第18編 静香&早苗 『ころな荘大掃除!』 シーン03

作者:健速

シーン03 これまでの日々



 しばらく無言でいた二人だったが、やがて笑顔を取り戻して再びお喋りを始めた。ここまでの流れから、早苗(さなえ)静香(しずか)の話は自然と孝太郎(こうたろう)が一〇六号室へ入居したての頃の話へと移っていく。やはり家具が何もなくがらんとした一〇五号室は、その頃の一〇六号室の様子を思い出させるのだった。

「それがさぁ、孝太郎ってば来てすぐはあたしの事が見えなかったし、声も聞こえてなかったんだよ」
「あれ、そうだったの?」
「うん。だから色々と心霊現象を起こしてみたの。ラップ音とか、微妙に部屋を揺らしたりとか」

 早苗は孝太郎と出会った時の事を昨日の事のように覚えている。早苗は孝太郎を何とか部屋から追い出そうと必死になっていた。早苗はその時の事を身振り手振りを交えて懸命に静香に説明していく。そんな幼い子供のお遊戯のような動きは、静香を微笑ましい気持ちにさせた。

「でも駄目だったんだ?」
「うん。一旦寝たら全然起きないし、昼間にやっても別に怖くないし」
「幽霊としては扱い辛い男の子だったのね」
「そー、失礼しちゃうでしょ? こんなに可愛い早苗ちゃんが近くにいるのにっ」

 早苗の頑張りとは裏腹に、孝太郎は全く彼女の存在には気付かなかった。その時の事を思い出した早苗は頬を膨らませて怒る。だがその怒りは早く出ていけという当時の怒りというよりは、構って貰えなかったのは不当だという今の怒りに置き換わっていた。

「ポルター何とかで物をぶつけたりすれば分かって貰えたんじゃないかな? しなかったの?」
「………あれ? そういえばなんでだろう?」

 静香の何気ない問い。問われた早苗は首を傾げる。そうなのだ。もっと直接的に物をぶつけて、心霊現象らしさをアピールしても良かったのだ。だが当時の早苗は何故かそれをしていない。早苗自身、そこは不思議だった。

「そーか、考えてみたらあたしの力が強くなったのって孝太郎が来てからだ」
「そうなの?」
「うん。孝太郎がバイト先で頭をぶつけて帰ってきた後からかな、重いものも動かせるようになったの。孝太郎もそのへんからあたしの事が見えるようになってさ」

 孝太郎が遺跡発掘のバイトで頭を打って帰って来てから、全てが大きく変化した。孝太郎は早苗の存在を感じられるようになり、彼女は何故か絶好調でいつもより大きく力を増していた。彼女が物を動かしたり出来るようになったのは実はこの時からだった。

「ねえ早苗ちゃん、それってシグナルティンの力が働き始めたせいなんじゃない?」
「あー、そーかも!」
「海の時もそんな感じだったし」
「えへへへ、あたしはあれで孝太郎の気持ちがちょっと分かるようになったんだ」

 早苗は笑顔で胸元に手を突っ込むと、首からかけていたものを取り出す。それは『家内安全』刺繍されたお守りだった。

「孝太郎はね、口ではいろいろ言うけど、あたしに一〇六号室に居ていいって思ってくれてたんだよ」

 両手で持ったお守りを眺める早苗は幸せそうだった。かつては早苗の事を拒絶したそのお守りも、海での出来事を境に彼女を守るようになった。それ以降は一度だって拒絶された事はない。それは早苗が一人ぼっちではないと常に証明してくれている、唯一無二の宝物だった。

「………いいなぁ、早苗ちゃんはそういう物があって」
「静香だってころな荘とか一〇六号室があるじゃない。あれが一番のすーぱーあいてむだと思うけど」

 早苗はそう言いながら隣の部屋を指さす。すると静香はそちらに目をやりつつ、軽く肩を(すく)めた。

「そうだけどさあ………持ち歩けないんだもん」
「怪獣のおじちゃんに運んで貰えばいいじゃない」
『運ぼうか?』
「そっとしておいてっ!」

 考えてみれば静香は孝太郎から特別な意味があるものを貰った事がない。ちょっとしたプレゼントや他の人と同じものなら幾つかあるのだが、早苗のお守りやキリハのカードのような唯一無二の特別の品は貰っていない。それがちょっとだけ寂しい静香だった。

「じゃあ、あとで孝太郎におねだりしよ。ふたりがかりなら何とかなるよ」
「そうかな?」
「うん。孝太郎はね、一人のわがままは全然聞かないけど、何人かで言うと聞いてくれるんだよ」

 早苗は自信満々だった。今の孝太郎なら、自分達の本気のお願いなら必ず聞いてくれると信じているのだ。そして出来れば他の子達の分もついでにお願いするつもりでいた。



 早苗に早苗なりの出会いがあるように、静香にも静香なりの出会いがある。早苗は孝太郎が来るまで一〇六号室の外の事には興味を持っていなかった。だから静香が孝太郎と出会った時の事には少なからず興味があった。

「………んー、そうねぇ………真面目そうな男の子だなって気がしたわ」
「何か感じなかった? うんめー的な何か!」
「残念ながら何にも。………鈍感なのかしら?」
「そんな事ないと思うよ。あたしは追い出そうとしてたもん」

 静香にとって孝太郎は、不動産業者に案内されてきた何という事のない住人候補の一人だった。だから正直言ってその日の事は印象が薄い。正確に言うとそれ以降に起きた事の印象が強過ぎて、どうしても印象が薄まってしまっていたのだ。

『初めまして、里見(さとみ)孝太郎(こうたろう)といいます』
笠置(かさぎ)静香(しずか)です。ここの大家をやっています』

 孝太郎の服装は標準的で、言葉遣いは丁寧、静香を女の子や同い年だからって軽んじたりもしなかった。きちんと頭を下げ、大家として尊重してくれた。だからこの人なら平気だろうと判断して契約書に判子を押した。ごく当たり前の大家と住人の出会いだった。

「あたしがいるって話はしなかったの?」
「ちゃんとしたわよ。別に事故物件という訳じゃないし、本当ならしなくても良いんだけど、ウチは正直な商売がモットーだから、そういう噂がありますよって教えたの」
「そしたら孝太郎は何だって?」
「幽霊ぐらい平気だって。自信満々で契約書に判子を押したわ」

 孝太郎は生まれてから一度も幽霊を見た事がなく、出てきたら出てきたで撃退しようと考えていた。荷物の中に縁起物が多かったのはそれが理由でもあるのだ。体育会系の部活動で育って来た孝太郎らしい実に単純な考えだった。

「そう言われて静香はどう思ったの?」
「そうねぇ、そう言ってすぐ出てった人も居たから、どうなる事かって思ったわ。でも大家としては噂に終止符を打ちたい訳だから、頑張ってくれればなぁって」
「一応孝太郎の味方だったんだね」
「味方っていう意味だと、お父さんに負担をかけたくないからって言っていたから、その時から里見君の味方だったわ」
「そっか、そうだよね」

 静香にとって孝太郎が気になり始めたのは、そこからだったかもしれない。母親を亡くして父親一人で育って来た孝太郎。その孝太郎が口にした父親の負担を軽減したいという言葉に(こも)っている感情は、静香には良く分かる。それが孝太郎を多くの住人の一人から少し気になる住人へと格上げしてくれたのだった。

「じゃー、あたし達が暴れた時は? あの時も孝太郎の味方だった?」
「あの時はどうだったか………よく覚えてないわ。お部屋が壊れそうで怒ってたから、みんなの区別はしてなかったかも」
「あはははは、ごめん」
「いいのよ、ふふふ」

 今の早苗にはあの時の静香がなぜあれ程怒ったのかが良く分かる。父親と母親の形見であるころな荘で暴れるという事は、早苗が大切にしているお守りを壊そうとしているに等しい。到底許せる事ではない。立場が逆なら、早苗でもきっと同じように怒ったに違いないと感じていた。

「そしたら、静香が孝太郎を好きになったのは何時頃だったの?」
「そ、それは………」

 静香は言い淀む。同時にその顔がほんのりと赤く染まる。ここまでは楽しそうにテンポよく話していただけに、その変化は早苗の目にも明らかだった。

「………おじ様が力を貸してくれるようになった時―――違うな。あれは多分はっきり気付いた時だと思う。多分もっとずっと前に、好きになってた気がするわ」
「どうして好きになったの?」
「私は両親を亡くして一人だったから、沢山家族を作って暮らすのが夢だった。それが里見君の近くに居たら不思議と手に入ってしまって………あまりの居心地の良さに、いつの間にか離れられなくなっちゃった」
「えへへへ、あたしもそうだよ。それで孝太郎に憑き過ぎて、殺しちゃいそうになったんだけど。えへ、えへへへっ」

 求め続けたものを受け取る幸福感。そこから離れるのは本当に難しい。魂の奥底で繋がってしまったものを引き剥がさねばならないからだ。だがそうしないでいれば、後はエスカレートするばかりだった。

「なんていうか、パズルのピースが(はま)る感じがしたんだ。ああ、ここが私の居るべき場所なんだって」
「うん、良く分かるよ静香。それが全てだもの」

 静香も早苗も求めるものは同じ、人のぬくもりだった。そして孝太郎の方もそれを求めていたから、お互いに与え合う事が出来た。だから出会ってしまえば後はまっしぐら。二人はあるべき場所にぴたりと収まったという訳だった。

「でもさ、静香」
「え?」
「静香の言う通りだとしたら、あたし達はここに居ちゃ駄目なんじゃない?」
「そうね。部屋の番号が違うわね。私達の部屋は―――」
『一〇六号室!』

 そうして二人の声は綺麗に重なり合った。それから二人は見詰め合って大きく頷くと、一〇五号室を飛び出していった。自分達が収まるべき場所へ、収まる為に。



   ◆◆◆次回更新は12月22日(金)予定です◆◆◆

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