第15編 キリハ&真希 『想い出の場所にて』 シーン01

作者:健速

シーン01 それぞれの日曜日



 それは良く晴れた気持ちのいい朝の事だった。孝太郎(こうたろう)(しず)()が先生役となり、ころな荘の裏手でルースとクランに稽古(けいこ)をつけていると、私服姿のキリハと()()が一〇六号室から姿を現した。二人とも可愛らしい姿なのはいつも通りなのだが、全体的にいつもより服装がきっちりしている印象がある。それで静香は気付いた。

「あら、二人でお出掛けなの?」

 それは完全武装の『好きな男の子に見せたい姿』ではないし、少し隙のある『くつろぐ時の姿』でもない。華美に走らず、地味過ぎでもない。静香の女の子の勘だと、それはどこか遠くへ遊びに行くのに適した格好だった。

「お出掛けはお出掛けなのだが、二人で行く訳ではないのだ」
「出る時にたまたま一緒になっただけで、それぞれ別件で出掛けるんです」

 静香の問いに、キリハと真希は笑顔で答えた。この日は日曜日。二人はそれぞれの友達から誘われて、遊びに出掛けるところだった。しかし二人を誘った友達は別々のグループなので、二人はたまたま同時に出て来たというだけで、一緒に遊びに行くという訳ではないのだった。

「それでは行ってくる」
「行ってきます、皆さん」

 待ち合わせの時間が迫っていたので、キリハと真希は話もそこそこに一同の前を通り過ぎていく。二人とも約束は絶対守る方なので、長話で遅刻など有り得なかった。

『いってらっしゃーい』

 孝太郎と静香、クランとルースは稽古の手を休め、二人を見送る。二人はころな荘の敷地から路上へ出た所で軽く手を振り合うと、キリハは右へ、真希は左へ、それぞれの待ち合わせ場所へ向かっていった。

「………ところで大家さん」
「ん?」
「よくお出掛けだって分かりましたね?」
「もー、里見(さとみ)君ったらぁ………みんなとの付き合いも長いんだしっ、そろそろそういうとこ直そうよ!」
「そう言われましても」
「………ベルトリオンにそこを期待するのは酷ではなくて?」
「………わたくしはそういうところがその………可愛いと思うのですが………」
「はい、そこに座る!」
「はぁ………」
「まず基礎の基礎からよ! 最初は髪型の微妙な変化から―――」

 二人の姿が見えなくなると、孝太郎達は稽古を再開した。だがその内容は、いつの間にか剣術や格闘技ではなくなっていた。



 キリハが一緒に遊びに出掛けたのは、クラスメイトが中心となるグループだった。キリハは吉祥(きっしょう)春風(はるかぜ)高校(こうこう)では人当たりが良い優等生のふりをしているので、しばしばこうしてクラスメイトから誘われる。そういう時は誰かがキリハに相談事を抱えているケースが多い。常に明快な答えをくれるキリハは、男女を問わず、周囲から信頼されていた。そしてそのお礼としての意味も兼ねて、キリハを遊びに誘う訳なのだった。

「………別にそういうつもりじゃなかったのに、周囲からはそう見えていたみたいで」
「問題は貴女(あなた)が好きになった人と話す時に、幼馴染みさん抜きで大丈夫かという部分ではないでしょうか。幼馴染みさんの助力が無ければ話せないのであれば、その好きな人との交際はどの道成功しません。それに貴女の交際に幼馴染みさんを巻き込む不義理を働く事にもなります」
「………私に本当に必要なのは、どっちなのかを選べって事かな?」
「はい。それが幼馴染みさんに思いを寄せている後輩さんへの、答えにもなるんじゃないかと思います」
「うん、分かった、ちゃんと考えてみる。ありがとう、倉野(くらの)さん!」

 幸いこの日の相談者も悩みは解決したようで、清々(すがすが)しい笑顔を浮かべている。それを確認したキリハもホッと安堵の息をつくと笑顔になる。自身も十年越しの想いを抱えているだけに、他人であっても本気の恋愛は軽視できないキリハだった。

「そういえば(きり)()さんの方はどうなの?」
「どうって?」
(ほう)けちゃってー。彼氏よ彼氏。桐葉さんぐらいなら居るんでしょ、一人や二人!」
「居ませんよ、そんなの」
「うそー。じゃああの人は? 青騎士様」
「里見君ですか?」
「そうそう。いつも甲斐甲斐しくやってるじゃない」
「でも、なかなか振り向いてくれないんですよ、あの人」
「あははははっ、流石の桐葉さんも自分の恋愛はままなりませんか!」

 キリハの場合、最初は必要に駆られて吉祥春風高校に通っていただけだった。高校で習うような事は何年も前に習得済みだし、精神年齢的にもそうだったのだ。だが今になるとキリハは、高校に通って良かったと思っている。生活を介して地上の人間の何たるかを知る事が出来ただけでなく、沢山の友人にも恵まれた。初めて体験する事も決して少なくなかった。高校へ通うようになった事で、キリハは地底にこもっているだけでは分からない事を数多く知る事が出来たのだった。



 真希を誘ったのは、部活動を介して知り合った人々だった。基本はコスプレ研究会で、そこに何人か別の部活動の人間が混じっている。服飾研や漫画研究会など、コス研として活動する上で交流のある部活動の面々だった。この日の彼女らの目的は、コスチュームの研究だった。テーマパークのキャストを観察して、アニメキャラの衣装をどのように現実のものとして再現しているのかを学ぼうというのだ。しかしそれはあくまで建前。実際にテーマパークへ来てしまえば、彼女達はすぐに脱線を始めた。

「………衣装を立体にした事で生じる矛盾を一カ所に集めた上で、盾を背負って隠してるのね。あの盾を下ろさない限りは矛盾は出ない………」
「もー、真希ちゃんったら真面目なんだから!」
「でも折角来たんだから―――」
「―――来たんだから遊ぶんでしょ! ホラホラ!」

 研究目的だと誘われたので、真希はきちんと研究をしていた。しかし他の少女達はあっという間にその目的を忘れ、完全に遊ぶ気満々だった。真希はほんの一瞬だけ困ったような表情をしたものの、すぐに彼女も笑顔になった。最近の真希は若者特有の論理の飛躍に対しても寛容(かんよう)さを見せるようになっていた。それは真希の印象を和らげ、周囲の人間関係にも影響を及ぼしてた。

「それはそうと………真希ちゃんってさ、里見君と付き合ってるの? ウチの男子共が訊いてくれってうるさくってさぁ」
「付き合ってはいないですけど」
「でもそういう風には見えないのよ、あの感じは」
「そうですか?」
「長い付き合いの恋人か、最低でも幼馴染みみたいに見えるわよ。なんというか、言葉を交わさずに、お互いのしたい事が分かってる………そんな感じ?」
「でも本当に、去年逢ったばかりで、付き合ってはいないんです」
「じゃあ、ウチの男共に告白されたら、付き合ってあげる?」
「それは………」
「里見君が好きは好きなんだ?」
「ええと………ハイ」

 真希は可愛らしさと真面目さが同居しつつ、(はかな)げな印象もあった。おかげで彼女は隠れた人気があった。しかし同じ理由から声をかけ辛く、隠れた人気のままで終わっていた。だが最近は人当たりが良くなり、声を掛け易くなった。だから真希は現在、人気が急上昇中だ。彼女が遊びに誘われやすくなったのも同じ理由からだった。もちろん真希にはその自覚はない。それでも自分が良い方に変化しているらしいという事だけは、真希にも自覚があった。



 そうやって二人はぞれぞれが独自に人間関係を築き、その結果として今日は別々に遊びに出掛けた訳なのだが、ここで思わぬ出来事が起こった。

「あらっ、キリハさん?」
「真希、(なんじ)もここへやって来ていたのか」

 意外な事に、二人はテーマパークで再会する事となった。これは双方のグループが示し合わせたという訳ではなく、本当に偶然双方の目的地がテーマパークだったのだ。小さな地方都市である吉祥春風市の若者向け観光スポットはそう多くないとはいえ、これは非常に珍しい偶然と言えるだろう。

「どうしたの桐葉さん………って、アラ、(あい)()さんじゃない」
「こんにちは」
「真希ちゃん、知り合い?」
「クラスの人達です」
「へー、偶然ねえ………そうだ、折角だからみんなで回らない? その方がきっと楽しいし!」

 そして独自に築かれた二つの人間関係は、ここで一つになった。折角テーマパークに来たのだから、みんなで楽しむ方が良い―――そんな単純な理由から、二つのグループは一緒にアトラクションを回る事になったのだった。

「面白い事になりましたね?」
「うむ。今朝家を出た時にはまるで予想していなかった」
「あはははっ、私もそうです。でも楽しくなりそうです」
「そうだな。折角だから楽しんで帰るとしよう」

 もちろん真希にもキリハにも異論はない。今の二人にはそれがとても大切な事であるという事が、よく分かっているからだった。



   ◆◆◆次回更新は6月9日(金)予定です◆◆◆

作品応援ボタン(1日1回)応援コメントを書く