第15編 キリハ&真希 『想い出の場所にて』 シーン04

作者:健速

シーン04 二人の想い出



 ()()の話が終わると、キリハは納得したと言わんばかりに大きく頷いた。そして優しげな笑顔に一握りの悪戯心を加えた。

「確かにそんな事をされてしまっては、全身全霊で孝太郎(こうたろう)を愛するよりないな。ふふふ、ようやく(なんじ)が献身的である理由が分かった」
「里見君が私の狭い世界を広い世界に繋げてくれたんです。だったら私も………」

 真希が時折孝太郎に対して献身的過ぎるように見えるのは、ここに原因があった。孝太郎が真希の世界を別の世界に繋げ、普通の人生を作った。今では繋がりは孝太郎だけではないが、それでも一番大きな繋がりは依然として孝太郎であり、それを失う事はあってはならない事だ。だから真希はそれを守る為になら簡単に我が身を投げ出してしまう、という訳なのだった。

「それは孝太郎にとっても同じだろう」
「はい。今はちゃんとそれが分かるようになりました」

 だが今の真希にはそれが間違いである事が分かっている。いずれ彼女は自分の事をも大切に思うようにならねばならない。彼女だって孝太郎の世界を広げる助けになっているのだから。

「しかし………その気持ちはよく分かる。我も汝のような経験をすれば、そのように考えたに違いないだろう」

 キリハは目を細める。すると真希は軽く(うつむ)き、頬を赤らめる。自分の気持ちがキリハに筒抜けになっているかと思うと、真っ直ぐに顔が見れなかった。

「………それは私もです。キリハさんのような経験をすれば、カードを大事にしたんだと思います」

 その反面、真希にもキリハの気持ちがよく分かるようになっていた。そしてその事も、真希を照れ臭い気持ちにさせる原因だった。キリハの大恋愛が我が事のように感じられてしまうのだった。

「どうやら我らは似たような経験をしたようだな」

 キリハはそんな真希の事を楽しそうに見つめていた。元ダークネスレインボゥの真希がこうしているというだけで、今の状況が正しい事が分かる。真希が照れ臭そうに、居心地が悪そうにしていても、笑って見ていて構わないのだった。

「………はい。見た目はちょっと違いますけれど………」
「結局は似た者同士という事だな」

 最終的に二人が辿り着いた結論は、お互いに孝太郎との出会いを経て生き方を変えるようになったのは同じらしい、という事だった。キリハは少し大人になり、父親との関係を改善し、やがては地上との融和を目指すようになった。真希は閉ざされた世界から抜け出して、ごく普通の少女として生きるようになった。二人とも孝太郎との出会いによって、他人と世界を肯定的に捉えるようになったのだった。

「おーい、(きり)()さーん!」
「真希ちゃーん、そろそろみんな集まり始めてるよー!」

 遠くから二人を呼ぶ声が聞こえてくる。それは二人を肯定してくれる人々であり、二人が肯定する人々でもある。二人きりのお喋りは終わりにして、彼らの元へ帰る時がやってきたのだ。

「行きましょうか」
「うむ。話もそういう結論だったしな」
「ふふふ、はい」

 友人達の所へ帰るという事は、世界を肯定するという事でもあった。二人が選んだ生き方はそれを求めている。だから二人は笑顔で(うなず)()うと、遠くで手を振っている友人達の元へ走っていった。



 キリハと真希が一〇六号室へ帰ってきたのは、夜になった後の事だった。二人は一緒に出掛けた友達と日没までたっぷり遊び、満足して帰ってきた。幾つものアトラクションやショー、そして友人達の笑顔や笑い声はしっかりと心に刻み込まれている。だから部屋に帰ってきた二人の表情は明るい。だが二人を迎えた孝太郎の顔は暗かった。

「楽しそうな事をしているな、里見(さとみ)孝太郎(こうたろう)
「………里見君、何で左を向いているの?」
「それが、格闘技の練習中にグキッとやってしまって」
「皆に治して貰ったのだろう?」
「だから寝違えたぐらいで済んでるんだ」
「あは、そういう事でしたか」

 実は孝太郎は、朝からやっていた格闘技の訓練中に首を痛めてしまった。静香と本気の組み手をやっている時に、彼女の攻撃が強く入り過ぎてしまったのだ。もちろん少女達がよってたかって治療したのだが、それでも痛みが残り、顔が前に向けられない状態にあった。そんな状態の孝太郎を見たキリハは、一計を案じて悪戯っぽい表情で笑った。

「真希、そこへ座るといい」

 キリハはそう言いながら孝太郎の左側を指さす。孝太郎はちゃぶ台の所に座っているが、その左側は空いている。誰も座っていない座布団が置かれているだけだった。

「はい………」

 真希はキリハの意図が分からなかったが、別段反対する理由もなかったので素直に従い孝太郎の隣に座る。そしてそこへ座った途端、真希は何故キリハが孝太郎の横に座らせたのかを理解した。

「あの、里見君、じっと見つめられると困るんですけれど」
「そうは言ってもだな、首が痛くて前を向けないんだよ」

 左を向いたままの孝太郎の左に座るという事は、至近距離で孝太郎と向き合うという事だ。真希の方がそっぽを向けばいいという話ではあるのだが、それでも孝太郎の視線が彼女に向いたままであるという事実は変わらない。特に今日はキリハの想い出話を聞いた影響で、孝太郎に対する意識が強まっており、真希は妙に胸が高鳴って落ち着いて座っていられなかった。そして頬を赤らめて照れる真希を見ていると、孝太郎の方も不思議とドキドキさせられる。やはり落ち着いて座っているのは難しかった。

「あぁ、我にはそんな熱い視線を向けてくれた事などないというのに」

 キリハはそうした事情を分かっていて二人をからかう。キリハの狙い通りの展開であったので、彼女は上機嫌だった。

(あい)()さんにやらせておいてその言い草か」
「嫌なら止めても良いのだぞ、真希」
「べ、別に嫌という訳では………単に落ち着かないというだけで………」
「だったら何も問題はないな」
「もぅ、キリハさぁん………」

 真希は困ったように眉を寄せる。だが抗議を受けたキリハは孝太郎の右側に座り、何事もなかったかのようにお茶を()(はじ)める。彼女は相変わらず上機嫌で、その横顔はいつになく美しい。その表情には二人をからかって楽しいという感情だけでなく、真希から話を聞いた事で孝太郎に惚れ直したという感情も多分に含まれていた。だが残念ながら、左を向いている孝太郎にはその表情は見えていなかった。

「………藍華さんとキリハさん、帰りに何かあったのか?」

 しかしそれでも孝太郎は、二人の間に流れている空気がこれまでとは多少違っている事に気付いていた。キリハはいつもより真希への斬り込みが鋭いし、真希からはキリハへの甘えのようなものが感じられる。しかし二人は別々に出掛けた筈なので、孝太郎は二人が一緒に行動していたとは考えていない。孝太郎にとっては不思議な状況だった。

「あ、別に帰りに一緒になったんじゃないんですよ」
「別々に出掛けたのに、偶然出掛けた先で再会したのだ」
「へぇ………珍しい事もあるもんだな」
「そこでお互いの秘密を教え合いました」
「我のカードの由来とか、真希があの場所で生き方を変えた話などだな」
「まさかっ………」

 孝太郎はそこで二人が何処へ行っていたのかに気付いた。同時に、二人が孝太郎にとって重大だが極めて照れ臭い話を共有し合ったのだという事も。だからこそ二人の距離は縮まった。そしてそれは、孝太郎にとって困った状況の発生を意味していた。

「………その話題にはノータッチでいて頂く訳には参りませんでしょうか?」
「汝の態度次第だ。ここから濃厚な想い出話を展開しても構わないのだぞ」
「ぐっ」
「私は別に展開しなくても………」
「孝太郎に何か貰うのでも構わないと思うが」
「………私もカードか何かが欲しいです、里見君!」
「分かった、その条件を飲もう」

 真希とキリハ、二人が協力して攻め込んでくれば抵抗の余地はない。二人は悪意とは無縁の感情を抱えて向かってくるから、怒って突き放す事も出来ない。抵抗すれば(はり)(むしろ)のような時間を延々と過ごす事になるので、この時点で二人の要求を飲んだ方がまだましだった。

「藍華さんは口止め料で何かが欲しい。キリハさんは?」
「そうだな、しばらくそのまま座っていてくれればいい」
「へっ?」
「我が何をしようとも、ただそこに座っていればいいのだ」

 ぱさっ

 孝太郎の右腕にキリハの体重がかかる。左しか向けない孝太郎だったが、長い髪が腕をくすぐっていたので、彼女が寄りかかっているのだろうという事は分かった。

「キッ、キリハさんっ、そんな過激な事をするつもりなんですかぁっ!?」

 しかし目の前で真希が驚愕して()()ったのを見て、孝太郎は自分の想像が間違いであるらしい事を悟った。

「ちょ、ちょっと待てっ、キリハさんあんた今何をやってるんだぁっ!?」
「汝はじっとしていればいいのだ、じっとしていればな………絶対に痛くはしない。安心しろ里見孝太郎」
「安心できるかぁあぁぁぁぁぁっ!!」

 首が痛いので、孝太郎は首だけを動かしてキリハを見る事が出来ない。どうしても身体ごと振り返る必要があった。だが顔を赤らめた真希が両手で顔を覆いながらも、指の隙間から盗み見ている状態からすると、何か恐ろしい事態が進行しつつあるのは確実だ。それゆえに振り向きたくないという気持ちもあった。おかげで孝太郎は身動きが取れない状況に陥っていた。

『相変わらず姐さんは天才だホー』
『真希ちゃんも演技派だホ。孝太郎は完全に手玉に取られているホー』

 実はこの時、キリハは何もしていなかった。本当に単純に、孝太郎の肩に頭を乗せているに過ぎなかった。キリハが目で合図を送ったら真希が上手く応えてくれたので、二人で孝太郎と遊んでいるだけだったのだ。

「里見孝太郎、やわらかいのと、みずみずしいのと、どっちがいい?」
「止めましょうキリハさんっ、それは流石にまずいですってっ!!」
「一体後ろで何が起こっているんだぁあぁぁぁぁっ!?」

 キリハと真希は、今日一日孝太郎と離れて過ごした事で、気付いた事があった。それは想い出の全てが孝太郎で塗り潰されてしまう事は不健全だという事。真希とキリハの、あるいは二人と友人達との絆が深まるからこそ、孝太郎との日々も輝く。そして今がまさにその時だ。孝太郎とのきらきらした時間を最大限楽しむべく、二人はこの日新たに築いた絆を確かめ合うのだった。



   ◆◆◆次回更新は8月4日(金)予定です◆◆◆

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