第1編 『虹野、魔法少女やめるってよ』 シーン04

作者:健速

シーン04 : 虹野、魔法少女やめないってよ


 翌日になっても、コス研の少女達はショックを()()っていた。
やはり理想的な高校生活を見せ付けられたショックは大きく、新しいコスチュームの作成にも身が入らない有り様だった。

「………きっとさー、ああいうのを青春って言うんだよねぇ………」
「………でしょうねー………」
「………それにお相手は青騎士様だしねー………」
「………超絶恵まれてるよねー………」
「………漫画やアニメじゃしばしば見かける光景なんだけどさー、実際目の前でやられるとショックだよねー………」
「………青春は二次元だけのフィクションだと思ってたのになぁ………」

「………結局さぁ、コスプレなんてそのフィクションと一体化したいが為の代償行為でしかないんだよねぇ………」
「………そーかも。やぁな現実に気付いちゃったなぁ………」
「………そりゃあさぁ………三次元の青春を選ぶよねぇ………」

 コス研の少女達は何の活動もせず、机や椅子にぐったりと寄り掛かるようにして、無為な時間を過ごしている。
ゆりかのあまりに幸せそうな日常を目にした事で、自分達の日常を必要以上に過小評価して一方的に落ち込んでいる、
そういう状況だった。
 だが、ここで彼女達の予想だにしていなかった事が起こる。

「こんにちはぁ! 今日も張り切って頑張りますよぉ!」

 問題のゆりかがドアを開けて部室に飛び込んできたのだ。

「まさかっ!?」
「ゆりかちゃんっ!?」

 会長と前会長が驚愕の表情で立ち上がる。
立ち上がったのはその二人だけだったが、他の会員達も二人同様に驚きの表情を浮かべていた。

「あれぇ? みなさんどうしたんですかぁ? なんだか様子が変ですよぉ?」

 ゆりかは部室に満ちた奇妙な空気を感じ取り、不思議そうに目を瞬かせる。
かつてとは違って、多少周囲の空気が読めるようになったゆりかだった。

「………あ、あの、ゆりかちゃん、どうして?」

 そんなゆりかに、前会長が代表して話し掛ける。
愛用の眼鏡の位置を直しながらである事が、彼女の動揺の深さを如実に表していた。

「どうしてって、何がですかぁ?」

 ゆりかはもう一度目を瞬かせる。やはり状況はよく分からない。

「会長になるから、編み物研究会に専念するんじゃなかったの?」

 だが前会長がその言葉を口にした瞬間、ゆりかはコス研の人々が何を驚いているのかを理解した。

「………ああ!」

 コス研の人々は、ゆりかが編み物研究会の会長になって、コス研を引退すると考えている―――
それに気付いたゆりかは、微笑みながら首を横に振った。

「えっとぉ、確かに会長にはなるんですけどぉ、実質的には里見(さとみ)さんが会長ですぅ」
「里見さんが?」

 今度はコス研の少女達が瞬きをする番だった。ゆりかはそれを眺めながら、笑顔で説明を続けた。

「男の人が会長じゃあ新入部員が入り辛いだろうからぁ、私は校内の特別なイベントの時だけ会長さん役なんですぅ。
 雇われ会長さんですねぇ~」

 ゆりかはニコニコと笑いながら説明を終えた。
一人で会長をやらせられるなら困った問題だったが、孝太郎と二人三脚なら楽しみでもある。ゆりかの笑顔は輝いていた。

「そ、そうだったんだ………」

 コス研の少女達の頭に、ゆりかの言葉が染み込んでいく。
すると彼女達は自分達の勘違いに気付き、元気を取り戻していった。

「誰よ、虹野(にじの)さんが魔法少女やめるなんて言ったのっ!」
「ごめん、あたしだ………」
「またあんたの早とちり!? しっかりしてよぉっ、もぉっ!!」
「ごめんごめん、悪気はないんだって!」

 コス研の少女達にとって、ゆりかがコスプレを辞めるという事が最大の問題だった。
おかげでゆりかが辞めないと分かった段階で、大分普段の調子を取り戻しつつあった。

「ふんふ~ん♪」

 ゆりかは元気を取り戻したコス研の少女達の様子に満足すると、部室の端に置かれている大きな棚に近付いていく。
その棚は共用のアクセサリー類がしまわれており、コス研の会員なら自由に使っていい決まりになっていた。

「あら、ゆりかちゃん、珍しいわね?」

 棚を開けて中を覗き込んでいるゆりかの様子に気付き、前会長が笑顔で近付いていく。
前会長の見る限り、これまでのゆりかは小物類などには無頓着で、ストイックなまでに正義の魔法少女スタイルに(こだわ)っていた。
だからゆりかが小物に興味を持つのは初めての出来事だった。

「えへへへ………ちょっと、可愛くしてみようかと思ったんですぅ」

 ゆりかはちょっとだけ頬を赤らめながら、順番にアクセサリーを手に取っていく。
そして時々鏡を覗き込みながら、自分に似合いそうなものを選び始めた。

「遂に新たなスタイルを模索するのね、ゆりかちゃん!」

 ゆりかの熱心さに感動した前会長は、その瞳と眼鏡を輝かせつつ、ゆりかの隣に並ぶ。
ゆりかのアクセサリー選びを手伝おうというのだ。

「そ、そんな大それたものじゃあ………
 ただぁ、里見さんが可愛いって言ってくれたからぁ、もう少し可愛く出来たらなぁって………」

 ゆりかは顔を真っ赤に染め、酷く恥ずかしそうにそう言った。
ゆりかは人格面の成長と共に、女性としての部分も成長している。
自分と孝太郎の為に可愛くなりたい。そんな想いが芽生えていたのだ。

「………がっ………」

 しかしゆりかがそう言った瞬間、部室の空気は凍り付いた。少女達はゆりかのこの言葉で気付いてしまったのだ。
ゆりかはコス研を辞めないが、自分達とは比べ物にならない、素晴らしい日常を生きている事には変わりないと。

「あれっ? 皆さんどうしたんですかぁ? また変ですよぉ?」

 ゆりかはまたおかしくなった少女達の様子に、再び目を瞬かせる。
ゆりかは自分の言葉が少女達にショックを与えたとは少しも思っていないのだ。

「ちくしょ~~~!」
「エリートはエリートなのかぁぁぁっ!!」
「結局格差は残るのよぉぉぉっ!!」
「嘘だぁっ、こんなの嘘だぁぁっ、神様ぁぁぁっ!!」

 少女達は妙に興奮した様子で口々に叫び始める。中には机を両手で叩く者もいた。
見た感じからすると怒りのやり場がないというような雰囲気なのだが、ゆりかにはその理由がさっぱり分からない。
今日は分からない事だらけだった。

「ゆりか、どうしたの?」

 そんな時、()()が部室に姿を現した。
真希もコス研に所属しているのでやってきたのだが、部室の異様な雰囲気に困惑している様子だった。

「真希ちゃん………それがさっきからみんなの様子がおかしいんですぅ。理由はよく分かりませぇん」
「ふぅん………まぁ、元気なのは良い事じゃないかしら?」
「それもそうですねぇ………そうだ、真希ちゃんも一緒にぃ、アクセサリーを選びませんかぁ?」
「私は別に―――」
「里見さん、きっと可愛いって褒めてくれると思いますよぉ?」
「―――興味があるわ。早速始めましょ」
「はいですぅ」

 やがてゆりかと真希は一緒にアクセサリーを選び始めた。
そんな二人の様子からは、深い友情の絆が感じられる。そして同じ男性を想う、ほのかな恋心も。
それもまた青春の一ページ。だからコス研の少女達は叫ぶのだ。

『ちくしょ~~~!! 青春が何だバカヤロ~~~!!』

 そしてコス研の少女達は、凄まじい勢いで文化祭の準備に取り掛かる。
それはゆりかに関する一件を通して、自分達にはコスプレしかない、コスプレが全てなのだと、ようやく理解するに至ったからだ。

「何かしら?」
「さぁ………」

 文化祭までは一ヶ月を切った。だがこれだけの熱意と団結力があれば、成功は間違いないだろう。
コスプレ研究会は、その活動に限れば、順調そのものだった。



   ◆◆◆次回更新は4月3日(金)予定です◆◆◆

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