第16編 晴海&クラン 『それぞれの秘密』 シーン04

作者:健速

シーン04 晴海とクランの秘密



 晴海(はるみ)とクランの入れ替わり計画はシンプルだった。まずクランが立体映像と合成音声を用意し、それぞれの姿と声を変更する。身体の外側に立体映像の着ぐるみを着るという表現が、一番感覚的に近いだろう。そしてそこでどうしても生じてくる不自然さを、晴海の魔法で和らげる。しっかりした幻覚魔法を使う程ではなく、感覚をややぼやけさせる程度なので、魔力は長続きする。あとは孝太郎(こうたろう)の勘がどこまで鋭いかが問題だろう。二人の変装は完璧に近いが、孝太郎が不審に思って霊視をしてしまうとそれまでだった。

「ベルトリオンは別に鈍いという訳ではありませんから、要注意ですわね」

 晴海の姿と声をしたクランが、両手を腰に当てて厳しい表情でドアを見つめる。それは皇宮の中にあるゲストハウス、そのリビングルームの入り口のドア。スケジュール表によれば今日の仕事は終わっている筈なので、ドアの向こうには孝太郎がいる筈だった。

「逆に隠したい事に気付いてしまう時もありますよね」

 クランの姿をした晴海は、メガネの位置を直しながら頷いた。使い慣れないメガネがしっくりこないのだ。メガネのような小物は立体映像にすると処理の複雑化に繋がるので、晴海はクランから本物を借りた。だからメガネの扱いを間違うと孝太郎に気付かれてしまうので注意が必要だった。

「なるべく試してみたい事は急いだ方が良いと思いますわ。不自然さが出ない範囲で」
「私はそういう決断は遅い方です。踏ん切りがつかないというか………」
「それはわたくしもですわ。しかし今回ばかりは頑張らない事には、折角の機会を失いますもの」
「………がんばります」

 二人が姿を入れ替えた理由は、それぞれの視点や立場を体験する為だった。そうする事で、どうして孝太郎との関係に違いが出るのか、その理由を掴もうというのだ。理由を掴む為には攻めの姿勢が必要だが、気付かれるほど攻めてもまずい。だからといって攻めなければ入れ替わった意味がない。ここは姿が入れ替わっている事を心の支えにして、頑張るべき局面だった。

「そろそろ行きますわよ、ハルミ―――って、違いますわね。そろそろ行きましょう、クランさん」
「は、はい。では早速―――」
「駄目ですよ、クランさん。クランさんは普通ノックはしないんです」
「そ、そうでしたわね。じゃあ………」

 覚悟を決めた二人は無造作にドアを開け、孝太郎がいる部屋に入っていく。まだ何もしていないのだからバレる心配はないのだが、二人の心臓はドキドキと高鳴っている。それはバレると困るという心配だけでなく、本当に欲しいものを体験できる事が嬉しいからでもあった。



 晴海がクランと二人で歩く時は、クランの真横かやや後ろを歩くのが普通だ。これは高い地位にあるクランを重んじての事だ。きちんと礼儀を教えられて育ったので、晴海はクランを友達だと思いつつもフォルトーゼでの地位を尊重する。最近はクランの要望で真横にいる事が多いが、前に立つ事は(ほとん)どない。だから晴海がクランを先導して歩いているのは非常に珍しい状況だった。

「………何だか(おそ)(おお)い気がするんですけれど」
「今更何を言っているんですか! ホラッ、ベル―――おほんおほんっ、サトミ君がこっちを向きますよ!」

 思っていた通り、部屋には孝太郎の姿があった。孝太郎は一人でソファーに座り、テレビ―――に相当する大型端末―――を眺めている。他には誰の姿もない。晴海とクランの要請で、他の少女達にはしばらく席を外して貰っているのだ。その対価はこの時の部屋の様子を中継して全て見せる事。実は他の少女達も、今のこの部屋の様子を固唾(かたず)を呑んで見守っているのだった。

「おう、お前と先輩だけか」

 孝太郎はソファーに座ったまま振り返り、クランの姿をした晴海に視線を向ける。すると晴海は早速いつもとの違いに気が付いた。

 ―――やっぱり、目が少し違う………ふふふっ、里見(さとみ)君ったら、クランさんの事はいつもこんな風に見ているのね………。

 気付いた違いは、孝太郎の目の奥にある輝きだった。晴海が知っているのは、もっと柔らかく優しい光。言ってみれば春先の日差しのような輝きだった。しかし今、クランの姿をした晴海に向けられている輝きは、真夏の日差しを思わせる元気で強いものだ。その強い日差しに焼かれる事を望む晴海だから、思わずにっこりと笑顔が零れてしまった。

「お前急にどうした? 一人でにやにや笑って」
「あっ………」

 晴海が笑えば、身体を覆っているクランの立体映像も笑顔になる。孝太郎にしてみればクランが部屋に入って来て急に笑い始めた訳なので、首を傾げざるを得ない。これがゆりかや早苗(さなえ)であれば、不思議でも何でもなかったのだろうが。

「なっ、なんでもないで………えと、なんでもありませんわ! わたくしにも機嫌がいい日ぐらい、ありますのよっ!」

 晴海は必死になって取り繕う。部屋に入るなり発生した小さなトラブル。こんな事で終わりになる事だけは避けたかった。

「でもお前さっき凄い怒ってただろう?」

 もし相手が晴海であったら、ここで話は終わっていただろう。だが相手がクランであった事で、孝太郎の追求が続いてしまった。今日は朝から、孝太郎とクランはメガネを探しながら口喧嘩が絶えなかったから。

「あっ、えと、それは………」
「んん?」

 矛盾を指摘され、思わず口籠る晴海。そんな晴海のリアクションは、普段のクランと似たり寄ったりではあるのだが、やはり前後の繋がりが不自然だった。何かトラブルがあったか、それとも何か妙な事でも始めたのか。孝太郎はクランの姿―――をした晴海―――を見ながらそんな事を考え始めていた。

「そんな事よりサトミ君、ちょっと教えて欲しい事があるんですけれど」
「ああ、構いませんよ」

 しかしクランの機転が晴海の危機を救った。昔は嘘や陰謀を頼りに生きていたクランなので、真面目になった今でも晴海よりは多少こうした局面に強い。また晴海の姿に絶対的な信頼も置いていた。コンプレックスの深さが、そのまま反転して晴海の姿への信頼に繋がっていたのだ。

「ふぅ………」

 孝太郎の意識が自分の姿をしたクランに移った事で、晴海は一息つく事が出来た。孝太郎にとって晴海のお願いは最優先事項。おかげでクランの姿をした晴海への疑惑はすぐに霧散していた。

 ―――クランさんの人生って、展開が早過ぎるんじゃ………?

 クランになってみて初めて分かった事だが、クランと孝太郎の関係は実に不安定だ。あっちかと思えばこっち、こっちかと思えばそっちというように、孝太郎はクランの都合をあまり考えずに気ままに話したり行動したりしているように見える。それは今の晴海のように、気が抜けない状況が常に続くという事だった。晴海はそれを孝太郎の甘えだろうなと考えている。逆の言い方をすると、孝太郎は晴海とアライアには甘えてくれていないという事になるだろう。

 ―――この絶対的な信頼はどこから? どうして私にはこういう風に言ってくれないんだろう?

 この謎を解き明かさずには終われない。晴海はクランと話し始めた孝太郎の様子を食い入るように見つめる。これはこれでクランらしくない行動なのだが、幸いな事に孝太郎の注意はクランの方に向いており、晴海の様子には気付く事はなかった。これについては晴海本人と孝太郎の関係性に救われたという事になるだろう。

「ちょっとこっちに来て下さいますか?」
「悩み事かなんかですか?」
「うーん、そうなると思います。私の悩みではないんですけれど」

 だがそんな晴海の考えとは裏腹に、晴海の姿をしたクランは孝太郎を連れて部屋の隅に移動してしまった。晴海を除いて、二人だけで話をするつもりなのだ。後に残された晴海は多少残念に思いながらも、必要な事だろうからと思い、離れた場所から二人の様子を見守った。

「どういうことですか?」
「実は………さっきの事で、クランさんが悩んでいるんです。どうしてサトミ君が自分にきつく当たるのかって」

 クランは姿が入れ替わった事を最大限活用し、日頃疑問に思っている事を直接訪ねてしまう事にした。晴海がクランを心配しているという構図を装えば、孝太郎に不自然さを感じさせずに質問する事が可能だった。

「しまった………またそれで悩んでいたのか………」

 実は孝太郎もクランが抱えている悩みには気付いていた。以前静香に注意された事だったからだ。それ以降はなるべくクランを一人の女の子として扱うように心がけていたのだが、ここしばらくは大きな事件に気を取られて、ガードが甘くなっていた。それでどうやらクランを悩ませていたらしい―――孝太郎はここでようやくそれに気付いた。

「………やっぱり、クランさんを女の子として見るのは難しいですか?」

 晴海の顔をしたクランは、少し離れた場所に居るクランの顔をした晴海を視線で指し示しながら、孝太郎に訊きたくて訊きたくて仕方がなかった事を訊ねた。自分の本来の姿では、きっとこの質問をする勇気は湧かなかっただろう。絶対的な信頼を置いている晴海の姿だからこそ、クランはこの質問を口にする事が出来た。

「先輩、クランには絶対に秘密にして貰えますか?」
「………え、ええ。秘密にします」
「だったら話しますけど………俺は多分、寂しいんだと思います」

 孝太郎もクランの視線を追うようにして晴海を見る。この時の晴海が孝太郎達を見つめ返す姿は、クランそのものだった。

「寂しい? それはどういう事でしょう?」
「俺とあいつは成り行きで相棒のような関係を築きました。ずっとその関係のまま来たんです。だからどうしてもそのままでいて欲しいと思ってしまう。でも………本当はもう、分かってるんです。あいつも女の子なんだって」

 何度となく不満を抱えたクランとの衝突があった。その事で、(しず)()やキリハに(さと)された事もあった。だから孝太郎にももう分かっているのだ。クランも一人の女の子で、このままでは駄目なんだと。

「あいつは一人の女の子として、本気で俺を好きになってくれた。この間の戦いでは俺の為に命を捧げる覚悟までしてくれた。それが出来るぐらいに、俺を好きになってくれたんです」

 クランは他の少女達と共に、シグナルティンとサグラティンを復活させる為に自分の命を際限なく使う覚悟をした。実際に使った命は僅かだったのだが、それはあくまで結果論だ。あの時点でクランは孝太郎の為になら死んでもいいと明確に意思を示した。幾ら孝太郎であっても、そこまでの覚悟を無視する事は出来ない。孝太郎はそれがクランからの明確な愛情の表明であると分かっていたのだ。

「無視する訳にはいかない。でも俺は、以前のクランも好きだったんです」
「えっ………」
「最初は世間知らずで身勝手だったけど、徐々に自分の未熟さに気付いて。そこから先は不器用ながらも自分を変えようと必死で………俺もそういうところがあったから、親近感が湧いたんだと思います。そのまま頑張って欲しい、幸せになって欲しいって」

 孝太郎は幼年期に、他人を拒絶していた時期があった。そこから抜け出す為に孝太郎は多くの努力を要した。だからクランが自身の欠点に気付き、一人ぼっちの世界から抜け出そうと必死になる姿は無視する事が出来なかった。彼女が変わり始めた時から、孝太郎はクランが好きだったのだ。そして孝太郎が賢治にして貰った事を、クランにしてあげていた。馬鹿にしながらも世話を焼き、決して見捨てなかった。孝太郎は女の子どうこうではなく、その方法しか知らなかったのだ。

「だからもう少しだけ、もうちょっとだけ、そんな風に考えてしまうんだと思います。大家さんには、甘え過ぎだと言われてしまいそうですけれど………」

 今のクランは一人ではない。また一人の女性として完成しつつある。だが孝太郎はかつての彼女にも消えて欲しくないのだ。欲張り、甘え過ぎ、言い方は様々だが、かつての彼女が消えてなくなる事が寂しいのだった

「………そんな………じゃあ、扱いがどうこう悩む必要なんてどこにも………」

 それはクランにとって予想外の告白だった。クランの悩みは全くの杞憂。かつても今も変わらず愛されていて、孝太郎はその両方を求めていたのだ。

 ―――ベルトリオンは、わたくしの優れた部分だけでなく、全てを求めて………。

 それは矛盾した願望であり、だからこそクランの扱いが雑になる。単純な照れ隠しや誤魔化しというだけでなく、彼女のかつてのリアクションを引き出す為には、どうしても必要な事だったのだ。

「良いんじゃないですか、それなら」
「先輩………」
「そういう事情なら、仕方がないでしょう。私の方から上手く言っておきます」
「助かります、先輩」
「ふふふ、では早速っ」

 晴海の姿をしたクランは素早く孝太郎に背を向け、クランの姿をした晴海に向かって走っていく。中身が入れ替わっているので、実のところ話は必要ない。クランが走っていったのは、このまま孝太郎と二人きりで向き合っていたら、変装を解いて抱き着いてしまいそうだったからだ。クランは一人の女の子として、孝太郎のわがままを受け入れてやりたいと思っていたから、一度離れる必要があるのだった。



 晴海とクランはしばらく何事かを話し合っていた。その途中、何度も繰り返し二人の視線が孝太郎の方を向いた。そんな事が数分間続いた後、今度はクラン―――の姿をした晴海―――が孝太郎のところへやって来た。目的はやはり、本来の姿では訊けない事を訊く為だった。

「………ベルトリオン、何だか良く分かりませんけど………ハルミが絶対に大丈夫だというから、ハルミの顔に免じて許します」
「お前がメガネをなくしたっていうから手伝ってやったのに、許すも何もないだろう」

 孝太郎の大きな手が晴海の頭の上に乗る。そしてその手は強い力で晴海の頭にぐりぐりと圧力を加え始めた。

「いたたたっ、痛いですわっ!」
「そりゃそうだ。反省を促すべく痛くしてるんだから」

 それは暴力と言う程ではない、ちょっとしたお仕置きだ。孝太郎とクランの間では日常的なやりとりなのだが、晴海にとっては初めての経験だった。

 ―――いいなぁ、クランさんは………こんなスキンシップを毎日………。

 孝太郎は上下関係に厳しい体育会系の発想を持つ。その為、晴海に対してはこういう事は決してしない。だからこの初めての体験に晴海は心躍らせ、同時に(うらや)ましいという気持ちが募った。

「………ん? お前、どっか痛くしたか?」

 しかしそれは普段のクランの反応とは違っている。普段のクランであれば馬鹿にするなと言ったり、手の下から抜け出そうとしたりする。じっと動かずされるがままになったりはしないのだ。だから孝太郎は心配になってクランの―――姿をした晴海の―――顔を覗き込んだ。

「いっ、いえっ、大丈夫ですわ! ちょっと考え事をしていただけですの!」

 晴海は慌ててそう言い繕うと、孝太郎の手の下から抜け出す。個人的にはもっとやって欲しいのだが、そういう訳にもいかなかった。

「考え事?」
「え、えっと………」

 苦し紛れの言い訳に、きちんとした理由などない。今度はそこを追求されて困った事になってしまっていた。

 ―――そうだ、丁度良いからあれを言えばいいんじゃないかな………。

 だがこの時は本当に気になっている事があったので、晴海は素直にそれを口にしてみる事にした。いい機会だった。

「実は晴海も悩んでいるようですの。あなたが晴海を大事にし過ぎるって」
「実際大事なんだよ」
「そういう意味ではなく………大事でもティアミリスさんやわたくしには無茶苦茶しますでしょう?」
「お前らは多少手荒に扱っても壊れないからな」
「晴海もそうですわ! ともかく、晴海の方はそういう事に悩んでいるようですの。大事にされ過ぎて、楽しい事が少なくなっているんじゃないかと」

 クランの姿をした晴海が、自分の悩みを直接孝太郎にぶつける。先程とはちょうど逆の構図だった。晴海の悩みを聞かされた孝太郎は、腕組みをして考え込む。自分が晴海をどう扱っているのか―――意識的にやっている事ではないので、自分の行動を振り返るには少し時間が必要だった。

「………確かにその傾向はあるかもしれないな」

 たっぷり数十秒考えた後、孝太郎はそう結論した。思い返してみると、自分でも晴海の事はかなり大事にしていると感じられたのだ。

「そうでしょう?」
桜庭(さくらば)先輩は身体が弱かったし、性格はおっとりしていて、しかも尊敬できる人だ。俺にとっては、手荒に扱う理由が全くない人だったんだ」

 孝太郎が晴海を大事にする一番の理由は、尊敬できる人だという事だろう。晴海は引っ込み思案な所はあるが、ものの考え方などがしっかりしていて、しかも優しい。合理的な正しい答えはキリハが出すが、人の和を保ったままでの最良の答えは晴海が出す。同好会の会長として人を率いる上で、理想的な人物と言えるのではないだろうか。それを生来の身体の弱さや、性格的に穏やかという点が後押しし、孝太郎は彼女を大事にする訳なのだった。

「それに桜庭先輩の中にはアライア陛下がいる。あの方は特別だよ、やっぱり」
「………コータロー様………」

 晴海の口から、思わずクランとしてではない言葉が漏れる。孝太郎の言葉にアライアの部分が強く反応していた。

 ―――やはりわたくしの存在がハルミの足枷(あしかせ)になっている………。身体的な意味だけでなく、心理的にも………。

 しかしその声が小さかったおかげで、孝太郎の耳には届かなかった。だが仮に届いていても孝太郎が気付いたかどうかは微妙な所だ。この時孝太郎は難しい表情で考え込んでいたのだ。

「でも晴海はそれを寂しいと思っていますのよ。あなたの先輩という役割だけでは、足りなくなってしまったというか………」
「そうだよなあ………多分、みんなそういう事なんだよなぁ………」

 悩める孝太郎はそう言いながら頭を掻く。クランの悩みと晴海の悩みは、本質的に同じものだ。感情面の変化に伴って、人間関係にも変化が必要になったのだ。だが孝太郎はそれを長い間そのままにしてきた。それが自分のわがままであった事は、流石に孝太郎にも自覚がある。だから孝太郎は、それから数分間悩みに悩み、その上で決断した。

「………仕方ない」
「さと………おほんっ、ベルトリオン?」
「ちょっと待ってくれ。………桜庭先輩、こっちに来て下さい!」

 孝太郎は晴海―――の姿をしたクラン―――を呼ぶ。

「はーい?」

 すると軽く首を傾げながらクランが走って来る。何事か理解出来ていないのだ。

「何ですか?」
「先輩、クランの横に立って」
「はぁ………」
「クラン、もうちょい先輩に寄れ」
「こんな感じでして?」
「うん、まあ………そんなところかな」

 晴海とクランは孝太郎の行動の意味が分からず、並んだ格好のまま不思議そうに顔を見合わせる。それから答えを求めて孝太郎の顔を見た時、そこに意外なものを見た。孝太郎の顔が照れ臭そうに赤くなっていたのだ。そしてそれに気付いた二人が再び顔を見合わせた時、それが起こった。

「あー………ちょっと失礼」
「あらっ?」
「ええぇっ!?」

 晴海とクランは驚愕した。顔を見合わせた二人の視線を遮るように、孝太郎の顔が現れたのだ。この時孝太郎は、右腕で晴海を、左腕でクランを、それぞれに抱き締めていた。それこそが悩みに悩んだ末の、孝太郎の結論だった。

「あのー………ですね。二人の悩みは承知しております。もう今までのままではいけないだろうな、という事も分かっております。改善策を検討中ですが急には難しいので、今のところはその………これで許しては貰えませんでしょうか?」

 命懸けで愛情を示した人間に対して、何も応えずにそれまでのままで居ろというのは傲慢だろう。しかもそれ以前から大分我慢して貰っていたのだ。とはいえすぐに対応が難しい部分でもある。そこで今でも可能なぎりぎりのところまで気持ちを示し、正直に待っていて欲しいと告げた。それが今の孝太郎に出来る、最大限の譲歩だった。

「………クランさん」

 孝太郎の意図を理解した晴海は、そこでクランの名を呼んだ。同時に右手でクランの左手を握り締める。

「ハルミ………ええ」

 それが何を意味しているのかを悟り、クランはその手を強く握り返した。それから二人は同時に、これまで変装の為にやっていた事を終了させた。すると二人は孝太郎の腕の中で元の姿を取り戻す。二人にはもう、変装は必要なかった。

「………あと、出来ればこの事はしばらく忘れていて欲しいなー、などと思ったりしています」

 孝太郎は二人の姿が元に戻り、結果として左右が入れ替わった事には気付かなかった。視線は壁に向いていたし、頭の中は今やっている事に集中していて、それどころではなかったのだ。

「ハルミ、どうしましょうか?」
「そうですねぇ、里見君の態度次第ですかねぇ」
「………じゃあ、こんな感じで」

 孝太郎は両腕に強い力を込めた。二人が多少痛みを感じてしまう程に。だがそれは晴海とクラン、双方が望んでいる事。大切にされながら手荒に扱われる事、それを同時に満たす唯一の手段だった。

「足りませんよ、これぐらいじゃ」
「これくらいしないといけませんわね」

 ちゅっ

 だが少女達はそれだけでは満足しなかった。これ以上ないというくらいの近距離、そして気持ちが繋がっている状況を最大限活用して、自身の唇を孝太郎の頬に押し付けた。この機会を逃せば、きっとそうする勇気が湧かなくなると思うから。

「………あ、あのぉ、いきなりそれは敷居が高過ぎませんかね?」
「これぐらいで動揺してどうするんですか」
「そうですわ。慣れて頂きませんと」

 二人は多少、大胆過ぎたとは思っている。だが、これを求めているのは事実なのだ。そして孝太郎には動揺する暇はなく、慣れていくしかない事もまた事実。何故ならキスをしたのは晴海とクランの二人だけだが、あと七人の少女がモニター越しにこの状況を見つめているから。だから二人は確信していた。ほんの数秒後にはドアが弾け飛び、少女達による怒涛(どとう)の攻勢が始まるに違いない、と。



   ◆◆◆次回更新は10月6日(金)予定です◆◆◆

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