第16編 晴海&クラン 『それぞれの秘密』 シーン01

作者:健速

シーン01 お姫様と相棒の壁



 ヴァンダリオンとの決着が付いた日から二日ほど経った頃。孝太郎(こうたろう)はある難題に直面していた。それはクランの失策が招いた危機だった。

「メガネメガネ………」
「ちゃんと部屋を片付けてないからこういう事になるんだぞ」
「小言など聞きたくありませんわ! さっさと見つけて下さいまし!」
「誰のせいなんだ、誰の」

 クランはいつも身に着けているメガネを紛失してしまった。仕事をする時には仕事用のメガネに着け代えるので、その時に失くしたものと思われた。だからメガネが何処(どこ)の部屋にあるのかまでは分かっている。しかしその位置が分からない。積み上げられた資料や実験機材の山の中に、埋もれてしまっていたのだ。

「皇宮の中なんだから、侍女だっけ? 召使い? そういうのに頼めよ」
「嫌ですわ! マスティル家の侍女に恥を晒すだなんて!」
「じゃあ俺にもやらせるなよ」
「あなたは特別ですわ。そういう成り行きでしたものっ!」

 公式行事が迫っているから、孝太郎としては人手をかけて一気に見付けたい。しかしクランは孝太郎以外の人間を捜索に参加させたくない。多少改善傾向ではあるのだが、クランは基本的に他人が苦手なのだ。部屋に入れるだけでも抵抗があったし、触って良いもの悪いものについていちいち解説するのも面倒だった。例外は孝太郎ぐらいだろう。孝太郎は好むと好まざるとにかかわらず二人だけで過ごした期間が長かったので、受け入れざるを得なかったのだ。また同じ理由からクランが何に触って貰いたくないのかもしっかりと分かっている。仲間の八人の少女達に関しては、部屋に入れるところまでは良いのだが、触って良いもの悪いものの区別がつかない者が多い。またそれぞれに忙しいという事情もあって、孝太郎だけが手伝わされていたのだった。

「俺に下着の洗濯までさせてた奴が、今更恥もないもんだろ」
「それを言うのは卑怯ですわっ! わたくしに自覚がない頃の話を引っ張り出して!」
「まーな。お前は箱入りだったし、俺は原始人扱いだったもんな」
「うぅっ………」

 この手の話題になるとクランは旗色が悪い。問題の原因はクラン自身で、しかもすぐに解決する方法があるのに実行しないのもクランの性格のせいだ。どうしたって孝太郎の言い分の方が正しいので、クランが我がままを言っているだけの構図になってしまう。おかげでクランは居心地の悪い時間を過ごす事になっていた。だが、そんな彼女にも救いの女神がいた。

 コンコン

里見(さとみ)(くん)、クランさん、どんな感じですか?」

 クランの仲間は、開いたままのドアであっても一応ノックしてから入ってくるような几帳面な人物は少ない。その中にはクランの一番の友達が含まれている。それはクランと孝太郎の為にお茶とお菓子を取りに行ってくれていた晴海(はるみ)だった。

「それがまだ見付からないんです。クランのだらけた生活のツケでしょう」
「ハルミ! ベルトリオンったらこうやって意地悪ばかり言うんですのよ!」
「あらあら………」

 晴海はお茶とお菓子を載せたお盆を抱えて部屋へ入ってくる。彼女は困ったような言葉を口にしているものの、その顔には困った様子はなく、ただ優しげに微笑んでいる。むしろ孝太郎とクランのやりとりを楽しんでいるような雰囲気があった。

「私も部屋を散らかしておいたら、里見君が片付けに来てくれますか?」
「散らかさないじゃないですか」
「今日から片付けを止めれば、きっと!」
「絶対に二、三日で耐えられなくなって、自分で片付け始めますよ」
「そんなの不公平です。片付いていても片付けに来て下さい!」
「どういう理屈ですか、それは………」

 そして晴海はいつも孝太郎に構って貰えるクランを羨ましく思っていた。晴海は何かを失くした時、孝太郎が部屋をひっくり返して探してくれた経験などない。それはそれで恥ずかしい気もするのだが、いつも楽しそうに―――クランには異論があるが―――大騒ぎしているのを見ていると羨ましくて仕方がないのだった。

「わたくしはむしろ放っておいて欲しいですわ」
「お前は放っておくと好きな事しかやらないだろう」
「ユリカとは違いますわ!」
「そう思ってるのはお前だけだ」

 実はクランの方も晴海を羨ましく思っていた。晴海は孝太郎の信頼が篤く、むしろお姫様のように扱われている。クランは手のかかる妹のような扱いなので、そうした待遇の差には大きな不満を感じていた。自分もお姫様のように扱われたいというのがクランの願いなのだ。そしてそうなっていない現実に、フラストレーションを溜め込んでいた。



 結局、メガネを見付けたのは晴海だった。晴海が何気なく開けた流し台の物入れの中から出て来たのだ。クランは実験器具を洗う時にメガネを代えて、一緒にそこへ置いてしまったのだろう。問題のメガネは今はクランの鼻の上に乗っている。おかげで予定されていた公式行事―――フォルサリア関連の緊急会議への出席―――は無事に完了していた。

「………そもそもベルトリオンはわたくしを一人の女性として見ていないのですわ!」

 だが結構な時間が経ったというのに、クランの孝太郎に対する怒りは収まっていなかった。クランは会議のお手伝いとして同行してくれていた晴海に対して、その怒りの感情が生み出す愚痴を延々と零し続けている。それは特別な友人である晴海に対する甘えと言えるだろう。

「それは里見君の照れというか、甘えなんじゃないかと思うんですが」
「そんな事はありませんわ! あれは絶対に、わたくしを(いじ)めて楽しんでいるに違いありませんわっ!」
「いいなあ………」
「ちっともよくありませんわ!」

 晴海の感覚では、孝太郎はきちんとクランを皇女であると認めた上で、あえて粗雑に扱っている節がある。そうでなければあの最終局面で剣が九色に輝く筈がないのだ。気持ちの深い部分では、クランと孝太郎はちゃんと繋がっている。しかし表層部分の感情表現においては、クランと孝太郎の理想にはズレがあった。クランはチヤホヤされたいのだが、孝太郎の方はクランには気持ちを正直に表現出来ずにいる。晴海の勘では、クランの性格の問題で、孝太郎の方に年頃の男の子特有の照れが出てしまっているようなのだ。しかしそれを指摘してもクランの気持ちは収まらない。そこで晴海は話の方向を変えてみる事にした。

「そうだクランさん、せっかくここまで来た訳ですし、少しこの辺りを見て回ってみませんか?」

 会議の内容がフォルサリアとの関係についてのものだったので、二人はベルトリオン特別領までやってきていた。これは当面はベルトリオン特別領が、移住を望むフォルサリア人の受け入れ先となる予定だからだ。そしてこの場所はクランにとっても晴海にとっても特別な意味がある場所だ。だから少しばかり見て回りたいというのは、話題を変える為だけではなく、偽らざる晴海の本音だった。

「………そうですわね、折角ですからそうしてみましょうか」

 晴海が期待した通り、クランの注意が孝太郎から離れた。クランにとっても、この場所には大きな意味があった。

「早速なんですけどクランさん、この場所って正式にはどういう扱いなんですか?」
「それはえーと………ベルトリオンの領地ですわね。しかしベルトリオンの権利は法律に優先しますから、この場所だけ別の国に近いですわね」
「他国にある大使館みたいな?」
「どちらかと言うと、あなたの星で言うバチカンに近い扱いになると思いますわ」

 晴海にとっては、アライアが孝太郎の為にこの地を不可侵に定めたというだけで特別な意味がある。そしてクランにとっては、二千年前の世界から帰ってくる時の立ち寄り先であり、もう一人の友人であるエルファリアと出会った場所だった。だから晴海とクランには二人とも、この場所を見て回りたいという強い願望があった。



 晴海が持っているベルトリオン特別領の情報は、ごく狭い範囲に限られている。かつて晴海はシグナルティンを経由してアライアの記憶を受け取ったが、それは二千年前の世界で孝太郎とアライアが別れた時点までのものだ。だからこの場所の今については、クランの解説が不可欠だった。

「………じゃあ、法律的には扱い難い土地なんですね?」
「そうでしてよ。もしも犯罪者が逃げ込んだりしたら、逮捕するにはベルトリオンに進入の許可を取らねばならない。けれども当人は居ない訳ですから、例の問題を除いても、不可侵領域とする必要があったのですわ」
「アライア皇女としては、それだけではなかったみたいですけれど」
「それはそうではありませんこと? あの方も、立派な女の子ですもの」

 そしてその逆に、晴海がクランに解説してやれる部分もあった。二千年前の世界については、晴海は誰よりもよく知っていたのだ。

「あら………? そういえばハルミ、この辺りには塔が建っていたのではなくて?」
「はい。あそこの見えている小さな丘―――当時は外壁のせいでこの位置からは見えませんでしたけれど、あの丘の向こう側を見通す為に高い塔が必要だったんです」

 ベルトリオン特別領は、かつて新生フォルトーゼ正規軍が旗揚げをした場所だった。つまり元々はパルドムシーハの領地にある砦であり、砦がなくなった今もパルドムシーハが土地の管理を代行している。クランも一時身を寄せていた訳ではあるのだが、当時の事はアライアの方がずっと詳しい。そこは流石に当時の皇族、といったところだろう。

「そういえばシャルルさんが塔に登りたいと言って大変でしたわね」
「結局コータロー様に上まで連れて行って頂いて………遊びではないというのに、シャルルときたら………」
「シャルルさんのおかげで、殺伐とせずに済んでいた事情もありますわよ。ふふふ」

 二人は並んで空を見上げる。そこにあった(はず)の塔は失われて久しい。しかし二人の心の目にはそこへ建つ塔の姿が映っている。それを駆け上がっていく、幼い少女を背負った少年の姿も。失われたのは塔だけだ。大切な想い出は、今も変わらず二人の胸の中に存在しているのだった。

「シャルルの護衛をしている兵達はむしろ殺伐としていましたけれど」
「あの子はすぐにベルトリオンを探して何処かへ行ってしまいますものね」
「戦いが(なか)ばに差し掛かる頃には、最初からコータロー様のところに人員を配置するようになっていました」
「………あれはベルトリオンの護衛を増やしたんだと思っていましたけれど、そういう事だったんですのね」

 それから二人はしばらくベルトリオン特別領を歩き回った。想い出の痕跡を辿ったというのが、二人の感覚に近いだろう。その度に二人は楽しそうに笑顔と言葉を交わす。二人がこの場所にいたのは、新生フォルトーゼ正規軍を旗揚げする時の(わず)かな期間だ。だがそれでも二人に共通する想い出は多かった。

「少し、形が変わってしまいましたね。二千年も経っていますから、仕方がありませんけれども………」
「それについてはお詫びがありますの」

 そんな二人が最後に辿り着いたのは、ベルトリオン特別領の外れにある小高い丘。その中腹にある洞窟の前だった。洞窟は大きく、そのぽっかり開いた出入り口は差し渡しで何十メートルもある。怪獣が暴れても大丈夫な広さだった。

「何かあったんですか?」
「実は出入りをする際に『()(かご)』をぶつけてしまいましたの」
「まあ! 大丈夫だったんですか!?」
「大丈夫だったというか、元々壊れていたというか………」

 そこは孝太郎とクランが、二千年前の世界から帰還する為に利用した洞窟だった。孝太郎とクランはこの洞窟に『揺り籠』を隠し、アライアはこの場所を不可侵とした。おかげで二千年もの長きに(わた)り、誰にも邪魔される事なく時間を超える事が出来たのだった。



 今のベルトリオン特別領には、ちゃんと領主が存在している。だからかつてほど厳重に立ち入りを禁じている訳ではない。しかし(ほとん)どの場所は二千年前から放置されており、人が快適に利用できるように整備されてはいない。この場所も例外ではなく、大きな出入り口から差し込む光だけでは、洞窟全体の様子を見る事は出来なかった。

「ちょっと待って下さいまし、今明かりを………まだ動くと良いのですけれど」

 クランは身に着けている腕輪を操作し、何処かへと命令を送信する。すると様々な場所で次々と照明が点灯し、暗闇に包まれていた洞窟を明るく照らし始めた。幸いな事に、クランが二十年前に設置した照明機器は今も健在だった。

「………中はこのようになっていたんですね」
「そうか、あなたは見た事がなかったんでしたわね」

 明るく照らし出されている洞窟の中を、晴海は物珍しそうに眺めている。シグナルティンの中にあるアライアの記憶は、孝太郎と別れる時までのものだ。だからフォルトーゼに残ったアライアがその後にやった事は、晴海の記憶にはない。晴海の感覚では、この場所は初めて見る場所だった。

「クランさん、『揺り籠』はどのあたりに埋まっていたんですか?」
「こっちですわ。一応入ってすぐの真正面は避けましたの」
「あはは、確かにその方が良いですね」

 二人は照明を頼りに洞窟の奥へ進んでいく。幾つか光っていない照明もあったが、その周辺にある他の照明に助けられ、何も見えないという事はなかった。クランと晴海は程なく目的の場所へと辿り着いた。

「この窪みですわ」
「あは、ちょうどぴったり(はま)りそうな窪みですね」
「そして二千年前のあなたが、この場所を守って下さいましたの」

 目を細めて窪みを覗き込んでいる晴海に、クランはあるものを指し示した。それは窪みの脇に立てかけられていた、古い石碑だった。

『大空の彼方へ去った騎士に安らかな眠りを。なんぴとたりとも、その眠りを(さまた)げる事なかれ』

 石碑には雪の結晶を模した紋章と、ごく短いメッセージが刻まれていた。紋章は他ならぬアライアのもの。メッセージは一見戦没者に対するもののように見えるが、事情を知る者には別の意味が浮かび上がってくる。この場所に孝太郎達がいると知ったアライアが、誰にも時間の移動を妨害されないように手を打ってくれていたのだ。

「………これを………わたし………わたくしが………」

 ベルトリオン特別領にやって来た時から、晴海の中にあるアライアの部分が活性化していた。だから実際に記憶がなくても、自分が二千年前に何を想っていたのかは容易に想像が付いた。何の得もないのにフォルトーゼや自分達を守り通してくれた孝太郎を、何としても元の世界へ送り届けたい。騎士の中の騎士なればこそ、現代の人々との約束を果たさせてやりたい。本当は眠れる孝太郎を起こしたかっただろうに。

「ですからわたくしとベルトリオンは、あなたに返し切れない程の恩がありますの。あなたがしないでくれた事を、させてあげたいと思っていますのよ」

 クランはアライアの想いを知っている。この場所で時間を凍結している『揺り籠』を見付けた時、彼女が何を想ったのかもおぼろげながらに想像が出来る。普通の女の子として生きたい。平凡な恋をして、平凡な家庭を築きたい。その相手が孝太郎だというのなら、邪魔するつもりなど毛頭なかった。とはいえ退くつもりもなかったのだが。そしてだからこそクランは、今後も彼女の健康診断やPAFの開発を継続していこうと考えていた。

 ―――そうか、それでベルトリオンは………。

 同時にクランは、孝太郎が何故晴海とクランの扱いに差をつけるのかが分かったような気がしていた。ずっとそういう関係だったからというだけでなく、クランと同じようにアライアに返し切れない恩があると考えているからでもあったのだ。だから孝太郎にとってクランと晴海を大切に思う気持ちが同等であっても―――それはクランの額にも刻まれている剣の紋章が証明している―――気持ちを表現する段階で違いが出てしまう。一緒にアライアに世話になったのだから、ある意味当然とも言えるだろう。

「そんな風に感じて頂かなくても良いんですよ」

 晴海は目尻に浮かんだ涙の粒を拭いつつ、明るい笑顔を作った。そして晴海はクランに石碑を指し示した。

「この石碑を建てたわたく―――ううん、私の願いは、きっと過去の出来事を何も意識していないクランさんと里見君の横を、一緒に歩いていく事なんだと思いますから」
「ハルミ………ありがとう。でもそういう風に仰られては、ますますアライアさんのように感じてしまいますわ。昔の事を忘れるのは、少しだけ時間がかかりましてよ」
「じゃあ私もなるべく晴海らしい事を考えているようにします」
「ふふふ、頼みますわ」

 晴海が晴海らしく生きる事は、アライアが何よりも望んでいる事の筈。アライアを忘れる必要はないが、アライアのように生きる事は望んでいない。誰の為にも、晴海は晴海として生きる必要があるのだった。



   ◆◆◆次回更新は8月10日(木)予定です◆◆◆

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