第15編 キリハ&真希 『想い出の場所にて』 シーン02

作者:健速

シーン02 キリハの想い出



 テレビアニメ甲虫王者カブトンガーは昨年十年ぶりに新シリーズが製作された。その評判は上々で、引き続き続編が製作される事が決まっている。テーマパークではそれに合わせた特別展が行われており、一行はそこを訪れていた。そして()()はそこで、キリハの買い物に付き合っていた。

「キリハさんがこういうのに興味があるのは意外でした」
「我も昔はちゃんと子供だったのでな。こうしているとその頃の事がまざまざと思い出されて………懐かしい気分になるのだ」

 意外な事に、カブトンガーの特別展に一番強く関心を向けていたのはキリハだった。真希のキリハに対する評価は高く、また精神年齢的にも大人だと思っていたので、キリハがカブトンガーの展示やグッズを食い入るように見つめていたのは驚きだった。

「でもキリハさんは女の子だし………幾ら子供の頃の想い出があるといっても、男の子向けのアニメというのは想像し(にく)いです」
「そうだろうな。恐らく我も、アニメの想い出だけであれば、十年も覚えてはいなかったろう」

 キリハはそう言って目を細めると、懐から古ぼけたカードを取り出した。それはかつてはメタリックに輝いていた、カブトンガーのトレーディングカード。その表面にはマジックでミミズがのたくったような文字が書かれている。十年前の―――正確にはもう十一年前になっているが―――キリハ自身が書いたものだった。

「何かがあると、いつもそのカードを眺めてますよね」
「うむ。これは十年間貫き通した想いの証明なのだ。だから眺めていると勇気が湧いて来る。まあ………お守りのようなものだろうか」
「聞かせてくれませんか、そのカードの事。十年間貫き通したという、想いの事を」

 真希にはそのカードに興味があった。大きな戦いに挑む時などに、キリハはいつもこのカードを見つめている。だからキリハほどの人物がそれで勇気が出るという、その訳を是非知りたいと思っていた。

「ふむ………聞き終わった後に、(なんじ)も同じような話をしてくれると約束できるなら」

 もちろんキリハにとってそれは特別な意味がある話だ。だから簡単には話せない。真希にも同等の対価を払って貰わねばならない。そしてキリハは真希がそれだけの対価を払える事を知っているから、笑顔でそう答えた。

「分かりました。約束します」

 真希は笑顔で大きく頷いた。真希にしても、キリハに一方的に話をさせるつもりなどなかった。お昼を(おご)れと言うならそうするつもりだったし、他の何かでも応じるつもりでいた。もちろん大事な想い出を話せと言うのでも構わなかった。



 二つのグループが集結した事で、ひとつだけ大きな問題が生じた。それは昼食を食べるのが不自由だという事だった。全員で十数人なので、パーク内のレストランだとまとまって席が取れなかったのだ。そこで一行は一旦解散として、昼食後に再度集合するという方法を取った。こうすればメンバーが複数のレストランに分散するので、まとめて席が取れないという問題も解決するし、各自が食べたいものを食べられる。まとめて席が取れないという状況では、(すぐ)れた判断だっただろう。

「さて、何から話したものか………」
「キリハさんはどういう子供だったんですか?」

 それを良い機会だと考えたキリハと真希は、クレープとシェイクを手に芝生で日向(ひなた)ぼっこを始めた。再度集合するまでには、まだ一時間以上も時間がある。日差しにも恵まれ、のんびりとお喋りをするにはうってつけだった。

「子供時代は活発だった」
「想像できません」
「うむ、みんなそう言うのだが………いわゆるお転婆という表現が似合う子供だった。常にじっとしてなかったし、動くのに邪魔だったから髪は短かった」
「男の子みたいだったんですね?」
「そうだな。だからカブトンガーなどに興味があったのだ」
「あはは、それはそうですね」

 キリハは約束通り子供の頃の話を始めた。彼女が何故カブトンガーにこだわるのか、そして何故カードをお守りのように身に着けているのか、その原因となった事件の事を。

「だが、それも悪かったのかもしれない。母様を亡くして不安定になった時、我は些細(ささい)な行き違いから父様と喧嘩をした。そして意地になった我は、一人で地上へ出てしまったのだ」
「確かに、おしとやかだったらそういう事にはならなかったかもしれませんね」
「そうなのだ。そしてそれこそが全ての原因だった。お転婆であったからこそ、我はあの人と出逢い………そしてこのカードを手に入れたのだ」

 キリハは再びカードを取り出すと、そこへ視線を注ぐ。懐かしさと深い愛情が同居している、穏やかだが強い眼差し。真希にはそこからキリハの胸の中にある感情が伝わって来るように思え、自分まで胸を高鳴らせていた。

「亡くなる前、母様は我にこう言った。もし自分が死んでしまったら、空に輝く青い星になって我を見守っている、とな。だから家出して地上へ出た我は、空を駆ける青い流れ星を母様だと思い込んだ」
「十年前の青い流れ星って………それは確か………」

 真希にはキリハの話に幾つか心当たりがあった。真耶(まや)からは、青い流れ星が空を駆け抜けた夜に、魔力を無効化する剣を使う男が現れたという話を聞いた事があった。また最近になってクランから、二千年前のフォルトーゼから帰ってくる時に、十年前の世界に立ち寄ったという話を聞いていた。だからピンと来た。

「………星を追ったから、里見(さとみ)君と出逢ったんですね?」

 孝太郎(こうたろう)は十年前、『()(かご)』に乗って地球へ帰ってきた。そして時間を止めて十年間の眠りにつく直前、母親を探している幼い頃のキリハと出逢ったのだ。

「うむ。あの頃の我は本当にお転婆だったから、孝太郎を―――おにいちゃんを困らせてばかりで………」
「里見君はああいう()()ちの人だから、そういうキリハさんに出逢ったら放っておけませんものね」
「そうだな。今思うと恥ずかしくなるくらいだった」

 キリハはそう言って頬を染める。だが彼女が頬を染めているのは羞恥(しゅうち)故ではない。カードが色褪(いろあ)せてもなお色褪せない想いが、彼女の胸を一杯にしている為だった。

「そんな我を何とか父様の元へ帰そうと、おにいちゃんが我と交わした約束が、カブトンガーの映画を見たら帰るというものだった」
「なるほど、何となく分かってきました」

 真希は微笑む。何故キリハがカブトンガーにこだわるのか、未だにカードを大切にしているのか。こういう経緯なら確かにそうなって当然に思えた。真希がキリハであっても、きっと同じようにしたに違いないと思うようになっていた。

「このテーマパークへ来て、映画を見て、カードを貰って………色々なアトラクションに乗った。しかし………あれにだけは乗れなかった」
「ジェットコースター?」
「身長が規定の百四十センチに足りなかったのだ。あれはとても悔しかった」
「ふふ………何だか微笑ましいですね」
「あの頃は我も子供だったのだ」

 これまではずっと笑顔で話していたキリハ。だがここで不意にその笑顔が曇り、(わず)かだが声のトーンも落ちた。

「………だが、その帰りの事だった。我は地底の急進派の手の者に襲われたのだ」
「あっ………」

 真希にも心当たりがある話だった。十年前と言えば真耶が地底人と接触を始めた頃。真耶は工作員として地底の政局に介入していた(はず)だった。そして地上での出来事となれば、高確率でそれは真耶の手によるものの筈。だがキリハはあえてそれを口にしなかった。キリハは真希を責めたい訳ではないし、そうする意味もない。伝えたい大切な事は、もっと別の場所にあったから。

「そのせいであの人はジレンマに陥った。その日はあの人の母様が亡くなった日でもあった。だから我を助けるか、母様を助けるか、その二者択一を迫られたのだ」
「それは………」

 孝太郎はタイムスリップをしていたから、母親が亡くなった時間と場所は正確に分かっている。だがそこへ向かってしまえば『キィ』が生贄(いけにえ)にされてしまう。自分の母親か、それとも出会ったばかりの年端も行かぬ少女か―――それは究極の選択であっただろう。

「………結局、あの人は我を選んでしまった。我を助けてから母様を助けに行く、それが正しい答えだから、とな」
「それはとても………里見君らしい考え方ですね」
「しかし、そのせいであの人は母様を救えなかった。再び母様を失う悲しみを、味わう事となったのだ」

 キリハはそう言って目を伏せた。キリハにとって、自分が無力であった事がこれほど辛かったのは、後にも先にもこの一度きり。そして最大の失敗だった。

 ―――そんな事が………。

 キリハは涙を流している訳ではなかった。しかし真希は、あるいはキリハは泣いているのかもしれない、そんな風に感じていた。

慟哭(どうこく)するあの人を見て………我は幼心に思ったのだ。大きくなって力を付けて、自分こそがあの人の支えになりたいと」
「好きになってしまったんですね………」
「好きになったのはもっと前からだったと思う。だがその時に、支え合いたいと思うようになったのだ。あの人には自分が必要で、自分にはあの人が必要だ、と」
「一人の女性として、愛するようになったんですね」
「そこまで明確な自覚はなかったと思う。ただ必死だった。絶対にあの人を救い、二人で幸せになろう、とな」

 ここでキリハはようやく笑顔を取り戻した。その時の想いが十年間キリハを支え、今の彼女の笑顔を作っている。深くて強い愛情がそこにあった。

「そして子供であったが故に、馬鹿のように信じた。この出逢いは絶対に運命であると。諦めずに想い続けていれば、きっと素敵な事が起こると」
「………諦めなくて良かったですね?」
「実を言うと、十年()って再び地上へ出た頃には、半ば諦めかけていた。良くも悪くも大人になっていたのだ」
「でも完全に諦める事も出来なかった?」

 自分がキリハの立場なら、諦められないだろう。きっとキリハもそうだろう、真希はそんな風に思っていた。二人は同じ人を好きになったから、気持ちは良く分かるのだ。

「そうだ。十年も想っていれば、魂に刻み込まれている。理屈では分かっていながら、心が納得しなかったのだ。だからどうしても確認したかった。あの人が幸せに暮らしているのかどうかを」

 十年の断絶は人や環境を変える。キリハがそうであったように。だから彼女は初恋の男性が幸せでいるかどうかを知る事が出来れば満足だった。無理に受け入れて貰おうなどとは思っていなかったのだ。

「幸運な事に、我はあの人と再会し………今はお傍に置いて貰えている。こんなに嬉しい事はない」

 キリハはその豊かな胸に両手を当てると、本当に幸せそうに笑う。今は地底の問題が無事に片付いたというだけでなく、一人の女性としての幸せにも手が届こうとしている。あとはひたむきに想えばいい。幼い頃から、ずっとそうしてきたように。

「そういう事があったのなら、カードの事は納得です。繋がりや愛情、誓いなんかが一つになったものだったんですね」
「うむ、正しくそうだろうと思う」
「ふふ、絶対に幸せにならないといけませんね、キリハさんも、里見君も」
「そのつもりだ。その為になら、幾らでも泥を被るつもりでいる」
「良く分かります、その気持ち。私もそうでしたから」

 真希も笑顔に戻ると、キリハと笑い合った。真希の胸の中にも同じ気持ちがある。だからキリハの覚悟は真希の覚悟でもあった。

「ならば今度は真希、汝の話を聞かせて欲しい」
「キリハさんみたいに、壮大な話じゃないんですけれど………」
「話の大小は問題ではない。今の汝に至る、心の旅路が問題なのだ」
「だったら………少々恥ずかしいですけれど………」

 そうして今度は真希が話を始めた。それは孤独と不審に(さいな)まれ、ひたすらに愛を求めながらも、他人を傷付ける事でしか存在を保てなかった少女の物語。悪の魔法少女ダークネイビーが、(あい)()()()という平凡な少女になるまでの、ささやかな物語だった。



   ◆◆◆次回更新は6月16日(金)予定です◆◆◆

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