第14編 ゆりか&ナナ 『ひよこデイズ』 シーン03

作者:健速

シーン03 ひよこ修行中



 魔力を抑え込めるようにする為には、魔法使いの基礎訓練が必要になる。それを終える為にはそれなりの時間が必要なので、ある一つの問題が持ち上がっていた。

「えぇえぇぇぇぇっ、家に帰れないんですかぁぁぁっ!?」
「ごめんなさいね。さっき襲ってきた魔物みたいなのを、家まで連れて帰る事になってしまうでしょう?」
「あうぅぅぅぅぅ………」

 問題というのは、ゆりかがしばらく自宅に戻れないという事だった。最低でも魔力を抑え込む修行が終わらない事には、家族を危険に(さら)す事になる。ゆりかの魔力に引き寄せられて、魔物やダークネスレインボゥがやってきてしまうからだ。そこでナナはゆりかを自身が使っているセーフハウスへ連れ帰っていた。

「時々なら帰れるわよ」
「本当ですかぁ!?」
「ええ。一時的になら、ゆりかちゃんの魔力が漏れないようにする事は出来るから」
「じゃあじゃあ、それ以外の時はどうするんですかぁ? きっとみんな心配すると思うんですけどぉ………」
「それは大丈夫。レインボゥハートの魔法少女が、ゆりかちゃんになりすますから」

 もちろんそれだけだと別の問題が起こる。ゆりかが自宅に帰らなければ、家族が騒ぎ始めるだろう。そこでゆりかの自宅にはレインボゥハートの魔法使いが派遣される。魔法でゆりかになりすまし、ゆりかの不在が事件化しないようにする為だった。

「別人になりすますってぇ、難しいんじゃないですかぁ?」
「それはそうなんだけど、ゆりかちゃんみたいに魔力の多い人の事は継続的に調査しているから、なりすますのもそう難しい事ではないのよ」

 十分な情報と魔法を併用してなりすます訳なので、見破られる可能性はまずない。仮に見破られても、魔法で誤魔化せる。実際にゆりかになりすましていた魔法少女によれば、寝ているか漫画を読んでいるかアニメを見ているかすればいいだけなので、凄く楽な任務だったという話だった。

「魔法って便利なんですねぇ」
「どっちかというとむしろ組織の力の方が重要だと思うわ。おっとっと、脱線し過ぎね。そういう訳だから、ゆりかちゃんはしばらくここで暮らしてちょうだい」
「分かりましたぁ」

 ゆりかはこくこくと繰り返し頷きながら、不思議そうに部屋の様子を見回す。名目上はセーフハウス―――秘密基地になる訳なのだが、ナナの仮住まいでもあるので、その内装はマンションに住んでいるクラスメイトの部屋とよく似ていた。

「へぇぇ………こうなんだぁ………」
「どうしたの?」

 ゆりかの声の調子が何処となく残念そうに聞こえたので、ナナはゆりかを見つめる。年齢ではナナの方が上だが身長は似たようなものなので、こうすると二人の視線がピッタリと合った。

「魔法少女の秘密基地だっていうからどんなところかなあって思ってたんですけどぉ、意外に普通だったんでぇ」

 ゆりかが愛読している少女漫画の場合、魔法少女の住居は様々な意味で華やかだった。女の子らしい家具や小物に溢れ、その多くが魔法を帯びた特別製。普段は一般の少女を装っているタイプの魔法少女であっても、二、三個はそれらしいものが置かれているのが普通だった。
 だがこのセーフハウスは明らかにそれとは違っている。ゆりかの期待とは裏腹に、本当に、ただのクラスメイトの部屋を訪れた時の雰囲気によく似ていた。

「がっかりした?」
「はいぃ。思ったより普通でしたぁ」
「ふふふ、普通に暮らしてるんだから普通になるわ」
「魔法は使わないんですかぁ?」
「ここへ敵が来たら困るもの」

 ナナは基本的に普段の生活に魔法を用いない。魔法を使えば使う程、敵にこの隠れ家の場所を教える事になるからだ。一応部屋全体に魔力を隠蔽(いんぺい)する魔法はかけられているものの、それでも使わないに越した事はなかった。

「………現実って厳しいんですねぇ?」
「ええ。特にフィクションと違う点は、顔を見られたら正体がバレること」
「バレるんですかぁっ!?」
「そうなの。アニメや漫画では不思議なくらいバレないのにね」

 どちらかと言うと、この部屋は軍や諜報機関が使うセーフハウスに近いだろう。ナナが所属するレインボゥハートは間違いなくそれらに該当するので、当然といえば当然の結果だった。



 ゆりかの修行は、セーフハウスにやって来たその日のうちに始められた。ゆりかは魔力を垂れ流しているので、常時魔法を使い続けているような状態と言える。そのコントロールを覚えて抑え込まなければ、魔物やダークネスレインボゥの餌食(えじき)になる。一秒でも早くゆりかにコントロールを習得させなければならないのだった。

「ゆりかちゃん、これを持って」
「卵?」
「そう。魔法使いの修行の最初は、これをやる決まりなの」

 ナナがゆりかの手の中に置いたのは卵だった。だがそれは魔法を帯びているとか、魔物の卵とかいう訳ではない。先程スーパーで買って来た、一パック百九十円の何の変哲もない卵だった。

「魔法でゆで卵でも作るんですかぁ?」
「ふふふ、違うわ。まずは念入りに、卵の形や手触りを覚えるの」
「はぁ………」
「しばらくそれをやったら卵をしまって、手の中に卵があった時の感覚を思い出すの。要するに、卵を手に持っていますよっていう、イメージトレーニングをするの」
「それで魔法を使えるようになるんですかぁ?」
「その前段階という所ね。最終的にはイメージしたものに対して魔力を送り込んで形を与える訳だから、想像力や集中力を鍛えるのはとても重要な事なの」

 冗談にも聞こえるだろうが、この卵の修行は魔法使いになる最初のステップだった。卵という存在を詳細に記憶し、それを手の中に再現する。このイメージトレーニングを何度となく繰り返して鍛えた集中力と想像力こそが、魔法を行使する時の土台となる。つまり火球の魔法を放つには、炎に対する明確なイメージが必要、という事なのだった。

「そしてね、こう出来るようになるのがゆりかちゃんの最終目標よ」
 ナナは軽く微笑みながら、右手の平を上にしてゆりかに差し出した。するとその空っぽだった右手の中に、忽然(こつぜん)と卵が姿を現す。それはナナがイメージした卵に、魔力を送り込んで形や感触を与えたもの。見た目や手触り、重さに関しては、本物の卵と全く区別が付かない完成度だった。

「わぁ!」

 瞳を輝かせているゆりかの目の前で、卵は色とりどりの光を放ちながら少しずつ消えていく。最後はまるで蜃気楼(しんきろう)のように軽く揺らいで、溶けるように消え失せた。ナナが作った卵は例を見せる為のもので、しかも正規の術式に則っている訳でもない。実体を保つのはここが限界だった。

「凄いですぅ、私にも出来るようになりますかねぇっ!?」
「そこはゆりかちゃんの頑張り次第だと思うわ」
「頑張りますぅ!」

 正直なところ、ナナはゆりかが魔法を自由自在に使えるようになるとは思っていなかった。卵の修行で言えば、魔力で完全な実体を作り出すところまではいかないだろう。ゆりかはこの時点で十四歳。修行を始めるには遅過ぎた。いいところで初級の魔法が使えるようになる程度だろう、というのがナナの予想だった。

「それじゃあ、私もちょっとやってみますぅ!」

 ゆりかは卵をナナに返すと、珍しくやる気十分の顔で意気込んだ。やはり(あこが)れの魔法少女への第一歩なので、ゆりかも本気だった。

「しっかりね、ゆりかちゃん」
「たぁ~まぁ~ごぉ~、でろぉ~~~っ!」

 充実した気合とは裏腹に、その声はのんびりとして聞こえる。だがゆりかは本気だ。手の平に卵の感覚を再現せよというナナの指示を忠実に守り、先程まで触っていた卵の事を必死で手の平の上に思い描いていた。

「むむむむむ~~~む~むむむむぅぅぅ~~~」
「えっ………」

 するとほんの一瞬、ゆりかの手の中で魔力が揺らいだ。魔力のコントロールが出来ないゆりかなので、今の時点では魔力を見る事が出来ず、自分がやった事に気付いていない。それに気付いたのはナナ一人だった。

 ―――もしかしてこの子、とんでもない才能を隠し持っているんじゃ………。

 ナナの目には、魔力が卵の形になっているのが見えていた。一般的に言って修行を始めたばかりの人間が、今ゆりかがやったような事が出来るようになるまで、早くても一ヶ月はかかる。実際、アークウィザードになる最速記録を樹立したナナでさえ、やはり一ヶ月近くを要した。それをゆりかはいきなりやって見せたのだ。

 ―――これが偶然でないのだとしたら、この子は明日にも魔力が見えなくても分かるレベルで卵を出す………もしそうなったら………。

 魔法使いにとって最大の障害は、常識や固定観念だ。魔法とは意志の力で魔力を導き、現実を改変しようという試みなので、『魔法なんてない』『自分に出来る訳がない』というような考え方が邪魔になってしまう。年齢が高くなると魔法の修行が難しくなるのはそれが原因の一つだった。
 しかしゆりかにはそれがない。本当に純粋に、無邪気に魔法を使おうとしている。そして恐らく内在している魔力も桁違いに強いから、ゆりかの意思に従って卵の形になった。つまりゆりかの性格と身体的な資質が、魔法少女という職業に対して完全な適性を見せているのだ。

「あははははぁ、やっぱりいきなりは駄目みたいですぅ」
「あ、ああ、うん。私も卵が出せるようになるまで散々苦労したから、気にしなくてもいいわよ」
「もうちょっと頑張ってみますぅ。卵をくださぁい」
「はいはい」

 驚愕するナナとは裏腹に、再び卵を受け取ろうと手を差し出すゆりかはどこまでも明るく無邪気だ。ナナはそんなゆりかに卵を渡しながら、しみじみと思う。自分がゆりかと出会ったのは、何か大きな運命に導かれての事ではないのだろうかと。ナナにそう感じさせる程に、この時の驚きは大きかった。



 ゆりかの修行は順調だった。ナナの予想通り、修業を始めた翌日には、ゆりかは目で見て分かるレベルで卵を出現させた。手触りや重さまで完全に再現できたのは一週間目の事だった。そこから先は本格的な魔法の修行に移ったのだが、そこでもゆりかは驚くべき才能を発揮した。彼女はまるで真綿が水を吸収するかのように、次々と魔法の技術を習得し続けていた。

「そろそろご飯にしましょうか」
「まだ大丈夫ですよ?」
「自分では分からないだろうけど、ゆりかちゃんの魔力が尽きかけてるの。今日はこれ以上やっても上達しないわ」
「そうなんですかぁ。残念ですぅ」

 ゆりかにとって魔法の修行は漫画を読むのと大差ない。魔法少女の設定を教えて貰っている感覚なのだ。だから熱意は続く訳なのだが、残念ながら魔力が続かない。この日の修行は夕食の前で打ち切られた。
 習得は早く、やる気も十分。ゆりかの魔法の修行に関しては全く問題は無かった。あくまで魔法の修行に関しては、だが。

「ゆりかちゃん、今夜は何が食べたい?」
炒飯(ちゃーはん)と唐揚げをお願いしますぅ!」
「それだけだと不健康だから、サラダも作りましょうか」
「えー」
「ゆりかちゃんが苦手な野菜は入れないようにするから」
「それならなんとか」
「ふふふ………ゆりかちゃんは冷凍してあるご飯の解凍をお願い」
「はぁい♪」

 やはり魔法の先生なので、ゆりかはナナの言う事はよく聞く。ゆりかはぱたぱたと冷蔵庫へ駆け寄ると、冷凍されたご飯を取り出して電子レンジに放り込んだ。

 どぅんー

 そして電子レンジの窓に顔を付けるようにして、皿の上で回転するご飯の様子を見守っている。そんなユーモラスな後姿を見て小さく微笑むと、ナナも夕食の準備を始めた。

「ええと、炒飯と唐揚げなんだから………」

 多くの才能に恵まれたナナは、料理も人並み以上に出来る。包丁を片手に鶏肉を切り分けていく姿からは、料理人の雰囲気が感じられた。彼女は迷いのない手つきで、殆ど同じサイズに肉を切り分けていった。

 どぅんー

「ご飯はあと三分ですぅ」
「はぁい」

 本来なら食事の準備など弟子のゆりかの仕事だろう。にもかかわらずナナがやっている事には大きな訳がある。それはゆりかを台所に立たせると危険だからだった。

『きゃぁあぁぁぁぁっ!!』
『ゆりかちゃんっ!?』

 どかぁぁぁぁぁんっ

『きゃーきゃーきゃー!』
『消火器、消火器ぃっ!』

 ナナは事前に資料を読んでいたので、ゆりかが自宅暮らしで家事を家族に任せきりであった事は分かっていた。分かっていたが、家事が全く出来ないとも思っていなかった。まさか鍋が爆発したり、洗濯物の入れすぎで洗濯機が倒れたり、そういう事になるだなんて想像もしていなかった。だからナナは家事を自分でやる事にした。ゆりかに家事を教え込む前に、セーフハウスが吹っ飛びかねない。また家事が一人前になる前に、魔法の修行が先に終わりそうな気配だったのだ。

 ―――きっとゆりかちゃんは、才能が偏り過ぎたのね………。

 基本的に人が良いナナはそれを好意的に解釈していた。それにナナは家事が苦手という訳ではないので、無理にゆりかに任せる必要もなかった。結果的にゆりかには簡単な事を任せ、(ほとん)どの家事を自分で行うようになっていた。

 ぴろりろぴろりろぴろりろりん

「ご飯出来ましたぁ!」
「持ってきて頂戴。先に炒飯を作るわ」
「はぁ~い!」
「ゆりかちゃんは卵を混ぜてて」
「はぁい!」

 だがナナのこの判断が、後にゆりかとその同居人達に悲劇をもたらす事になる。この時点でナナがゆりかに家事を教えていれば、その後の多くの不幸が回避されたに違いないだろう。もちろんこの時のナナとゆりかには、その事を知る由もなかった。



   ◆◆◆次回更新は4月28日(金)予定です◆◆◆

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