第16編 晴海&クラン 『それぞれの秘密』 シーン02

作者:健速

シーン02 クランの秘密



 問題の洞窟の中には『()(かご)』の痕跡以外のものも残されていた。まだ二十年しか経っていないので、それらはきちんと形を保っている。孝太郎(こうたろう)達がこの場所で生活していた時に使ったものだった。

「焚き火の痕………そっか、クランさんと里見(さとみ)君って、ここでしばらく暮らしていたんですものね?」
「そうですわ。二十年前の世界で必要なパーツを手に入れるまで、しばらくここでの生活を余儀なくされましたの」

 そこには晴海(はるみ)が見付けた焚き火の痕だけでなく、簡素なテーブルや椅子、収納用のコンテナなど、人間が生活していく上で必要になるであろう品々が残されていた。ただしどれもこれも(ほこり)を被っていて、長い間触れる者がなかったであろう事がうかがわれた。

「じゃあ、クランさんがここでお料理をなさったりしたんですね」

 晴海は半開きのコンテナから埃を被った鍋を取り出し、クランに笑い掛けた。元々家庭的な印象の晴海なので、その姿は妙に様になっていた。

「ウッ」

 対するクランは表情を強張らせるとついっと視線を逸らした。それを見た晴海は軽く首を傾げる。この時のクランの反応は奇妙だった。それでピンと来た。

「もしかして………違うんですか?」
「………」

 晴海も孝太郎が家事を主に担当していたとは聞かされていた。クランはお姫様だし、研究も忙しかっただろうから、そうなっても仕方がないと思っていた。しかし全くのゼロだったとも思っていなかった。逆に孝太郎が忙しい時などには、クランが代わりにやっていただろうと思っていたのだ。

「ちょっとぐらいはしたんですよね?」
「………ノ、ノーコメント………」

 クランは答えなかった。それが意味する事はただ一つ。クランは本当に、何一つ家事をやっていなかったのだ。晴海は驚きに目を丸くした。

「い、一体どういう生活をなさっていたんですかぁっ!?」

 それは一人の女の子として、とても興味がある問題だった。晴海の感覚では、大好きな男の子と二人きりで数カ月の時を過ごしながら、生活は百パーセントその男の子に頼り切りだったという状況が想像できない。それは晴海にとって女の子の危機であり、未知と驚愕の世界だ。にもかかわらず孝太郎との固い絆を築いたクランは、晴海にとって尊敬と憧れの念を抱かずにはいられない存在だった。

「どうって………そ、それは普通に、そのぉ………」

 クランにも晴海が尊敬と憧れの念を向けて来ている事は感じている。しかしそれはつまり自分の駄目だった部分が注目を受けているという事でもある。居心地の悪さを感じたクランは、顔を真っ赤に染めたまま視線を逸らす事しか出来なかった。

「クランさんっ、是非その普通の部分を教えて下さい!! 私とわたくしがこれまで出来なかった、とてもとても重要な部分なんです!!」

 晴海はその瞳を輝かせ、クランに詰め寄る。それは控え目な彼女にしては珍しい反応だった。そうせざるを得ない程に、晴海にとって重要で、無視出来ない問題だった。もしかしたらそこにこそ、クランが孝太郎に雑に扱って貰えている鍵が、隠されているかもしれないから。

「そ、そんな事を言われても………あうぅぅぅ………」

 晴海のこの要求は、クランに恥を晒せと言っているに等しい。だからなるべく話題にしたくない事だし、出来れば断りたかった。だがクランは目を輝かせてにじり寄ってくる晴海に向かってノーとは言えなかった。晴海の強い意思に圧倒されていたという事が一番の理由ではあるが、そうしてやる事がアライアの為でもあるのだとチラッと考えてしまったのがいけなかった。

「わ、わかりましたわ………」
「ありがとうございますっ、クランさんっ!!」

 こうしてクランは晴海に話して聞かせる事にした。クランと孝太郎が、過去の世界で一体どのような生活を送って来たのかという事を。それはクランがこれまで誰にも語る事のなかった恥部。墓まで持っていくつもりでいた秘密だった。



 晴海にとっての最初の疑問は、孝太郎とクランが二人で過去のフォルトーゼに投げ出された直後の事だった。その辺りの事はアライアの記憶にもあるのだが、当初は言葉が通じておらず、正確な所は分かっていなかった。だからクランが孝太郎と和解した正確な理由は、とても気になる部分だった。

「あの時って確か、演劇の邪魔をしにいらっしゃった直後の(はず)ですよね? なのにどうしてすぐに和解出来たんですか?」
「………そ、それはぁ………そのぉ………」

 クランは恥ずかしげに目を伏せ、顔を赤らめる。それはまるで幼い少女のような照れ方で、彼女の対人関係の経験はまだその辺りにある事がうかがわれる。他の者であればそこに気付いて何がしかの事を思ったかもしれないが、今の晴海の興味は全てクランと孝太郎の関係に集中しており、妙に可愛らしいクランの反応には気付いていなかった。

「………えと、多分、運が良かったのだと思いますわ」

 クランは晴海の視線から逃れるように顔を背けながら、絞り出すように答えた。この時クランは、出来れば逃げ出して何処かへ隠れたい気分だった。

「運、ですか?」
「ええ………ベルトリオンがわたくしの超時空反発弾を斬った時に起こった出来事が、戦いどころではない規模でしたの。それ単独で見ると不幸な事なのですけれど、わたくしとあの男に対話を必要とさせたという点では幸運だったのだと思いますわ」

 過去の世界へ投げ出された時点から、クランは孝太郎と戦うのを止めた。それは青騎士と白銀の姫の出会いを邪魔してしまった―――結果的に勘違いなのだが―――からで、放っておけば歴史が変わって元の世界へ戻れなくなる。だから孝太郎を放置しては駄目で、殺すなどもってのほか。協力して、元の歴史に戻すしかなかったのだ。

「もしあの時に起こった事がもっと小さな出来事だったなら、例えばただ宇宙の果てに飛ばされるとか………そうであったらわたくしは、ベルトリオンとの敵対を続けたのでしょうね」

 クランはここで照れ臭さを忘れ、軽く身震いした。今のクランには、かつての自分がどれだけ酷い人間だったのかが分かる。そして自分がそのままであった場合を想像すると恐ろしくてたまらなかった。きっとフォルトーゼに災いを為す皇族、最悪の場合は皇帝になっていただろう。その場合はむしろ、孝太郎に倒された方が良いと感じる程に。その辺りの事を考え合わせると、過去の世界へ行った事は彼女にとって本当に幸運だったと言えるのだった。

「じゃあ、最初は嫌々協力なさっていたんですね。わたくしもただの騎士と従者ではないとは思っていましたけれど………」

 晴海―――アライアの記憶には、その頃の二人の事が鮮明に残っていた。孝太郎とクランは騎士とその従者という触れ込みであったが、冷静に思い返してみれば確かに最初はぎくしゃくした雰囲気はあったのだ。

「敵対していたのですから、そんなにすぐに信頼関係は出来ませんわ」
「反動は大きそうですものね。その頃の生活はどうだったのですか?」

 敵対関係から休戦状態に移行した直後、二人はどんな毎日を送っていたのだろう。やはり晴海とアライアの興味はそこにあった。

「ウッ」

 少しの間真面目だったクランの顔が強張り、再びその頬が紅潮を始める。そしてやはり先程と同じように、晴海の視線から逃れようと顔を背けた。

「………そ、それはその、仕事が忙しかったから………ベルトリオンが、やってくれていたというか………やって貰ったというか………」
「じゃあ、本当に最初から里見君にやって貰っていたんですね。お洗濯もですか?」

 食事や掃除までなら晴海にも分からなくはない。だが洗濯もそうなのか。プライベート用の衣類、特に下着を男性に洗わせるのは、晴海には勇気の要る行為だった。

「………うっ、うぅぅ………」

 クランは言葉にして答える事が出来ず、真っ赤な顔のまま頷いた。そしてそのまま俯いてしまう。今のクランにはそれが女の子として駄目な状態であるという事が分かるようになっていたのだ。

「でも………よく敵だった人にお洗濯までして貰っていましたねぇ?」
「仕事が忙しかったとか、箱入りで育ったせいで意識していなかったとか、原始人だと思っていたとかが、大きな要因ではあるんですけれども………そのぅ………」
「その?」
「どうせ元の時代に戻ったらやっつけるんだから、いいかなって………」
「まぁ!」

 当時のクランは元の時代に帰ったら孝太郎を倒すつもりだった。だから死人に口なし、どうせやっつける孝太郎になら何を見られても良いだろうと考えていたのだ。これは流石に晴海の想定外の言葉で、聞いた途端に彼女は目を丸くした。

「いっ、今は分かっていますのよっ、あれがどれだけ情けない事だったのかが!! あれからの日々で、きちんと分別がつくようになりましたの!! 今は全然違いますのよっ、ハルミッ!!」
「………ふふ、ふふふふふっ」

 だが慌てふためくクランの姿を見ているうちに、まん丸になっていた晴海の目は少しずつ元の大きさに戻り、やがては細められた。そして目が細められた時から、晴海は楽しそうに笑い始めた。

「ふふふふっ、安心して下さいクランさん。ちゃんと分かっています」
「ほ、本当に?」
「はい。誰だって未熟な時期はありますもの。私だって、みんなと演劇をやるまでは他人に話しかけるのが苦手でしたよ?」
「そうでしたの、あなたも………はぁ………良かった………」

 クランは大きく息を吐き出しながら、胸を撫で下ろした。色々な事が重なった結果、今のクランにとって晴海は一番仲の良い友人だった。その晴海に嫌われたくなかったので、幼さゆえの愚かな過去は明かしたくなかった。だが過去を明かしても晴海はクランを嫌いにはならないでくれた。研究室にこもって一人で生きてきたクランだから、その安堵感は決して小さくはなかった。

「ふふ、ふふふっ」
「ハルミ?」

 気持ちが落ち着いた事で、クランの意識が再び晴海に向く。晴海の笑い声が耳に届いていた。クランが目を上げると、晴海はやはり笑顔だった。晴海は何故か、先程からずっと笑い続けていた。

「どうしてクランさんが里見君に雑に扱われると怒るのか、それが分かったような気がするんです」
「えっ………」

 今度はクランが目を丸くする番だった。その真の理由については、これまで誰にも話した事がなかったから。

「不安だったんですね。里見君がクランさんを雑に扱うのは、昔のクランさんの事が原因なんじゃないかと思って」
「ッッッ!?」

 クランはこの時、心臓を鷲掴(わしづか)みにされたかのような感覚を味わっていた。晴海の指摘は正しかった。クランが孝太郎から荒っぽく扱われるのは、昔の自身の行動が原因なのではないか―――クランはそれがいつも不安だった。しかも孝太郎は度々クランの過去の行動を引き合いに出してからかうから、尚更(なおさら)そうだった。

「あ、あのっ、ハルミ、わたくしは、あのぉっ!!」

 本音を知られたクランは完全に取り乱していた。キリハ辺りは気付いていて黙っていただけなのかもしれないが、この本音を知られてしまったのは初めての経験だった。この本音は自分の欠点を認めると同時に、大好きな男の子への深い愛情を認めるものでもある。出来れば他人には知られないままにしておきたい種類のものだった。

「安心して下さい、クランさん。この事は絶対に秘密にしますから」
「あ、あうぅ………」
「それと、こっそりお手伝いします。いずれクランさんの不安が消えるように」
「………ハルミ………」
「その代わり、クランさんも手伝って下さいね。私の不満が解消するように」
「あなたには敵いませんわ、ハルミ………まったく………」

 今の晴海にとっても、クランは一番の友人と言えるだろう。だから晴海の優しさはクランにも無償で注がれる。クランはそれを感じながら、こういう晴海が友達になってくれた事に対して、感謝の念を禁じえなかった。



 それからクランは晴海に問われるままに孝太郎との日々を話した。そこはフォルトーゼといっても二千年前の世界。クランにとっても異邦の地だった。だから成り行きで協力しているとはいえ、同じ時代から来た孝太郎の存在はクランにとって大きな支えとなった。その事がクランの気持ちを少しずつ変えていった。

「わたくしが変化を自覚したのは………やっぱりアレですわね。マクスファーンが井戸に毒を―――ウィルスを()いた時ですわ」
「あの時ですか………わたくしが知らない事があったんですね?」
「わたくしは歴史を守る為に、毒が撒かれるのを見て見ぬふりをしようとしましたの。そうしたらベルトリオンは烈火の如く怒って………」
「それはコータロー様らしいですね。ふふふ………」

 孝太郎に対する考え方が完全に変わったのは、やはりマクスファーンが毒を使った時の事だった。自分達が元の世界に戻る為に、目の前の命を見殺しにするのは間違っている。皇族がやって良い事ではない。孝太郎のそんな言葉はクランの胸に鋭く突き刺さった。孝太郎がクランに皇族としての正しい道を示したのだ。その時からクランは孝太郎に対する評価を改めた。皇族以上に誇り高く、あくまで正道を貫く、騎士の中の騎士であると。

「でも、自覚したら自覚したで問題だったのでは? 下着の洗濯問題なんかは、どうなさったんですか?」
「………それ以降は地獄でしたわ。自覚した時点で自分でやると言い出しても、今更というか………不自然というか………」
「それもそうですよね………じゃあ、何もかも分かった上で、それでも里見君に洗って貰っていたんですね」
「ああぁぁあぁぁっ、あの頃の記憶を消したいですわぁぁぁっ!!」

 クランは頭を抱えて悶え苦しむ。孝太郎を尊敬すべき人間と認め、それゆえ殺せなくなってしまった上で、なお下着を洗わせたりしなければならなかった。それを止めてしまえば、あなたに対する評価が変わりましたと告白するに等しかったからだ。

「でもフォルトーゼの人間では最初で最後だと思いますよ」
「へっ?」
「伝説の英雄レイオス・ファトラ・ベルトリオンに下着の洗濯をさせた皇族は、後にも先にもクランさん一人だけです」
「いっ、いやあああぁあぁぁぁぁぁっ!! お願い誰かぁぁぁぁぁっ、この記憶を消してぇぇぇぇっ!!」

 それはクランの人生で最大の汚点だろう。伝説の英雄で、しかも想い人。そんな人間に下着の洗濯を始めとするありとあらゆる家事をさせていたのだ。一人の女の子としては絶望的な過去だろう。そうした事からすると、クランが孝太郎から雑に扱われる事に対して不安を感じるのも無理もないだろう―――晴海はクランの気持ちが想像できるようになっていた。クランは敵だったというだけでなく、女の子と思われていないのではないかという不安も抱えていたのだ。

「でも不幸中の幸いというか、その期間は短くて済みましたよね? 新生フォルトーゼ正規軍が出来ましたから」
「そ、そうですわ。そうでなければ、今頃わたくしはここで首を吊っておりましてよ」

 クランの孝太郎に対する意識が変わり始めたのに前後して、アライアはパルドムシーハ領に辿り着き、国を取り戻す為の軍を組織した。おかげで衣食住は組織的に提供されるようになり、孝太郎がクランの下着を洗濯する事はなくなった。結果的に見て、今のクランにとって悪夢と言うべき状況は一ヶ月もなかった事になるだろう。

「ふふふふ………じゃあ、衣食住の残りの二つ、食事や住む場所なんかはどうだったんですか?」

 クランの動揺ぶりをみて可哀想に思った晴海は話を先へ進めた。するとクランは一度長めに息を吐き出し、表情を緩めた。

「食事は洗濯程ではないですけれど、ベルトリオンが主にやってくれていましたわ。慣れないフォルトーゼの食材に苦労していたようですけれど………不味いものは出て来ませんでしたわ」

 食事に関してはクランも保存食を提供したりしていたので、洗濯問題のように一方的に孝太郎の世話になるような状況ではなかった。だから話しているうちにクランの表情は普段のそれに戻っていた。

「里見君はどんな料理を作ってくれたんですか?」
「うーん………シンプルなものが多かったですわね。シェフではない普通の男性でしたから、それで当たり前なのではないかと」

 クランは晴海に求められるまま、孝太郎の料理を順番に話していった。クランの記憶では食材の手に入り易さから、野菜や鶏肉を使った料理が多かった。魚も種類は固定気味だが時折出て来た。主食はイモ類やパンで、どちらも素焼きに近い代物だった。移動中だったので調味料や食材が限られていたのだ。

「すぐにパルドムシーハ領に着きましたし、それ以降は軍が食事を用意してくれるようになりましたから、バリエーションの少なさは気になりませんでしたわ」
「へぇ………里見君がそれだけお料理できるって事は、これからは出す物に気を付けないといけないなぁ………」
「あの男は軍と一緒に常に移動していましたから、わたくしが食べなくなった後も技術は向上している筈ですわ」
「なるほど………とても参考になりました」

 孝太郎の料理の技術がどの程度なのか、得意分野はどれなのかという情報は、晴海にとって非常に重要な情報だと言える。孝太郎の得意な分野は孝太郎にやってもらい、それ以外を晴海がやるのが一番楽しくなる筈だと考えているのだ。晴海は一方的にお世話をしたいとは思っていない。時には立場が入れ替わる方が、楽しく幸せに暮らせるだろうと考えていた。



   ◆◆◆次回更新は8月18日(金)予定です◆◆◆

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