第20編 『真希とクリムゾンの普通の1日』 シーン03

作者:健速

シーン03 クリムゾンの趣味



 普段は全く我儘(わがまま)を言わない真希なので、孝太郎(こうたろう)は内容を聞く前の段階で彼女のお願いを聞き入れた。それに命の取り合いではないのなら、孝太郎も格闘技や戦闘は好きだ。だから詳しい事情を聞いても孝太郎は判断を変えず、むしろやる気になった。こうして孝太郎とクリムゾンは模擬戦を行う事になったのだった。

「サンクチュアリ・モディファー・エフェクティブエリア・コロッサル!」

 ()()は杖を構えて朗々と呪文を詠唱する。すると杖から溢れ出した黄色い光が周囲に広がっていった。この光―――魔法は他人を遠ざけ、音や光、電波を遮断する効果がある。ここは吉祥(きっしょう)春風(はるかぜ)高校(こうこう)の近くにある森の中の広場なので、この魔法がなくても人目につく心配は殆どない。しかし真面目な真希は念には念をと、この魔法を使った。これで万が一の心配もなくなっていた。

「それで、模擬戦のルールはどうするんだ?」

 孝太郎はどこか楽しそうにクリムゾンに話しかける。孝太郎にとっても思い切り戦える相手は大歓迎なのだ。しかも憎み合う相手ではないというのは特に貴重だった。

「死ななければ何でもあり♡」

 クリムゾンは孝太郎以上に楽しそうだった。その瞳を期待で強く輝かせている。その瞳を見た孝太郎は、ある人物の事を思い出した。その様子は身長の差こそあれ、ティアとそっくりだった。

「ん? 何かおかしかった?」

 クリムゾンは孝太郎の口元に浮かんだ笑みに気付いて首を傾げる。孝太郎は素直に答えようとしたが、すぐに思い直した。ティアにしろクリムゾンにしろ、一緒にするなと言いそうに思えたからだった。

「いや。お前は本当に戦うのが好きなんだなって思っただけだ」
「そうよ、力が全てなのよ」

 力が全て―――そう言うクリムゾンはやはりティアとよく似ている。だから孝太郎は思う。クリムゾンの心の奥にも、ティアと同じように別の心が隠れているかもしれないと。何故なら彼女は真希に会いに来たのだから。

「それはそうと、そのルールだとご期待には沿えないかもしれないぞ」
「ええっ、どうして!?」
「お前も良く知ってるだろ。俺は単独ではそれほど強くはない。どう考えても、藍華さんの方が強いぞ」

 (ほとん)どルール無しで戦う場合、実は孝太郎の戦闘能力は低い方の部類に入る。孝太郎が得意なのは剣の扱いくらいで、総合的な戦闘能力で言うと侵略者の少女達には及ばない。サグラティンやシグナルティン、早苗が提供している霊能力などの借り物を除くと、能力が頭脳に偏っているキリハになら勝てるだろう、というくらいのものだった。

「情けない事を堂々と認めたわね」
「俺は出来ない事は出来ないと言う主義だ」
「その辺は真希と一緒ね。ふふふっ、真希、結局同類を選んだのね?」
「でも里見君は嘘つきよ?」
「どうせあんたに必要な嘘だけでしょ?」
「………そうだったかも。あとは照れ隠しとか」
「真顔で惚気るのはやめて欲しいわ、まったく………」
「ごめんなさい、ふふふ………」
「それでどうするんだ?」
「そうだったそうだった。………そうねぇ、だからと言って例の虹色の剣を持ち出されると勝負どころではなくなるわね………」

 クリムゾンは考え込む。孝太郎が孝太郎の力だけで全力で戦うと明らかに楽しめない。だからといって本当の意味で何でもありにすると、今度は孝太郎が強くなり過ぎてしまって勝負にならなくなる。もう少し適切なバランスの管理が必要だった。

「だったらクリムゾン、こうしたらどうかしら。里見君はサグラティン―――金色の剣だけにする。そして私が適切に魔法で援護する」

 解決策を示したのは真希だった。真希が魔法をかけながら、孝太郎だけが戦う。直接攻撃する魔法をなるべく避け、孝太郎を強化する魔法を中心にすればクリムゾンの求める強さが得られるだろう―――それが真希の考えだった。

「それよ! 流石真希! 互角になるように魔法をかけ続けなさい!」

 真希の申し出にクリムゾンが目を輝かせ、顔をくっつけるような勢いで真希を褒める。良い戦いが出来そうな予感に、クリムゾンは胸を躍らせていた。

「はいはい、ちゃーんとわかっていますよ」

 真希はそんなクリムゾンに向かって楽しげに微笑みかける。そんな二人のやりとりを見ていた孝太郎は改めて思った。この二人が友達のままで居られて、本当に良かったと。



 孝太郎の剣の切っ先がクリムゾンへ向けられている。今のサグラティンは紋章を介して真希の制御下にあるので、彼女が傷付けたくないものはダメージを受けない。これはマクスファーンが振るったシグナルティンが孝太郎を傷付けなかったのと同じ仕組みだ。だから孝太郎は全力でクリムゾンを攻撃出来る。スポンジ製のおもちゃの剣で殴るのと同じくらい安全な武器だった。

「やる気満々ね、里見孝太郎」
「俺もこういうのは嫌いじゃないんでね。そういうお前も気合入ってるじゃないか」
「最近平和過ぎて退屈していたのよ」

 クリムゾンも孝太郎と同じく愛用の杖を孝太郎に向けている。彼女はこの杖を斧へ変化させて接近戦を行ったり、距離を取ったまま爆炎の魔法で攻撃するのを好む。両極端、派手好みの戦術。これもまたティアとよく似た考え方だろう。彼女が使う魔法は一撃必殺のものばかりだが、今回は孝太郎が怪我をしないようにリミッターがかけられている。おかげで真希の防御魔法で十分に防ぎ切れる威力になっていた。

「とりあえず、剣がまともに当たったらあたしの負けって事で」
「俺の方はどうする?」
「同じで良いんじゃない? 何かの攻撃がまともに当たったら終わり」
「分かり易くていい、それにしよう」

 戦いの決着は有効打を当てる事に決まった。これは掠ったり腰が入っていない攻撃では駄目という事で、あくまでまともに戦っていたら死んでるなという、しっかりとした一撃が必要となる。剣道の一本に近い考え方だった。

「ダブルキャスト・ヘイスト・アンド・ライトニングリフレックス」
「いきなり来たわね、真希。スピード勝負?」
「ええ。あなたのインフェルノファイア、有効範囲が広過ぎるもの」
「これは負けていられないわね。………ダブルキャスト・ヘイスト・アンド・ライトニングリフレックス」

 孝太郎とクリムゾンの身体がオレンジ色と藍色の光に包まれる。それらは身体を動かすスピードを引き上げる魔法と、神経の情報伝達速度を引き上げる魔法だ。これにより動き出しが早くなり、動きそのものも早くなる。おかげで今の二人は、野生の猛獣のそれに匹敵する身のこなしが可能となっていた。

「そろそろ始めるとするか」
「呪文の発動をじっと見てないで、攻撃してくれば良かったのに」
「俺は打ち寄せる波が一番高くなる日を待つサーファーと同じタイプだ」
「あら奇遇ね。あたしもよ」

 戦いは既に始まっていた。軽口を叩き合いながら、二人ともその鋭い視線で相手の弱点を探っている。お互いに一撃必殺なので、僅かでも隙を見付けられれば、大きなアドバンテージとなるのだ。

「こりゃあ………カッコつけてないで、攻撃しておけばよかったか」

 孝太郎の額に汗が滲む。孝太郎は霊波を見ているから、クリムゾンの隙のなさがよく分かった。またかつてはあった精神的な不安定さもなくなっている。今のクリムゾンはかつての彼女とは明らかに違う。孝太郎の勘では格段に強くなっている筈だ。おかげで一気に距離を詰める事が出来なかった。

「そうやって誘い込もうっての? 甘い甘い」

 だがクリムゾンの方も攻めあぐねていた。クリムゾンの方も孝太郎の変化を感じ取っていたのだ。

 ―――流石に何度も強敵を打ち倒してきただけの事はあるわね………攻め難そうにしているけれど、焦ったりはしていない………度胸は間違いなく剣豪クラスだわね………。

 孝太郎は若く、まだ技術には向上の余地がある。だが数々の戦いを経て、多くの経験を積んで来ている。その経験の部分だけで見れば、孝太郎は間違いなく剣豪にも負けないぐらいの水準にあった。おかげでクリムゾンの方も動き出せずにいる。そのまま膠着状態が続くかに思われた。

「ねぇ、里見君―――」

 だが真希がそうはさせなかった。実は反応速度と身体の速度が互角では、クリムゾンのインフェルノファイアの効果範囲の広さの分だけ孝太郎が不利なのだ。そこで真希はその不利を補う一手として、孝太郎の後方から大きな声でこう言った。

「―――私が里見君を勝たせたら、ご褒美にキスして貰っても良いですか?」
「キ、キスゥッ!?」
「藍華さんいきなり何を―――」

 真希の言葉に反応して、クリムゾンと孝太郎は同時に集中を乱した。お互いが待っていた隙が、目の前に現れていた。

「―――ってそういう事かぁぁっ!!」

 いち早く真希の意図に気付いたのは孝太郎の方だった。日頃から少女達の悪戯で鍛えられていたから、立ち直りが早かったのだ。

「しまった!?」

 それに対してクリムゾンはやや出遅れた。人付き合いというものがまだまだ初心者であるクリムゾンだから、必要以上に真希の言葉に反応してしまっていた。そんなクリムゾンと孝太郎の心理的な差、それを利用した真希の作戦勝ちだった。

「行くぞクリムゾンッ!!」
「真希ぃっ、あんた後で覚えてなさいよぉっ!!」
「こわいこわい」

 孝太郎とクリムゾンが前に出る。だがやはり僅かにクリムゾンの動き出しが遅く、強力な魔法攻撃では呪文の詠唱が間に合わない。仕方なくクリムゾンは両手で斧を構え、孝太郎に向かって突っ込んでいった。



   ◆◆◆次回更新は4月27日(金)予定です◆◆◆

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