第20編 『真希とクリムゾンの普通の1日』 シーン02

作者:健速

シーン02 近況報告



 孝太郎(こうたろう)が書架へ消えていくのを見送った()()とクリムゾン。そのおかげか二人の話題は孝太郎のものへ移っていった。

「さっき来た時にさ、あの男と仲良くしているあんたを見て………本気で驚いたわ」
「またその話? そろそろ許してクリムゾン」

 真希は顔を赤らめて困惑する。この話をしていると居心地が悪い。真希としては早々に終わらせたい話題だった。

「茶化そうとか、笑おうとかじゃないのよ。真面目にそう思ったの」
「クリムゾン………」

 しかしクリムゾンの表情が大真面目だったから、真希は幾らか落ち着きを取り戻し、話を聞く気になった。

「あんたのあの顔は流石に面喰ったわ」
「そんなに酷い顔してた?」

 そして真希は気付く。先程は孝太郎がいたから茶化したのかもしれない、と。だから真希はここで小さく微笑む。するとクリムゾンも同じように微笑んだ。

「あんなに無邪気で無防備なあんたは記憶にないもの」

 クリムゾンの記憶の中にいる真希は、常に何かに苛立っていた。正しい事を求めて得られない現実に腹を立てていたのだ。だから言動は刺々しく、攻撃的だった。しかし求めているものが公正さであったから、心の中心には一本筋が通っていた。だからクリムゾンは真希を気に入っていた。真希はクリムゾンにも分かり易い心根の人物だったのだ。
 にもかかわらず、孝太郎と一緒にいる時の真希にはその印象はなくなっていた。むしろ現実の不均衡さを許そうとするかのような雰囲気があった。

「でも、おかげで良く分かった。あんたの望みは、いつもああいう顔をしている事なんだなって。………あたしには出来そうにないわ」

 クリムゾンは眉を寄せて苦笑した。真希はかつて、クリムゾンの願いに応えて本気で戦ってくれた。だが今になってクリムゾンは思うのだ。果たして自分はそれに見合うだけの事が出来たのだろうかと。それはノーだと彼女は思っている。出来の悪い友達でいるのが精一杯だった。

「そうかしら。グリーンを助けに行った今のあなた達になら、出来ると思うけれど」

 しかし真希はそんな事はないと思っていた。現にクリムゾンはこうして真希に会いに来てくれている。またここしばらくの間でクリムゾン達の心に変化が生じていた。それらはかつてのダークネスレインボゥとは明らかに一線を画するものだった。

「アレは忘れて。一時の気の迷いよ」

 今度はクリムゾンが顔を赤らめる番だった。目的の為には手段を選ばない、悪の魔法使いであった筈のダークネスレインボゥ。にもかかわらず何の得にもならないのに、仲間を助けに行った。今になって冷静に考え直してみると、自分達の立ち位置を突き崩すかのような、あり得ない行動だった。クリムゾンが恥ずかしくなるのも当たり前だろう。

「良い事を教えてあげましょうか、クリムゾン」
「何よ?」

 先程とは逆に、恥ずかしそうにしているクリムゾンを見て真希が楽しそうに笑う。そして両手を組んでそこに顎を乗せ、からかうような口調で続けた。

「私もね、里見(さとみ)君と初めて出逢った頃………自分の変化を気の迷いだって感じていたの。すぐに元に戻るから大丈夫だって自分に言い聞かせて………それが誤魔化しだと自分でも薄々分かっていたのにね?」

 かつて真希は自分が孝太郎の事を好きになりつつあるという事を、強引に気の迷いだと考えて目を背けようとした。そして孝太郎と会える日を心待ちにしている自分を、任務だから仕方なくやっていると誤魔化した。
 だから真希には今のクリムゾンがかつての自分とよく似ているように思えた。心の中に芽生えた新たな感情から目を背け、気の迷いだと誤魔化そうとしている。クリムゾン達が踏み込みつつある道は、かつての真希が通った道だった。

「絶対に気の迷いよ。それに………なんだっけ?」
「戦略的にも必要だった?」
「そう、それよ」
「ふふふ、今はそういう事にしておきましょうか」

 だが真希はその道程が長い事を良く知っている。真希の場合はシグナルティンの手助けがあってなお、数ヶ月の時間を要した。それがない彼女達は、もうしばらくかかるのかもしれない。だから今変に突っついて、その兆しを潰してしまわないように、真希はそこで一旦話を終えた。



 二人はそれからしばらくとりとめのない話をした。それは互いの近況報告が主で、フォルトーゼは人使いが荒いだの、フォルサリアは頭が固いだの、内容の特殊性に目を瞑れば女の子同士の楽しげなやり取りだった。

「テストなんて魔法で何とかすれば良いじゃない。出来るヤツの心を読んでもいいし、記憶力を上げてもいいし」
「私はそういうのは嫌いなのよ」
「そういえば昔からあんたはそうだったわね。真面目で融通が利かない」
「戦う以外に選択肢がないあなたに言われると何だかショックだわ」

 真希とクリムゾン、どちらも世界の闇を生きる悪の魔法少女として生きてきた。しかし今は二人とも日当たりのいい図書室でのんびりとした時間を過ごしている。不思議な運命の巡り合わせだった。

「失敬な。あたしだって戦わない時はあるわ!」
「ええっ、嘘っ!?」
「………あんた、こっちに染まって大分性格が変わったわね?」
「ふふ、そうかもしれないわ。でも言われてみれば確かに、結局私達とは戦わなかったものね?」

 思い切り戦った果てに、次に会った時は手を抜かないと決別した筈の二人。なのに事態は思わぬ方向へ進み、結局再戦は実現しなかった。確かにクリムゾンの言う通り、戦わない事もあったのだ。

「あんた達と戦わずに済んだのは良かったのよ。多分、色々とね」
「色々って………考えるのがめんどくさくなったわね?」
「うるさい。でも戦い足りないという根本的な欲求が残って」
「欲求不満を満たそうとパープル達の護衛に来てみましたが、別段敵も出ず?」
「そうなのよ、平和そのものだったわー」
「それで暇つぶしで私に会いに来たと」
「そう。だから真希、あたしを暗殺しようとしてくれない?」

 戦わずに済んだのは良い事だ、クリムゾンは本当にそう思っている。考え事が苦手で深く考えない彼女だからこそ、そう思う事も出来たのだ。そしてその性質が、戦いの中にあっても真希とクリムゾンの関係を壊さずに維持してきた。それはクリムゾンの美点の一つかもしれない。しかしそれでも彼女の好戦的な気質が消えた訳ではない。それは満たされないまま今もなお燻っている。それで暗殺―――つまり本気で攻撃してくれなどという発想が出てくる。

「嫌よ、それで私に何の得があるの?」

 無論、真希は賛同しない。ダークネスレインボゥ最強の攻撃力を誇るクリムゾンを相手に戦うメリットは皆無だ。以前のようにどうしても戦う必要がある訳ではないし、決別の為に本気で戦った時とも違うのだ。

「そこを何とか」
「………相変わらず、変わった人ねえ………」
「それで友達を一人なくしました」
「大丈夫よ、私はまだ友達だから」

 真希とクリムゾンが最後に戦ったあの日、二人はその日を最後に友達である事を止める覚悟だった。しかし奇妙な運命の導きが、二人を争いから遠ざけた。結果的に二人はまだ友達で、しかもどちらも元気に生きている。真希はそれを、とても幸せな事だと思っている。そしてクリムゾンも同じように思っていてくれたらと願っていた。



 孝太郎はしばらくの間、幾つかの書架を行ったり来たりしていた。そこで見つけた幾つかの教材を抱えて一旦真希のところへ戻ろうかと思ったのだが、書架を出たあたりで足を止めた。

『それで友達を一人なくしました』
『大丈夫よ、私はまだ友達だから』

 真希とクリムゾンは楽しそうにお喋りをしていた。図書室という事もあって二人の声は小さく、孝太郎の所までは届いていない。しかし二人の表情が生き生きとしているのははっきりと分かる。そこで孝太郎は再び二人に背を向け、一人用の自習机に向かった。教材の確認だけならそこで十分だった。

「ふぅん………」

 孝太郎は邪魔にならないようにさりげなく去ったつもりだったのだが、鍛え上げられた戦士であるクリムゾンは孝太郎に気付いていた。また彼女が気付いた事で、真希も孝太郎に気付く。そのまま二人は黙って孝太郎を見送った。やがて孝太郎の姿が見えなくなると、クリムゾンは笑いながら真希に問いかけた。

「………あの男、ただの最強戦士って訳でもないのね。真希、ああいう隠れた繊細さに惚れたの?」
「そうなるかしら。そして反対に、あの人は本当の私を見付けてくれたの」
「はいはい、御馳走様」

 クリムゾンはからかうつもりだったのだが、真希は真顔で答えてしまった。真希にとって一番大切な事だったから、恥ずかしいどころか誇らしい話だった。訊いた方のクリムゾンが恥ずかしくなるくらい、本気の惚気話だった。

「ところで、クリムゾンの理想の男性って訊いてみたいわ」

 幸いな事に話題はクリムゾンの方へ向く。多少やり辛い話ではあるが、真希の本気惚気話よりは恥ずかしくはない。クリムゾンはその質問に答える事にした。

「ただただ最強」
「それを倒したいんだ?」
「そう」
「でも倒したらまずいんじゃない?」
「倒せたら最強じゃなかったって事だからいいのよ。んで、倒せなかったらその男の子供を産んで、その男以上の最強に育てる」
「………そこに愛情があるようには聞こえないんだけど………」

 クリムゾンの答えは独自色が強過ぎた。パートナー選びさえも力が全て。シンプルで分かり易い反面、真希には共感し辛い考え方だった。

「愛って正直よく分からないのよ」

 クリムゾンは恋愛の経験がなく、強さだけを追い求める人生を送ってきた。男を追うぐらいなら力を得たい。ここでもやはり強さ至上主義がクリムゾンの恋愛観をおかしくしてしまっていた。

「仕方のない人ねえ………あっ、そうだ、暇なら里見君に貴方と戦ってあげてくれってお願いしてあげましょうか?」
「是非お願い! 愛してるわ、真希!」
「………愛はよく分からないんじゃなかった?」

 だが分からないなら分からないなりに、真希はクリムゾンの退屈しのぎの手伝いをしてやりたいと思う。真希がそう思うのは、やはりクリムゾンが友達だからなのだろう。



   ◆◆◆次回更新は4月20日(金)予定です◆◆◆

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