第18編 静香&早苗 『ころな荘大掃除!』 シーン02

作者:健速

シーン02 両親の想い出



 静香(しずか)の両親がホテルの火災で他界したのは、早苗(さなえ)の魂の一部が本体から剥がれ落ちて一〇六号室に出現した後の事だ。だが分離した魂が自我を目覚めさせるまでに多少の時間が必要であった為に、早苗の記憶には静香の両親の姿は残っていなかった。

「静香のパパって空手が強かったんだね?」
「あら、知ってたの?」
「ううん、ざんりゅーしねんってやつ」
「ああ、確か前にも言っていたわね」
「この胴着から凄いのが出てるから、本当に強い人か、すーぱー勘違いをしてる人のどっちかで………静香のパパだから本当に強いんだろうなあって」
「正解よ。私は最初父さんから空手を習っていたの」
「でもね、娘に良い所を見せたいとゆー執念も結構見える」
「お父さんったらっ、もう………」

 しかし早苗には霊能力がある。そのおかげで強い気持ちがこもった物を介して、静香の両親の姿を知る事が出来た。今は大掃除で使った道具を倉庫へ片付けに来たところで、偶然そこにしまってあった静香の両親の形見を見付けた。敷地の大掃除をしている間にも幾つか残留思念を見付けていたので、早苗はすぐにそれに気付いたのだった。

「ここでママが怒ってるのはなんで?」
「父さんがころな荘を掃除するのを手伝ってた時に、高い所を掃除する為に父さんが私を肩車したんだけど、そこで頭をぶつけたの」
「へー、心配してこんな怖い顔なんだね」
「それもあってね、母さんはもっと女の子らしい事をさせたいって空手には反対してた。でも父さんは空手だけで生きてきた人で、他に出来る事と言ったらアパートのお手入れぐらい。教えられる事は他になくて………」
「ママはお料理を教えたくて仕方なかったみたいだね」

 早苗は笑いながら古びたフライパンを手に取る。それは一家で住んでいた家から二〇六号室に引っ越した時、しまい込んだフライパンだった。アパートのキッチンは狭かったし一人暮らしなので、静香は小ぶりのフライパンに買い変えたのだ。

「そうなの! 父さんと母さんが何を教えるかでもめてね、意外に娘としては複雑な状況だったのよ!」
「それで結局料理と空手を両方習ったと」
「そうそう、そうなのよ! そういうとっても微妙な理由で文武両道になったの! 変でしょうっ!?」
「うん、変。凄く変」
「もー、本当に困っちゃうんだからっ」

 静香も笑顔で早苗の言葉に応えていた。当初は少し寂しい気持ちだったのだが、早苗のおかげで笑顔で話せるようになった。それに早苗は残留思念を読み取って直接過去の様子を見る事が出来るので、誰よりも静香の話を理解出来る。その事も静香を笑顔にさせる大きな原動力だった。

「ふーん。それで、娘としてはどっちがやりたかったの?」
「それが困った事に両方なのよ。空手をする父さんはかっこよかったし、料理をする母さんも素敵だったし」
「複雑なんだね」
「そーなの。でも結局それがどっちも役に立ってるから、良かったんだと思う」

 母親から受け継いだ料理の腕は自宅だけでなく一〇六号室でも度々役に立っているし、父親から受け継いだ空手の技は友人達を守る役に立っている。結果的に見て両親から受け継いだものは静香を陰に日向に活躍させている。両親の教育は正しかったのだ。

「それだけでなく、静香はころな荘も守ってる。頑張ってるよ!」
「そうかな?」
「うん。あたしは………っていうか、多分あたし達はみんなそう思ってると思う」
「ありがとう、早苗ちゃん。そう言って貰えてとっても嬉しいわ」

 ガタン

 静香は礼を言いながらバケツとぞうきんの束、中性洗剤のボトルを手に取る。そして改めて早苗と向き直った。

「さあ、そろそろ大掃除の続きをしましょう? 名残惜しいけど」
「そうだね。あんまりここに長居すると、何時まで経ってもケーキが食べられないし」

 そうして二人はもう一度笑い合うと倉庫を出た。二人の手には部屋の中を掃除する為の道具が抱えられている。二人は既に外の掃除を終えていたので、空室になっている一〇五号室へ向かう。それがこの日の大掃除で予定していた、掃除すべき最後の場所だった。



 ころな荘の一〇五号室は先日まで大学生が住んでいたのだが、春から大学院へ上がる事に決まった為にその近所へ引っ越した。時期的には引っ越しシーズンより早いのだが、そのおかげでいい部屋が見付かったとの事だった。

「どうやら煙草を吸わない人だったみたいね。この感じなら壁紙を全部貼り換える必要はなさそうだわ」

 静香は壁を拭きながら上機嫌だった。一〇五号室の壁紙はビニール加工されたものが使われていたので、表面を軽く拭いただけで本来の美しさを取り戻した。汚れがタバコの煤だったりすると厄介なのだが、幸いそういう気配はない。二カ所だけ破れている部分があるのでそこだけ業者に修繕して貰えば問題はなさそうだった。

「しききんれーきんは返さないといけないんだっけ?」
「敷金だけ、部屋の修繕費を差し引いて返すの。この感じだと半分以上返せるんじゃないかしら」
「それでも結構取るんだね?」
「あはは、業者にお願いしないといけない所ってどうしてもあるし」

 換気扇の内外についた油汚れ、風呂釜の循環系、キッチンの流し台、フローリング部分の洗浄など。掃除が得意な静香でも手が出しにくい部分はどうしてもある。お客に貸し出す部屋なので、自分なら我慢する程度の汚れも許されないのだ。

「じゃー、出来るところは自分でやって節約なんだ?」
「そういうこと。これが地味に評判に響いてくるのよ」
「プロっぽいね?」
「でしょう?」

 最終的にハウスクリーニングを入れるのだが、それでもやれる事はやっておいた方が安く済む。住人の敷金から出すお金であっても、節約しておけばアピールポイントになる。このアパートは敷金が結構帰って来るんですよ―――不動産業者としても売り込み易いのは明らかだろう。複数のアパートを経営していたりすると手間がかかって出来ないが、静香はころな荘だけだからこその武器だった。

「早苗ちゃん、お風呂とトイレの電球を換えてくれる?」
「ほいほーい。………あれ、流行りのLED電球じゃないんだね?」
「そうよ。住人が数年で入れ替わる上に、トイレとお風呂はそう長い時間をかけて使う場所じゃないから、あえてLEDにしない方が安く済んで気軽に交換できるのよ」
「へー………プロっぽいね?」
「でしょう? ふふふふっ」

 静香は早苗に手伝って貰いながら作業を進めていく。最終的に業者を入れるので、この部屋の大掃除にかかる時間はそれほど多くない。部屋に入って一時間が経過した頃には必要な作業はあらかた終了した。

「お疲れ様ー。ありがとね、早苗ちゃ―――どうしたの?」

 静香がバケツの中の水を流して六畳間に戻って来てみると、早苗が部屋の真ん中に立ってきょろきょろと辺りを見回していた。

「うん………ちょっと、思い出してたんだ。一〇六号室に一人でいた時の事を。ちょうど部屋の感じがこんなだったから」
「早苗ちゃん………」

 早苗は静香に笑顔を向けた。だが静香はその笑顔に、どこか寂しげな空気を感じ取っていた。両親を亡くした静香には、早苗の気持ちが良く分かる。早苗はひとりぼっちの空虚な部屋で、両親の帰りをひたすら待ち続けていたのだ。恐らく今の早苗は、倉庫で想い出の品を見付けた時の静香の気持ちと同じようなものを抱えている筈だった。

「うりゃっ!!」

 だから静香は何の前触れもなく早苗に抱き着いた。そしてその頼りない身体に両腕を回し、しっかりと抱き締める。先程早苗がやってくれたように。

「どうしたの、静香?」

 急な事だったので、早苗は驚いて目を何度か瞬かせる。早苗がよくやる事なのだが、自分がやられる経験はあまりない。

「どうかしないと、こういうのやっちゃ駄目?」
「そんな事ないけど」

 だから早苗が静香の意図に気付いたのは、この時の事だった。どうやら自分は軽く落ち込んでいて、気付いた静香が慰めようとしてくれているのだ、と。だが考え事をしていられたのはそこまでだった。

「それでこうだっ!」
「きゃははははははははっ!!」

 静香はさっきの仕返しとばかりに盛大に早苗をくすぐり始めた。早苗は他人をくすぐるのが好きだが、自分がくすぐられるのは滅法弱い。早苗はすぐに元気で明るい笑い声をあげ始めた。おかげであっという間に空虚な雰囲気が吹き飛ぶ。それはくすぐられたからというだけではなく、早苗が今は一人ではない事をちゃんと分かっているからだろう。

「うりうり、ここがええんかぁっ、ここがぁっ」
「にゅひょっ、きゃははははははははははっ!! や、やったなぁっ!!」

 だが早苗は負けず嫌いなので、やられたままでは居ない。自らも手を伸ばし、静香の脇腹をくすぐり始める。そこからはくすぐり合いへと移行していった。

「にゃはははははははっ、やめれっ、静香やめれっ!」
「あはははははははっ、早苗ちゃんっ、あはははっ、駄目ッ、はははははぁっ!」

 その壮絶なくすぐり合いは五分近く続いた。笑い過ぎで息が切れ、身体が重くなった事で二人はようやく動きを止めた。二人は六畳間の真ん中で大の字になって倒れていた。

「ああ、疲れた。死ぬかと思ったわ」
「笑ったぐらいじゃ死なないよぅ」
「そうね、ふふっ、ふふふふっ」
「にゃははははははっ」

 くすぐり合いは終わったのだが、二人はそのまましばらく笑い続けた。そしてその笑いが途切れた時、早苗がぽつりと呟いた。

「そういえば、静香。ちゃんと謝ってなかったね?」
「ん? 何を? 謝るような事ってあったっけ?」
「あるよう。最初過ぎて忘れてるだけだよ」

 早苗は素早く身体を起こして静香の顔を見下ろす。この時の早苗の顔は、彼女にしてはかなり真剣なものだった。

「………あのさ、一〇六号室の住人を何度も追い出してごめんね。静香のパパとママの思い出の詰まった、大事なアパートだったのに」

 それは早苗が幽霊であった頃。彼女は一〇六号室へ入居した人間を片っ端から追い出していた。それは早苗にとっては我が家を守る為の行為だったのだが、静香にしてみればその逆が起こっていた事になる。ころな荘は両親の形見でもあるから、アパートに不評が立つ事は静香には耐え難い事の筈だった。

「いいのよ、そんな事」

 静香は自らも身体を起こし、軽い調子で首を横に振った。

「でもさ………」

 しかし早苗の方はそれでは納得しない。今日の静香の様子からも分かるのだ。ころな荘が静香にとってどれだけ大事な場所なのかという事が。

「本当に良いのよ。確かに早苗ちゃんが居たせいで収入は減ってたんだけど、でも住人が追い出されて家賃が減ったからこそ里見(さとみ)君が入居してくれた。そしてみんなとも仲良くなれた。だから私には何の文句もないわ。今もころな荘は無事で、しかもお金では買えないものが沢山手に入ったんだもの」

 静香はもし早苗が住人を追い出さなかった場合の事を考えていた。その時は家賃が高過ぎて孝太郎はころな荘を選ばなかっただろう。そうなると問題は他のメンバーに限られるのだが、一〇六号室に孝太郎が居ない場合はクランと出会わないという事なので、例のタイムスリップが起こらなくなる。その場合、一〇六号室はただ別の誰かが住んでいる普通の部屋である可能性が極めて高くなる。それは静香にとって嬉しい事ではない。どうしても早苗には一〇六号室で住人を追い出して貰う必要があるのだった。

「静香………」
「お金だけ沢山あって、みんなが居ないなんて絶対に嫌よ、私は………」
「そうだね………うん。本当にそうだね………ぐすっ」

 そして早苗は静香に再び抱き着いた。だが今度はくすぐったりはしない。代わりにただ静かに涙を零した。

「ありがとう、静香」
「早苗ちゃん………」

 もしかしたら、静香もそうだったのかもしれない。だが二人はただぎゅっと抱き合っていたから、早苗には静香の様子は分からなかった。



   ◆◆◆次回更新は12月15日(金)予定です◆◆◆

作品応援ボタン(1日1回)応援コメントを書く