第14編 ゆりか&ナナ 『ひよこデイズ』 シーン04

作者:健速

シーン04 おおきなひよこ



 ゆりかから貰ったマフラーを眺めていると、ナナの脳裏にはゆりかとの日々が次々と思い出されてくる。ナナとゆりかが一緒に過ごした期間は一年ほど。その想い出は驚くほど多い。だから彼女はそうしながら長い時間を過ごしていた。

「そっか………私はきっと、寂しいのね………」
「あれぇ、どうしたんですかぁ?」

 するとそこへ、ゆりかが荷物の一部が詰め込まれた段ボールを抱えて通りかかった。そして動きが止まっているナナを見て、ゆりかは不思議そうに首を傾げた。

「荷物を整理していたら、これを見付けたの。それでゆりかちゃんとは色々あったなあって、それを思い出していたの」
「わぁ、懐かしいですねぇ。もう三年ぐらい前ですかねぇ」

 ゆりかもマフラーを見て笑顔になる。高校二年生のゆりかにとって、三年といえば人生の六分の一近くに相当する。物心がついてからで数えればその倍ぐらいなので、ゆりかの感覚では随分昔の事のように感じられていた。だがそれでもナナとの日々は色褪(いろあ)せず、今も記憶の中に鮮明に残っている。ゆりかにとっても、とても楽しい毎日だった。

「ナナさんはあの頃とあまり変わりませんねぇ」
「私はゆりかちゃんと会った時にはもう大人になりかけていたもの。そんなに大きな変化は無いわよ」
「言われてみればそうですねぇ。ナナさんは小さいから年上の印象がなかったですぅ」
「あははは。代わりにゆりかちゃんが大きくなったわ、身も心も」

 ナナは段ボールを抱えたままのゆりかをまじまじと見つめる。ゆりかの身長は三年前よりずっと大きくなっていた。だがゆりかの場合、もっと成長した部分がある。それは瞳の奥の輝きだ。その輝きが示す意志の力は、三年前とは比べ物にならないくらい、強く大きく成長していた。

 ―――なのに、ゆりかちゃんはあの日のゆりかちゃんのままでいる………きっと友達が良かったんでしょうね………。

 そしてナナが何より素晴らしいと思うのは、幾多の戦いを()ても、ゆりかの心が三年前のゆりかのままである事だった。命懸(いのちが)けの戦いを幾つも経験すると、普通は少なからず心が変化してしまう。その変化は人によって様々だが、戦いの中こそが自分の世界であるという認識になる事は共通していた。もちろんナナにも幾らかそういう感覚はある。だが不思議とゆりかにはそれが起こっていない。ゆりかは幾多の戦いを潜り抜けたにもかかわらず、あくまで虹野ゆりかのままだったのだ。

 ナナはそれをゆりかの友達―――孝太郎(こうたろう)達や高校の人達―――のおかげだろうと思っている。どれだけ大変な戦いがあろうとも、きっと友達が強制的にゆりかを戦士から『ゆりか』に引き戻してくれるのだろう。そのおかげでゆりかはゆりかのまま強くなった。言うなれば、ゆりかが憧れていたような魔法少女になる事が出来たのだ。

「それを言うならナナさんもですよぅ」
「私?」

 ゆりかは段ボールを置くと、楽しそうな足取りでナナに近付き、その(そば)にぺたりと座り込む。そして指先でナナの薄い胸をつんつんと突いた。

「身体の方は前のままかもしれないですけれどぉ、雰囲気は前よりずっと優しくなった気がしますぅ」
「そうなの?」
「はいぃ。私は前のナナさんはカッコイイと思ってましたけどぉ、今のナナさんは素敵だと思いますぅ」
「私も………変化を………」

 ゆりかの指摘はナナにとって意外なものだった。自分では変化など起こっていないつもりだったのだ。しかし不快ではない。むしろ喜ばしい事だと感じていた。そして本当にそうであるなら、ナナにはその原因に心当たりがある。ナナはその心当たりの手を取り、両手でそっと握り締めた。

「ナナさん?」
「私が変わったというなら、それはきっとゆりかちゃんのおかげだわ。ありがとう」
「そっ、そんなっ、私は何にもやってないしぃ………それに里見(さとみ)さん達のおかげでもあるんじゃあ………」

 ゆりかは怒られる事は多いが、()められる事は少ない。今のナナのように真正面から褒められて感謝されてしまうと、嬉しさより照れ臭さの方が強かった。

「そうかもしれないけれど、私はゆりかちゃんと過ごした期間が一番長いから、やっぱりゆりかちゃんの影響が一番多いと思うの」

 ナナはずっと、ゆりかは戦いには向かないと思っていた。戦いの中よりも、あたたかな陽だまりの中が似合うと。だがどうやら、ナナ自身もそうだったらしい。いつの間にか戦士に変わってしまったナナを、ゆりかが陽だまりの中へ引き戻してくれたのだ。

「そ、そうだっ、ナナさんも一〇六号室に住めばいいんですよぅ!」
「でもあそこにこれ以上人が増えたら大変でしょう?」
「大丈夫ですよぅ。クランさんとティアちゃんに頼んでぇ、押入れを広くして貰おうと思ってるんですぅ」

 妙に照れ臭くなったゆりかは、懸命に話を()らす。だが再びナナと一緒に住みたいという気持ちに嘘はない。子供の頃から修行と任務に明け暮れ、しかも戦いで負傷して不自由な生活を強いられてきた。ナナはまともな少女時代を送って来ていない。そんなナナが折角元気になったのだから、みんなと一緒に大騒ぎしながら暮らした方がいいに決まっている。それは紛れもなくゆりかの本音だ。ずっとそれを考えていて、たまたま今話を逸らす必要があって丁度良かったのだった。

「んー、確かにあの二人ならやれない事もなさそうね」
「はいぃ。だから一緒に住みましょうよぉ。前ほど忙しくなくなった訳ですしぃ」
「さて、どうしましょうか………」

 ナナは軽く首を傾げて考え込む。確かにゆりかの提案は魅力的だった。ナナにも自分にはいわゆる子供時代が欠落している自覚はあったから。しかし見た目はともかく、ナナは厳密にはゆりか達よりも大分年上だ。そんな自分がゆりか達に混じっても良いのだろうかという漠然とした疑問が存在していた。

「別にいつも一〇六号室に居なさいって意味じゃないんですぅ。楽しい事をする時に、すぐこれるところに居て欲しいんですぅ」
「ゆりかちゃん………」

 いつの間にか、ゆりかが両手でナナの手を強く握り締めていた。先程までとは逆の構図だった。そんなゆりかの手のぬくもりと力とを感じて、ナナの気持ちがぐらぐらと揺さぶられる。一緒に住んで欲しい、手が届くところにいて欲しい、その申し出はこれまでの人生の大半を一人で生きて来たナナにとって魅力的な申し出だった。

 ―――あっ………。

 迷えるナナの背中を押すものがあった。それは彼女とゆりかの手に視線を落とした時に、同時に目に入ったもの。三年前にゆりかから貰った、毛糸のマフラーだった。そのすぐ後、ナナは一度目を閉じて大きく息を吐き出した。そして彼女は少々照れ臭そうにゆりかに告げた。

「………分かった。御一緒させて貰うわ」
「本当ですかぁっ!? やったぁぁぁっ!!」

 困ったようなナナとは逆に、ゆりかはまるで子供のように喜んでいた。ゆりかは孝太郎達との暮らしが大好きだが、ナナの事もずっと気にかかっていた。ナナとは楽しい思い出がいっぱいある。そしてゆりかの為に大怪我をしたナナだから、どうしても忘れられなかった。

「………ねえ、ゆりかちゃん。一つ教えて欲しい事があるんだけど」

 楽しそうにしているゆりか。そんなゆりかを見ていたナナは、この機会にずっと気になっていた事を(たず)ねてみる事にした。相応しい時だと思ったのだ。

「まずはぁ、おそろいのパジャマを買いに―――って、何ですかぁ?」

 ゆりかの頭の中は既に新しい生活の事でいっぱいだった。はち切れそうな笑顔が、ナナに向けられる。

「どうしてあの日、私にこのマフラーをくれたの?」
「………えーとぉ、それはですねぇ………」

 ゆりかは考え込む。頭の中にあるものを一旦全て追い出して、三年前の記憶を引っ張り出す。幸いゆりかにとっても印象深い出来事だったので、きちんと記憶に残っていた。

「あれは確かぁ、こんな小さな子がぁ、薄着で頑張ってるなぁって思ったからだったと思いますぅ」
「実際は年上だったんだけどね?」
「そんなの分かんないですよぅ! ナナさんは可愛いからぁ、小さい子が背伸びしてるぐらいにしか思わなかったんですよぅっ!」
「小さい子が背伸び………ふふ、ふふふふふっ」

 ナナは笑い始めた。確かにゆりかの言う通りだと思ったからだ。レインボゥハートに入ったおかげで、ナナは少女時代をすっ飛ばして大人になってしまった。その欠けた部分を与えてくれたのは他でもないゆりか。そしてきっと、これからもそうなのだろう。そう思うと、ナナの心は踊った。

「それはともかくぅ、片付けが済んだらお買い物に行きますよぅ」
「あら、何を買いに?」
「お揃いのパジャマに決まってますぅ! まずは形からって言うじゃないですかぁ!」
「難しいのね、いろいろ」
「そうですよぉ、女の子の道は険しいんですぅ」
「ふふふっ、私も最近になってそれが分かってきた気がするわ」

 三年前にひよこだったのはゆりかだけではない。ナナもまた、ひよこだったのだ。あれから三年経ったが、今もゆりかとナナはひよこのままだ。身体は大きくなったが、黄色い羽根のままでいる。二人がきちんとした大人の女性になるまでには、まだまだ多くの時間が必要に違いなかった。



   ◆◆◆次回更新は6月2日(金)予定です◆◆◆

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