訓練でよくやりましたから!」

 そんな二人に続くのは真希だ。元々軍事組織にいた彼女なので、毎日の訓練が(ほとん)どトライアスロンのようなもの。体力そのものではティアや静香に劣るかもしれないが、ペース配分などの技術まで含めれば決して劣るとは言えない。油断していると()()がトップなどという結末は大いに有り得るだろう。

「孝太郎、アイス食べよう。半分こしよ」
「競技前なんだからやめとけって、お腹痛くなるぞ」
「ぶぅ、後で絶対食べるからね」
「分かった分かった」
「ふむ………ルースにしては大胆な水着を選んだな。アピールか?」
「キリハ様っ! け、決してそのような事は―――」
「ないのか?」
「―――た、多少は、その………」
「気持ちは分かる。実は我もだ」
「キリハ様の胸、弾け飛びそうでございますね………正直、ちょっと羨ましいです」

 予想では早苗(さなえ)、孝太郎、キリハ、ルースの順で、真希の後に続くものと思われた。純粋な身体能力ではこの順番になるからだ。もちろん多少の前後はあるだろうが。

「頑張りましょうね、クランさん、ゆりかさん」
「どう考えてもわたくしが勝つとは思えませんけれど」
「私も自信ありませぇん。また後ろの方になるんじゃないかとぉ」

 孝太郎達の中では、最下位は晴海(はるみ)とクラン、ゆりかで争われるだろう。晴海は生まれつき身体が弱く、クランは運動音痴、ゆりかは根性なしと、それぞれに勝てない要素を抱えているからだ。それではやる気も出ないのではないかというと、意外にそうでもない。実は彼女達にやる気を出させる要素が存在していたのだ。

「でもでもぉ、頑張ったら御褒美(ごほうび)がある訳だしぃ」
「………単にベルトリオンがハルミを救済したいだけのような気がしますわ」
「そんな事ありませんよ! 頑張りましょう、二人とも!」

 トライアスロンを純粋に競い、順位ごとに御褒美をあげるスタイルでは、ティアや静香にしか可能性がなくなってしまう。そこで孝太郎が提案したのは、誰もが努力の跡を感じられる程に頑張った人は、誰でも好きな相手に一つだけワガママを言っていいという仲間内の表彰システムだった。これなら全員が頑張っていたなら全員に御褒美がある。能力に差があっても問題はないのだった。

「俺がなんだって?」

 クランの言葉を聞きつけて、孝太郎が三人のところへやってきた。事情が分からないので、孝太郎は不思議そうな表情を浮かべている。するとクランは軽く頬を膨らませ、孝太郎に刺々しい言葉を投げかけた。

「………あなたがハルミを優遇したいから、あのルールを提案したんじゃないかって話ですわ」
「全然分かってないな、クラン」

 状況を把握した孝太郎は、やれやれと言わんばかりに肩を(すく)める。それに腹を立てたクランは語気を強めた。

「何がですのっ?」
桜庭(さくらば)先輩はあんなルールがなくても常に優遇なんだよ。よく出来た人だからな」
「言われてみればぁ、そんな気がしますぅ」
「さっ、さとみくんっ!?」

 孝太郎からあからさまに褒められ、晴海は思わず頬を染める。嬉しいやら驚いたやら恥ずかしいやらで、動揺が隠せない晴海だった。

「だからどっちかというと、お前やゆりかの為のルールなんだぞ?」
「わっ、わたくし達の為ですの?」
「本当ですかぁっ!?」

 ティアや静香は普通にやれば優勝に絡んだ賞を得る。早苗達も上位集団に入って賞を貰ったりする可能性がある。だがクラン達にはそうした可能性がない。特にクランとゆりかは、トライアスロンに限らず評価される機会が少ない。むしろ仲間内ルールの恩恵が大きいのはクランとゆりかなのだった。

「嫌なら良いんだがな」
「そっ、そんな事ありませんわっ!!」
「里見さんっ、出会った頃からいい人だと思ってましたぁっ!」

 事情を理解した二人は何とか評価を得ようと、やる気を(みなぎ)らせる。おかげで二人とも少し前までとは大きく雰囲気が変わっていた。明らかに目の色が違っていた。

「絶対にあなたを這いつくばらせて差し上げますわよっ!?」
「ゆりかふぁいおー!! ゆりかふぁいおー!!」

 実は二人がやる気を出している事にはもう一つの理由がある。孝太郎が自分達の為に気を遣ってくれた事が分かって、嬉しかったのだ。

「結構結構」
「ねえ、里見君」
「はい?」
「………ううん、なんでもない。頑張りましょうね!」

 晴海には二人の気持ちがおおよそ想像できていたのだが、当の孝太郎はイマイチ分かっていない様子だった。だがここで暴露してしまうと二人のやる気に水を差すかもしれないので、晴海は大人の判断で黙っている事にしたのだった。



   ◆◆◆次回更新は8月12日(金)予定です◆◆◆

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