第17編 ティア&ルース 『ティアとルースの旅路』 シーン02

作者:健速

シーン02 地球の仲間達



 ティアとルースが地球へやって来たのは、ティアに課せられた皇族の試練を達成する為だった。フォルトーゼの皇族には一定の年齢に達した時に試練を受けるしきたりがある。この試練を達成する事で、皇位継承権者として認められるのだ。簡単に言うと、皇族独自の成人の儀式と言えるだろう。ティアはその為に地球へ向かい、ルースはその護衛として付き従った。だから当時のティアが考えていた事は、さっさと片付けてフォルトーゼへ帰ろうという事だけだった。

「母上はフォルトーゼで孤軍奮闘。じゃからわらわは母上の為に、試練を早々に片付けてフォルトーゼへ帰らねばならなかった」
「お気持ちはお察し致します」
「もっとも………あの時のわらわが帰ったところで、母上の足を引っ張るのが関の山じゃったがのう」
「そんな事は―――」
「ある。自分の事は自分が一番良く分かっておる。あの頃の狭量(きょうりょう)なわらわでは、すぐに挑発に乗ったり騙されたりと、母上にとってマイナス要素にしかならんのは明らかじゃ」

 ピッ

 自嘲気味に笑うティアがコンピューターを操作すると、二人が見つめている画面に二年程前のティアの姿が映る。画面の中の彼女は宇宙用の大規模破壊兵器―――反物質砲を持ち出し、高笑いしながら孝太郎(こうたろう)達を吹き飛ばそうとしていた。家臣にしなければならない相手に対してすらこの始末なので、敵対的な人間が現れたらどうなるのかは言うまでもないだろう。

「しかし殿下は思い留まられました」
「あくまでそなたに止められたからじゃ。自分から武器を引いたからではない」

 ピッ

 映像が切り替わる。新たに表示されたのは、ルースが真剣な顔でティアに呼びかけている姿だった。ルースは普段温厚で控え目だが、この時ばかりは黙っていられなかった。放っておけばティアの試練が失敗するだけでなく、地球が滅んでしまう。命に代えても止めねばならない局面だった。そしてルースの必死の説得によって、ティアは武器を収めた。つまりルースが居たからこそ今がある、という事になるのだった。

「それに完全に納得した訳でもないからのう」

 ピッ

 武器を収めた後もティアは(ふく)れっ(つら)でそっぽを向いていた。この時孝太郎達に事情を説明していたのはルースであり、ティアはただ苛立(いらだ)っていただけだった。

「本当はわらわが説明せねばならんかったのに………情けない………」

 試練を受けているのはティアだ。一〇六号室を支配し、孝太郎を家臣にする必要があるのもティアだ。ルースが説明した方が良いような、技術的に複雑な部分があるという訳でもない。なのに実際に話をしているのはルースであり、ティアはその後ろでただ不貞腐(ふてくさ)れている。それは王者の姿からは程遠いという事を、当時のティアはまるで理解していなかった。二年後の今になると、それが情けなくて涙が出そうだった。

「その結果がこうじゃ。シズカにボコボコにされて、這いつくばらされた。原始人と見下しておった人々に鼻っ柱を叩き折られたのじゃ。いい気味じゃ」

 再び映像が切り替わり、瞳を剣呑(けんのん)な色に輝かせた(しず)()が六畳間へ突入していく。ころな荘の大家である静香は、(おも)()りや協調性を少しも見せようとしないティア達に激怒。身に着けた空手の技と内在する巨竜の力で騒動を一方的に鎮圧した。倒されたのは自分であるにもかかわらず、ティアはこの静香の大活躍にご機嫌だった。それはティアが、可能であれば過去に戻って自分自身をボコボコにしたいと思っているからだった。

「見れば見る程、母上がわらわをコータローの元へ送ったのは正しい。コータローに守って貰わねば、簡単にヴァンダリオンの思うままに利用されていたじゃろう」

 ティアは表向きはしきたりに従って地球へ行った訳なのだが、実は母親のエルファリアが裏から手を回して狙って孝太郎のところへ送り込まれている。これはエルファリアが困難な改革に挑む上で、一番の弱点である娘のティアを守る為の措置(そち)だった。当初にそう言われていたらティアは反発しただろうが、今のティアには妥当な措置だと思えた。

「ですが、この敗北をきっかけに殿下は変わり始めました」
「逆立ちしても勝てぬ相手が現れた。戦い以外の解決法が必要になった。………追い詰められてようやくじゃ。未熟者め」

 得意の暴力に訴えれば静香に倒される。だからティアは誰もが納得出来る方法で勝つ必要があった。そして納得の為の条件として選ばれたのが日課のゲームだった。ゲームによる勝負を繰り返し、全員の持ち点を全て奪ったものが一〇六号室を手に入れる。自然と他人との対話が必要となり、それがティアの認識を変化させていった。

「結果として殿下は他人への理解を深め、思い遣るようになっていく訳ですから、わたくは殿下の成長を感じて毎日が楽しかったです」
何時(いつ)からじゃ?」
「はい?」

 ティアの問いはあまりに漠然とし過ぎていたので、ルースは首を傾げた。それは本来なら皇女に向ける表情ではないが、ルースがティアを幼馴染みだと思えばこそ、時折顔を出す表情だった。そしてだからこそ、ティアは微笑んだ。

「そなたは何時から、わらわが試練を果たせると思うようになった?」
「夏………サナエ様がゴーストハンター達にさらわれた時でしょうか。はっきりと確信したのはあの頃だと思います」

 ティアはあの時、自らの心が命じるままに早苗(さなえ)を助けに行った。本来は早苗を積極的に助ける必要はなかった(はず)だ。一〇六号室を巡るライバルであったのだから。それはティアが立派な皇族としての一歩を踏み出した瞬間であっただろう。

「ぼんやりとだと何時からじゃ?」
「殿下や皆様の間に流れる空気が変わり始めた、障害物マラソンの後ぐらい………でしょうか」

 変化の(きざ)しは夏の前に既に表れていた。生まれや身分とは関係ない、完全な意味での対等なライバルの出現。そしてライバルとの最初の大きな決戦が障害物マラソンだった。その決戦を通じて、ティアとライバル達は少しだけ歩み寄った。ルースはそれをきちんと感じ取っていたのだ。

「殿下は生まれて初めて対等な人達と出会い、戦いながらも友達と呼べる人々を見付けたのではないかと………」

 駆け引きとはいえ、他人の気持ちを想像する毎日がティアの心に変化を生じさせ、結果的に彼女を早苗の救出へ向かわせる事になる。それはティアがルース以外に初めて感じた、友情や仲間意識だったのだろう。

「確かに………そなた以外では、初めて出来た友達であったかもしれぬの」
「大変素晴らしい事でございます」
「友達という意味なら、そなたもそうであったのではないか?」
「………確かに、そうかもしれません。フォルトーゼにいる間は、わたくしが未熟であった事もあって、(ほとん)ど全ての人間に疑惑の目を向けざるを得ませんでしたから………」

 実はルースもティアと似たような状況にあった。もしルースが一人きりであれば、フォルトーゼでも友達を作れたのかもしれない。だが彼女には皇女であるティアを守るという非常に重い任務があったので、簡単に他人を信じる訳にはいかなかった。だから間違いなくフォルトーゼとは利害関係がない―――その時点ではそう考えるしかなかっただけではあるが―――地球の人間との出会いは、ルースにとっても友達が出来るきっかけであったのだった。

「そなたが自己主張をするようになっていったのも、地球へやって来てからではないかのう?」

 ティアの視点だと、ルースの変化は友達に関するものだけではなかった。実は地球へやってきてから、ルースは自分の意見を積極的に言うようになっていたのだ。それまではティアの邪魔にならないように陰から守ってくれていた印象だった。

「そうなのですか? 自分ではよく分からないのですが………」

 ルースの方はその変化を自覚しておらず、不思議そうにしていた。自分ではずっと同じようにしているつもりだったのだ。

「うむ。じゃが当然かもしれんのう。友達には自然と自分を出す訳じゃからの」
「言われてみれば、確かにそのような気も致します」

 多数の意見の整理と調整には、どうしても自主的な発言が必要となる。だから友達が増えればどうしても自分の意見を言う必要が出てくるというのは、ルースの感覚的にもしっくりくる。ルースは軽く目を細めて頷いた。

「………加えて、好きになり始めている人間にカブトムシの木と間違われれば、主張したくもなろう………」

 実のところ、ティアはルースの変化の原因はカブトムシ問題にもあると考えている。好きになりかけている相手にカブトムシ以下だと思われているなら、そこから抜け出す為にアピールが必要なのは自明の理だろう。

「はい? 今なんと仰いましたか?」
「あー、いや………そうじゃ、わらわとそなたの変化には、やはりコータローとの出会いが一番大きく影響していると言ったのじゃ」

 ティアは巧妙(こうみょう)にカブトムシへの言及をかわしつつ、同じ内容を別の言い方に置き換えた。幸いその表現はルースの感覚に上手くフィットし、彼女は笑顔で大きく頷いた。

「ふふ、わたくしもそう思います。実際、わたくしはおやかたさまの事を一番最初に信じた気が致します」
「わらわは………うむ、やはりあやつが最初であったように思う。それをはっきり自覚したのは少し後の事なのじゃが」

 孝太郎はティアにとって家臣にすべき相手であったのだが、言ってみればその他大勢の中の一人でしかなかった。しかし家臣にすべき人間の中では唯一、フォルトーゼとの利害関係がない人間だった。その為しがらみを気にする必要がなく、ただ目の前の人間を評価するだけで良かった。対立し、(ののし)()い、殴り合う中で、ティアは生まれて初めて他人と正面から向き合う事が出来た。そしてその事がやがて、ティアの成長のきっかけとなっていくのだった。

「わたくしは殿下の変化を感じて、おやかたさまに賭ける事にしました。頭を空っぽにして殿下と殴り合える人材など奇跡以外の何物でもありませんから」
「それは何時頃の話じゃ?」
「殿下と大して変わりません。それこそ皆様と海水浴に行った頃です」

 やがて二人の話は自分達がどのように変化したのかという事から、その変化に一番大きな影響を及ぼした孝太郎の事へシフトしていく。そしてそれこそが、フォルトーゼの国民が一番知りたいと思っている部分でもあるのだった。



   ◆◆◆次回更新は10月20日(金)予定です◆◆◆

作品応援ボタン(1日1回)応援コメントを書く