第12編 静香VSルース『カブトンガー暁に死す!?』 シーン03

作者:健速

シーン03 カブトンガーVSルース



 ルースにその手紙が届いたのは、日課の特訓に出掛けようとした、その時の事だった。彼女が(くつ)(ひも)を結んでいる時に、その手紙が郵便受けを抜けてぽとりと目の前に落ちた。チラシか何かだろうと思ったので、ルースは特に気にせず靴紐を結び続けた。

 ―――特訓しているとおやかたさまがわたくしだけを見て下さるので、とても嬉しいのですけれど………時々とても懐かしそうに、寂しそうにわたくしを見ておられる………あれはやはり、フレアラーン様の事を思い出しておられるのでしょうね………。

 ルースにもルースなりに気になる事があったので、周囲に気が回らなかったという事もあった。だから彼女が届いたものがチラシではないと気付いたのは、靴紐を結び終えて立ち上がろうとした時の事だった。

「なんでしょう………」

 ルースは裏返しになっていた手紙を手に取ると、ひっくり返して表側を確認する。すると奇妙な事に、そこには郵便番号も住所もなく、ただ宛名だけが記されていた。

『ルースカニア殿』

「わたくし?」

 丁寧な毛筆で記された、ルースの名前。そこにただならぬ気配を感じたルースは、その場で手紙を開封する。少し不安を感じていたので、その手つきが普段よりも荒い。いつもはペーパーナイフを使って丁寧に開けるのに、手紙の上部を()がしての開封だった。

「便せんと………写真?」

 中に入っていたのは便せんと写真。そしてルースはその写真を見た瞬間に表情が凍り付いた。同時に常に温和な彼女から、猛烈な殺気が放たれ始める。

「おっ、おのれぇぇぇぇっ、カブトンガァァァッ!! わたくしにっ、このようなものをよくもっ、よくもぉぉぉぉっ!!」

 グシャリッ

 ルースはすぐさま写真を握り潰した。問題の写真は、満面の笑みを浮かべている孝太郎(こうたろう)と肩を組んでいる、カブトンガーが写っていた。



果たし状

ルースカニア殿

 貴殿が我らカブトムシ一族に対し、戦いを挑まんとしている事は聞き及んでいる。しかし我らも不用意に多くの犠牲を払う事は望んでいない。そこで一族を代表し、この私カブトンガー一号が貴殿との決闘に臨みたく思う。一対一の決闘にて雌雄(しゆう)を決し、もし私が敗北した場合には、一族郎党が貴殿の前に現れない事を誓う。逆に私が勝利した暁には、一族の行動の自由を保障して頂く。決闘の場所と時間は別紙を参照の事。貴殿が決闘に応じる事を強く望む。

                               カブトンガー一号



 ルースとカブトンガー一号の決闘は、ショーの一部として執り行われる事となった。これには実験的な演出の試行や、トラブル対応の訓練の意味合いもあるので、意外にすんなりと決まった。もちろん舞台上で決闘を行うのは危険だったので、商店街の格闘ジムの全面協力の下、テーマパーク内に臨時のリングが設営された。
 要はリングとその花道を使ってヒーローショーをやりながら、ルースの乱入を待つのだ。そしてルースが来ないなら、そのままリングを使って、カブトンガーはゲストの格闘家怪人と戦う。どちらにしろ普段以上の派手なアクションを見せようというのが運営側の考え方だった。またキリハの交渉術の影響も大きく、話はトントン拍子に進行していた。しかしそれでも、(しず)()には一つだけ気がかりな事があった。

「………果たし状なんか出しちゃって大丈夫だったのかしら………」

 静香は控室でカブトンガーのスーツを身に着けながら溜め息をついた。静香が心配していたのは、ルースに送った手紙―――果たし状の事だった。ただでさえ気持ちが荒れているルースを、あんな手紙で(あお)ってしまったらどうなるのか。静香はそこが不安でならなかった。

「静香、大丈夫かどうか以前に、どうしても必要なプロセスなのだ」

 そんな静香の着替えを手伝いながら、キリハは苦笑した。作戦を立てたキリハもリスクは承知している。ルースの気持ちが必要以上に高まってしまえば、気持ちが収まるまでに長い時間が必要になるかもしれないのだ。だがあえてそれをしなくてはならない事情があった。

「どうしてなの?」
「ああする事で、ルースの敵対的な感情をカブトンガー一人に背負わせる事が出来る」
「だからそれがまずいんじゃないかって!」
「逆だ。ルースの敵対的な感情がカブトンガーに集中していない場合、カブトンガーを倒した後も他のカブトムシを探しに行くだろう。それではまずいのだ」
「………なるほど………」
(なんじ)は苦労する事になるだろうが、カブトンガーこそが諸悪の元凶、ルースにそのように思わせない事にはこの問題は解決しないのだ」
「はぁ………厄介ねえ………」

 キリハの説明は単純明快、静香にも理解し易く、同意できる内容だった。しかし理解出来るだけに、問題の複雑さもよく分かる。つまるところ分散していたルースの怨念を静香一人で晴らさねばならない訳なので、戦いの困難さは始まる前から想像がつく。だが残念な事に、静香のその想像は一回り大きい形で具現化した。



 ルースが姿を現したのは、果たし状に書き込まれた時間通りだった。我を失っていてもそこは几帳面(きちょうめん)なルース。早くも遅くもない、ぴったり真昼の十二時だった。

 ぼしゅぅぅぅぅぅっ

 大量の水蒸気と共に、一段高くなっている入場口にルースの姿が現れる。この日の彼女が身に着けている服は私服だったのだが、それが何故か露出度の高いトゲトゲしい悪役の服装に変わっている。本来のルースなら恥ずかしくて死にたくなるような代物だが、今の彼女は自分の姿に気が回るような精神状態ではない。これはクランがこっそり取り付けた立体映像の投影装置によるもので、着替えさせる事無く見た目を変えられる便利な道具だった。おかげでルースが手にしている練習用の剣も本物のように輝いている。そしてルースはその剣をカブトンガー―――静香に向けて大きな声で叫んだ。

「居ましたねぇっ、カブトンガァァァァァッ!!」

 剣の刀身とルースの瞳がギラリと輝く。ルースは普段の彼女からは想像もつかないほど強い殺気を放っている。また剣を静香に向けた時の動きにはキレがあり、几帳面なルースが十分なウォーミングアップを行ってから来た事は明らかだった。

 ―――あああ、どうしようっ、ルースさんまずい感じになってる!

 身体的には達人級で、実戦も経験している静香なので、普通はどんな敵にも怯まない。しかしルースは良く知っている友達で、普段とのギャップが余りにも大きい。おかげで静香は思わず怯えて立ち尽くしてしまっていた。

『俺は逃げも隠れもしない! 何故なら俺はカブトンガー一号だからだ! 自由と平和を守る為、お前を倒す!』

 しかし怯える静香とは裏腹に、カブトンガー一号の声は力強く会場全体に響く。アクションは静香担当だが、声は別に用意されているのだ。そしてその声のおかげで静香は我に返り、小さな身体が大きく見えるカブトンガー特有の動きで身構えた。それは弱気になっている静香とは裏腹に、来るなら来い、そういう風にしか見えない美しくも力強いポーズだった。

『かかってこい、今日こそ決着を付けてやる!!』
「ここで逢ったが百年目ぇぇぇぇぇっ!!」

 興奮したルースは剣を構えたまま一気に花道を駆け抜けると、リングの手前で大きく跳躍。そのままリングを囲うロープを飛び越えて、静香に斬りかかっていった。

「たあぁあぁあぁぁぁぁっ!!」
『させるかぁぁぁっ!!』

 ガシィィッ

 ルースの一撃を静香は左腕の外側で受ける。そこには樹脂で作られた腕甲が取り付けられていたので大事には至らなかったが、やはり剣を大きく振り回した上に体重を乗せた一撃は重く、静香は息が詰まった。

「やはり固い!?」
『今度はこちらの番だぁっ!』
「そのくらいぃっ!!」

 ブンッ

 静香は得意のハイキックを放つが、不幸にしてその一撃は空を切った。息が詰まって動きが一瞬止まったせいで、攻撃がワンテンポ遅れてしまったのだ。ルースは剣を使っていて間合いが広めなので、そのワンテンポの遅れで十分に蹴りの間合いの外まで逃げ出す事が出来た。

『やるなっ、女の身で!』
「このわたくしを簡単に倒せると思ったら大間違いですよ、カブトンガー!」

 間合いが離れたので、二人は距離を保ったまま互いの隙を伺う。その瞬間、会場のボルテージは一気に上がった。

 ウオォォォォォォォッ

「すごーい! きょうのカブトンガーはいつもとちがうー!」
「わるものもなんかスゴーイ! コワーイ!」

 観客はいきなり大技が飛び交う展開に大興奮。特に子供は敏感にルースの殺気を感じ取り、激しい戦いを予感して目を輝かせている。その眼差しは、カブトンガーが勝つのだと信じて疑わない、強い信頼から生れ出る期待に満ち溢れていた。

 ―――じょっ、冗談じゃないわこれぇっ、一体どうなってるのよぉっ!?

 だがそのカブトンガー本人―――静香は期待や信頼どころではなかった。静香は格闘技の高い技術を持つので、今の一瞬の交錯で理解した。現在のルースの実力は、当初の予想を大きく超えていると。

 ―――お互い武器なしなら間違いなく勝てるけど、ルースさんは剣を持ってるし、目的は勝つ事じゃない! やれるの!? 今のルースさんを相手に!?

 目的は勝つ事ではなく、接戦を繰り広げた後にルースが満足する形で倒される事だ。それは一瞬の隙を突いて勝てばいい実戦とは全く違う勝利条件で、実現するには大きな実力差を必要とする。単純な実力なら間違いなく静香の方が上だろう。だがルースが剣を手にしている事で、実力差はかなり縮まっていた。またルースの執念が身体能力を底上げしているようにも感じられる。静香の勘では、自身とルースにはそれほど大きな差は存在していなかった。

「今日こそっ、今日こそぉぉっ、お前達カブトムシに正義の鉄槌をっ!」
「………あああっ、もうどうにでもなれぇぇぇぇっ!!」

 だが今の静香には悠長に悩んでいる暇はない。
 剣を振りかざしたルースは、再び目の前に迫っていた。



   ◆◆◆次回更新は12月22日(木)予定です◆◆◆

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