第11編 晴海VS真希『暇つぶしゲーム四番勝負?』 シーン03

作者:健速

シーン03 副次効果



 晴海(はるみ)が選んだゲームは『地上げファンタジア』というボードゲームだった。
既に一〇六号室では何度となく遊ばれているタイトルなのだが、出入りするようになったのが遅かったせいで晴海と()()は経験が浅い。おかげで状況を把握できない内にゲームが終わっているような事が多く、晴海は以前から問題だと思っていた。そこで真希と二人きりというこの機会を利用して、ルールブックを見ながらゆっくり遊んでみようというのが、晴海がこのゲームを選んだ理由だった。

「このゲーム、本当に地上げしているという訳ではないんですね」
「土地の買い占めという言葉から想像される後ろ暗い雰囲気から、そう名付けたような感じですね」
「………よし、私達は真面目な企業という事で進めましょう」
「確かに、優良企業同士の戦いの方が気分がいいです」

 晴海と真希の性格では、地上げという部分に幾らか抵抗感があった。しかし実際のゲームの進行には地上げらしい雰囲気はなく、むしろ企業同士の戦いを思わせる構成になっていた。おかげでゲームを止めるほどの抵抗感はなかった。

「大まかにルールは分かっている事ですし、早速始めてみましょう」
桜庭(さくらば)さん、サイコロを」
「ありがとうございます。それじゃあ………えいっ!」

 コロコロッ

 一応何度かやった事があるので、二人にはゲーム進行に対する戸惑いはない。問題は進行中に何が起こっているのかという点だ。そこを改めて確認するのが今回の最大の目的だった。

「………二と三だから、五マス進みます」
「泉野商店街の………これはおもちゃ屋さんですね。権利料は百万円だそうです」

 このボードゲームはすごろく形式のゲームで、ゴールは設定されていない。進んでいくとスタート地点に戻るようになっているのだ。止まるマスは主に商業施設で、お金があれば買う事が出来る。最初の所持金は二千万円なので、今回止まった百万円の施設は何の問題もなく買える額だった。

「せっかくなので買ってみましょう」
「はい、じゃあ権利書と百万円を交換です」

 晴海は偽物感満載のゲーム用百万円札と引き換えに、玩具店の権利書を表すカードを貰った。そこには他のプレーヤーが止まった時に貰える利用料などが、細かく書き記されていた。

「このおもちゃ屋さん、百万円稼ぐには真希さんが五回ぐらい止まってくれないと駄目みたいです。結構時間がかかりそうな雰囲気ですね」
「ええっ? 以前この場所でゆりかが破産してましたけど」
「そういえば、利用料が高くなるルールがあったような………」

 晴海はカード片手に説明書を確認する。説明書はあまりページ数が多いものではないので、必要なルールはすぐに見付かった。

「あったあった………同じ商店街の店を全部買い占めると、商店街の拡張工事が出来て、それで利用料がどんどん高くなるみたいですね。ゆりかさんはそれで破産したのではないかと」
「ああ、買った土地に小さな建物のコマが置かれるのは、商店街が発展しているという事だったんですね」

 同じ商店街の店を買い占め、オーナーが一人に定まると、その商店街全体の拡張工事が出来るようになる。商店街を拡張すると他のプレイヤーが支払う利用料の額が高くなるので、ゲームは大きく終わりに近付く。いかに早く一つの商店街を全て買い占めるか、そこがこのゲームで勝利する為の重要な鍵だった。

「という事は………真希さん、まずは手当たり次第に買って、交換しましょう」
「そうしましょう。そういえば、みんなでやった時にも交換してましたね。あれは商店街を独占する為のものだったんですね」

 説明書を読んだ事で、おぼろげにしか分かっていなかった部分を把握した二人は、交互にサイコロを振りながら次々と商業施設を買っていった。



 ゲームが動いたのは開始から三十分ほど()った頃。二人が商業施設を半分ほど買い終えた頃の事だった。

「こうなってくると、買ってない店に止まるのが難しいですね」

 半分が買われた後なので、買われていない商業施設に止まるのは、開始直後に比べて倍ぐらい難しくなっていた。そしてその傾向は今後一層強まっていくだろう。

「最後のお店は至難(しなん)の業でしょうね」
「そうですね。ふふふ………えいっ!」

 真希が掛け声と共にサイコロを振る。それはもしここに男性が居たら、それだけで真希を好きになりそうな可愛らしい掛け声だ。晴海と二人きりだからこそ出て来た、油断し切った声だった。

 コロコロコロ………チリン

 真希が振った二つのサイコロはお茶の湯飲みに当たって止まる。サイコロの出目は三。今回は出目の範囲に特に買える店がないので、真希は気軽にコマを進めていった。

「いち、に、さん………と。桜庭さん、イベントカードを下さい」
「じゃあこれをどうぞ」
「ええと………『電車を乗り間違えた。一番近い駅に移動する』だそうです」
「一番近いのは………後ろに下がる事になるみたいですよ。残念ですね」

 真希が止まったマスはイベントが起こるマス。そして起こったイベントは、近くにある駅に移動するというもの。真希の位置から一番近い駅は、今のマスから五マス後ろに戻った位置にある。このゲームは盤上を進み続けてスタート地点に戻ると、買った商業施設の数に応じてお金が貰えるルールになっている。真希はその直前で後ろに戻った事になるので、晴海は眉を寄せて同情していた。

「もっと悪い状況です。この駅、桜庭さんがオーナーですよ」
「あれ? そうでしたっけ?」
「はい。困りました、お金が足りません」

 これは真希にとって大きな誤算だった。スタート地点の近くまで来ていたので、お金を全て使ってしまった後だったのだ。駅で取られる額は少額だが、今の所持金では支払いが出来ない。非常に危険な状況で、真希は大きく肩を落とした。

「大丈夫ですよ、真希さん」
「えっ?」
「私が真希さんのお店を一つ買います。それで、お給料を貰ったらそのお店を買い戻して下さい」

 しかしここで晴海が真希に助け舟を出した。このゲームではプレイヤー間の売買が認められているので、晴海は真希の店を買ってお金を作ってあげる事にしたのだ。

「………良いんですか?」
「せっかく面白くなってきた事だし、もっと続けましょうよ。ふふふ」

 晴海らしかったのは、お金が出来たら真希に買い戻させようとした事だろう。ゲームのルールからすると、買い戻させる必要などどこにもない。逆に買い戻させない方が有利になるのだから。けれど晴海は無邪気に笑う。少し心に余裕を持てば、楽しいゲームが続く。晴海にはその方が大切だった。

「………でしたら、お言葉に甘えて………」
「はい、二百万円をどうぞ」

 真希も笑顔になって晴海に商業施設のカードを差し出す。代わりに権利料を受け取り、そのお金で駅の利用料を支払う事が出来た。あとは真希がスタート地点を通過したら、施設を買い戻して万事解決だった。

「よーし、じゃあ今度は私の番ですね」
「頑張って下さい。………おっと、サイコロをどうぞ」
「ありがとう」

 本来なら真希は買い戻せない状況を疑ったりしなければならない。だが真希は買い戻せると確信しているし、晴海もそのつもりでいる。晴海も真希も、もう少し二人でゲームをしていたいと思っていたのだった。



 ゲームの転機は、やはり真希が駅で破産しかけた時だった。あの時から二人はどうも相手を破産させようという気持ちが薄れていた。

「真希さん、ここは少しお金が溜まるまで商店街の開発をせず、マップをぐるぐるしてみましょうか?」
「なるほど、その方が進行も楽かもしれませんね」

 二人はあえて商店街の開発をせず、お互いの資金繰りが安定するまで待った。もちろんイベントによるアクシデントはあったが、適宜(てきぎ)売買を利用した融資で乗り切り、双方の資産は順調に伸びていった。

「桜庭さん、銀行用の五千万円札がなくなりそうです」
「そろそろ頃合いかもしれませんね。私達も商店街を開発しましょう」

 やがて二人は有り余る資金を元に、商店街の開発を始めた。しかしそこでも二人は慎重だった。過剰な工事で資金繰りが悪化する事がないよう、慎重な経営を心掛けた。また時には長期的な展望から相手に融資をし、お互いに大規模な開発が可能なようにする事もあった。おかげで双方の商店街はめきめき発展。ゲーム盤上のほぼ全ての商業施設が、最高段階まで開発されるという極めて(まれ)な状況が発生していた。そしてその事が、二人に予想外の状況を迎えさせる事となった。

「真希さん、大変です」
「どうしました?」
「銀行のお金が無くなりました」
「ゼロですか?」
「ゼロです。もうスタートに戻ってもお金が貰えません」

 それはゲームの箱に入っていた全てのお金が、晴海と真希に分配されるという恐るべき状況だった。その為晴海はスタート地点に戻って来たものの、指定されていた数字の二割ほどしか受け取れなかった。この時点での二人の総資産は、ゲームのデザイナーの想定を(はる)かに上回っていたのだ。

「これは、どういう事なんでしょうね?」
「つまり………私と真希さんが、商業主義という悪魔に打ち勝ったという事ではないでしょうか?」
「あ、なんかそれ素敵です。私達の勝ちですね!」
「はい。二人で頑張りましたね!」

 このゲームは本来、他人を破産させ、蹴落とす事でゲームが終了する。にもかかわらず二人は相手を蹴落とす事を拒否し、共存共栄を図ってしまった。その結果、二人は共に繁栄を続け、ゲームのシステムを上回った。これはある意味においては、確かに二人の勝利だった。

「なんだか平和で素敵なゲームでしたね」
「デザインした人が、平和的な人なんじゃないですか?」
「そうかもしれませんね………もっと、こういうお互いに協力し合うゲームがあるといいんですけれど」
「あっ、桜庭さん、こっちにそれっぽいのがありましたよ!」

 二人の『地上げファンタジア』は、システムが破綻(はたん)して引き分けで終わった。これで二人の勝負は一勝一敗一引き分けと、完全な五分と五分。こうして二人によるゲーム対決の結末は、次以降に持ち越される事となったのだった。



   ◆◆◆次回更新は10月28日(金)予定です◆◆◆

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