第18編 静香&早苗 『ころな荘大掃除!』 シーン04

作者:健速

シーン04 これからの日々



 一〇六号室は孝太郎(こうたろう)が契約している部屋なので、大掃除をするのは孝太郎の仕事だ。だが早苗(さなえ)静香(しずか)はまるでそこが自分の部屋であるかのように大掃除を始めた。二人は一〇六号室こそが自分達が(はま)るべきパズルの外枠だと確信していたのだ。

「見て見て静香! 一番最初の得点表が出て来たよ!」

 ガサガサッ

「やっぱりキリハさんとティアちゃんは強いわねぇ………」
「ゆりかはいつもビリです」
「みんなの関係は変わっても、立ち位置は同じなのねぇ」
「うんめーとはそーゆーものなのです」
「あははははっ、そうねっ!」

 だが二人の大掃除は一〇六号室へやって来て幾らもしないうちに大きくスピードダウンした。それはこの一〇六号室に詰め込まれているものが、今日の大掃除を通じて様々な刺激を受けた二人の心を揺り動かすから。綺麗にしようと手に取ったものがことごとく今日までの二年間を思い起こさせ、二人の手は止まってしまうのだった。

「そっか、最初の得点表って五人だけなのね」
「うん。ルースはやってなかったし」
「やっぱり五人じゃ寂しいわね。名前が十人並んでる方がしっくりくるわ」
「十人だと多過ぎもせず、少な過ぎもせず」
「………でも里見君は多いって言うわね」
「意地っ張りだからね。そんな事ちっとも思ってないくせに」
「ふふふっ」
「あははははっ!」

 大掃除は進まず、時間だけがどんどん進んでいく。逆に想い出の品を引っ張り出した分だけ散らかってしまっているのかもしれない。そしてその分だけ部屋には明るい感情が満ちていた。

「早苗ちゃん、とても危ない物を見付けてしまいました」

 カチャ

「なんだっけ、コレ」
「ティアちゃんの地雷。障害物マラソンで使ったやつ」
「あー、あれかぁ!」
「余ったのか使い忘れたのか」
「一年以上ここにあったのかー。………危なかったねー、ゆりか」
「ホントにねぇ………運が良いのか悪いのか」

 確かに大掃除は進んでいなかったのだが、二人にとってはそれで良いのだろう。二人が求めている事は大掃除そのものではないのだろうから。自分というパズルのピースが、どのような形で他のピースと繋がっているのか。一〇六号室の大掃除はそれを知る為の手段であって、目的ではないのだった。

「全然進まないね、大掃除」
「ふふふ、そうね」
「楽しい事だらけだもんね、ここ」
「大変だったのって、最初だけだったわよね?」
「うん………」

 二人が一〇六号室で見付けた他のピースとの繋がり方―――想い出は、楽しいものばかりだった。辛い事や悲しい事は殆どない。仮にあったとしても、それは素敵な出来事への前段階でしかなく、本当の意味での辛い事や悲しい事はこの部屋には存在していない。素敵な想い出ばかりだった。

「幸せって、きっとこういう事なんだろうね?」
「らぶいずおーる」
「ふふふ………ただ、今の私を見て、父さんと母さんは喜んでくれるのかなぁ………そこだけちょっと心配してる」

 悲しい事はどちらかと言えば過去に存在している。そして亡くした父母が望むように生きられているのか。答えが得られないだけに、そこが余計に気になる静香だった。

「娘が幸せなんだから、喜んでるに決まってるじゃない。なんでそー思うの?」

 だが早苗はそうではない。静香の意図が分からず首を傾げるばかり。早苗の感覚では静香の疑問は奇妙だった。

「親としては色々と思うところがあるんじゃないかと。危ない事もやってきてるし、ころな荘もちゃんとやれてるのかなって」
「心配ないよ。二人とも笑ってるもん」
「えっ?」
「静香のパパとママ、笑ってるから大丈夫」
「見えるの!?」
「うん。恨みとかないふつーの守護霊だし、静香がピンチじゃないからあんまりハッキリとは見えないんだけど、笑ってるのは確かだよ」

 早苗の高い霊能力は静香の周囲に残留している両親の霊力を感じ取っていた。そしてそれがはっきりと喜びの波動を現している事も。だから早苗は静香の言葉の意味が分からなかった。静香には見えないものもあるという事を忘れていたのだ。

「そっか………父さん母さん、私幸せにやってるから」
「そーゆーふーに愛を信じるのとても大事」
「うん。ありがとう、早苗ちゃん」
「えへへへー、早苗ちゃんにお任せなのですっ!」

 やがて完全に太陽が沈み、一〇六号室には夜の闇が忍び寄って来る。だが夜の闇が入り込んで来たところで物理的に暗くなる以上の事は起こらない。もうすぐ晩御飯の時間。むしろみんな集まって来て、より元気に明るくなる時間だった。



 孝太郎が一〇六号室へ戻ってきた時、部屋が薄暗かったのでまだ誰も帰って来ていないと考えた。だが何気なく部屋の照明を点けると、和室には早苗と静香の姿があった。

「おわっ、早苗、大家さん!? どうしたんですか、明かりも点けないで!?」
「あー、お帰り孝太郎」
里見(さとみ)君!? なっ、何でもないわ! ころな荘の大掃除のついでにここもやろうって来ただけで………」
「そうでしたか。わざわざすいません」

 見れば早苗も静香もエプロンや三角巾を身に着けており、見るからにお掃除の最中といういで立ちだ。そうなると照明の手入れをする時には電気を消すだろうから、孝太郎は特に不思議には思わなかった。そして照明が点いていなかったおかげで、孝太郎は直前まで静香が涙を流していた事にも気付かずに終わった。

「あっ、そうだ孝太郎、静香を肩車してあげて!」
「ん? なんでだ?」
「えーとね、それは………あっ、いいのあった! あれあれ! 時計綺麗にするの!」
「早苗ちゃん?」
「いいからいいから! ともかく二人であの時計を綺麗にして、ちゃんと真っ直ぐに付け直して!」
「ああ、分かった」

 早苗の様子はおかしかったのだが、孝太郎は大掃除の手伝いをする事には別段文句はない。そもそも自分の部屋なのだ。それにほったらかしだった壁掛けの時計は確かに薄汚れており、しかも微妙に傾いている。早苗の言葉はもっともだった。

「ごめんね、里見君」
「どうして大家さんが謝るんですか? 掃除してくれてるのに」
「もー、察してよ!」
「まさか、たいじゅ―――」
「言わないで! 言わないでぇっ!」

 孝太郎がしゃがむと、静香はその両肩に座るようにして首をまたぐ。元々運動が得意な静香なので、その動きには戸惑った様子はない。それは孝太郎が立ち上がった時にもそうだった。

「大家さんの場合、筋肉が増えた分は仕方がないと思うんですが」
「たとえそうでもっ、里見君に重いって思われたくないのっ!」
「そうやってわざわざ言わなきゃ多少の変化には気付かなかったと思うんですが」
「気付かれた時の女の子のダメージを知らないから言えるのよ、そういう事っ!」
「でも―――」
「もう言わないでっ! 忘れて頂戴っ!」
「ふがふが」

 静香は両腕で孝太郎の頭を抱き抱えるようにして口を塞ぐ。孝太郎には言いたい事があったのだが、こういう状態の女性には何も言わない方が良い事はよく知っている。孝太郎は口をつぐむと壁掛けの時計に近付いていった。

「もぉ………そゆとこいけないよ、さとみくんっ」
「ふが」

 頭を抱き抱えるようにしたので、静香の顔のすぐ傍に孝太郎の顔がある。そしてこの角度から孝太郎の顔を見たのは、静香にとって初めての経験である筈だった。

 ―――あれ………?

 だが、不思議と静香にはこの顔に見覚えがあるように感じていた。以前にもこういう事があったような気がするのだ。

 ―――なんだっけ、これ………。

 静香は自分の記憶を辿る。最近の事ではない。ずっと前の事だ。だがそう時間をかけずに思い出す事が出来た。それは丁度孝太郎が時計の前に移動し終わった時の事だった。

 ―――そうだ、これは父さんとの………。

 それは父親の記憶だった。静香は孝太郎に肩車をして貰った事で、父親に肩車をして貰った時の事を思い出したのだ。その時の顔の見え方、そして感じる温もり。それらはもう決して得られない筈のものだった。

「大家さん? どうかしましたか?」
「ごめん、なんでもない。すぐに済ませるから、しばらくじっとしていてくれる?」
「はい」

 静香は溢れ出る涙をそのままにした。どうせ孝太郎からは涙は見えないし、早苗には隠しても伝わってしまうから。だから漏れかけている嗚咽(おえつ)だけを必死にこらえた。

「………早苗ちゃん」

 そして静香は早苗を呼んだ。
「なぁに?」

「ぞうきんを取ってくれる?」
「はぁい」

 早苗は笑顔で静香の言葉に従った。そしてその笑顔が静香に思い起こさせる。静香の母親が、肩車の親娘を見上げて笑っていた事を。

「………ありがとう、早苗ちゃん」

 静香が口にした礼の言葉はシンプルだった。だが、そこには一言では言い表せないほど多くの感情が込められている。普通の人間が相手なら、まず間違いなくその意味を額面通りにしか理解しないだろう。実際、孝太郎はそうだった。

「えへへ………どういたしまして」

 だが相手は早苗であるから、言葉はそれだけで十分だった。そして十分であったから、早苗は笑顔を浮かべたまま、目尻に輝く涙の粒を拭った。



   ◆◆◆次回更新は2月2日(金)予定です◆◆◆

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