第17編 ティア&ルース 『ティアとルースの旅路』 シーン03

作者:健速

シーン03 孝太郎とのあれこれ



 ティアとルース、二人の成長を語る上で避けて通れないのが孝太郎(こうたろう)の話だった。そしてそれは国民が一番知りたい部分でもある。むしろこの話を国民にしてやる為にこそ、事前にティアとルースの話をする必要があったのだ。

「………情けない話じゃが、わらわは最初、あやつを原始人だと思っておった。宇宙の果てにある科学水準が低い星、そこに住む口うるさく(わめ)()らすだけの未開人とな。実際は原始人はわらわの方であったのじゃが」

 ティアは力尽くで孝太郎に忠誠を誓わせ、早々に試練を終わらせて故郷へ帰るつもりでいた。母親の事が心配で焦っていたのだ。そのせいで忠誠を誓う側、孝太郎の気持ちには無頓着(むとんちゃく)だった。結果的に自分の都合を押し付けるばかりになってしまっていた。

「冷静に思い返してみると、確かにあの方は終始一貫しておられました。まずは相手の事情を聞いて妥協点を探り、駄目なら断固抗戦という」
「キリハなど合意の直前まで行っていたからのう。キリハ自身が慌てて方針転換を必要とするくらいに」

 無理矢理なティアとは逆に、孝太郎の方は最初からきちんとやっていた。相手の事情を聞き、可能な範囲で受け入れようとした。だがどうしても妥協出来ない場合には、徹底して抵抗する。対話と誇りをバランスよく持ち合わせていて、どちらかと言えばティアよりも孝太郎の方が文明人らしい対応をしていた。

「それでも魔法については信じられなかったようですが」
「それは仕方なかろう、何しろ魔法じゃからな。常識が邪魔をするし、ましてや話していたのがユリカじゃ。あの頃のユリカは酷かったじゃろう?」
「話している内容よりも、人が重要だった?」
「そうじゃ。だからこそ、わらわも上手くいかなかった。幾ら文明が進んでいようと、目的が正しかろうと、人を動かすのは結局人なのじゃ」

 出会ったばかりの頃、孝太郎が拒絶したのはティアとゆりかの二人。早苗(さなえ)とは休戦し、キリハとは合意の直前まで行っていた。今のティアは、その差を生んだのは人格面ではないかと思っている。確かにティアにもゆりかにも正当な事情があった。だがティアは力尽くで孝太郎を従わせようとしたし、ゆりかは自分優先の後ろ向きな言動が目立った。方向性は違っているが、どちらも信頼に足る態度とは言えない。要するに、ティアもゆりかも内面的には原始人だったのだ。

「幸いわらわには文明人のルースがおった。そなたが上手く方向を修正してくれたおかげで、わらわは辛うじて破滅を(まぬが)れたのじゃ」
「そんな事は―――」
「事実じゃろう。『ルースさんの顔に免じて』―――あやつは何度もそう言っていた。一番信用がないわらわに、一番信用があるそなたが味方をしてくれたからこそ、今こうして笑い話として話せる。そうでなければ今頃どうなっていた事か」

 ルースは普段大人しいが、本当に重要な局面でティアが間違いそうになった時だけは、断固とした態度で止めようとした。何度も激突しながらもティアと孝太郎の関係が崩壊しなかったのは、間違いなくルースの存在があったればこそだ。だからティアはルースに対して大きな借りがあった。

「ところでルース、そなたがコータローを信じたのは何故じゃ?」
「それは先程も申しましたが、終始一貫―――言い換えるならとても不器用な方だったからです。殿下との関係に嘘がないので、試練の結果にかかわらず最高の味方になって下さると思ったのです」
「という事は、もう最初の頃からそなたはコータローに惚れておったのじゃな」
「でっ、殿下ぁっ!?」
「そうであろう? 大真面目で責任感が強いそなたが、何とも思っておらぬ相手を最高の味方だと考える筈はない。自分かそれ以上に信用しているからこそ出てくる言葉じゃ。それはつまり好きになってしまったという事。………それを自覚したのは、もっと後かも知れぬがのう」
「で、殿下………その………はいぃ」

 ルースは顔を赤くしながらティアの言葉を肯定した。既にティアとルースの気持ちは明らかであるが、それを真正面から認めて正直に語るのはやはり照れ臭い。特に一番最初の頃の事はそうだった。

「確かに………あの方なら、わたくしと共に殿下を守って下さると、考えて………出来れば殿下にとっての青騎士に、なって下さればと………」
「出会ってそう()っておらんのに、よくそこまで信じられたものじゃの」
「殿下は分かっておられないのです。殿下があそこまで自分を(さら)()せる相手がどれだけ貴重か。殿下を一人の人間として扱ってくれる相手がどれだけ貴重か………」
「つまりそなたはわらわをダシにして、早々に理想の男を見付けた訳じゃな」
「殿下をダシにしてなんてそんなっ!? わたくしは殿下を心身ともに守って下さる男性が理想なだけですっ!!」
「………うーん、改めて聞くと、そなたは男性に対して凄まじい高望みをしていたのじゃなあ。最初から青騎士が最低ラインと言わんばかりじゃ」
「えっ、別にそんなことは………」
「今のわらわならともかく、あの頃のわらわを心身ともに守ってくれるとなると………今時の騎士には難しかろう?」

 フォルトーゼにも時代の移り変わりがあり、騎士というものに対する考え方も二千年前とは大分変化してきている。ルースが望むような騎士道精神の持ち主は大きく数を減じていたのだ。だからこそ国民は古風な騎士道の体現者である青騎士の復活を喜んだ。それは誰もが理想としつつも時代に呑まれそうになっていたものが、堂々と帰ってきてくれたからだ。ルースの考えもそこに影響を受けている。彼女の男性に対する要求は古風な騎士道だけでなく、ティアを皇族ではなく一人の人間として扱える度量も含む。それを満たす者が果たして今のフォルトーゼに存在しているのか―――ティアはそれを難しいと言っているのだった。

「………あっ………」

 改めてティアに指摘され、初めてその困難さに気付いたルースは思わず目を丸くする。ルースが自分でも言っていたように、ティアを心身ともに守れる人間は多くない。それを交際相手に求めるのであれば、恐ろしい程の高望みと言えるのだった。

「まあ………その難しい条件を満たした男が、わらわの試練の対象としてあっさり現れたのじゃから、自分の高望みに気付かんでも仕方がないがの」
「………お恥ずかしい………限りです………」

 ルースが待ち望んでいた人間があっさりと目の前に現れた。その出会いこそが奇跡であって、その先は坂を転がり落ちるかのように恋に落ちた。奇跡の出会いと必然の恋、ルースの恋愛はとても運命的なものだった。

「では………その、殿下の方はいかがだったのですか? おやかたさまを好きになったと自覚したのは、何時頃だったのでしょう?」

 ルースは話を先に進める。時間的な制約でそうする必要もあったのだが、大半の理由は自分の話題が続くと照れ臭くて困るからだった。

「それはやはり、演劇の時じゃろうな」

 ティアの方は堂々としたもので、自分が男性を好きになった経緯(けいい)も照れる事無くルースに明かす事が出来た。本人を前にしているならともかく、ティアにはルースに隠すような事は何一つなかった。

「具体的にはどのあたりですか?」
「ふむ………まずは配役でもやもやしたところからじゃろうか」

 ティアが自分の気持ちを理解するに至ったのは、ひとくくりにすると演劇という事になるのだが、厳密にはその中で幾つかの段階を経た結果だった。その最初のステップは配役を決めた時の事だった。

「ハルミをヒロインに据えたのは最高の判断じゃったろう。なにしろアライア皇女本人だった訳なのじゃからな。じゃが………練習が始まるとわらわはもやもやし始めた。何故青騎士の相手が自分ではないのか、とな」

 ティアが書いた『白銀の姫と青き騎士』の脚本。その配役を決める時点で難航したのがアライア皇女の役を誰にするのか、という問題だった。あまりに特別かつ繊細な役なので安易には決められなかったのだ。ティア自身も立候補は出来なかった程に。最終的には全員が納得して晴海(はるみ)に決まる訳なのだが、練習が始まるとティアは何かが間違っているように感じ始めた。青騎士の相手が自分ではない事が、間違いのような気がしていたのだ。これはティア自身も驚きの感情だった。

「殿下も心の奥底では分かっていたのでしょう、おやかたさまこそが求め続けた相手であると」
「そうじゃな。じゃが、わらわの場合はそなたの逆じゃ。本質的には青騎士は求めておらなんだ。言ってみれば、わらわを見てくれる、わらわの騎士が必要だったのじゃ」

 厳密にはティアは青騎士というより、孝太郎が自分を見ていない事に違和感を覚えていたのだが、彼女がそこに気付くのはもうしばらく後になる。違和感はあくまで最初のステップだった。

「わたくしも別に青騎士が必要だった訳では………」
「あれだけ厳しい条件でか? 単にそなたが青騎士以上だと確信できる者が現れたというだけではないか」
「ウッ………でっ、でもっ、青騎士かどうかとは関係なくおやかたさまを好きになったのは間違いありませんっ!」
「ふふっ、そこを疑っている訳ではない。安心せい」
「は、はい」

 ルースの場合、演劇の練習が始まった頃にはもう孝太郎に全幅(ぜんぷく)の信頼を置いていた。男性として愛し始めていたと言う事も出来るだろう。だから青騎士の生まれ変わりであればよいと夢想したりもした。今のティアはそれを良く分かっている。珍しく慌てるルースがおかしくて、ティアは微笑んでいた。

「次は文化祭の前夜祭じゃろうか。あやつめ………わらわに気を遣って、ダンスを教えてくれと言ってきたのじゃ」
「ああ………よく覚えております。楽しそうに踊ってらっしゃいましたね」
「見ておったのか!?」
「はい。体育館でお二人が踊っているのを見付けたのですが、邪魔をするべきではないと思いまして………もっともすぐに別の邪魔が入った訳ですが………」

 ルースは踊る二人の姿をよく覚えている。孝太郎が全くの素人なので、ペアとして見た場合は大して上手くないダンスだった。だがとても楽しそうだった。無防備で自由、華やかだった。

「二人だけの秘密でも何でもなかった訳か………むむぅ」
「わたくしは、あの時だったかもしれません」
「あの時とは?」
「おやかたさまこそがわたくしの待っていた人であると確信したのは」

 ルースはこれまで、ティアがルース以外にその表情をするのを見た事がなかった。だからルースは確信したのだ。これこそが自分達に必要なものであると。

「婚約騒動の時ではないのか?」
「………あっ、あの時は………わたくしもおやかたさまから愛されたいと思っていると、気付いただけで………わたくしの方はとっくに………」
「そなたの愛は複雑じゃの。ふふふっ」

 ルースの理想はティアと孝太郎が結ばれる事。だから自分の愛情は一方通行で良いと考えていた。だがエゥレクシスとの婚約話が持ち上がると、それでは嫌だと考えている自分に気付いた。ルースも本当は一方通行では駄目だったのだ。

「わらわが確信したのは、やはりあれじゃ。二度目の公演の時、あやつはクランの爆弾を斬って、しばらく姿を消しておったじゃろう?」
「はい………」
「あの時は魂が()()られたかのような喪失感があって………それで理解した。わらわにとって、孝太郎がどれほど大切な人間であるのか、という事を………」
「わたくしにも覚えがあります。立っている場所が砕け散るかの様な………」
「恐らくあの場に居合わせた者にとって、あれは自覚を促す切っ掛けとなったじゃろう。そしてわらわとそなたは演劇の題材への思い入れが深い分だけ、皆よりも影響が大きかった訳じゃな」
「はい。………思うに、あれが全ての始まりであったのではないかと」
「うむ、同感じゃ」

 ティアとルース、二人が孝太郎を好きになった経緯には大きな違いがある。だがどちらにも共通していたのが、孝太郎が青騎士かどうかにかかわらず好きになったという点だった。孝太郎が青騎士だと分かったのは、二人が孝太郎を好きになった後の事だ。二人はあくまで目の前に現れた少年に恋をしただけなのだ。普通の出逢い、普通の恋―――それはただ人のぬくもりを欲していた二人にとって、幸運な事であったのだろう。



   ◆◆◆次回更新は10月27日(金)予定です◆◆◆

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