第15編 キリハ&真希 『想い出の場所にて』 シーン03

作者:健速

シーン03 真希の想い出



 ()()にとって里見(さとみ)孝太郎(こうたろう)という人間の第一印象は、実力のみならず駆け引きにも長じた強敵というものだった。魔法少女としての常識や、勘違いから生じた過大評価がその原因だった。

「キリハさんもご存知でしょうけれど………私は里見君の事を、心理戦に優れた強敵だと思っていました。ゆりかにコスプレイヤーを名乗らせたのは、正体を隠す最高のアイデアだと思い込んでいたんです」

 それを認める事は真希にとって恥ずかしい事だった。だから彼女は軽く頬を染め、誤魔化すようにぱくぱくとクレープに噛り付いた。

「常に秘密を守りたい魔法少女だから、どうしてもそう考えてしまうだろう」
「まさか完全に行き違いと勘違いでコスプレイヤー扱いだったとは思いもよりませんでした。実際戦ったら強かったし、なおの事そうでした」

 幸いキリハは真希が恥ずかしいと感じている部分を追及したりはせず、ただ穏やかに微笑んでいるだけだった。それで気を取り直した真希は、シェイクを一口吸ってから話を続けた。

「だから最初の頃はどうやって里見君を倒そうか、そればかり考えていました。もちろん強敵だと勘違いしたままでしたから、里見君の行動を勝手に作戦だと勘違いして一人相撲を繰り返し………今思うとどれだけ馬鹿だったんだろうって、情けなくなります」

 真希も微笑む。しかし彼女の場合、そこには多くの自嘲の感情が混じっている。彼女は存在していない敵と戦っていたのだから、仕方のない事だろう。当の孝太郎は、真希を敵だと気付いてさえいなかったのだ。

「では、何が(なんじ)の思い込みを解いたのだ? その状況からでは、余程の事が無ければ気付くのは難しい筈だが」

 一人相撲を繰り返せば繰り返すほど思い込みは強固なものとなり、もしかすると行き違いや勘違いかもしれない、というようには考えられないようになっていく。意志の強い真希がそうなった以上は、何か大きな転換点があった筈だ―――キリハはそのように考えていた。

「ふふふ、キリハさんには敵いませんね………その通りです。私は野生の魔物と戦って重傷を負い、死にかけた事があるんです。その時に、私はようやく里見君がどんな人間なのかを知る事が出来たんです」

 今もよく覚えている。死にかけている時に、真希は小さな男の子の夢を見た。それは事故で亡くなった母親の返り血を浴び、動けずにいる幼い孝太郎の姿だった。そして孝太郎は逆に、痛め付けられて死にかけている幼い真希を見た。その時、お互いに感じたのだ。支え合える相手なのではないか、と。

「そこからは何もかもが逆になりました。あの人の事が気になって、いつも目で追っていました。どうしたら気に入って貰えるか、どうしたらあの人を守れるか、そんな事ばかり考えて。でも自分はダークネスレインボゥの魔法少女だから、必死に言い訳をして仕事なのだと気持ちを()(つくろ)って………。今になると、そこも恥ずかしくて仕方がないんですけれどね?」

 真希は孝太郎の事を信じるようになった。それは彼女が魔法少女になった以降では、初めての出来事だった。孝太郎に対して、好かれたい、守りたい、普通の女の子のような感情を抱くようになっていたのだ。だが怖がりの真希にはダークネスレインボゥの任務という建前は崩せなかったから、その明らかな感情を誤魔化し続けた。他人から見れば、まるで誤魔化せていなかったのだが。

「敵ではないと分かったが、愛していると認める事は出来なかった、か………生き方を変えるのは難しい事だ」
「それを認めるのは、もう少し時間が必要でした。でも日の当たる世界での毎日が、少しずつ私の気持ちを変えていきました。それでもダークネスレインボゥという生き方を変えるところまでは、いかなかったんですけれど………」

 普通の女子高校生としての毎日が、ゆっくりと真希の心を変えた。かつての彼女は人を信じていなかったし、世界を否定的に見ていた。しかし仕事を建前にして孝太郎の(そば)で生きるようになると、それが変わっていった。彼女は人を愛するようになり、世界を肯定的に眺めるようになったのだ。それでも彼女はダークネスレインボゥ以外の生き方を選べなかった。他の生き方など、知らなかったから。

「でもある日、私が生き方を変えざるを得ないような、大きな事件が起こりました」
「何があったのだ?」
「私と里見君が、今日みたいにクラスのみんなとここへ遊びに来た時、ダークネスレインボゥが一〇六号室を襲ったんです」
「ああ、あの日か………」

 キリハにも真希が言っている『きっかけ』に心当たりがあった。確かに孝太郎と真希が揃って外出した日に、キリハ達はダークネスレインボゥから攻撃を受けていた。今では笑って話せる内容だが、その時はかなり危険な状況に追い込まれた。だからこそキリハもはっきりと覚えていたのだ。

「あの時、私は里見君の足止めを任されていました。里見君は厳密にはゆりかと協力体制にあった訳ではないので、下手に巻き込むより足止めを、というのがダークネスレインボゥの理屈でした」
「汝の理屈は?」
「どれだけ強くても、あの人は戦いに向いていません。だから私は可能な限りあの人を戦いから遠ざけておきたかったんです。それと………私の弱さゆえです。孤独な自分に戻るのが怖かったんです」

 真希はここで少しだけ表情を曇らせた。彼女が孝太郎の足止めしたのは、孝太郎を守る為だけという訳ではなかった。彼女は自分と孝太郎の間にある、魔法で作られた絆が断たれるのを恐れた。たとえそれが魔法で作られた幻想だったのだとしても、人を愛する気持ちを失い、過去の自分に戻る事が恐ろしかったから。

「でも、里見君が教えてくれたんです。私はもう、孤独な自分に戻ったりはしないと。クラスメイトを友達だと思っているなら、俺の事だってそうだと」
「だから孝太郎を行かせたのか?」

 結末はキリハも知っている。孝太郎は真希と共に姿を現した。真希は孝太郎の言葉を信じ、足止めを止めて味方をしてくれたのだ。

「はい。あの日の里見君の言葉で、私はダークネイビーから、(あい)()()()になったんだと思います。魔法なんて変わった力を持っているけれど、何処にでもいるようなごく普通の女子高校生に………」

 真希はいつの間にか、魔法の絆が存在していないクラスメイト達の事を好きになっていた。だったら、魔法が作った絆なんてなくても、真希は孝太郎を愛している(はず)だ。だから魔法の絆が消えても、孝太郎との関係は変わらないに違いない。多少の変化はあるかもしれないが、孝太郎とクラスメイトは依然として真希と共にあるだろう―――真希はそれを信じる事が出来たから、生き方を変える事が出来た。ダークネイビーを止め、藍華真希として生きるようになったのだ。

「今の私は………この世界の事も、そこに住む人々の事も、大切に思っています。決して完璧ではないと思いますけれど、完璧ではないからこそ大切なんです。多くのものが集まって、支え合う必要があるんですから」
「その理屈で言うと、汝は自分の事も大切に思う―――好きになる必要があるな」

 話を聞いていたキリハは、軽く首を傾げて真希に笑い掛けた。真希は自分の事を軽視する傾向があるが、彼女が口にした言葉が真実であるのならば、彼女は自分の事も好きにならねばならない筈なのだ。何故なら今の真希は、他の誰かを支えている筈だから。

「キリハさん………」

 そんなキリハの言葉に、真希は一度目を丸くした。しかしすぐに元に戻ると、真希はキリハに笑い掛ける。その時の笑顔は、キリハと同様にとても優しげなものだった。

「………なかなか難しいですけれど、いずれそう思えるようになりたいと思います。そうじゃなきゃ、誰かに(すが)るばかりになってしまいますから………」

 生き方を急に変える事は難しい。心と魂に染みついたものは、なかなかすぐには変えられない。しかしそうする事こそが、藍華真希として生きるという事。どれだけ時間がかかろうとも、真希はその道を真っ直ぐに歩いていきたいと願うのだった。



   ◆◆◆次回更新は6月23日(金)予定です◆◆◆

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