第14編 ゆりか&ナナ 『ひよこデイズ』 シーン02

作者:健速

シーン02 ひよことの出会い



 (にじ)()ゆりかという少女は、生まれつき高い魔力を持っていた。それは魔法使いとしての訓練を積んでいないにもかかわらず、魔力が身体の外へ流れ出てしまう程だった。幼いうちは体外へ流れ出る魔力の量は微量だったのだが、ゆりかの成長と共に増大。彼女が中学生になった頃に危険なレベルに至った。大きな危険を冒してでもゆりかを食べて魔力を取り込むべきだ―――夜の闇の中に潜む魔物達が、そのように考えてしまう程に。

「きゃああぁあぁぁぁぁっ!? なっ、なんなんですかぁっ、あれはぁぁぁっ!!」

 最初にゆりかを襲ったのは、猟犬を大型化したような姿をしている魔獣だった。見た目だけでなく頭の中身まで獣に近く、短絡的で単純な思考をする。だからこそ危険を小さく見積もり、欲望のままにゆりかを襲った。襲撃した時間も場所も安易で、完全に日が沈み切っていない、中学校の敷地内。誰かに見られてしまうリスクなど無視している。ゆりかの魔力を取り込めばどうとでもなる、魔獣はそのように考えていたのだ。

『グゥルルゥゥゥゥゥッ』

 ガッ

「いやああぁあぁぁぁぁっ!!」

 もちろん生まれつき運動能力とは無縁のゆりかなので、魔獣の爪から逃れる術はない。無制御で溢れ出している魔力が防御魔法のように働いていたものの、その効果はきちんとした防御魔法の域には達していない。あっという間にゆりかは魔獣に追い詰められてしまった。

「わああぁぁぁぁっ、食べられちゃうっ、食べられちゃいますぅぅっ!」

 幾らゆりかであっても、大型の魔獣が牙を()()しにして迫ってくれば、自分がどうなるのかは容易に想像がつく。彼女が愛してやまないアニメや漫画で言うと、間違いなく画面が暗転して赤い飛沫(しぶき)が飛び散る例のシーンだった。

「こんな事なら昨日のうちに漫画を買って読んでおけばよかったぁぁっ!!」

 追い詰められたゆりかには、大きな心残りがあった。実は昨日、愛読している漫画の新刊が発売された。だがお小遣いの兼ね合いで購入を先延ばしにした。昨日の時点でこうなると分かっていれば、彼女は間違いなくその漫画を買っただろう。ゆりかは自分の判断ミスを呪った。

「そういえばチョコレートも戸棚にしまったままだったぁぁっ!! 食べればよかったぁぁぁっ!!」
『グルゥゥアァァァァァッ!!』

 もし問題の魔獣がゆりかの叫びを理解出来ていたなら、恐らくここで少しげんなりしたに違いないだろう。ゆりかの叫びは、これから食べられようとしている人間のものとは思えない、あまりに小さい内容だった。

「………何だかもうしばらく放っておいても大丈夫そうな雰囲気なんだけど………きっと雰囲気だけなんでしょうね………」

 同じ事はゆりかを助けようとしていた人間についても言えた。いざ助けに行かん、というタイミングで飛び出してきた漫画とチョコレート。それで大分気勢を()がれてしまったのだが、持ち前の真面目な性格のおかげで辛うじて彼女はゆりかの前に飛び出す事が出来た。

「ゆりかちゃんっ、下がって!」
「あ、あなたはっ!?」

 ゆりかの前に飛び出して来たのは一人の少女だった。小柄で華奢(きゃしゃ)な身体と童顔のおかげでゆりかよりも若く見えるが、実際は幾つか年上だ。そして彼女の幼い印象をより強くしているのが、身体を覆っているピンク色の衣装だろう。それはまるでテレビアニメの正義のヒロインが、そのまま飛び出して来たかのような姿だった。

「詳しい話は後! 今はこいつを何とかするのが先よ! 貴女(あなた)は下がって!」
「は、はいぃっ!」

 そしてこれこそが、ゆりかとナナの出会いだった。この出会いは後に双方の運命を大きく変える事になるのだが、この時の二人はまだその事には気付いていなかった。



 ナナの任務は、吉祥(きっしょう)春風市(はるかぜし)における魔法に絡んだ騒動を解決する、もしくは未然に防ぐ事だった。この時点ではレインボゥハート最強だったナナには、ダークネスレインボゥに絡んだ任務が数多く回ってくる傾向があった。しかし今回はその例外で、ある事情からナナが担当する事に決まった。それはナナが弟子を持っていないという事だった。

 実はレインボゥハートは魔力を豊富に持って生まれて来た人間を継続的に追跡調査している。これは魔物やダークネスレインボゥに狙われやすいからだ。魔力を持って生まれて来た人間は魔物にとっては良いエサだし、ダークネスレインボゥにとっては儀式に使う生贄(いけにえ)という事になる。当然、魔力が高ければ高いほど狙われる訳なので、継続的な調査が必要だった。

 そして経験的に問題が発生する魔力量は分かっているので、そのラインを超えた人間には対策が講じられる。多くの場合、魔力を隠蔽(いんぺい)する魔法をかけて解決する。しかし中には抱えた魔力が大き過ぎて、魔法では長期的な隠蔽が難しい人間もいる。ゆりかはそのケースだった。
 その場合は魔力のコントロール方法を本人に教えるしかない。簡単に言うと魔法使いの基礎訓練を施すという事だ。そうする事で自分で魔力を抑え込めば、敵に襲われる心配もなくなるという訳だった。

「………?」
「ごめんなさい、ごめんなさい。もうちょっと簡単に言うわね。ゆりかちゃんは今のままだと魔物が美味しそうだと思うから、そう見えないようにする方法を教えに来たの」
「ああ、そういう意味だったんですかぁ! ようやく分かりましたぁ!」
「………なんだかいつもとは違う苦労が………」

 ゆりかを襲った魔物を倒したナナは、そうした事情を順番に話していった。いつもなら魔法という部分の理解が得られないのだが、幸いゆりかはそこは不思議に思わなかった。アニメや漫画の影響で、魔法はあると信じていたのだ。とはいえ複雑な内容の話は苦手なゆりかなので、ナナの苦労は小さくはなかった。

「じゃあじゃあ、私ぃ、魔法少女になれるんですかぁっ!?」
「危険な仕事だから、私達は無理には勧めていないわ。必要なのは、あくまで貴女に魔法の基礎を習得して貰う事だけなの」
「なりますなりますぅ! 私絶対に魔法少女になりますぅ!」

 レインボゥハートはこうした基礎訓練を通じて、新人魔法使いの獲得を試みる事があった。それは魔力だけでなく、年齢や運動能力、性格なども含めて総合的に判断される。

 ―――この子はどうなんだろう………向いてないような気もするけど………。

 その基準に照らすと、ナナにはゆりかは魔法使い向きではないように思えた。運動能力は低く、性格は温厚で臆病、魔力の増大が始まったのは中学生になってからで修業を始めるには遅過ぎる。単に魔力が大きいだけでは勤まらないのが、レインボゥハートの魔法使いの難しいところだった。

「………んー………はいっ!」

 ぱさっ

 ゆりかの事で考え込んでいたナナ。そんな彼女の首に、不意に何かが巻き付いた。それはとても柔らかく暖かい何か。直前までゆりかが身に着けていた、ピンク色のマフラーだった。

「ゆりかちゃん?」
「えへへへへぇ、似合ってますよぅ」

 この時ナナは戸惑っていた。幾ら考え込んでいたとはいえ、ゆりかがナナの隙を突いてマフラーを首に回したのは驚くべき事だった。もしゆりかが敵で、マフラーがワイヤーか何かだったとしたら、ナナはここで死んでいただろう。

「それとぉ、助けてくれてありがとうございますぅ」

 自分がやった偉業に気付いた様子もなく、ゆりかは無邪気に笑っていた。ゆりかはお礼が言いたかったのと、動き易さを優先して薄着である自分を気遣ってマフラーを巻いてくれたのだろう―――ナナはそう考えている。そして恐らくその事が、ナナの警戒心をすり抜けさせたのだろう。

「………不思議な人ね、貴女は………」

 そして同時にナナはこう考え始めた。この他人に警戒心を抱かせない不思議な空気と、埋もれがちだが確かに存在する優しさがあれば、最前線に立つ任務は難しいだろうが、後方任務の魔法使いなら勤まるかもしれない、と。

「それじゃあ、とりあえず基礎の修業からやってみましょうか」
「やりますやりますぅ! 絶対に魔法少女になりますぅ!」

 それにどの道ゆりかには基礎の修行はさせる必要がある。それが終わる頃には、ナナにもゆりかの適性について明快に判断できるようになっているだろう。今はまだ、ゆりかの将来について悩むような時期ではなかった。



   ◆◆◆次回更新は4月21日(金)予定です◆◆◆

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