第18編 静香&早苗 『ころな荘大掃除!』 シーン01

作者:健速

シーン01 ころな荘の大掃除



 (しず)()がころな荘の大掃除を決断したのは、二月の半ばを過ぎた頃の事だった。本来ころな荘の大掃除は十二月に行われるのだが、今回はフォルトーゼに行っていた期間に重なって実行されていない。フォルサリアが用意した替え玉は普通の掃除はしてくれていたのだが、それだけでは静香の望む水準には届かない。ころな荘全体についた一年分の汚れを落とし、空いた部屋を綺麗にして新しい住人を迎えたい。静香のプロフェッショナル精神が如何(いかん)なく発揮され、大掃除の実行が決まったのだった。

「という訳で、助っ人を募集します。報酬は駅前のカフェでケーキ食べ放題!」

 とはいえ急な話なので、静香は助っ人を募集する事にした。一人でころな荘の大掃除をするとなると数日もかかる。だがフォルトーゼから帰ってきたばかりで、しかも年度末を目前に控えており、何日も時間はかけられない。そこで助っ人を募集する事にしたのだ。ただし静香の個人的な掃除ではなく、アパート経営という仕事の手伝いなので、ケーキ食べ放題という報酬が用意されている。それは高校生の少年少女にとって、まずまずの報酬と言えるだろう。

「やるやる! あたしやる!」
「私もやりますぅ!」

 この報酬に真っ先に飛び付いたのが早苗(さなえ)とゆりかだった。元々お菓子大好きの早苗と、食べ物が貰えるなら何でもいいゆりか。正直なところ静香は最初からこの二人に期待していたようなところがあった。

「ゆりか、その日はフォルサリアで会議がある筈だけど」
「えええぇえぇええぇぇぇぇぇっ!? そうでしたっけぇ!?」
「間違いないわよ。私も呼ばれているから」

 しかしゆりかは早々に脱落が決定した。()()が指摘した通り、ゆりかには大切な用事があった。それはフォルサリアの今後を話し合う重要な会議なので、ケーキが食べられるからと安易に休んでいい内容ではなかった。

「ウッウッ、私は無理みたいですぅ。ごめんなさい静香さぁん」
「そんなのいいのよ、ゆりかちゃん」
「だってケーキがっ」
「………そっちが残念なのね」
「心配ないって。早苗ちゃんが居ればのーぷろぶれむです」
「ふふふ、期待してるわ」

 結局、手伝いが出来るのは早苗一人だけだった。急な話だった事もあって、他の面々は用事があったりアルバイトがあったりと、既にスケジュールが埋まっていた。だが静香は落胆していない。状況的に一人でも助っ人が見付かれば御の字だと考えていたのだ。それにその一人が早苗であれば文句はない。実は早苗は大掃除がとても得意なのだった。



 問題の大掃除は日曜日に決行された。大掃除する場所はころな荘の屋外部分と駐車場を始めとする敷地部分、そして空き部屋になっている一〇五号室だった。静香と早苗が最初に手を付けたのは屋外部分。日が傾くと寒いので、早々に片付けて屋内の掃除に移ろうという計画だった。

「早苗ちゃんはまず窓を全部拭いて、それが済んだら外壁に気になる汚れがあったらそこも綺麗にしておいてくれるかな?」
「あいあいさー!」

 任務を受領した早苗は自信たっぷりで敬礼をした。そしてバケツとぞうきんを手に、軽快な足取りで走っていく。終わればケーキが待っているので早苗の士気は高い。彼女を見送る静香はそれを頼もしく思っていた。

「よっとっとっ」

 早苗は危なげない足取りで脚立を登り、まずは二階の窓を拭き始めた。彼女の動きには迷いがなく、汚れていた窓はみるみる綺麗になっていく。また高い場所の作業に戸惑っている様子もない。それは静香が期待した通りの見事な働きぶりだった。

「ふんふ~、ふんふ~♪」
「流石ねぇ、早苗ちゃんは………」

 実は早苗が掃除を得意としている事には、彼女が持って生まれた霊能力が大きく影響している。人間が掃除をすればその部分に思念が残留する。裏を返せば思念が残留していない部分こそが大掃除の対象となる部分、という事になる。早苗はそれを視覚化して捉える事が出来るので、別段静香が指示をしなくても勝手に汚れを見付けて掃除してくれる。問題は熱意にムラがある事だが、ケーキという分かり易い報酬がそのムラを消してくれていた。また霊能力のおかげで高い所から落ちて怪我をする心配もない。集中力がある時の早苗は、任せて安心の掃除の達人だった。だがそれでも問題はあった。

「ふふふふ~~ん♪」
「ちょ、ちょっと早苗ちゃんっ、駄目よ空なんか飛んじゃあっ!!」

 身体の小さな早苗が掃除をする場合、脚立を立てた場所によっては微妙に手が届かない事があり、その都度脚立の位置を変える必要があった。それを面倒臭がった早苗は霊能力で身体を浮かび上がらせ、その部分をゴシゴシ拭いていた。

「なんで?」
「御近所の人に見られたら大騒ぎになっちゃうわ! 降りて降りて!」
「え~~~」
「ドリンクも飲み放題にするから!」
「いいの!? じゃあ降りるー♪」

 すたっ

 幸い早苗は素直に静香の言葉に従い、脚立の上に降り立った。実は駅前のカフェのココアは早苗のお気に入りだ。深い味わいのココアと搾りたてのミルクを大量に使う製法が早苗のハートをがっちりとキャッチ。それに砂糖を大量に投入して飲むのが早苗のちょっとした贅沢だった。だからそれが飲み放題なら従わない理由はない。早苗は静香が期待した通りにせっせと働き始めた。

「………これなら大丈夫そうね」
「早苗ちゃんにお任せなのです!」
「私も負けてられないわね。よしっ!」

 早苗の働きぶりに満足した静香は、気合を入れ直して自分の持ち場へ向かった。掃除しなければならない範囲は広い。急がないと日が落ちる前に終わらせる事が出来ない。静香自身も早苗と同じように奮闘する必要があるのだった。



 午前中の静香の作業は主に掃除だったのだが、午後に入ると補修が主な作業となった。花壇のレンガが割れている部分を交換したり、取り引きがある不動産業者の看板が落ちそうになっているのを直したりと、その作業は様々。放置するところな荘の見栄えがとても悪くなるので、静香は補修作業にも力を入れていた。やはり両親の遺したころな荘は綺麗なままにしておきたいのだ。そんな静香が日暮れ間際に手掛けていたのが中庭にある木製の柵、そのペンキの塗り直しだった。

「ふふふ、何だか手馴れてきたわね………」

 静香は塗装の()げかけた部分を紙やすりで表面が滑らかになるように研磨していく。コツはやや広めに研磨する事で、そうするとこの後の作業が綺麗に仕上がる。それから静香は下地材のスプレーを吹き付けて乾燥を待ち、ハケでペンキを塗っていく。それは確かに手馴れた仕事ぶりだ。何年も繰り返して来た事で磨かれた技術だった。

「………父さんは褒めてくれるかしら、この仕上がりなら………」

 静香は再塗装をした部分を眺めつつ、六年前に亡くなった両親の事を想う。静香の父親は空手の選手だった。幸い金銭的にも恵まれており、先祖から受け継いだ土地にアパートを建てた事で家庭と選手を両立させる事が出来た。そしてそのアパート―――ころな荘の事を大切にしてきた。静香が補修の技術に通じていたのは、物心つく前から父親の手伝いをしてきたからなのだった。

「ううん、きっとまだまだって言われちゃうな。本当に大事にしてたもの………」

 祖父、曽祖父、そしてもっとずっと先の先祖達。そこから代々受け継いできた土地に建てられたアパートなので、静香の父親は本当にころな荘を大切にしていた。おかげで築二十五年を超えても堂々たる姿を保っている。明らかに十年以上は新しく見える状態だ。残念ながら今の静香には父親程の技量はない。しかしいつか同じくらい上手になりたいと願っていた。

「しーずか」
「きゃっ!?」

 そんな時、不意に背後から早苗が体当たりをしてきた。静香はその衝撃でペンキのハケを取り落としそうになる。だが衝撃がそれほど大きくなかったおかげで慌てて握り締めて難を逃れた。そして静香が自分の状況に注意を向けると、胸のあたりに早苗の腕がぐるりと回されている事に気が付いた。早苗は体当たりをしたのではなく、抱き着いて来たのだった。

「どうしたの早苗ちゃん、急に」
「えへへへへー、どうもしないよ。どうもしなかったらこーゆーのダメ?」
「駄目な事はないけど………」
「じゃあいーじゃない。うりうり」
「きゃはははははっ!!」

 早苗はそのまま静香の身体をくすぐり始めた。静香は右手にハケを持っているので早苗を止める事が出来ない。早苗にされるがままになっていた。

「もっ、もぉゆるして早苗ちゃんっ!」
「ダメー! どんどんいくぞー!」
「きゃはははははっ、だっ、だめだったらそんなとこぉっ!!」

 だが静香は気付いていた。何故早苗がこんな事をしているのか。それはきっと静香が寂しそうにしていたからだ。早苗は他人の感情に敏感なので、静香の様子に気付いてやってきたのだ。

「きゃははははっ、分かったっ、はははっ、分かったからもう許してぇっ!!」
「嘘をついても早苗ちゃんにはわかるのですっ! まだまだ許さんぞー!」

 それが分かっているから、静香は怒ったりしなかった。早苗がそういう風にしてくれる事が嬉しかったし、自分でも早く元気を取り戻したかった。だから静香は抵抗せず早苗の好きにさせた。心優しい早苗に笑顔を向けてやる為には、どうしてもそうする事が必要なのだった。



   ◆◆◆次回更新は12月8日(金)予定です◆◆◆

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