第12編 静香VSルース『カブトンガー暁に死す!?』 シーン01

作者:健速

シーン01 カブトンガー再び



 夏休みが明けて、しばらく()った頃。(しず)()はある重大な決断を迫られていた。それはアルバイトに関するもので、彼女はしばらく前に一時的に働いたアルバイト先から、再び働いてくれないかと誘いを受けていたのだ。

笠置(かさぎ)さん、何とかまた引き受けては貰えないだろうか!?」
「でも………また皆さんにご迷惑をおかけするかもしれませんし………」

 静香は両親が(のこ)したころな荘があるので、基本的に収入で困ってはいない。手入れが行き届いたころな荘は古くても入居者が途絶えた事がなかった。例外は幽霊が出るという噂の一〇六号室だけ。そんな訳で、彼女にはアルバイトをしなければならない理由は存在していなかった。

「もちろんそのリスクは承知の上だ! むしろそれをショーの一部として組み込む努力をしようと思っている!」
「そこまでして貰うのは気が引けるというか………申し訳ないというか………」
「これは我々の総意だ! やっぱり君以上にあの役を上手くこなせる人間はいない! この一年ばかりの間にそれが良く分かった! 君ならもう少し派手なアクションに出来た(はず)だ、という思いが常にどこかにあった!」

 静香が求められていたのは、市内のテーマパークで時折行われるヒーローショーへの出演だった。静香も自身の身体能力と格闘技の技術を高く評価されれば悪い気はしない。また町内会経由の紹介でもあるので、断りにくいという事情もあった。加えて言うなら、夏休み中にお小遣いを使い過ぎたという事情もある。ころな荘は両親の形見なので、その収入はなるべく遊びの浪費の補填(ほてん)には使いたくないのが本音なのだ。つまり静香がアルバイトを断る理由もまた存在していなかった。

「カブトンガーは君しかいない! 笠置さんっ、君の力が必要なんだ!」
「え、ええと………」

 静香は厳密には、ヒーローショーのスーツアクター―――着ぐるみの中の人をやって欲しいと求められている。それは主役であるカブトンガーのスーツアクターなので、異例の大抜擢(だいばってき)だろう。そこには物語の設定上の事情が絡んでいる。カブトンガーはライバルが一回り身体が大きいという設定なので、女の子がスーツを着るとサイズ感がピッタリ合う。しかしただの女の子に着せてもアクションは出来ない。そこで目に留まったのが静香だった。格闘技をやっていて、しかも高校生レベルではあるが演劇に出演した事がある。静香はヒーローショーのスタッフが求めている、演技とアクションの双方をこなせる理想的な人材だったのだ。

「………分かりました。お引き受けします」
「本当かい!? ありがとう、笠置さんっ! こうしちゃいられないっ、早くみんなに知らせないと!!」

 結局、静香はヒーローショーのスタッフの熱意に負け、首を縦に振ってしまった。心配な事はあったが、必要とされている事が良く伝わってきたので、断り切れなかったのだ。これには彼女の困っている人を放っておけない性格が、少なからず影響していた。



 静香が心配していたのは、一〇六号室に出入りしている人間の中に、カブトムシに対して否定的な感情を持つ人間が存在しているという事だった。その感情は非常に強く、静香はなるべく刺激したくないと思っている。だからこのアルバイトの事は、知られずに済ませたいと考えていた。だから帰宅して早苗(さなえ)に相談した時、彼女が口にした言葉は静香にとって意外過ぎるものだった。

「んー、今ならバレても大丈夫かもしれないよ?」
「えっ、そうなの?」
「うん。テレビにカブトムシが映ったりしてもね、ちょっとだけはぁとが乱れるような事はあるんだけど、突き抜けたりとか、長続きはしないよ」

 霊能力を操る早苗だから、他人の感情は常に感じている。ルースの感情に関しても一番詳しいのは早苗だった。

「言われてみれば、今年は騒ぎが起こってないわね」

 普通に生活しているとテレビや新聞、インターネットなどで、どうしても確率論的にカブトムシの情報に触れてしまう事がある。夏場は特にそうだろう。にもかかわらず今年は一〇六号室でルースが大きく心を乱した例はなかった。そうした事からすると、静香にも早苗が言っている事は間違っていないように感じられていた。

「でしょ? だから一気に行かずに、小出しにすれば大丈夫かもーって思うんだ」
「なるほど………そうしてみるわね。ありがとう、早苗ちゃん」
「んっ、そうするがよい」

 隠していて後々バレるよりは、正直に話す方がリスクは少ない。また静香がアルバイトに行く度に、他の者達がルースに嘘をつき続けるのも良い事ではない。ルースのカブトムシに対する感情が薄らいでいるなら、伝え方を工夫して正直に話す方がいいだろう、静香はそのように考え始めていた。

「………それにしても、何で大丈夫になったんだろうねぇ?」

 早苗は口元に指を当てながら軽く首を傾げる。早苗の霊能力は他人のリアルタイムの感情は良く分かるのだが、どうしてそのように変化したのかという事までは分からない。静香にルースの事を話してやりながら、そこが早苗には不思議だった。

孝太郎(こうたろう)と関係ないカブトムシだからかなぁ?」
「それもあるだろうけど………主な理由は里見(さとみ)君の気持ちがある程度確認出来たからじゃないかしら。それにルースさんの気持ちも固まってきただろうし」

 静香の方はそこがおぼろげに想像がついていた。ルースは孝太郎の気持ちが分からないからこそ、寝惚(ねぼ)けた孝太郎にカブトムシが沢山いる木と勘違いされて抱き着かれた事に腹を立てた。だが今はそうではなく、孝太郎がルースに向けている感情をある程度理解している。またルースの方はどれだけ困難があろうと孝太郎と生きると決めた。この状態ではカブトムシに敵意を維持するのは難しいだろう。

「らぶいずおーるって事か」
「そうなるかしら。もっとも、カブトムシ嫌いの原因すらラブではあったんだけど」
「あははははっ、それもそうだねぇ」
「ふふふふふっ」

 静香は早苗と一緒に笑い合う。一時はどうなる事かと心配していた静香だが、幸い取り越し苦労で済みそうだ。その安堵の分だけ、静香の笑顔は明るかった。



 早苗の助言を参考にして、静香はまずヒーローショーに出るという事だけをルースに伝えた。町内会の人を経由して頼まれた。彼らの熱意に打たれた。そしてそうやって事情を先に伝えた後で、言葉では何も言わずに、ヒーローショーのチラシをルースに見せた。

「………」

 問題のチラシを見た瞬間、ルースの眉毛がピクリと動いた。だがそれ以上の反応は起こらず、ルースはこれまでと同じ調子で話し続けた。

「ヒーローショーという事は、頑張らないといけませんね。子供達の夢を壊さないようにしないといけませんから」
「う、うん、そうなの。だから時々遅くなるかもしれないから、前もってルースさんには伝えておこうかと思って」
「左様でしたか。御配慮をありがとうございます」

 むしろ様子がおかしかったのは静香の方だ。大丈夫と分かっていても、緊張は隠せなかった。だが実際に話してみると拍子抜けするほど簡単に済んだ。見たところルースの様子におかしなところはないし、同席している早苗もちゃぶ台の陰で指先をくっつけて丸のサインを送ってきていた。

 ―――ルースさんは本当にカブトムシ嫌いが治りつつあるのね。良かった………。

 静香は大きく安堵(あんど)しながら、その事を実感する。多くがそうであったように、ルースも成長している。冷静に考えてみれば彼女だけ成長していないと考えるのは奇妙な話だ。静香は自分がそう考えていた事がおかしくてならなかった。

「晩御飯の問題もあるし、出来るだけスケジュールは伝えるようにするから」
「はい、宜しくお願いします」
「静香の分をあたしが食べれば問題ないよ」
「サナエ様、ピーマンも二倍になりますが、大丈夫ですか?」
「それはゆりかに任せるから大丈夫」
「全然大丈夫じゃないじゃない」

 早苗を交え、静香とルースのおしゃべりは和やかに進んでいく。お茶を飲みながらのとりとめのないおしゃべり。それはいつも通りの調子で、夕食の準備が始まる時まで続いていく筈だった。

「ただいまぁ~」
「只今帰りました」

 そこへゆりかと()()が帰宅する。真希はきちんと靴を揃えて入ってくるが、ゆりかは靴を脱ぎ散らかしてまっしぐらに六畳間へ向かう。彼女は経験上、お菓子がそこにある事を知っているのだ。真希はゆりかの靴も揃えてやると、自身も六畳間へ入っていった。

「いっただっきまぁ~~すぅ!」

 真希が六畳間に入った時、ゆりかは既にお茶菓子の温泉まんじゅうに噛り付こうとしていた。真希はそれをはしたないと思うが、反面その素直さが(うらや)ましくもあるので、ゆりかの様子を目で追いながら自身もちゃぶ台の傍に腰を下ろした。

「ゆりか、もっと行儀よく食べなさい」

 それでもダイナミックにまんじゅうを(かじ)るゆりかの姿が余りにはしたなかったので、結局真希は彼女に注意してしまう。対するゆりかはそれに懲りた風もなく、まんじゅうを口の中に入れたまま呑気に答えた。

「おはねがらいからおひうがすくなかったんれすよぅ」
「は?」

 ゆりかの言葉は不明瞭で、真希には聞き取れない。そんな真希の為に通訳をしてくれたのが早苗だった。

「ゆりかは夏場にお金を使い過ぎちゃったの。それで最近お昼が少なくなってるの。毎週毎週、加減がないんだから」

 早苗はそう言いながら真希に向けて肩を(すく)める。夏に行動を共にしている事が多かったので、早苗はゆりかの暴飲暴食をよく知っていた。

「毎週毎週?」

 早苗が何気なく口にしたその言葉に、ルースが注目する。ルースには、早苗とゆりかが夏休みに毎週どこかへ出掛けていたような記憶はなかったのだ。

「それはですねぇ、夏休みに毎週ぅ、カブトムシを獲りに行っていたんですよぉ。里見さんがどうしてもって言うからぁ。子供ですよねぇ~?」
「カブトムシ? おやかたさまと?」

 ピシッ

 その瞬間、六畳間の空気が凍り付いた。

「はっ!? しまったっ!?」

 同時にゆりかは自身の失言に気付いたが、後の祭りだった。

「ばかぁっ、ゆりかのばかぁぁぁっ!!」
「………わ、わたくしを連れて行かず、しかも秘密で………夏の間中カブトムシを獲りに行っていた………?」

 ルースの声は静かだった。しかしその声は微かに震えており、彼女の言葉に凄みを与えている。ルースが怒りに打ち震えている事は誰の目にも明らかだった。

「ちょっとゆりかちゃんっ!? 話がまとまりかけていたのにぃっ!!」
「静香さんまで怒らないでくださぁいっ! 私もぉ、わざとやった訳じゃないんですよぉうぅっ!!」
「………や、やはり、カブトムシは全て殲滅(せんめつ)しなくては………無関係な個体もいると、情けをかけたのが間違いだったっ………」

 孝太郎がルースに内緒で、カブトムシを捕まえに行っていた。しかもゆりか達を連れて行っていた。自分だけ()(もの)で、つまりルースよりもカブトムシを選んだという事。ルースにとって許容できるような話ではなかった。

 グシャリッ

 ルースの手の中で、ヒーローショーのチラシが無残に握り潰される。やはりカブトムシは全て敵。ルースはその思いを新たにしていた。

「………手始めにこいつから………ふ、ふふふ、うふふふふふふっ………」
『ひぃぃぃっ』

 ルースの凄みのある笑いを前にして、静香は真希と、ゆりかは早苗と、抱き合って震え上がる。物理的な意味では、ルースは怖くない。むしろどうとでもなる相手だった。だが内包する強力な怨念は、そんな事実を払拭(ふっしょく)して余りある。もし溢れ出す意志の力で他人を攻撃する事が出来たなら、ルースの前にいる四人は間違いなく粉々になった事だろう。



   ◆◆◆次回更新は12月9日(金)予定です◆◆◆

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