第13編 キリハVSエルファリア『頭脳派頂上決戦!! 何故か孝太郎の危機!?』 シーン02

作者:健速

シーン02 ルーレット対決



 晴海(はるみ)の丁寧な指導もむなしく、転倒したゆりかは巨大な雪玉に成長。折しも通りかかった孝太郎(こうたろう)達を追って転がり始めた。幸い()かれた孝太郎には怪我はなかった。雪が上手い具合にクッションになり、雪玉の加重を分散させてくれたのだ。しかし雪に埋まって身体が冷えたせいか、午後に入った頃から熱が出始めた。にもかかわらず、どうせ大した事ないだろうとスキーを続けた事で体調は急激に悪化。夕方になる頃には誰が見てもそれと分かるほど明確に風邪をひいていた。

「馬鹿だな、里見孝太郎」
「しょうがないだろ、スキーなんてそうそう機会はないんだから」

 孝太郎は今、ホテルの一室で休んでいた。その額に乗せられていた濡れタオルを氷水で洗いながら、キリハが笑う。緊急時には滅法(めっぽう)頼りになる孝太郎なのに、こういう部分では頼りなさというか、子供っぽさが(ぬぐ)えない。だがキリハはそれを口ほどには馬鹿だと思っていない。それが自分達に対する無意識の甘えである事が分かるから、キリハはむしろ嬉しいと思っていたのだ。

「レイオス様、何かお食べになりますか? 何でしたら食べさせて差し上げますよ」
「さっき皆になんだかんだ食べさせられたから、飲み物だけでいいや」
「はい、すぐに」

 部屋にはキリハ以外にももう一人孝太郎の看病をしている者がいる。それはスキーをやる時もキリハと一緒だったエルファリアだ。エルファリアは一応最年長者で、名目上はこの旅行の引率をしている。実質上の引率者であるキリハと共に残ったのはごく自然な流れだろう。

 ちゅー

「ん~~~」
「コラ、何のつもりだ」
「………んくっ。何って、口移しでジュースを飲ませて差し上げようかと」

 ちゅー

「ん~~~」

 ごんっ

「………んくっ。もー、照れなくて良いじゃないですか、レイオス様。私とレイオス様の仲ですよ?」
「どんな仲だ、どんな」
「美貌の母と、義理の息子です」
「馬鹿野郎」

 だがキリハが見たところ、エルファリアは別に引率者としての役目で残ったようには見えない。どちらかといえば自分がそうしたかったから残ったように見えていた。

 ―――口では二十年前の事だと仰っているが、人の心はそう簡単に割り切れるものではない………特にエルファリア陛下の場合、その出会いと別れには、お互いに何の落ち度もないのだから………。

 娘のティアや他の少女達の為に、そして二十年の断絶が故に、エルファリアは常に冗談という鎧を纏っている。だがその鎧の向こう側では、今もなお思慕の念が(くすぶ)っているのではないか―――自身も似たような経験をしているだけに、キリハにはどうしてもそのように感じられてしまうのだった。



 看病がひと段落して孝太郎が寝付いたところで、キリハとエルファリアは食事をしに部屋を出た。その帰りに、キリハはホテルのゲームコーナーに目を止めた。実はこのホテルはゲームコーナーにも力を入れている。天候が悪化した時にはスキーもスノーボードも出来なくなるので、宿泊客を楽しませる施設が充実しているのだ。

「………ふむ、これなら………」

 遠目から設置されている各種ゲームを確認したキリハは小さく微笑む。そして隣を歩くエルファリアに話し掛けた。

「陛下、少し地球式のゲームで遊んでいかれませんか?」
「ゲーム? しかしレイオス様がお休みですから………」

 エルファリアはあくまで孝太郎の看病を優先したい様子だった。彼女は孝太郎の部屋の方をしきりに気にしていた。

「短い時間なら問題はありません。それに、もし陛下が看病だけでスキー旅行を過ごしたと知れば、孝太郎は悲しむでしょう」
「そうかも、しれませんが………」
「そこで考えたのですが、私と陛下がゲームで対決し、負けた方が看病を担当するのはいかがでしょう? 勝った方は自由にしていて良い訳です」

 キリハはにこやかに笑う。元々看病に二人は要らない。ゲームを利用して楽しく交代でやった方が負担も軽くなり、効果的だ―――というのは表向きの理由だ。

「………そういう事なら。負けませんよ、キリハさん」
「お手並みを拝見させて頂きます、陛下」

 実はキリハには、この対決を利用してやりたい事があった。その為に、わざわざこんなゲーム対決を言い出したのだ。

 ―――後は我が陛下に勝てば良い訳だが………難敵だな………。

 エルファリアを孝太郎と二人きりにしてやりたい、キリハはそう考えていた。だがエルファリアは、ティアや他の少女達の為に、本当の意味でそれを望む事はない。ゲレンデでキリハがティアに譲ったのと同じような考え方だろう。だからこのやり方が必要になる。キリハはエルファリアに、負けてしまったのだから仕方がない、決して自分の意志ではない、そういう言い訳を用意してやろうと考えたのだ。
 とはいえエルファリアも馬鹿ではない。年長者だし、その仕事柄、駆け引きや交渉事に関しては高い実力を誇る。今の時点でキリハが何がしかの目的を持っている事は既に感じ取っていると考えた方が良いだろう。そうなると余計な気遣いは不要だと、エルファリアが勝ちに来る可能性が極めて高い。本気のエルファリアを負かすには相当の労力を要する。いかにキリハと言えど、簡単な相手ではなかった。



 キリハがエルファリアとの対決に選んだのは、メダルゲームコーナーに置かれているルーレットだった。ルーレットはボールを投げ、赤と黒に塗り分けられた回転盤のどこに落ちるのかを予想する正統派のギャンブル。今回のものは完全に自動化されていて、ルーレット自体も3DのCGで再現されているメダルゲーム仕様のものだが、基本的なルールは本物と同じだ。どの数字が出るか、どの色が出るか、そうしたものに賭けてメダルを増やすゲームだった。

 今回はそれぞれ二十枚メダルを持ってスタートし、全部で五回ルーレットを回して賭けを行い、最終的に枚数が多かった方を勝ちとする。回数無制限でメダルが切れるまでの勝負なら、リスクを最低限にして安定してメダルを増やす手法が問題になる。だが今回のようにルーレットを回す回数が決まっているなら、両者に駆け引きが生まれる。全く賭けをせずに二十枚を維持してもいいし、最初の一回で全額勝負をしてもいい。とにかく五回のゲームが終わった後に相手よりもメダルの枚数が一枚でも多ければいいので、様々な戦略が生じていた。

 ―――このルールの場合、先手を取られるのが何よりもまずい。まずは一枚でも陛下を上回らなくては………。

 キリハの作戦はあくまで攻撃が基本だった。もし一回目でエルファリアだけが勝ってしまうと、それ以降にキリハと似たような賭け方をされてしまえば逆転は難しくなる。かといって攻め過ぎてしまい、大きく負けても同じ事になる。そこでまずは手堅く勝つ事が肝心だった。

「なるほど、最初はとても動きにくいのですね」
「はい。お互いに何処へ何枚賭けるかが見えてしまいますからね」

 このメダルゲーム仕様のルーレット台は、ボールが投げられるまでの待機時間が一分用意されている。その間に何カ所でも好きな枚数まで賭ける事が出来るのだが、お互いに何処へ何枚賭けたかが見えるので、先に動いてしまうと相手に参考にされてしまう。だから二人が動いたのは締め切り間際だった。

「ふふふ、最初はお互いに手堅く出ましたね」

 エルファリアは赤に四枚賭けた。ルーレットの回転盤には十八個の赤、十八個の黒、0と00の全部で三十八のマスが存在している。そして赤に賭けて当たると掛け金が二倍になって帰ってくる。確率的にはほぼ五分五分に近く、二十枚スタートの五回勝負なので四枚賭けは様子見には妥当な数字と言えるだろう。

「ここで大きく負ける訳にはいきませんから」

 キリハの方も似たような賭け方だった。キリハは奇数に四枚賭けた。奇数はやはり十八個あるので、賭けた場合の倍率も同じ二倍。見た目は違っているが、同じ結果をもたらす賭け方と言える。
 キリハはエルファリアが赤と黒のどちらかに賭けると踏んで、同じ結果や大きな差に繋がる赤と黒を避けた。もし両者が赤と黒だけで勝負した場合は、結果は八枚差か差が付かないかのどちらか。これに対して赤黒と偶数奇数に分かれれば、結果は八枚差、四枚差、差が付かないの三通りになる。リスクの分散をすべきだというのがこの時点のキリハの考え方だった。

 カラカラカラカラ

 二人は共に制限時間ぎりぎりまで待って賭けたので、ボールと回転盤はすぐに動き始めた。それからボールは回転盤の(ふち)を何周か回り、仕切りの所で何度か飛び跳ねた後、五と刻まれたポケットに飛び込んだ。

「おやおや」
「これは難しくなってきましたね」

 五のポケットは赤く塗られており、数字としては奇数にあたる。結果的にエルファリアとキリハ双方が当たりで八枚の払い戻しがあり、メダルは二十四枚に増えていた。

「ふふふ、様子見が様子見になりませんでしたね」
「それでは今度こそ様子見になるようにしないといけませんね」

 二人とも自信たっぷりに笑い合う。もちろんお互いにそれが表情だけである事は分かっている。二人が笑顔の裏でやっているのは腹の探り合いだ。何処で勝負に出るのか、そのタイミングを読み取ろうと必死になっていた。



 戦況が大きく動いたのは四回目のゲームだった。三回目を終えた時点で双方のメダルはキリハが二十六、エルファリアが二十四とキリハが僅かにリード。しかしここでエルファリアが大きく勝負に出た。残る二十四枚のうち十二枚を使って、一から一二までのどれかが出るというマスに賭けた。0と00を除外して考えると、これは三分の一の確率で三倍の配当を得る賭け方になる。エルファリアはここで十二枚になるか、四十八枚になるかという大勝負に打って出たのだ。

「このタイミングで出てくるとは!」

 この時のキリハはまだ勝負時とは考えておらず、初期よりも増えた分の六枚を赤に賭けていた。しかもやはりギリギリまで待って賭けたので、今から修正する暇はない。このまま勝負するより方法はなかった。

「二つのゲームを一つと考える事も肝要です!」

 エルファリアは第四ゲームと第五ゲームをまとめて一つのゲームと考えていた。三分の一の賭けが外れる可能性は三分の二だ。しかし二度行えば両方が外れる確率は九分の四。決して分の悪いゲームではないのだ。

 カラカラカラカラ

 二人が息を呑んで見守る中、ボールは回転盤のポケットに滑り込む。そのポケットの数字は九、色は赤。双方が当たりだった。

「よしっ!」
「くっ!」

 しかし双方が当たったにもかかわらず、反応は真逆だった。エルファリアは大きくガッツポーズ、キリハは苦々しげに奥歯を噛み締める。キリハは当たってメダルが三十二枚になっていたのだが、エルファリアは四十八枚。キリハは大きく逆転を許してしまった格好だった。

 ―――どうやら計画通りに進行しているようですね………。

 エルファリアが第四ゲームで狙っていたのは、掛け率やメダルの枚数の問題だけではない。実はキリハの負けムードを演出する事も狙っていたのだ。結果としてキリハもちゃんと勝っているにも関わらず、負けた気分になっている。確率が同じなら勝負は急ぐべし。エルファリアが歳の功で見出した、駆け引きの鉄則が導いた結果だった。

 ―――落ち着くのだキリハ………ここで心を乱しては、ゲームを始めた意味がなくなってしまう………。

 エルファリアの狙いはもちろんキリハも理解している。しかしこのルーレットを始めた理由が非常に感情的な理由である為に、普段よりも若干キリハは冷静さを欠いているような部分があった。おかげでエルファリアの狙い通りに、キリハの気持ちは焦り始めている。本物の大人の女性であるエルファリアと、大人びてはいても実はまだ少女であるキリハでは、やはり感情的な部分での勝負は劣ってしまうのだろう。

「さあ、最後の勝負ですよ」

 エルファリアは狙い通りにゲームを進める事が出来ているので上機嫌だった。そして元気な声でキリハを揺さぶる。

「………」

 キリハは自分を落ち着かせようと何度か深呼吸するが、それでもその行為はあまり上手くいっていない。タイムリミットは一分しかない。一分をこんなに短いと感じたのはこれが初めてだった。

 ―――流石はエルファリア陛下といったところか………。

 この状況はエルファリアが有利だ。実の所、エルファリアは今回賭けなくてもいい。そのままでもメダルは四十八枚という結果であり、三十二枚のキリハに勝つ可能性はあるのだ。これに対してキリハはどうしても賭けざるを得ない。エルファリアが何もしなかった場合を想定すると最低でも四十八枚を超えなければならないので、十六枚を三倍配当になる二カ所に賭ける等の対策が必要になる。無論、エルファリアもその前提で動く。リスクを抑えてメダルを微増させる方向で攻めてくるか、あるいはキリハがやりそうな賭け方と同じ方法で来るかもしれない。大枠では、キリハが勝利する可能性を狭める賭け方がエルファリアの狙ってくる賭け方になるだろう。追い詰められたキリハは、四十八枚を目指すか、それとももっと大きな勝ちを狙うか、重大な決断を迫られていた。

「仕方ない、あまりいいやり方ではないが………」

 ここでキリハは決断した。実際にどうなっているのかが分からないので避けてきた手法なのだが、この状況では少しでも可能性がある手段で戦う以外になかった。

「勝負!」
「あらあら、随分思い切った賭け方で来ましたね」

 エルファリアはメダルを分散させ、キリハの二倍賭け一点勝負での勝利を(ふさ)ぐ形で勝負に来ていた。これはキリハが最後まで攻めると踏んでの判断だった。だがキリハは二倍賭けではなく、三倍になるマスに一点賭けで勝負に出た。これならば確かに当たれば勝てる訳なのだが、明らかにエルファリアが有利だった。

 カラカラカラカラ

 キリハは祈るような気持ちでルーレットを見つめている。勝つ事が目的ではないが、勝たねば目的は遂げられない。自分の勝ちを確信している様子のエルファリアとは対照的な姿だった。

 カランッ

「よしっ!」
「ふふふ………お見事、キリハさん」

 結果はキリハの勝利だった。この結果には思わず彼女らしからぬガッツポーズが出た。キリハが賭けたのは、二十五から三十六までの数字が出るというマス。そしてボールが入ったポケットは二十九だった。

「しかし………どうして最後にそこへ賭けたのです? キリハさんにしては、随分非論理的な選択に見えるのですが」
「この台の乱数生成が、完全なランダムではない可能性に賭けたのです、皇帝陛下」

 キリハはそう言いながら小さく微笑むと、頭上のモニターを見上げる。モニターにはこのルーレット台における過去二十ゲーム分の結果が表示されていた。それらは比較的小さい数字が多いように見える。キリハはこれを参考に出目を予想したのだ。
 このルーレット台は3DCGで再現されたものなので、どのポケットに入るのかを決めているのは、コンピューターが生成した乱数だ。それを生成する手法は幾つか存在しているが、この時キリハは乱数列の生成式が使われている可能性に賭けた。それは完全な意味でのランダムではないという事なので、小さい数字が連続している今なら、次が大きい数字になる可能性が幾らか高いのではないかと考えたのだ。
 しかしもちろんこれには根拠がある訳ではない。実際には全くそんな事にはなっておらず、単にキリハの運の勝利であった可能性の方がずっと高いだろう。それに本当に乱数の生成式が使われていても、使われ方によってはキリハの予想は無意味なものとなる。それでもキリハは、何の根拠もなしに運頼みの勝負はしたくなかったのだ。

「このルーレット台の仕様によっては、やや勝率が高いかもしれない………そこに賭けた訳ですね」
「はい。そういう訳ですので………孝太郎の看病はお願い致します、皇帝陛下」

 いつも孝太郎とは本音で向き合えないエルファリア。そんな彼女に素直になっていい時間をあげたい。それを叶える為に、キリハは絶対に負けられなかった。ほんの(わず)かな違いであっても、確率が高い方に賭けたかったのだ。だからこの結果は予想や運などではなく、その優しい気持ちが呼び込んだ勝利であったのかもしれない。



   ◆◆◆次回更新は2月17日(金)予定です◆◆◆

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