第21編 『その後の魔法少女と協力者』 シーン04

作者:健速

シーン04 魔法少女と協力者のこれから



 佳苗(かなえ)が放ったスマッシュはプロのそれを圧倒するスピードで早苗(さなえ)とゆりかに襲い掛かった。それはナナの魔法で強化された腕力と高速化された神経によって生み出された最高の一撃だった。

「まぁけるもんかぁぁぁぁぁっ!!」

 並の人間には目で追う事さえ難しかっただろう。だが早苗はそれに追い付いた。目では追えなくても霊力では追えている。佳苗の狙いは正確なので、早苗は佳苗が狙った時に霊力が集中した地点に先回りしたのだ。だがナナに散々振り回された後だったから、それだけでは追い切れない。追い付けたのは、早苗自身が霊能力で身体能力を引き上げていた事と、ゆりかが使ってくれた単距離瞬間移動の魔法のおかげだった。

 スパンッ

「よぉしっ!! やれぇっ、ゆりかぁぁっ!!」

 追い付いたといってもジャンプしてギリギリだったので、早苗が打ち返したシャトルには力がなかった。ただ緩やかに放物線を描いて佳苗とナナの側へ飛んでいったので、このままではスマッシュの良い的になる。そこでゆりかによる第二手が必要だった。

「アクティベート・ミラーイメージッ!!」

 ヴァヴァヴァッ

 シャトルがコートを二つに仕切るネットの真上辺りに差し掛かった時、シャトルの周りに十数個のシャトルが現れる。それらはゆりかの幻術で、木を隠すなら森の中、偽のシャトルで本物を隠そうというのだった。

「クイックキャスト・アンプリファイア!」

 しかしナナと佳苗もただではやられない。ナナは体内に埋め込まれた魔法の杖の力を使って他人の魔法を掻き消す魔法を発動、それを自身の力で増幅させた。これによりシャトルは三つまで減少。そこまで来れば佳苗の眼力と勘が物を言う。

「でかしたナナちゃんっ!!」

 ズバァンッ

 佳苗のラケットは見事に本物を捉え、早苗達の側のコートへ打ち返された。ゆりかは魔法を使った直後、早苗はジャンプして着地した直後。今度は流石に決まっただろう、佳苗はそう思った。

「まだまだぁぁぁぁぁぁっ!!」

 パシィッ

 だが、まだ動けない筈の早苗がシャトルを打ち返してきた。崩れた体勢のまま後方に向かって飛びあがり、落ちる寸前のシャトルをラケットで見事に捉えたのだ。

「なんですってぇっ!?」

 これには流石の佳苗とナナも対応できず、早苗が打ち返したシャトルはコロコロと二人の足元を転がった。

「………ナナちゃん、一体何がどうなってるの? ウチの子ってば不自然な感じで空を飛んだけど、あれってゆりかちゃんの魔法じゃないわよね?」
「話せば長くなるんですが、早苗ちゃんには霊能力の才能があったらしくて………」
「霊能力………我が娘ながら、出鱈目ね」
「ぶいっ」

 早苗は自慢げにブイサインをする。別に隠していた訳ではないのだが、結果的にそれで佳苗達の虚を突く事が出来た。早苗としては大満足だった。

「でも飛ぶなら飛ぶで、そのつもりで戦えば良いだけの話よ」
「流石ママ、かなり夜露死苦な感じになってきたね!」
「まだ娘にやられるほど歳を取っていないわ!」

 点は取られたものの、これまで様々な危機を乗り越えて来た佳苗だから、これぐらいでは心は折れない。空を飛ぶ敵との戦いなど、日常茶飯事だった。佳苗は妙に楽しそうにしながら、強い目で早苗を見つめている。それとは逆に、ゆりかに優しい瞳を向けていたのがナナだった。

「その調子よ、ゆりかちゃん! でも、疲れて少し掌印が正確さを欠いているわ」
「はい、気を付けますぅ!」

 実はナナの幻術破りが間に合ったのは、ゆりかが魔法を発動させる時に行う動作の幾つかに遅れがあった為だった。もしそれが正確に行われていれば、その時点でポイントを取れていた筈だった。

奈々(なな)ちゃん、対戦中にそんな事を教えちゃ駄目よ。終わってから終わってから」
「ごめんなさい、佳苗さん。どうしても弟子には強くあって欲しくて………」

 勝負に厳しい佳苗にたしなめられ、ナナはちょろりと舌を出して詫びる。それは佳苗にだけ見せる特別な顔だが、すぐに消えた。ナナもまた、早苗と弟子のゆりかが容易ならざる相手である事をよく理解していたのだった。



 両者の戦いは均衡状態が長く続いた。技術面では佳苗とナナが上回っていたが、体力面では早苗とゆりかが上だったので、まともにやっていれば後半は若い二人が有利になっていた筈だった。だがシャトルや相手に魔法や霊能力で直接触ってはいけないという以外は何でもありだったので、戦闘経験と緊張状態への耐性の差が表面化。結果として試合はマッチポイントからデュースを繰り返す激戦となっていた。

「きゃああぁあぁぁぁぁっ!?」

 ぽすっ

 一メートルを超える巨大なシャトルがゆりかの額に命中する。だが痛みは殆どない。激突した瞬間、シャトルは元の大きさに戻り、ゆりかの足元に転がった。実際にシャトルが大きくなっていた訳ではない。大きく見せかけるだけの幻影だったのだ。

「うわあぁぁぁぁぁっ、やられたぁっ!! ナナッ、あんたやるじゃない!!」

 ポイントを取られた事で、再びナナと佳苗が追い付いてきた。ポイントは二十九対二十九。本来ならデュースが続くのだが、バドミントンのルールでは三十点目を取った方が勝ちとなる。リードを失い状況が悪くなったが、早苗は思わずナナの事を称賛していた。このシャトルの巨大化は、早苗達の勝利を阻むべくナナが繰り出した起死回生の大作戦だったのだ。

「上手くいって良かったです」
「奈々ちゃんはね、本当に魔法を使うのが上手なのよ」
「ダークネスレインボゥにすっごく嫌われてた理由が分かった気がする」
「そりゃあ私のお師匠様ですからぁ。えへへへへぇ」

 仕掛けとしては幻影をシャトルに被せただけで、大したものではない。使った魔力の量も微々たるものだ。だが使うタイミングが良かった事と、巨大化した時の心理的な影響が大きかった。変化したのはまさにゆりかが打ち返そうとしたタイミング。そして巨大化した事でゆりかはぎょっとしてしまい、更には何処を叩けばいいかが分からなくなった。魔法が来ると分かっていても避けようのない魔法の種類とタイミング。打ち返せなかったのはゆりかのせいではなく、ただナナが見事だったのだ。

「あんたが自慢してどうすんのよ」
「あ、そうでしたぁ。頑張らないとぉ!」
「そうそう、ここが正念場よ!」

 一度リードしたのに追い付かれてしまったという状況だが、早苗とゆりかの闘志は薄れていない。二人の目的は勝つ事より、自分や相手の力を互いに見せ合う事にある。ゆりかは元気になったナナに成長した自分を見て貰いたかったし、早苗は強かった母親が見たいし、自分の事も見せたかった。その為には全力で戦い続ける事が必要で、それが全てだった。

「………安心したわ、奈々ちゃん」
「何がです?」
「あなたは本当に元気になった。後任のゆりかちゃんとウチの子は十分に強い」
「安心するのは早いですよ、佳苗さん。師匠や前任者の最後の仕事は、最強の敵として立ちはだかる事です」
「異論なし! 行くわよ、奈々ちゃん!」
「はいっ!」

 バドミントンのサーブはテニスのようにダイナミックなものではない。しかし同じレベルでの駆け引きは存在している。佳苗はこれまでのゆりかと早苗の動きを参考に、ややゆりか寄りにサーブを打った。守備範囲は早苗の方がやや広いので、その位置が恐らく守備範囲の境界線になっている。そこへ落とせば二人が一瞬迷う。それが狙いだった。

「ゆりか、あんたが取って!」
「はいっ!」

 ナナの動きを警戒していた早苗は素早くゆりかに指示を出し、自身は相手のリターンに備える。ゆりかは既にナナの魔法への対策を済ませているので、ここで魔法を使われても問題はなかった。

「流石に色々攻め手が塞がれて来たわね!! どうするの!?」
「考えがあります! しばらくこのままで!」

 それからしばらくラリーが続いた。お互いに魔法や霊能力での小技が挟まる事はあったが、既に双方が攻撃パターンを理解し始めていたので、それだけでは決定打にはならなかった。こうなると純粋なバドミントンの技量が問題になって来る。ミスした方が負ける。その事実が、四人の緊張感を高めていった。

「ああぁあぁぁっ、私こういうの苦手ですぅ!」
「踏ん張れゆりかっ! もうちょっとで勝てるんだからっ、根性出して!」
「面白くなってきた! やはり勝負はこうでないと!」
「佳苗さんっ、行きます!」

 そして四人の緊張感が限界まで高まった、その時だった。ナナは自分でシャトルを打ち返した直後、素早く印を結び、呪文を詠唱。最後の勝負に出た。

 ボンッ

「早苗ちゃんっ、あれっ!!」
「ママが二人!?」

 一瞬二人の視線がシャトルに奪われたその時、ナナの姿が佳苗のそれに変わった。変身したかそれとも幻影を被せたのか、それは分からなかったが、それが何の意味を持つのかは早苗とゆりかにも分かる。区別が付かないようにしてしまえば、見た目から攻撃手段を類推する事が出来なくなる。ナナが佳苗の姿のまま魔法を使ってきたら厄介だった。

「ゆりかっ、魔法吹き飛ばして!」
「はいっ!」

 スパンッ

 シャトルが飛んだ先は、守備範囲としてはややゆりか側。だが早苗は多少無理をしてシャトルに食らい付き、打ち返した。それはゆりかにナナの魔法を破る時間を与える為だった。だが、それこそがナナの狙いだった。

「クイックキャスト・アンチマジックフィールド!!」

 ボンッ

 ゆりかの魔法がナナの魔法を掻き消す。その瞬間、驚くべき事が起こった。予想通り、一人目の佳苗はナナに戻った。だが二人目の佳苗は消滅した。二人目には何も起こらない筈だったのに。そして同時に、ネットのすぐ傍にもう一人の佳苗が出現する。彼女は既にジャンプ中で、スマッシュの体勢にあった。

「ママ!? しまったぁああぁぁぁぁぁぁっ!?」
「か、佳苗さんっ!? なんでぇ!?」

 ナナの魔法は一つではなかった。透明化と幻影の二つだったのだ。佳苗を消し、同時に幻影で二人の佳苗を作る。そうする事でナナが佳苗に変身しただけだと誤認させ、佳苗を完全にフリーに出来る。比較的単純なトリックではあるが、緊張を強いられて追い詰められた精神状態と、どうしてもシャトルに注目しなければいけないタイミングでは、気付くのは難しいだろう。天才魔法少女レインボゥナナ、その天才ぶりは一線を退いた今でも健在だった。

「だぁあぁぁぁらっしゃああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ズバァンッ

 佳苗が前に出ていた分だけ、通常よりもスマッシュのタイミングが早い。しかも完全フリー、勝利をもぎ取る為の全力の一撃。幾ら早苗やゆりかがフルパワーで霊力や魔法を使っても、これには流石に対応出来ない。シャトルははっきりとそれと分かるほどに唸りを上げて飛び、早苗とゆりかの足元へめり込んだ。



 試合が終わっても、早苗とゆりかはラケットを手に練習を続けていた。負けず嫌いの早苗は再戦を誓い、早くも特訓に入った。ゆりかの方は負けず嫌いという訳ではなかったのだが、その相手がナナと佳苗となれば事情は変わって来る。強い自分を見せて安心させたいという思いがゆりかの背中を押し、早苗と一緒に特訓する事に決めたのだった。

『一つ分かったのは、ママ達はちょー強いって事』
『ああいう風になれればぁ、大体の問題は解決出来るんですねぇ』
『でもゴールは見えた! 頑張ればきっとなんとかなる! 次は勝つぞ!』
『おー!』

 そして勝った方の二人はというと、東本願(ひがしほんがん)家の応接間の大きな窓から、ゆりかと早苗の様子を眺めていた。二人は試合が終わった後、休憩の為にここへやってきたのだった。

「元気ねぇ………まだやるみたいよ」
「一番元気な時期ですから」

 二人はお茶を飲みながら、なおもラケットを振り続ける早苗とゆりかの様子を眺める。今の佳苗とナナには早苗達ほどの元気はない。佳苗は年齢的に仕方ないし、ナナの方はかつて負った大怪我のせいで魔法を使い続ける体力がない。この辺りが限界だった。

「あの元気は脅威よ。実際、さっきの試合だって危なかったじゃない?」
「早苗さんとゆりかちゃん、現役組の力は急激に伸びていますからね」
「それに多分、お友達が遊びに来ていて、あの二人を応援していたら………勝ったのはきっと向こうよ」
「確かに。あの二人は自分の為だけに頑張るのは苦手ですから」

 二人は試合には勝ったが、その実力の差はそれほど大きくはないと感じていた。試合の条件が変われば、あるいはしばらく後にもう一試合やれば、きっと勝つのはゆりかと早苗だろう。二人はそう思っていた。

「これは引退して正解だったかもしれないわね」
「はい。出しゃばり過ぎずに後進に任せるのも、先代の務めだと思います」

 世代交代の時期が来た―――弟子や娘が強くなったのはとても嬉しい事である反面、それはとても寂しい事でもある。ナナと佳苗が衰え、実務に耐えなくなった。あるいはコンビの価値が薄れた。自分達の価値が下がった事を認めなければならないのは重々分かっているのだが、それでも二人で駆け抜けた日々は胸の中で色褪(いろあ)せてくれない。あともう少しだけ、それを願わずにはいられないのは、二人の繋がりが深いからこそなのだろう。

「………出しゃばり、過ぎずに………」

 ナナは窓の外の二人をじっと見つめる。ナナの中にあるきらきら光っている想い出を、ゆりかと早苗は今まさに体験している。やはり少しだけ、寂しかった。

「まだよ、奈々ちゃん。完全に引っ込んじゃうのはまだ早いわ」

 だが佳苗はナナとは少しだけ違う視点を持っていた。昔を懐かしんで暮らすにはまだ早い。自分達にもやれる事はある、そう思っていたのだ。

「佳苗さん………?」
「奈々ちゃん、一線を退いたって言っても、戦いだけでしょう?」
「ええ、まあ。これからは交渉や調整が仕事になりそうです」
「だったら、何年かぶりにコンビ復活といきましょうよ」
「えっ?」
「内向きの仕事なら、私は間違いなく奈々ちゃんより得意よ?」

 ナナの今後はこれまでの経験を買われて、様々な勢力との交渉役やアドバイザーなどを務めていく事になる。そして佳苗は神社の宮司の妻として、そういう仕事をずっとやって来ている。まだまだナナの力になれるし、この分野なら早苗やゆりかを圧倒している。まだ最前線で活躍出来る筈だった。

「良いんですか?」
「ええ。もうダークネスレインボゥに襲われる心配はなくなったし、早苗も手がかからなくなったし。それにね、シャクでしょ。若い二人に任せっきりっていうのも」
「佳苗さん………」

 佳苗の提案は魅力的だった。戦い方こそ変わるが、また二人で協力して平和を守る為に戦う事が出来る。あのきらきらした日々が、戻ってくるのだ。しかしその反面、佳苗を多少危険に巻き込んでしまうという問題もあった。だから真面目なナナは軽く眉を寄せて考え込んだ。

「で、どう?」
「………お願いします」

 最終的にナナは佳苗の提案を受け入れた。内向きの仕事が主になるので、危険はかつてよりずっと少ない。危険が迫っても、ナナが自分で守ればいい。機械の身体の力はあまり長続きしないが、それぐらいならきっと出来る筈だった。そしてやはり、佳苗と一緒に働く事の誘惑には逆らえなかった。やはりナナは佳苗が大好きだったから。

「今日は妙に素直ねぇ」
「素直な方が良い時もある、あの二人から教わりました」
「………悪いコトは教わらないでね?」
「ハイ! ふふふふ………」

 こうして魔法少女レインボゥナナと、神速の剛弓・東本願佳苗のコンビは復活する事となった。かつてとは違って表立った仕事ではないので、これからの二人の活躍が長く語り継がれるというような事はないだろう。しかし二人にとってはそれで構わない。二人のきらきらと輝く日々が、何年かぶりに戻って来るのだから。



   ◆◆◆次回更新は8月3日(金)予定です◆◆◆

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