第13編 キリハVSエルファリア『頭脳派頂上決戦!! 何故か孝太郎の危機!?』 シーン04

作者:健速

シーン04 孝太郎の危機!?



 フォルトーゼ式のチェスは、将棋とは違って駒の補充が効かない。だから一度戦いが始まると、決着が付くまでそう多くの手番を必要としない。それ故に一手の重みは非常に大きい。キリハもエルファリアも、一手指す毎に十数分間考え込む事は当たり前だった。

「どの駒を動かしても破滅が見えているのが恐ろしいですね」
「陛下、こちらは攻め手がなくなったら破滅です。少しずつ破滅の足音が近付いてくるのが聞こえています」

 戦局は、キリハの怒涛(どとう)の攻撃をエルファリアが辛うじてしのぐという展開だった。キリハは戦術眼ではエルファリアを圧倒しているが、フォルトーゼ式のチェスという物に対する習熟度では負けている。すると守勢に回ればその隙を突かれてしまうので、どうしても攻め続ける必要があった。エルファリアの方はその逆で、猛攻に耐えながらキリハが隙を見せるのを待っている。技量とルールの兼ね合いで、ちょうど真逆の戦術を選択する事になった両者。一手でも間違えた方が負け、そんな高い緊張感を維持したまま、二人の対局は長時間に及んでいた。

「ところで、キリハさん」

 そして対局が終盤戦に差し掛かろうかという頃、エルファリアは勝負に出た。駒の補充が効かない以上、駒を取り合うという事はそのままゲームの残り時間が減っていくという事でもある。エルファリアは守備的に戦っているので、隙を見つけて反撃をする分だけ、残り時間の少なさが不利に働く。これ以上は待っている訳にはいかなかった。

「なんでしょう」
「キリハさんがレイオス様と初めて出会った時は、どのような感じだったのですか?」
「えっ………」

 エルファリアがキリハに仕掛けた攻撃は、ゲームの盤上のそれではなく、想い出話だった。キリハは次の一手を考え込んでいる時だったので、エルファリアの質問には大きく戸惑った。しかしキリハはすぐに小さく笑みを浮かべ、エルファリアの質問に答えた。

「実は家出をしたのです。母様が死んだばかりで、父様と擦れ違いがあって………それで些細な喧嘩(けんか)から家出をしました」
「それでレイオス様と?」
「ええ。地上の世界へ飛び出してウロウロしている時に、あの人が空から降って来たんです。まだ幼かった私は、それを母様が帰ってきたのだと勘違いして………」
「随分ファンタジックな出会いだったのですね?」
「だから子供ながらに信じていました。この人が私の運命の人なのだ、と」

 それはただの想い出話。エルファリアはただそれを(たず)ねただけで、別にそれを使って揺さ振りをかけた訳ではなかった。

 ―――ええと………どこまで考えたのだったか………?

 しかしこれがキリハに対して非常に効果的に働いた。孝太郎(こうたろう)との出会いは、彼女にとって一番大切な記憶だ。十年以上も胸に抱えてきたものだから当然だろう。おかげでキリハは孝太郎の話になった瞬間に、緊張感が途切れた。同時に頭の中で組み上げていた戦術も一旦全てが崩れ去った。これは対局中の心の乱れとしては、致命的なものだった。

「陛下はどうだったのですか?」
「私ですか? ええと私の場合は、専攻していた考古学の研究でレイオス様の事を調べていて………そうしたら遺跡からレイオス様が出ていらしたんです」
「驚かれたのではありませんか?」
「それはもう。伝説の英雄が目の前に現れたのですから」
「でも、それだけではなかった?」
「ええ。私も皇帝になろうか、心のままに生きようか迷っていた時期でしたから、色々と思う所があって………」

 誤算は話の矛先(ほこさき)がエルファリアの方にも向いてしまったという事だった。エルファリアにとっても、孝太郎との出会いは大切な想い出。おかげでキリハと同じように、緊張感が途切れてしまった。無論、戦術も忘却の彼方だった。

「レイオス様は私が勝手に思い描いていたイメージとは全然違っていて、どこにでも居る様な普通の男の子。多少失望したのは間違いありません」
「私は普通の男の子だったから好きになりました。私と同じような事に悩んでいたから、きっと支え合えると………」
「そうそう、そうなんですよ。ただの伝説の英雄なら憧れはしても、愛せはしない。けれどごく当たり前の人間だったから、必要として貰えるんじゃないかって………」

 そこから逆転が始まった。対局の駆け引きとして始めた想い出話だったのに、話せば話すほどその重要度が増し、幾らもしないうちに対局よりも想い出話の方が重要になってしまった。

「しかし頑固なのですよね、孝太郎は」
「そう! 絶対に間違った事をしない! 変なとこだけモロに青騎士なんです!」
「私の時も、自分の母様を助けないで私を助けに来てしまいました」
「そんな事をされたら、女がどう思うかが分かっていないんですよ、レイオス様は!」

 いつしか二人は対局そっちのけで想い出話に興じるようになっていた。あるいは想い出の中心にいる人物に対する、愚痴合戦かもしれない。時々思い出したかのように盤上の駒を動かしていたものの、それはもはや時間潰し程度の意味しかなくなっていた。



 二人の対局がどうなったのかというと、結果的には一応エルファリアが勝った。注意力が散漫になったせいで、ルールの理解が足りないキリハが一気に崩れたのだ。だからキリハが孝太郎の看病をする筈だったのだが、実際はそういう事にはならなかった。

「………お前ら馬鹿なんじゃないのか?」
「言い訳のしようがないな」
「あは、あははははっ」

 キリハとエルファリアは孝太郎に看病されていた。二人は熱を出したのだ。これは二人が想い出話に興じていた結果だった。二人はチェスが終わった後も、朝までお喋りに興じていた。結果的に湯冷めやら孝太郎に風邪をうつされたやらで、熱を出してしまったのだった。

「大体、朝まで何をしていたんだ?」
「我と陛下とで、どちらがより汝を愛しているかの論争になってな」
「そうなんですよレイオス様。キリハさんは頑固でもう………」
「嘘をつけ! ………ったく、お前らときたら………」

 そんな二人の看病をしているのは孝太郎だった。幸い孝太郎の方は熱が下がって元気になったのだが、大事を取ってホテルに残っている。そしてどうせ残るなら、ついでに看病をする事になったのだ。

「レイオス様、お腹が空きました」
「孝太郎、林檎(りんご)をウサギさんの形に切ってくれ」
「………お前ら本当は元気なんだろう?」
「ああっ、急に頭痛がっ」
「どんどん熱が出て来ている。ついでに濡れタオルも頼む」
「完全に仮病だよな、ソレ」

 熱を出しているにもかかわらず妙に楽しそうにしているキリハとエルファリア。ダブルベッドに並んで寝ている姿は何処か微笑ましい。まるで幼い姉妹が親に甘えているかのような雰囲気があった。

「しょうがないなぁ、もう………」
「嫌々でもやってくれる汝が好きだ」
「母親に対する強い愛情を感じます」
「せめて騒がずちゃんと寝てろ」
「うむ」
「はーい」
「分かってるんだか分かってないんだか………」

 孝太郎は首を横に振りながら、隣の部屋にある冷蔵庫へ向かった。二人が仮病を使っている事を疑っていたものの、孝太郎は要求通りに林檎を剥いてやる事にした。本当に仮病を使っていたとしても、二人が丸一日孝太郎の事を看病してくれたのは紛れもない事実。林檎ぐらいで文句を言う事はないというのが孝太郎の結論だった。

「………最初からこうすれば良かったですね、キリハさん………」
「………そうですが、その場合、我々が今ほど素直になれていたかどうかは………」
「………ふふふ、確かに。私とキリハさんはよく似ていますものね………」
「………性格も、孝太郎との関係も………」

 キリハとエルファリアは顔を見合わせて笑い合うと、林檎を取りに行った孝太郎に聞こえないよう小声で(ささや)き合った。二人の病状は、本当の風邪と仮病の中間ぐらいにある。根性を入れれば普通に動けるのだが、二人はあえてそうしていない。病気である方が、孝太郎に甘えるのに便利だと気付いたのだ。
 孝太郎を看病する名目で一緒に時間を過ごすうち、キリハとエルファリアの間には連帯感が芽生えていた。そしてお互いがどんな想いを抱えているのかも、これまで以上に分かるようになった。そこで二人は譲り合いを止め、風邪気味の体調を最大限利用する事にした。変に意地を張らずにそうしてしまえば、お互いの為になると気付いたのだ。

「楽しそうだな。お前らいつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

 孝太郎が林檎とナイフを持って戻ってくる。ちなみにどちらも『青騎士』から持ち込んだものだった。

「こう見えて女性同士ですから、通じ合う部分は多いのです」
「それにお互い頭脳派でもある」
「確かに、そんなものかもしれないな」

 孝太郎は小さく笑うと、ベッドの脇の椅子に座り、林檎の皮を()き始めた。その手つきには迷いはなく、あっという間に皮剥きは終わる。過去のフォルトーゼで必要に迫られて覚えたナイフ捌きは今も健在だった。

「剥けたぞ。二人とも、起きて食え」
「食べさせてくれ」
「病床の皇帝に、自分で食えとはいい度胸ですね」
「そんな事言ったって、どうしろってんだよ」
「私とキリハさんの間に来れば、ちゃんと両方に食べさせられますよ」
「めんどくさい奴らだなぁ………」
「そのまま添い寝してくれても構わんぞ」
「そうそう、それです! なんだか寒気がするので、母は添い寝が必要です!」
「お前ら、あんまり馬鹿な事ばっかりやってると、いつまでも治らないぞ?」

 孝太郎はベッドに上がって二人の間に座ると、それぞれの顔の前に楊枝を刺した林檎を差し出した。すると二人は同時に林檎に噛り付く。その時の二人の姿は、やはりどこか幼い少女を思わせるものだった。

「………」
「どうした、孝太郎?」
「さては美しい母に見惚れてしまったのですね!?」
「食ったら寝ろ! 熱があるのは確かだ!」

 孝太郎は不覚にも、林檎を食べる二人の姿を可愛いと思ってしまった。だがそれを認めてしまうのは悔しいし、色々と面倒な事態に発展する可能性も高かった。だから孝太郎はその気持ちを伏せたまま、看病を続けたのだった。



   ◆◆◆次回更新は4月7日(金)予定です◆◆◆

作品応援ボタン(1日1回)応援コメントを書く