第20編 『真希とクリムゾンの普通の1日』 シーン01

作者:健速

シーン01 ひまつぶし



 レインボゥハートが真面目で頑固な正義の味方であった事は、ゆりかや早苗(さなえ)にとっては大きな不幸だった。いきなり課された学力到達度試験は、二人にとって悪夢以外の何物でもないだろう。しかしレインボゥハートと同じぐらい真面目で頑固な正義の―――かつては悪だったのだが―――魔法少女である()()にとっては別段不幸ではなかった。真希は普通に復習をするぐらいで、レインボゥハートが課した学力到達度試験には対応できる。仮に全くしなくても通過する可能性は十分にあるだろう。しかしそこで手を抜かないのが真面目で頑固の真骨頂。この日も真希は高校の図書室にいた。

「………やっぱり歴史は手薄になりがちよね………」

 この日の真希は日本の歴史を勉強していた。彼女が使っている机には教科書やノートに加えて数冊の歴史に関する書籍が並んでいる。試験は教科書の範囲で行われるのだが、彼女は分かり難い部分は歴史の本で確認するようにしていた。そんな彼女の姿は、何冊か本を抱えて近付いてきた孝太郎(こうたろう)を感心させた。

「随分熱心だな、(あい)()さん」
「………ホラ、私って日本生まれじゃないから、この方面はしっかりやっておく必要があるんです」

 真希は孝太郎にだけ聞こえるように小声で囁くと、同じくらい小さく笑った。真希はフォルサリア出身なので、日本の歴史は苦手だ。だからこうやって細かくやってようやく人並み。弱点をなくそうというのが真希の考え方だった。

「同じ魔法少女でも、あいつとはえらい違いだなぁ………うーむ………」

 孝太郎は真希の隣の席に座ると、自らも本を開く。この日、孝太郎は真希と一緒に図書室へやってきていた。その目的はもちろん勉強なのだが、実は孝太郎にはもう一つ別の目的があった。それはゆりかと早苗の為に、教材を見付ける事だった。

「ゆりかは自分の欠点から全力で目を反らすからなあ。藍華さんを見習ってほしいぞ」

 孝太郎はぼやきながら持ってきた本のページをめくっていく。この時孝太郎が読んでいたのは『漫画で解説! 日本の歴史』という本だった。字だけの本はすぐに飽きて投げ出してしまうゆりかと早苗の為に、見付けてきたものだった。

「私はゆりかが羨ましいです」
「羨む必要なんてないだろ」
里見(さとみ)君はいつもゆりかの事を考えていますから」
「………良い意味では考えてないぞ?」
「それでも、です」

 このところ、真希は優等生的である事が自分の欠点なのかもしれないと感じるようになっていた。そのせいで他人の記憶に残りにくいのだ。反対にゆりかや早苗は不得意な事が多いせいで、他人の記憶に残りやすい。実際、今もこうして孝太郎はゆりかや早苗の世話を焼いていた。

「………」

 真希の言葉を聞いた孝太郎は、手を休めて何事かを考え込んだ。やがてちらりと真希の額に目をやると、孝太郎は彼女に右手を伸ばす。そして孝太郎は机の下で真希の左手をそっと握った。

「!」

 真希は最初、その事に少なからず驚いた。だが幾らもしないうちに目を細め、嬉しそうに手を握り返した。

「………里見君、これだと勉強し辛いです」
「そう思うなら放していいぞ」
「絶対にイヤです」

 真希は笑顔のまま小さく舌を出すと、お互いの指同士を絡み合わせてしっかりと手を握り合わせる。孝太郎は右手、真希は左手。二人の手は一本ずつが封じられた形になり、勉強の効率は酷く悪くなってしまっていた。しかし真希は上機嫌だった。

「真希、あんた今の自分の顔を鏡で見た方が良いわよ」
「クッ、クリムゾンッ!?」

 しかし真希が上機嫌だったのは、机の反対側の角辺りに載っている旧友の顔を見付けた時までだった。



 クリムゾンの顔を見付けた途端、真希は大慌てで孝太郎の手を放した。真希は自分が孝太郎を好きである事を否定するつもりはなかったが、それは二人きりの時に示すものであって誰かに見せる事には抵抗があった。

「………フォルトーゼ以来かしらね、クリムゾン」
「急にキリッとしても、もう遅いわよ」
「んもぉ~~~」

 楽しそうにしながら真希を見つめるクリムゾン。対する真希は顔を赤らめ、居心地が悪そうにしている。大きく動揺しているのは明らか。酷く真面目な真希なので、この状況は悪夢だった。

 ―――どうしたものか………。

 孝太郎は真希のように動揺したりはしていなかったのだが、余計な事を言って彼女を困らせるのは本望ではない。とりあえずは成り行きを見守る事にした。

「とっ、ところでクリムゾン、どうしてここへっ?」

 真希は裏返り気味の声で事情を尋ねる。クリムゾンがどうしてここにいるのかは確かに疑問ではあったが、話を変えたい一心だった。

「あんたの面白い姿を見に」
「ちょ、ちょっと、クリムゾンッ!?」
「冗談よ。落ち着いて」

 クリムゾンは苦笑して真希を(なだ)める。元々恋愛には興味が薄いクリムゾンなので、真希をからかう以上の意味はない。何度か真希を困らせて楽しんだので、クリムゾンは素直に質問に答えた。

「実は、急に暇になったんであんたの顔を見に来たのよ」
「暇になった? というより、なんで地球に居るの?」

 クリムゾンは、というよりフォルトーゼに行ったダークネスレインボゥ達はその特殊性を活かし、フォルトーゼとフォルサリアの仲立ちをする役目を引き受けた。その仕事で彼女らはまだフォルトーゼで忙しくしている筈なのだった。

「それはね―――」

 クリムゾンは図書室の机に寄り掛かるようにして事情を話し始めた。

「―――地球に用事があったのはパープルなのよ。あと、助手のグリーン」
「何かの交渉事?」
「あたり。あの二人はナナと一緒に、フォルトーゼからのメッセージをレインボゥハートに届けに行ったの」
「そっか、早くも移民問題の調整が始まったのね」
「そうそう、やっぱり恋はしてても冴えてるわね、あんた」
「お願い、もう勘弁して頂戴クリムゾン」
「はいはい。ふふふ」

 フォルトーゼはフォルサリア魔法王国と大地の民の移住希望者を受け入れる為に、早々に手を打った。そのフォルサリアへの第一手が親書だった。クリムゾン達はその親書を持って、ティア達と一緒に地球へ戻ってきた。そしてナナとパープルが親書をフォルサリアに持ち帰り、フォルトーゼの状況や今後の事を伝えると共に、交渉の窓口となる。情報の管理が得意なグリーンはその手伝いが役目だった。

「で、あなたは何の役目なの?」
「護衛」
「なのに、こんな場所に居ていいの?」
「いいのよ。パープル達がフォルサリアに入ったところから暇になったの」

 クリムゾンの仕事はナナ達の護衛だったのだが、フォルサリアにはもちろん正規軍のレインボゥハートがいる。おかげでクリムゾンの仕事はあっけなく終わってしまった。その先はフォルサリアが今後の事を決めるまで何もせずに待つ事になる。しかも交渉担当ではない彼女は一人で待たされる事になった。だから時間を持て余したクリムゾンは真希に会いにやってきたのだった。

「それであんたがいるのを思い出して」
「会いに来てくれたと。あら、よく見たら凄い恰好をしているのね、あなた」

 クリムゾンが事情を話すうちに余裕を取り戻した真希。おかげでようやくクリムゾンの姿に意識が回るようになった。この時、クリムゾンは彼女にしては奇妙な姿をしていた。吉祥春風高校の女子生徒用の制服を身に着けていたのだ。

「………似合ってないって言うんだろ。笑っていいぞ」
「あははははははは!」
「笑うな!」
「ふふ、ちゃんと分かってるわ。騒ぎを起こさないように気を遣ってくれたのよね?」
「分かってるくせに意地悪をして………あんた感じ悪いわよ」
「このところ、そうなるように練習しているの」
「………また不思議な事を始めたわねぇ、あんた」

 日頃はゆりかや早苗とは別の意味で考えなしのクリムゾンだが、流石の彼女も普段着のまま高校へ遊びに行くと大問題になって真希の気分を害する事は理解していた。そこできちんと着替えて会いに来た。だから似合っていないとは思いつつも、真希は必要以上にその事を話題にはしなかった。

「でも私も暇って訳じゃないわよ?」
「あー、その男とアレコレする予定?」
「違うわよ! 試験があるのよ!」

 孝太郎は普段あまり見られない真希の姿が次々飛び出してくるのを興味深い気持ちで見守っていた。相手が古い馴染みだからこその姿なのだろう、孝太郎はそんな風に感じていた。しかしそんな事がしばらく続いた後で、孝太郎はある事に気が付いて席を立った。

「さてと、俺はまたちょっと教材を探しに行ってくるよ」
「ああ、うん、行ってらっしゃい、里見君」

 自分が居ない方が、二人とももう少し自由に話せるんじゃないだろうか。なかなか会えない友人同士。しかも命の獲り合いを覚悟した事さえある相手。きっと二人だけで話したい事は山のようにある筈だ―――それに気付いた孝太郎は、しばらく二人だけにしてあげる事にした。幸いやるべき事はある。ここにただ座っていて二人の邪魔をするよりは、それをする方がずっと有意義に違いなかった。



   ◆◆◆次回更新は4月13日(金)予定です◆◆◆

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