第17編 ティア&ルース 『ティアとルースの旅路』 シーン04

作者:健速

シーン04 これからの二人



 クランの爆弾を斬った孝太郎(こうたろう)は数ヶ月間何処(どこ)かへ行っていたのだが、残されたティア達にとっては数分間でしかない。だから孝太郎が別の世界に行ってクランと協力して何とか帰ってきたという言葉をあまり重大な意味に捕らえていなかった。それが驚天動地の大冒険であったとは思ってもいなかったのだ。

「………最初に違和感を覚えたのは、コータローとクランの仲が良過ぎる事じゃった」
「ちょっと前まで戦っていた相手ですからね」
「それだけではなく、何というか………クランに対して、わらわにするような事をしていたので、そこが気になっておった。何か重大な事があったのではないかと」
「殿下は例の一件で御自身の気持ちを自覚なさった訳ですし、そういう部分に気が行くのは当然ではありますが………それを差し引いても気になる距離感だったのは、わたくしも感じておりました」

 孝太郎があえて伏せたままにした部分にティア達が注目し始めたのは、そうした小さな違和感がきっかけだった。孝太郎とクランが単に別の世界へ行っていたというだけでは説明がつかない変化があったのだ。
 ティアが最初に気付いた二人の距離感について言うなら、別の世界へ行っていたというだけでは二人が和解した原因としては弱い。クランは孝太郎と敵対を続け、自分一人で帰って来ても良かった筈なのだ。

「それに加えて、わたくしはおやかたさまのマニューバースーツの状態が気になっておりました」
「マニューバースーツ………確か前にそんな事を言っておったな」
「長期間に(わた)って戦闘を繰り返したような全身の慢性的なダメージ、装甲を焼いた超高温の火炎」

 行方不明になった時に孝太郎が着ていた鎧は、モーターや軸受けなどの可動部に大きなダメージを受けていた。それも曲がっているとか歪んでいるとかではなく、パーツ同士の接触部分が削れているような、慢性的なダメージが中心だった。また装甲に刻まれた戦闘のダメージも通常のものとは違っており、最低でも小型の機動兵器との対決を思わせるものであった。つまり鎧の状態は、機動兵器に相当する強敵を含む敵の一団と、長期間に亘って戦ってきた事を示していたのだ。

「そして極め付けは翻訳機の優先順位でした」
「優先順位?」
「はい。翻訳機が優先して調べる言語が、フォルトーゼの現代語ではなく、古代語の方を優先して調べるようになっていたのです」
「ふむ………クランと二人だけなら現代語の方が多用される(はず)だし、全く未知の世界の言語の場合は学習効果のデータベースが優先される。古代語の優先度が上位に上がってくる理由はない、か………」
「ですから、わたくしはこう仮説を立てました。おやかたさまとクラン殿下は、過去のフォルトーゼに行っていた、と。だから言えない事が多いのだと」

 ルースは孝太郎とクランの行き先が過去のフォルトーゼ、という所までは自力で辿(たど)()いていた。だが幾らなんでもそれが白銀の姫の時代であったとまでは想像出来ていなかった。しかしタイムスリップしたという所まで自力で辿り着いていたのだから、そこは褒めてやるべきだろう。

「とはいえ証拠としては弱いな。クランを追求するにはもっとパンチが必要じゃろう」
「はい。結局クラン殿下には答えて頂けませんでした。しかしわたくしが会いたいと言った時にクラン殿下が応じて下さり、しかも無事に帰らせてくれた事で、疑惑は更に深まった訳ですが」
「それは敵対する人間に対する扱いではないな。クランの側には敵対出来ない事情があった訳じゃ」
「今にして思えば、クラン殿下はおやかたさまがおやかたさまなのだと知っている訳ですから、わたくしやティア殿下に敵対する事で、青騎士と敵対する事を避けようとされたのでしょう」
「あやつも流石に、建国神話の一部とも言うべき、青騎士と白銀の姫の伝説に武器を向けるような事は出来なかったか。それに政治的に見ると青騎士は皇帝よりも強いカードと言える。われらと敵対するよりは青騎士のカードを独り占めする方が有利。加えて研究材料としても興味はあったのじゃろう。特にシグナルティンには………」

 全てを知った今になって思い返すと、孝太郎とクランに関する違和感は明らかに青騎士伝説との関連を隠そうとする事によって生じていた。だがその真実へ辿り着くには普通に情報を拾い集めるだけでは不可能で、大きな論理の飛躍が必要だった。

「隠された真実を明らかにする最後の鍵は、()しくもトラブルの中で与えられました」
「あれじゃな、そなたの婚約騒動」
「はい。殿下が危機的状況に(おちい)り、即時の救援が望めないと分かった時、おやかたさまは決断なさいました。クラン殿下に預けておられた御自身の剣を、呼び出したのです」

 ルースはその時の事を昨日の事のように覚えている。クランの『揺り籠』から転送されてきたその銀色に輝く優美な剣。その細工の細やかさや()()まれた宝石などから、一目でそれがレプリカなどではない事が分かった。そして剣に刻まれた雪の結晶―――アライアの紋章。それは贋作(がんさく)ではない、本物のアライアの剣であるという事。その条件を満たした剣はフォルトーゼの歴史上に一つしか存在していない。

「………シグナルティン、か」
「はい。秘密を守る為にわたくしと殿下を見殺しには出来ない………実にあの方らしい決断でした」

 ピッ

 ルースがコンピューターを操作すると、その時の映像が立体映像として表示された。それは孝太郎がクランから預かった腕輪が記録していたものなので、ルースの記憶とは孝太郎と敵の位置関係が少し違っている。だが違うのはそれだけで、彼女の記憶と寸分違わぬ動きで、孝太郎は空中に開いた時空の穴から銀色に輝く剣を引き抜いた。そしてその切っ先を数人の敵へ向ける。その堂々たる姿は正しく伝説の騎士そのもの。それから幾らもしないうちに、敵は全て倒されていた。

「そなたにとっては理想の展開じゃのう? 心底愛した男の正体が、伝説の青騎士だったのじゃから」
「はい。正直あの時は、喜びのあまり心臓が爆発して死んでしまいそうでした………」

 ルースは今になっても、その時の事を思い返す度に涙が(あふ)れてくる。自分とティアが愛した男性に間違いはなかった。やはり騎士の中の騎士だった。そして青騎士が相手であれば、異星人であってもティアと結ばれる事は可能だろう。難しいと思っていた未来が、目の前で一気に開いた。それは世界の全てが自分達を祝福していると感じられるほどの大きな喜びだった。

「わらわはそうではなかったな………コータローが青騎士だという事は、アライア帝の騎士であるという事。わらわには喜べなかった………」

 ティアはルースとは逆だった。彼女は孝太郎の正体を知らされた時、嘆き悲しんだ。それは孝太郎がアライアを選んだと思ったからだ。青騎士はアライアの騎士。フォルトーゼに生まれたものなら誰でも知っている常識だった。

「しかしおやかたさまはちゃんとわたくしたちの元へ帰って来て下さったのですから」
「わかっておる! 今はちゃんと分かっておるのじゃ! じゃがそなたとは違ってわらわはコータローが過去の世界に居たなどとは少しも想像しておらんかった! じゃから目先の事実にだけ目が行って悲しんだのじゃっ! 馬鹿みたいなのは分かっておるっ、笑いたくば笑うがよいっ!」

 立体映像には両目からボロボロと涙を(こぼ)して泣くティアの姿が映し出されていた。この時のティアは、孝太郎はアライアを選んだのだと本気で信じていたのだ。

「決して馬鹿などとは申しません。それだけ殿下がおやかたさまを愛しておられたという証拠なのですから」
「………うぅ、わ、分かっておるならよい! 分かっておるならな!」

 ルースには何を知られても恥ずかしくないティアだが、この部分だけは恥ずかしくて仕方がなかった。無用の空回りをした事は、ティアにとって最大の失敗だ。それも愛した男性を相手に派手に空回りをした訳なので、ティアの考え方だと女性としては無様と言う他ない。ルースが笑わないでくれたのは本当にありがたかった。

「この部分は国民に公開なさいますか?」
「する訳ないじゃろうっ!!」
「とても素敵なエピソードだと思うのですが」
「それはそなただけじゃ! 青騎士との約束が信じられなかったなどと、国民に言えるものか! 削除じゃ削除!」
「もったいないですね………」
「もったいなくないっ!」

 ルースはこの部分の情報のチェックリストに非公開のマークを付けた。だがその直後、思い直して再検討のマークに変更した。そして数日後には、マークは公開のものに再度変更される事になる。やっぱり可愛いからもったいないし、情報公開は宇宙時代の超大国の務めですよねーというのがその根拠だった。



 ティアとルースが孝太郎の正体を知った後の事は、ヴァンダリオンのクーデターの話になっていくので、既に多くの情報が公開されていた。だから二人の情報の選別作業はここで一旦終了となった。いずれまたやるのだろうが、第一報としてはこれで十分だった。

「………これはどうじゃろか。似合うか?」
「お似合いでございます」
「忠誠心を二十パーセントカットすると?」
「紫もお似合いでございますが、先程の赤の方がわたくしは好きです」
「ふむ………」
「おやかたさまが青であるのは確実ですので、色の対比としても間違いないかと」

 そんな訳でティアとルースは本来やる筈だった作業に戻っていた。本来やる予定だったのはドレス選び。数日後に迫った終戦記念式典と祝賀パーティの為に、何着か用意しておく必要があったのだ。

「ふむ………基本は赤系統で行くとして、他の皇女と被った時の為に紫系統も用意しておくとしよう」
「妥当な判断かと。デザインはどう致しますか?」
「問題はそこじゃな。ふむむ………」

 フォルトーゼは大きく技術が進歩しているので、立体映像上で自由に色やデザインを組み合わせ、完成したドレスを見る事が出来る。またそれをティアの姿に重ね合わせる事も出来る。だがそれ故に多くの可能性があり、ドレス選びは難航していた。

「これは………地味過ぎるか………とはいえこっちは色々見え過ぎじゃし………ん?」

 そんな事をしている時だった。不意に、繰り返しデザイン案のページ送りを押していたティアの手が止まった。そして何故か、赤に決まった筈の色を変更する。

「………」
「殿下?」

 ぴっ

 ティアはそれを何故か自分の手元の端末だけで見ていたので、不思議に思ったルースはそのデザイン案を部屋の中央にある大型の立体映像投影装置にも表示させた。

「あっ!?」
「ああ、これは素敵なデザインでございますね」

 ルースは思わず目を細める。投影装置には純白のウェディングドレスを身に(まと)ったティアの姿が映し出されていた。金色の髪と純白のドレスが見事なコントラストを作り出しており、頭を飾るプラチナの冠と併せて華やかさを演出していた。それでいてとても裾が長いスカートが落ち着きのある雰囲気を生み出している。名のあるデザイナーの力作である事は疑いないだろう。

「お召しになられますか?」
「こっ、こんなもので式典に出られるものかっ!」

 ティアは慌てた様子で映像を消すと、それまでやっていた作業を再開した。だがそのぽちぽちとページ送りを押す姿には、これまでとは少し違う雰囲気がある。いつもの尖った攻撃的な雰囲気が抑え気味となり、柔らかく包み込むような優しい雰囲気が増している。ティアはウェディングドレスを意識してしまった事で、いつもより色気というか、女の子らしさが前面に出てきていた。

「パーティの余興でお召しになればよろしいかと」
「いやじゃ」
「何故ですか?」
「本番の感動が薄れるからいやじゃ」
「それでは仕方がありませんね。ふふふ………」

 本番―――それはティアの結婚式。結婚相手にはその時に着たウェディングドレスの事を、ずっと覚えていて貰いたい。だから余興で着て印象を薄めるような事はしたくない。それは実に女の子らしい事情であったので、ルースはそれ以上勧めはしなかった。

「そんな事より、そなたも早くドレスを選ばぬか!」
「わたくしも………でございますか?」

 思わぬ言葉に、ルースは目を丸くする。彼女はこの時、自分がドレスで着飾る必要性を感じていなかったのだ。

「おう! わらわの事ばかりやっておる暇など無いぞ!」
「しかしわたくしは騎士ですし、式典には礼装で出る事になるのでは?」

 ルースはティアの護衛であり、後にサトミ騎士団の副団長に就任した。彼女は常に脇役であり、式典やパーティでは騎士として家臣として護衛を担当するのが筋だった。

「………そなた、われらの未来の夫に恥をかかせるつもりか?」
「っ!?」
「まさか最愛の男に、礼装の堅物女を従えて一日過ごさせるつもりでおるのか?」
「………」

 ルースは沈黙した。式典とパーティには、騎士ではなく女の子としてのルースの方が必要なのではないか。ティアの言葉はルースの胸に深く突き刺さった。そしてルースは一度自身の額に触れてから、真正面からティアの瞳を覗き込んだ。

「殿下! わたくしに似合うドレスを御教授下さい! わたくしは可憐な乙女である必要がございます!」
「よく言った! それでよいのじゃっ!」

 ルースの瞳には強い光が宿っている。その光の出所は深い愛と責任感。最愛の人に素敵な一日を過ごして貰う為に、ルースは自らも着飾る必要性を見出していた。

「とはいえサトミ騎士団の副団長という要職にある訳ですから、必要以上に華美に走るのは避けねばなりません」
「任せておけ! 既にデザイナー達との話はついておる!」

 それから二人はしばらくの間、ああでもないこうでもないと、仲良くドレス選びを続けた。終戦記念式典とパーティは目前まで迫っている。再び訪れた平和を喜び、救国の英雄に感謝を伝え、素敵な一日を過ごして貰いたい。そこに賭ける二人の意気込みは半端ではない。二人で想い出を振り返っていた影響もあって、恐らくフォルトーゼで一、二を争う程の本気ぶりだった。

「こっ、このドレスは胸が開き過ぎでございますっ!!」
「別に良いであろう。どうせ至近距離に立つコータローにしか中身は見えぬ」
「おやかたさまに変態だと思われてしまうのがまずいのですっ!!」

 孝太郎はそんな二人に対して、ごく短い手紙を残して勝手に地球へ帰ってしまうという暴挙に出る。孝太郎は二人の事情を知らなかったし、自身にも帰った方が良いという正当な理由はあったのだが、その時の二人の心中は察するに余りあるだろう。
 だから二人は孝太郎を許さない。
 二人はどんなに汚い手段を使ってでも、孝太郎をフォルトーゼに連れ帰るつもりだった。そしてもしそれに成功したならば、彼女らがこの日に選んだドレスが日の目を見る事になるのだろう。



   ◆◆◆次回更新は12月1日(金)予定です◆◆◆

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