第14編 ゆりか&ナナ 『ひよこデイズ』 シーン01

作者:健速

シーン01 組織再編



 その連絡がゆりかの(もと)へ届いたのは、彼女が購入したばかりの少女漫画に没頭している最中の事だった。だからゆりかは連絡を無視して漫画を読み続けた。連絡は電子メールだったし、漫画のヒロインが記憶を失くしたり怪我をしてピアニスト生命の危機に(おちい)ったりと忙しい時期だったからだった。

「ユリカよ、このメールは見た方がよいのではないかのう?」

 ちゃぶ台の上で震えながら通知のLEDを点滅させているゆりかのPHS―――そう、彼女は安さに釣られて未だにこの古い機種を使い続けている―――を、ティアはそのほっそりとした指先でつんつんと突く。この時ティアはゆりかの対応を間違っていると考えていた。

「この巻を読み終えたら見まふよぅ」

 ティアに指摘されても、ゆりかはせんべいを(くわ)えて畳に横たわり、足をぷらぷらと揺らしながら漫画を読み続けている。相変わらずメールを読むつもりは無いようだった。

「しかしのう、差出人はどうやら魔法少女秘密基地のようじゃぞ」

 ティアが間違っていると考えた理由は単純で、PHSの液晶に表示されていた差出人の名前が『ブルータワー』だったからだ。ゆりかはこれでも一応、レインボゥハートという組織の中にある『青の魔術師団』に所属する魔法使いだ。そして『ブルータワー』は『青の魔術師団』の本拠地にあたる。メールはそこからの連絡だったので、ティアはすぐに見た方がいいと考えた。急ぎの任務だったら大きな問題になるだろうからだった。

「全然大丈夫ですぅ。急ぎならメールと電話、魔法による連絡が全部来ますぅ。でも今回はメールだけなのでぇ、大した用事じゃないですぅ」
「………なら良いのじゃがのう」

 ゆりかが全く根拠なしに漫画を読み続けている訳ではないらしい事は分かったものの、それでもティアには納得しがたい部分があった。

 ―――フォルサリア魔法王国に関する諸問題が解決したからといって、これはだらけ過ぎではないかのう?

 ゆりかは一応レインボゥハートのアークウィザード、つまり実働部隊では最高位の地位にある。だから連絡を無視して漫画を読んでいるゆりかの姿を見たら、きっと関係者達は泣いて悲しむに違いない―――ティアはそう思わずにはいられなかった。



 結果的に見て、ゆりかの主張は正しかった。メールの内容は別段急ぎの内容ではなく、締め切り日までにやっておいて欲しい事が書かれていた。その締め切り日は一ヶ月ほど先で、確かに漫画を読み続けていても何ら問題はなかった。

「レインボゥハートの組織改編に(ともな)い、せーふはうす―――孝太郎(こうたろう)孝太郎、せーふはうすって何?」
「キリハさん、セーフハウスって何だ?」
「一番簡単に表現すると、隠れ家や小さい秘密基地だ」
「だってさ」
「ふーん。………せーふはうすの一部を閉鎖する事になりました。貴殿がこれまで使ってこられたB77M7も閉鎖される予定となっております。早急に私物の回収をお願い致します―――だってさ」

 レインボゥハートとダークネスレインボゥの戦いに決着が付いた事で、レインボゥハートの戦いの質が変わり始めた。これまでは吉祥(きっしょう)春風市(はるかぜし)を軸に戦ってきたのだが、今後は各地に散らばり潜伏したダークネスレインボゥの残党と戦う事になるので、組織の改編が必要になった。そうなると各地に点在する拠点―――セーフハウスの配置も変更しなければならない。閉鎖するもの、新しく作るもの、その数はかなりの数に及ぶ。その中でかつてゆりかが使っていたセーフハウスは、閉鎖される事に決まったのだった。

「セーフハウス………ユリカ様が使っておられた記憶はありませんが」

 お茶を飲む手を休め、ルースは首を傾げる。彼女にはゆりかがセーフハウスを使っていた記憶がない。ゆりかはずっとこの一〇六号室にいた気がするのだ。

「我らがここへ来てからで数えても、二年近く使っていない計算になるだろう」
「なるほどなぁ、使ってないから閉鎖になるんだな」
「あはは、そういう事でしたか」

 キリハと孝太郎の言葉でルースにも事情が呑み込めてくる。ゆりかが一〇六号室に行ったまま帰って来ないので、存在意義が(ほとん)どないセーフハウスが閉鎖される事に決まったのだろう。セーフハウスもタダではないので、至極当たり前の成り行きだった。

「ふえぇぇぇぇぇ………めんどくさいですぅ………意地悪しないでぇ、そのままにしておいてくれればいいのにぃ」

 ばたっ

 ゆりかは漫画と手足を投げ出して、べったりと畳に寝転がった。その姿からは『動きたくないです』という明確な意思が伝わってくる。

「向こうの迷惑になるから、さっさと片付けてこい。向こうの人達は、遊んでるだけのお前とは違うんだぞ」
「私だって遊んでいるだけって訳じゃありませんよぅ!」
「遊んだり寝てたり食べてたりするだけだろ」

 ゆりかは一応一〇六号室を守るという任務を負ってはいるのだが、ダークネスレインボゥとの戦いが終結したので、実質開店休業状態にあった。その為、残念な事に孝太郎の指摘はほぼその通り。あまりこの辺りの事に触れられたくないゆりかは、話の方向を微妙に修正する事にした。

「………里見(さとみ)さんは優しいからぁ、片付けを手伝ってくれるんですよねぇっ?」
「手伝う訳ないだろ」
「そんなぁ~~!! 私の事嫌いですかぁっ!?」
「面倒事が嫌いなだけだ」
「面倒事が嫌いって、それはユリカを全否定しておらんじゃろうか?」
「………殿下っ、声が大きいですっ」

 面倒な事を後回しにしたいゆりかの味方は少ない。早苗(さなえ)も基本的に後回し派なのだが、他人に迷惑がかかる状況では後回しにしない。そういう状況でも後回しにするのはゆりか以外ではクランぐらいなのだが、今日は不在だった。そんな訳でゆりかは風向きの悪さを感じ始めたのだが、ここで意外な人物が救いの手を伸ばした。

「ねーゆりか、そんなに嫌なら、あたしが片付けてきてあげよっか?」
「ほんとですかぁっ!?」

 救い主は早苗だった。思わぬ申し出にゆりかの表情が一気に輝く。早苗がやってくれるなら是非やって貰いたかった。

「うん。その代わり、あんたの荷物はあたしが貰うわよ。誰かからのプレゼントとか、そういう特別なもの以外」
「いいですいいですぅ、是非お願いしますぅ!」

 ゆりかは早苗の申し出に一も二もなく飛びついた。多少の代償は支払う事になるが、それで何もせずに片付くなら大歓迎だった。だがもちろん孝太郎は、この処理に不満を感じていた。

「おい早苗、あんまりゆりかを甘やかすなよ」

 片付けを他人に任せる癖が付いてしまったら、ゆりかの将来は大変な事になる。教育的観点から、孝太郎はこの解決法を認める訳にはいかなかった。

「別に甘やかしてないよ」
「うん? どういう事だ?」
「ゆりかの私物ってさ、どうせ漫画やアニメグッズ、あとはカップ麺とかでしょ?」
「まあ、そうだろうな」
「それを全部あたしがもらおーってゆーの。それ以外はゆりかに返すよ」
「なるほど、お前頭いいな。俺も行こうかな」

 一〇六号室の押入れの中には、ゆりかの私物が詰め込まれている。それらは漫画やアニメグッズ、カップ麺や袋麺が殆どだ。だから早苗はセーフハウスも絶対に似たような状況に違いないと考えており、それを貰ってしまおうという、意外にしたたかな計算が働いていた。

「やっぱり私ぃ、自分で片付けしてきますぅ! こういうのは自分でやった方が良いと思うんですぅ!」

 ゆりか自身はすっかり忘れていたのだが、早苗の読みは事実だった。それを言われて思い出したゆりかは、慌てて自分が片付けをする事にした。やはり大事な漫画とカップ麺は手放せないゆりかだった。



 一般的に、インスタント麺の賞味期限は半年くらいに設定されている。だが乾燥状態にあるので、食べたら危険になるのはもう少し先の事だ。そしてセーフハウスという場所の性質上、倉庫には食料が長持ちする魔法がかけられているので、インスタント麺であれば十年は持つ。そんな訳で三年前にゆりかが詰め込んだカップ麺や袋麺は、当時と変わらぬ品質でそのままそこに残されていた。

「それにしてもゆりかちゃん、よくこれだけ沢山集めたわねぇ………」
「えへへへ………特売の度に買ってたらぁ、こうなっちゃったんですぅ」

 ゆりかはナナに手伝って貰いながら、棚に満載されているカップ麺やインスタント麺をビニール袋に詰め込んでいく。その量は驚くほど多く、既に五つのビニール袋がパンパンになっているにもかかわらず、まだ半分以上が棚に残っていた。

「わざわざこういうのを買う必要はないでしょうに」
「買ってないと不安なんですよぅ。いつ路頭に迷うか分からないからぁ」
「魔法少女が路頭に迷う姿は想像できないけど………まあ、ゆりかちゃんらしいと言えばゆりかちゃんらしいのかな?」

 ナナがここにいるのは、単なる手伝いという訳ではない。実はこのセーフハウスにはゆりかが一人で住んでいた訳ではなかった。とある事情からゆりかとナナ、二人で住んでいたのだ。とはいえ、その事情が無くてもゆりかを一人で住まわせるという事には大きな問題があったのだが。

「さてと………私もそろそろ自分の荷物を片付けるわ」
「もう行っちゃうんですかぁ!?」
「ふふふ、そうしないと私が帰れなくなるもの」

 意外だろうが、単純な荷物の量ならナナの方が多い。これは住んでいた期間が彼女の方が長かった事に由来していた。一年ちょっとのゆりかと、何年も住んでいたナナでは、どうしても荷物の量は違ってくる。無論、ゆりかが同じ期間住んでいた場合を想定すると、ナナの荷物はとても少なかったりするのだが。そんな訳で、ゆりかの荷物の目処(めど)が立ったところで、ナナは自分の片付けに向かった。



 ナナの片付けは急ピッチで進んでいた。元々きちんと整理整頓を行う性格だった事と持ち前の器用さのおかげで、分類して段ボールにしまうという作業の必要がなく、引き出しの中身をそのまま箱詰めする流れ作業に近いものだった。おかげで彼女は物凄いスピードでゆりかを追い上げている。このペースであれば、恐らくゆりかが作業を終えるのと同じくらいのタイミングでナナも作業を終える事だろう。

「………あら?」

 だが不意にナナの手が止まった。荷物を箱詰めしていく中で、ナナはあるものに目を留めた。それはナナが身に着けるには可愛すぎる印象の―――幼さが残る容姿には完全に合致してはいるのだが―――ピンク色のマフラーだった。

「こんなところにしまい込んでいたのね………失くしてなくてよかった」

 ナナはマフラーを手に取ると、懐かしそうに目を細める。そのマフラーはナナに、とても大切な想い出を思い起こさせてくれる。それは彼女が虹野ゆりかという一人の少女と出会った日の事。そしてそこから始まった、少々風変わりな毎日の事だった。



   ◆◆◆次回更新は4月14日(金)予定です◆◆◆

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