第22編 『皇家のボードゲーム会』 シーン01

作者:健速

シーン01



 ヴァンダリオンとの戦いに決着が付いた後も、フォルトーゼの皇族達にはゆっくりしている暇はなかった。国の立て直しや改革は勿論の事、終戦記念式典や祝賀パーティの準備に追われて右往左往。しかしそれでは身体を壊すという皇宮付きの医師達の抗議により、皇族達はローテーションを組んで休暇を取る事になった。
 そしてこの日、休みになったのはティアとエルファリア、セイレーシュの三人。だが急に休みになった兼ね合いで、この日の彼女達には別段やる事がなかった。仕方なく三人で集まって、ルースが淹れたお茶を飲んでいるところだった。

「………そういえばティアちゃん、忙しくてきちんとお礼を言っていませんでしたね」

 お茶を一口含むと、セイレーシュは一度カップをテーブルに置いた。彼女達がいる皇宮の中庭は総ガラス張りの温室になっている。まだ寒さのきつい時期だが、太陽の光はカップの中のお茶をキラキラと輝かせていた。

「む?」

 両手でカップを持ったティアは、お茶を飲みながら目だけでセイレーシュの言葉に応じた。それは多少お行儀の悪い行為だが、この場所にはそれを(とが)める者はいない。とはいえ流石に彼女も成長しつつある。自身もカップを置くと、改めてセイレーシュの言葉に応じた。

「………礼を言われるような事はあったかのう?」
「ありますよ。父の事を助けて頂いて、ありがとうございました」

 セイレーシュは一度にっこりと笑ってからティアに深々と頭を下げた。実はセイレーシュの父親はフォルトーゼの技術でも治せない病気にかかっていた。だが魔法や霊子力技術を使えば治療は可能だった。そこで戦いが終わってすぐに、それらを併用した治療が行われた。幸いその病状は、まだ全快には遠いものの、命の危機は脱した。今は少しずつだが快方に向かっていた。

「わらわは何もしておらん。礼ならあやつらに言うてやって欲しい」

 ティアは小さく笑うと首を横に振った。治療に当たったのは()()やゆりか、早苗(さなえ)やキリハであって、ティアは見ていただけで何もしていない。だからティアは、感謝は治療に当たった者へ向けるべきであって、ティアへ向ける必要はないと考えていた。しかしそれでいてティアの表情は嬉しそうでもある。仲間達が評価されている事は、ティアにとって嬉しい事なのだった。

「ティア、素直にお礼の言葉を受け入れるのも時には必要な事なのですよ?」

 そんな娘の様子がおかしくて、エルファリアは笑う。そうしながら、娘に誇れる友人が出来た事を嬉しく思っていた。

「………母上、あやつらを連れて来た功績なら、受け入れる余地があります」
「ではティアちゃん、あの方々を連れて来て下さってありがとうございました」
「うむ、連れてきた甲斐があった」
「ちなみに殿下はフォルトーゼへ帰って来る時、レイオス様達に半泣きで力を貸してくれとお願いなさいました」
「まぁ!?」
「ルース! 余計な事を!」

 戦いが終わってまだそう多くの時間は経っていないものの、物事が良い方へ向かっているおかげで、ティア達の表情は明るい。そして同時に、フォルトーゼ全体が内戦の影響から抜け出すのも、そう遠くはないに違いなかった。



 この時お茶を淹れていたのはルースで、その几帳面な性格と子供の頃から繰り返された練習が相まって、味も香りもすこぶる良かった。だがそれに何度か口を付けたところで、セイレーシュは不思議そうにカップを覗き込んだ。それに気付いたルースは心配そうに尋ねた。

「セイレーシュ殿下、お口に合いませんでしたか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが………ただ飲んだ事のない味だなと。こう見えてお茶には詳しいつもりでおりましたから………」

 セイレーシュは笑顔でそう言った。彼女にも、味や香りは良いと感じられた。ルースの腕は確かだった。だが飲んだ事のない味である事が気になった。セイレーシュの趣味はお茶を淹れる事だったので、お茶に関する様々な知識がある。しかしこの時ルースが淹れたお茶の味は、記憶にないものだった。

「実はこのお茶は地球より持ち帰ったものです」
「地球の? どうりで記憶にない味な訳ですね………そうか、これがレイオス様の故郷のお茶の味………」

 セイレーシュはカップの中を覗き込んでお茶の見た目を確認た後、改めて口を付けて味や香りを堪能する。渋みのある独特の風味だが、好きな部類の味だった。

「気に入りましたか、セイレーシュさん?」

 ティアとは違って大人びた印象があるセイレーシュが、初めて見せた子供っぽい表情。エルファリアはそんなセイレーシュに笑いかけた。

「はい。もっと色々と飲んでみたいです」

 セイレーシュは笑顔で大きく頷く。この時、彼女のマニア心がくすぐられていた。未知なる星の、未知なるお茶。お茶が趣味のセイレーシュにとっては心踊る話だった。

「もっとないのですか、ルースさん?」
「あと二、三種類なら持ち込んでいた筈です。後程お持ち致します」
「お願いします!」

 ルースの記憶では、ほうじ茶と紅茶は持ち込んでいる。実際フォルトーゼへ来てから淹れた記憶があった。烏龍茶は持ってきていた筈だが、こっちでは淹れていないのではっきりしない。しかしセイレーシュとしては二、三種類でも構わない。あればあるだけ欲しいセイレーシュだった。そんなセイレーシュの姿を見て、エルファリアは再び笑った。

「ふふふ、地球―――日本と国交を開けば、幾らでも手に入るようになりますよ」

 この時点で既にエルファリアは地球との国交を開く事を心に決めていた。そうなれば地球のお茶は好きなだけ手に入る。セイレーシュにとっても望ましい結果になる筈だった。しかしもちろんリスクは存在する。そこを心配したのがティアだった。

「母上、今の時点で国交を開く必要があるのでしょうか?」

 新規に国交を開く場合、トラブルはつきものだ。特に技術や経済力に差があると、トラブルが起こりがちだった。今回の場合は、フォルトーゼの技術や資金が一気に地球に流入してしまい、現在ある地球の経済構造が破壊される可能性が高い。それを考えると急ぐ必要はないのではないか、というのがティアの考えだった。

「どうしてもそうする必要があるのです。急がないと危険ですから」

 しかしエルファリアはティアとは逆の意見だった。実は彼女は、別の危険が存在すると考えていたのだ。その考え方だと、このまま国交を開かずにいる方が危険だという結論になるのだった。

「陛下、危険とは?」

 お茶を淹れる役目を終えたルースが大真面目に尋ねる。いつも笑顔のエルファリアが笑っていない。ルースは嫌な予感がしていた。

「レイオス様やそのお仲間の戦いぶりは国民全員が知るところ。魔法や霊能力、霊子力技術にも当然注目が集まっています。放っておけば違法に地球へ上陸してそれらを手に入れようとする者が現れる。それを確実に防ぐ為には、国交が樹立されている事が望ましい訳です」

 フォルトーゼの国民は青騎士とその騎士団に注目していた。もちろん彼らが扱う不思議な技にも注目が集まっている。ゆりかと真希の魔法、早苗の霊能力、キリハの埴輪達。それが何なのかという事は分からなくても、未知の優れた技術である事は分かる。密入国してでも手に入れたいと考える者は多いだろう。しかも多くの場合、それらは危険なテロ組織などが欲しがるに違いなかった。

「今の地球の技術では、フォルトーゼ側からの密入国を防ぐ事が出来ない。自由に密入国して魔法や霊子力技術を探し回り、やがて手に入れた技術を用いてフォルトーゼでテロを起こす―――そういう事ですか、母上?」
「そうです。大規模に軍を入れて取り締まるには、どうしても国交を開く必要があるのです。銀河条約では、国交のない国に軍を入れる訳にはいきませんから」

 フォルトーゼとその周辺国には銀河時代の外交ルールがあり、国交のない国や星に対しては介入してはいけない決まりになっている。密入国を防ぐ場合でも同じだ。やるなら正規のルールに則る必要があった。

「魔法と霊能力、霊子力技術………地球からフォルトーゼへ流入しても困る技術がある。確かに厄介な状況ですね、エルファリア陛下」

 セイレーシュも事情を理解し、眉をひそめる。フォルトーゼで魔法や霊子力技術を使ったテロが起きた場合、防ぐ方法も犯人を追う方法もない。地球とフォルトーゼには、双方共に急激に流入すると問題になる技術があるのだ。エルファリアはこの問題で後手に回る訳にはいかないと考えている。だからこそダークネスレインボゥを免責して味方に引き入れたりした訳なのだった。

「そういう訳で、当面は人的・文化的な交流が主になります。それ以外はシャットアウトする事になると思います」
「人的・文化的な交流はする―――という事は、このお茶もまた飲める訳ですね」

 トラブルは予想されるものの、悪い事ばかりではない。結果としてセイレーシュは地球のお茶の文化に触れる事が出来るようになる。歓迎すべき部分は確かにあった。

「やはり気になりますか、セイレーシュさん?」
「それはもう。レイオス様の故郷の品となれば………」
「国民も欲しがるでしょうね、青騎士を生み出し、育んだ地球の文化を」

 そして恐らくそれは国民の希望にも沿う。地球は青騎士の生まれ故郷。青騎士―――孝太郎はヴァンダリオンを倒して皇家を救った事から絶大な人気を誇るので、国民は地球の文化、とりわけ孝太郎(こうたろう)が好む文化を知りたがるだろう。そしてそれを体験したいと思うだろう。それが可能となる訳なので、国民も喜んでくれる筈だった。

「ルースさん、お茶以外に地球の文化は持ち込んでいないのですか?」
「暇つぶし用に持ってきたボードゲームならありますが」
「ボードゲーム?」
「ゲーム盤とコマを使って遊ぶクラシックなゲームの類じゃ。地球でそれらはコンピューターゲームの台頭によって一時勢力が衰えたのじゃが、最近再評価されて勢いを取り戻しつつあるのじゃ」
「へぇ………そうなのですか」
「ティア、良い機会ですからやってみましょう」
「わかりました、母上。ルース、頼む」
「はい」

 当初はどうやって急な休暇を過ごそうかと困っていたティア達だったが、幸いな事に何気ないお喋りが彼女達に時間の使い方を教えてくれた。こうして彼女達はのんびりとゲームをして休暇を過ごす事になったのだった。



   ◆◆◆次回更新は8月10日(金)予定です◆◆◆

作品応援ボタン(1日1回)応援コメントを書く