第12編 静香VSルース『カブトンガー暁に死す!?』 シーン04

作者:健速

シーン04 暁に死す



 キリハの原案を元にスタッフが書いた脚本では、カブトンガー役の(しず)()はルースの猛攻を受けて劣勢になり、一旦敗北する。そしてそこから復活して大逆転勝利という筋書きになっていた。実際の戦いもその脚本通りに進んでいたのだが、一つだけ予定外の事があった。それは本当に静香が劣勢に立たされているという事だった。

「はぁああぁぁぁぁっ! たあっ、とぉっ、おりゃああぁぁぁぁっ!!」

 ガンッ、ゴンッ

 ルースには筋書きなど関係ないので、強い感情に駆られて最初から全力で攻撃して来ている。戦士としてペースの配分に気を使ったりもしない。ルースに剣の技術は備わったものの、戦い方は素人の全力駄々っ子攻撃。一刻も早くカブトンガーを倒す、ルースはその一心で戦い続けていた。

「きゃあきゃあっ、きゃあぁぁぁぁっ!!」

 バチンッ、ビスビスッ

 そしてやはり厄介なのがルースが使っている練習用の剣だった。明らかに攻撃のリーチが二倍以上になり、剣そのものの質量に振り回した勢いがプラスされて攻撃が重い。攻撃のスピードだけは素手の静香の方が速いものの、一度守勢に回ればリーチと攻撃の重さに(はば)まれて拳や蹴りを出す暇がない。ルースは最初から猛攻で来たので、静香は防戦一方の戦いを強いられていた。

『シズカ、手伝おうか?』
「おじさまは黙ってて! これは私とルースさんの戦いよ!」
『気持ちは分からんではないが、これは非常事態だろう?』
「今急にギアを変えると危ないのよ! それに体重も増えるし!」

 静香にはアルゥナイアの力を借りるという奥の手がある。それを使う事が出来れば早々に問題は解決するだろう。だが格闘家としてのプライドや、忙しく戦っている最中に急にパワーアップをすると身体のコントロールが一瞬あやふやになる等、色々と不都合も存在している。また、アルゥナイアの魔力を使うと静香の体重のコントロールが緩む。女の子としても不都合は存在していた。

『そうは言っても、そろそろ見せ場の一つもないとまずいぞ』
「きゃあきゃあきゃあっ!! 忙しいから、おっ、おじさまちょっと黙ってて!!」
『………お前がそれでいいならいいんだが』

 心の中での会話とはいえ、話をしながら戦うと気が散る。アルゥナイアは邪魔をしないように早々に口をつぐんだ。もし彼が静香の身体を操っていたなら、肩を(すく)めたに違いないだろう。

「たああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ビッ

 アルゥナイアが口をつぐんだ直後だから、彼のせいだったのかどうかは微妙な所だ。静香はほんの(わず)かに行動が遅れ、ルースの剣に足を払われてしまった。

「しまったっ!?」

 練習用の剣が防具の上から叩いたので、静香の足が傷付くような事はない。だがその衝撃は大きく、静香の身体が大きく傾いた。

 ダンッ

 静香の身体がリングへ叩き付けられる。剣の一撃が鋭過ぎたおかげで、静香の感覚ではむしろこちらの衝撃の方が大きく感じられていた。

「貰ったぁぁっ!!」
「いたたぁ………はっ!?」

 そこへルースが獲物を襲う猛獣のような勢いで飛び掛かってくる。静香が尻餅をついているこの千載一遇のチャンスに、(とど)めを刺そうというのだ。

「はあぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」

 ルースは剣を上段に構え、落下に合わせて全力で振り下ろしてくる。その姿にはこの一撃で必ず仕留めてみせるという明快な意志が溢れていた。

「まずいっ、これを喰らう訳には―――」

 慌てて身体を回転させ、静香はその一撃から逃れようとする。

 ビッ

 幸いルースの一撃はヘルメットに(かす)っただけで終わった。だが掠っただけなのに相当な衝撃があった。そしてその衝撃が、静香にある事を気付かせた。

「ルースさん殺す気だぁぁっ!! 殺す気でやってるぅぅぅぅぅぅっ!!」
『………単に経験不足で加減が分からないだけかもしれないぞ』
「どっちだって私には同じよぉぉぉぉぉっ!!」

 今のルースはヤバい。気を抜けば本当にマズい事になる。
 静香の背中に冷たいものが走る。何とかしてルースを倒さなければ、子供達の夢だけでなく、静香の身体まで打ち砕かれてしまいかねない―――今はそんな状況だった。



 普段のルースからは想像もつかない激しい戦いぶりを、一〇六号室の関係者は観客席から見守っていた。事情を知らない観客達の盛り上がりとは裏腹に、誰もが落ち着かない様子で祈るようにしていた。

「そこだっ、頑張れ静香っ、大和撫子魂っ!!」
「ああぁっ、ルースさんっ、先っぽは駄目ですぅ、先っぽはぁっ!!」
「まずいな………ルースの勢いが予想以上なので、負けたフリが出来なくなった。下手に倒れると止めを刺されかねない」
「………もはや解決は望めぬか。せめて無事に終わればよいが………」

 ルースが殺す気でやっているのか、加減が分からないだけなのかはハッキリとしないものの、静香が下手に倒れれば止めを刺しに来るのは明らかだった。だから静香の目標は既にルースを傷付けずに勝つという方向に切り替わっていた。しかし今のルースを無事に倒すのは難しい。ショーの体裁(ていさい)を守りつつ、しかも武器なしで成し遂げるのは、極めて困難だと言わざるを得ない。それが分かるから、少女達は心配をせずにはいられなかった。

「カブトンガーだいじょうぶかなぁ………」
「あのおんなのわるもの、つよすぎじゃない?」
「がんばれー、カブトンガー!」
「まけないでー!!」

 そしてカブトンガー―――静香の劣勢は子供達も敏感に感じ取っていた。子供達にもはっきりと分かる程、追い込まれていたのだ。だから子供達は懸命になってカブトンガーを応援する。自分達のヒーローが負けるなど、あってはならない事。子供達は祈るような思いでカブトンガーの勝利を願っていた。

「………大家さんにはハンデがあるとはいえ、よくぞここまで………」

 そんな空気の会場の中で、ただ一人、全く違う反応を示している者がいた。それは騒動の元凶であり、しかもルースに剣を教えた孝太郎(こうたろう)だった。この戦いを見守る者達の中で、ただ一人孝太郎だけは懐かしそうにリングを見つめており、しかもその瞳にはうっすらと涙が(にじ)んでいた。

「………フレアさんだ………あれは完全に、フレアさんの動きだ………」

 ルースがカブトンガー―――静香を追い込んでいく動きは、孝太郎が教え込んだもの。それは二千年前のフォルトーゼで見た、当時のパルドムシーハの正騎士フレアラーンの動きを参考にしている。そしてルースは生来の勤勉さと、打倒カブトンガーの執念により、その動きをマスターした。今の彼女はフレアそのものの動きで静香と戦っている。もちろん技量自体はまだまだ開きがあるが、立ち方や剣の動かし方の一つ一つが、孝太郎が遠い過去に置き去りにしてきた想い出を呼び覚ます。見ていると涙ぐんでしまうほどに。だから今のルースが勝ってしまうとまずいという事を重々承知していながら、孝太郎は思わず叫んでしまった。

「そこだぁっ、ルースさーんっ!! コンビネーショーンッ!!」

 孝太郎が今日までずっとルースに練習をさせてきた、三段のコンビネーション。まず下段を攻撃して静香にガードをさせ、ガードが下がったところに一度フェイントを入れ、最後に本命の一撃を叩き込む。それはフレアラーンの得意技だった。

 ―――今なら押し切れる! このタイミングならぁっ!!

 ルースがコンビネーションを仕掛けようとしたのと、孝太郎が声を上げたのは、ほぼ同時だった。二人とも静香の動きから同時にそう判断したのだ。それが同時であった事からも、ルースの特訓は実を結んだと考えて差し支えないだろう。

「………おやかたさま?」

 しかしそこで誰もが予想しなかった事が起こった。ルースの視線が静香から外れ、動きが止まったのだ。それはほんの一瞬の出来事。すぐにルースは攻撃を再開したのだが、その一瞬の遅延は静香にとって千載一遇のチャンスだった。

「こぉこだあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ほんの一瞬の動きの空白。直後に動き出したが、その一瞬のおかげでルースの剣よりも先に静香の拳がルースに届いた。

『フルボルテージ・カブトンガー・パーンチッ!!』
「きゃうぅっ!?」

 技巧(ぎこう)()のカブトンガー一号は、鍛え抜かれたその拳を必殺技とする。特訓によりあらゆる技を身に着けたカブトンガーが、それでなお敢えて選んだ真っ向勝負の突き。その一撃は天地を貫き、悪を滅ぼす正義の雷。一度破られはしたものの、最終話でスカラベキングに止めを刺したのはやはりこの技だった。

『砕け散れ、邪悪なる者よ!』

 どーん

 静香の拳がルースの鳩尾(みぞおち)に叩き込まれたのと同時に水蒸気がリングに立ち込め、照明とレーザー光がそれを美しく彩る。また大型のスピーカーからは、カブトンガーの勝利を確信した観客達の大歓声を掻き消さんばかりの、重厚な爆発音が飛び出した。



 もしあの時に孝太郎が声をかけなければ、あるいはルースが勝利していたのかもしれない―――静香はそんな風に思っている。あの一言はキス以外では唯一、ルースの願望を満たせる言葉だったと思うからだ。
 ルースがカブトムシの殲滅(せんめつ)を決めたのは、孝太郎にとってカブトムシよりも自分が特別だと証明する為だ。だからあの瞬間、ルースは戦う理由を失った。決戦の最終局面において、孝太郎はカブトンガーよりもルースの勝利を望んだ。しかも毎日鍛え続けた技を使って。流石の孝太郎も、カブトンガーにはそこまでの事は望まない。それはルースとの関係が深いものであるからこそ、溢れ出た言葉だった。
 あの一瞬でルースがそこまでの事を考えていたのかは分からない。だが動きを止めた以上は、なにがしかの影響はあった(はず)だ。だから静香は気絶したルースの身体の事は心配していたものの、心の方は心配していなかった。そしてその事は、ルースが目を覚ました時に証明された。

「………あら?」
「おはよう、ルースさん。ようやく目を覚ましたのね」
「はい、シズカ様」

 病院のベッドで目を覚ましたルースは、何度も(まばた)きをしながら辺りを不思議そうに見回していた。その様子からは数時間前までの鬼気迫る雰囲気は感じられない。ルースの様子はいつものそれに戻っていた。

「ところでシズカ様、ここは何処(どこ)なのですか?」
「病院よ。ルースさんはちょっとした事故があって、病院に担ぎ込まれたの」
「そうだったのですか。言われてみれば身体の節々が痛むような………」
「しばらくじっとしていた方がいいと思うわ」
「はい。ところで事故というのは?」
「覚えてないの?」
「はい。なんだかここしばらくの記憶が曖昧で………」

 ルースが軽く首を傾げながら自分の記憶を辿っていくと、しばらく前から―――厳密にはゆりかの失言の辺りから―――あやふやなものになっていた。激しく(たかぶ)った感情に駆られて行動していた期間なので酒に泥酔(でいすい)した時と同じようになっているのだが、その辺りの事はルース本人には知る由もない事だった。

「ふぅん。ええと………それはね、みんなでテーマパークに―――」

 不思議そうにしているルースに、静香は事情を説明していった。ただし伝えるのは大まかな事実だけに絞り、細部には触れない。みんなでテーマパークに行き、ショーに参加。その時にルースが予期せぬアクシデントに巻き込まれて気を失ったのだ、と。

「―――という訳なの」
「そうだったのですか………」
「気分が悪かったり、頭が痛かったりしない?」
「それは大丈夫です。むしろ妙にすっきりしているというか………どうしてなんでしょうね?」
「ルースさん………」

 ルースは自身の言葉通り、清々(すがすが)しい表情で微笑んでいた。本人には理由が分からなかったものの、見つめる静香にはその理由が薄っすらと分かった。ルースは恐らく、コンプレックスから解放されたのだろう。

「………よかったぁ………」

 ルースの身体の無事と心の平穏、双方を確認した静香は胸の奥から大きく安堵の息を吐き出した。理由はどうあれルースを殴って気絶させた訳なので、静香は大きな責任を感じていたのだ。これにより静香の方も重圧から解き放たれ、清々しい笑顔を浮かべた。

「御迷惑と、御心配をおかけして大変申し訳ありませんでした」

 ルースは申し訳なさそうに眉を寄せ、軽く頭を下げた。賢い彼女は、自分のせいで多くの人間に迷惑をかけたらしい事をおぼろげながらに理解していたのだ。そして今も静香はルースの事を案じてくれている。気配りのできる彼女だから、この状況はとても心苦しいものだった。

「いいのよそんな事。ルースさんのせいじゃないし」
「そう言って頂けると助かります」
「どちらかと言うと里見(さとみ)君のせいなのよ」
「おやかたさまの?」

 ルースは目を丸くする。

「そっ。子供っぽくショーに参加したいなんて言うから」

 確かにルースが暴れたのは事実だが、実際のところは孝太郎が根本的な原因であり、それをゆりかの失言が騒動に発展させただけ。加えてキスすれば騒動は簡単に解決するというのに、孝太郎は体裁(ていさい)にこだわって何もしなかった。非難されるべきは孝太郎、それが女の子の論理。そして静香は女の子だった。

「………わたくしはおやかたさまが望まれる事でしたら、どんな事であっても、それがわたくしの望みです」
「ルースさん、そんなに献身的だと悪い男に騙されるわよ?」
「シズカ様、おやかたさまは悪い男ですか?」
「ん………問題なさそうね?」
「はい」

 しかしルースにとって孝太郎は絶対だ。どんな願いでも叶えるし、死ねと言われれば死ぬだろう。だからこそ、カブトムシ以下が我慢ならなかった。表し方が違うが、ルースもまた別の意味で女の子なのだった。

「でもルースさん、里見君がちょっとだけ悪い男であってくれた方が、みんなで幸せになれそうな気がしない?」
「そうですね………うふふふっ」
「あはははっ」

 幸いな事に、ルースは記憶があいまいになっている事以外はすっかり元通りだった。内在したコンプレックスも解消したようで、その笑顔はとても明るい。そんなルースの笑顔に笑い返しながら、静香は改めて安堵する。

 ―――よかった、ルースさんが無事で。気持ちも晴れたようだし………。でも結局、しばらくカブトンガーは休業ね………ふふふふっ………。

 そして我らのヒーローカブトンガーは、無事に勝利を迎えたにもかかわらず、しばらくの間活動を休止する事となった。実はスーツの破損が思ったよりも大きかったのだ。修復にはしばらく時間を要するという事だった。だが復活はそう遠くはないだろう。何故なら仲間達と子供達が、彼の復活を心待ちにしているからだった。



   ◆◆◆次回更新は2月3日(金)予定です◆◆◆

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