第22編 『皇家のボードゲーム会』 シーン02

作者:健速

シーン02



 ルースが選んだ最初のゲームはすごろく形式のボードゲームだった。パッケージの箱には大きな十二面体のサイコロが入っており、その出目に従って盤上のマスを進んでいく単純なゲームだった。

「ティアちゃん、これは何と書いてあるのですか?」
「これは『人生大逆転ゲーム』と書いてあるのじゃ。ちょっと待つがよい、日本語への翻訳データをそちらへ送る」
「………あ、来ました。ありがとうございます。なるほど、こういう箱なのですね」
「うむ。簡単に言うと架空の人生を体験する内容でな、人生の荒波を乗り越え、最後に一番金持ちだった者が勝つというゲームじゃ」
「楽しそうですね」
「いつも大騒ぎになるぞ」
「そうなんですか………ふふ」

 セイレーシュはパッケージと、取り出されたばかりのゲーム盤をじっと眺めている。どちらも日本語で表記されているのだが、セイレーシュが身に着けているコンピューターが彼女の視線に合わせて翻訳の立体映像を投影してくれているので問題はない。彼女は地球の文化に興味津々だった。

「ルース、何故このゲームを選んだのですか?」
「陛下、このゲームはランダム性が強く、初めてこうしたゲームを遊ぶ人間でも安心の作りなのです。また、日本の文化も織り込まれておりますれば」
「なるほど。それならセイレーシュさんの希望にも合うでしょう」

 ルースとエルファリアは、お喋りをしながら箱からコマやカードを取り出していく。エルファリアはしばらく地球に居た事があるので、彼女にはボードゲームの経験があり、その言動はいつも通りだった。だがリアクションが薄いエルファリアの代わりは、セイレーシュが立派に果たしていた。

「ティアちゃん、コマが車輪の付いた乗り物になっていますね。これは地球の乗り物ですか?」
「そうじゃ。地球はまだガソリン式のエンジンを搭載した乗り物が一般的じゃ」
「乗ってみたいなぁ………」
「いずれその機会もあるじゃろう」
「ふふふ、期待しています」

 いつもはセイレーシュから説明を受ける方が多いティアだが、地球に関しては説明をする側だった。やはり先行して二年暮らしたアドバンテージは大きい。今のティアはフォルトーゼで一、二を争う地球の専門家だった。そんな時、不意にティアの脳裏にある考えが過った。

 ―――もしかして母上は、こうなる事も有り得ると考えて、わらわをあやつの元へ送ったのじゃろうか………?

 ティアは地球の専門家だ。二年という時間が彼女をそう育て上げた。だからもし地球と国交を結ぶという大事業が始まると、ティアは自然とその中心へ立つ事になる。それはある意味皇帝になる事よりもずっと強いカードになるだろう。地球はただの星ではない。青騎士の故郷なのだから。もしかしたらエルファリアは安全というだけでなく、こういう状況も起こり得ると考え、ティアを孝太郎(こうたろう)の元へ送ったのではないか―――そう考えたティアは、思わず母親の顔を見た。

「ルース、この赤いお札は何でしたっけ?」
「それは借金です。マイナス分をそのお札でもっておく事になります」
「そうでしたそうでした」

 だが呑気にゲームの準備をしているエルファリアを見ているうちに、ティアは自分の思い過ごしだろうと思うようになった。

 ―――幾ら母上でも、流石にここまでの事はお考えではあるまい………ふふ………まったく………。

 ティアも笑う。それっきりティアはこの疑問を忘れてしまった。そしてティアが忘れてしまったので、真実は闇の中だった。



 人生大逆転ゲームは子供の頃から始まる。幼稚園は普通なのかエリート校なのか、小学校は、中学校は? それらの期間に得た各種の才能カードが、就職後の収入に影響してくる。才能と職業が上手く噛み合えば良いのだが、運任せの部分が多いこのゲームではなかなかそうもいかなかった。

「くぅ~~~、絵の才能があるのに野球選手になってしもうた!」
「惜しかったですね、ティア。あと一歩で漫画家だったのに」
「野球………ルースさん、野球とはなんなのですか?」
「地球のスポーツです。おやかたさまが大好きなので、わたくし達も時々遊びます」
「いつか体験してみたいです」
「是非に」

 就職の時期はゲーム盤上でルートが分岐しており、それで大まかな進路を選ぶ形になっている。ティアは小学生の時に絵の才能を獲得していたので、それを生かせる専門職に()こうとクリエイター系が多いルートを選んだ。ただこのルートにはスポーツ選手も含まれていて、ティアは運悪くそこへ止まってしまっていた。

「おや、私はサラリーマンだそうですよ」
「母上が会社員とは、面白い展開になりましたね」
「セイレーシュ殿下、サラリーマンは企業に所属する会社員の事です」
「陛下とは真逆の人生ですね」
「どんな人生であれトップを目指します」
「………母上はどの職業でも同じではなかろうか」

 エルファリアは商社の会社員になった。論理的思考の才能を獲得していたので、交渉の才能程ではないにせよ、会社員でも少し有利になる。会社員でも十分にトップを狙える状況にあった。

「あら………わたくしはアイドル歌手だそうです」
「良い職業に就きましたね、ルースさん」
「ルースには向いておらん気がするが」
「ティア、それは現実の話でしょう、ふふふ」
「でも実際、獲得した才能は工作なので向いていないようです」
「やっぱりのう」
「ティア………もぉ………」

 ルースはアイドル歌手になった。アイドル歌手はゲーム中でも一、二を争う程に収入のランダム性が高い。美声やカリスマの才能があればある程度安定するのだが、不幸にしてルースはそうではなかった。しかしこの時のルースは楽しそうに自分の職業カードを見つめていた。自分でも向いていないとは思いつつも、アイドル歌手になった事が嬉しかったのだ。そういう自分ではありえない人生を歩んでいくのも、このゲームの醍醐味(だいごみ)と言えるだろう。

「私はええと………マグロ漁師とありますが、マグロとは何でしょうか?」
「おお、一番ダイナミックな職業に就いたのう」
「マグロとは地球の魚で、食用の大型魚です。日本では多くの人々に好まれ、おやかたさまも大好きです」
「ではレイオス様に喜んで貰えるように頑張ります」
「母上、マグロはいずれ輸入した方が良いかと」
「貴方も大好きですものね、ティア」
「えへへへへ」

 セイレーシュは遠洋漁業をする漁師になり、嬉しそうにしていた。こちらもアイドルに次ぐくらいにランダム性の高い職業だが、彼女には釣りの才能カードがあるので結果が大分安定する。現状では勝利の可能性が一番高いかもしれない。しかしセイレーシュが笑顔である理由はそこにはない。彼女はマグロという地球特有の食文化、そして地球式の船のイラストに胸を高鳴らせているのだった。

「ふむ、野球選手にサラリーマン、アイドルに漁師。職業は良い感じにバラけたのう」
「当たり前ですけれど、地球にも沢山の職業があるのですね」

 セイレーシュは今回は使われなかった職業のカードをぺらぺらとめくっていく。そこにある職業は馴染みのないものが多く、知っている職業でも見た目が違っている。カードのイラストにはフォルトーゼと地球の文化の違いがはっきりと出ており、セイレーシュの興味を惹くものが多かった。

「私も行ってみたいです、地球………」
「しばらく我慢しておれ。母上が遠からずこじ開けてくれるじゃろう」
「期待しております」
「お任せなさい、ふふふ………」

 ちなみにこのしばらく後、青騎士のこっそり帰国に端を発し、フォルトーゼの世論は一気に地球との国交を開く方向に動いていく。結果的にセイレーシュの希望が早々に叶う訳なのだが、今の彼女達にはそれを知る由もなかった。



 人生大逆転ゲームが大きく動き出すのは、やはり就職が決まった後からだった。そこまではお年玉やおこづかいぐらいしか収入がなかったのだが、就職すると収入が桁違いに上がる。また株価暴落や自然災害などの予想外の出費も度々起こるようになる。おかげでほぼ横一線だった序盤とは違い、就職した中盤以降は順位が目まぐるしく入れ替わる激しい展開になっていた。

「このままではセイレーシュに逃げ切られる」
「セイレーシュ殿下は大漁続きでしたからね」
「運が良かっただけです」
「ふふふ、運だろうが実力だろうが、勝った者が正義なのですよ、セイレーシュさん」

 この時点ではセイレーシュが一位だった。当初は船のローンで苦しんだのだが、大漁が数年続いた事で逆境を跳ね除けトップに躍り出ていた。マグロ漁師が何たるかは、まだイマイチ把握できてはいない。だがセイレーシュは楽しそうだった。

「うーむ………このまま手をこまねいていては勝てぬの………」

 二位はティアで、才能こそ完全にマッチしてはいなかったが、所属チームの実力に助けられて面目を保っていた。

「はてさて、これからどうしましょうかね………?」

 妙に楽しそうにしているエルファリアは三位。サラリーマンゆえに収入が安定し、思った程には伸びていない。だがエルファリアがこのまま黙っているとは思えず、他の三人はいつ動き出すのかと戦々恐々としている状況だった。

「やはりわたくしにはアイドルは向いていなかったようです。このまま続けるのは下策、やはりここは転職でしょう」

 そして最下位はルース。彼女の場合はアイドルという職業と工作の才能が完全にミスマッチで、アイドルだけでは食べていけずアルバイトで支えている状況だった。今は逆転を狙って、必死に転職先を探していた。

「こうなったら最後の手段じゃ。うふふふふふ………」

 ティアはにやりと笑うと十二面体のサイコロを振った。そして自動車を模したコマを本来進むべきルートではなく、側道の特別なルートに進ませる。

「殿下、思い切った手に出ましたね?」

 そんなティアを見て、ルースは微笑む。実にティアらしいプレーだった。

「当然じゃ。一位か最下位か、わらわの進むべき道はそれしかない!」

 このままではセイレーシュに勝てない―――そう感じたティアは、大逆転の為に最後の賭けに出た。このゲームでは一回のプレーごとに一度だけ、全財産を賭けてのギャンブルが可能だ。勝てば大金が手に入り、負ければ無一文となる。このタイミングでやるのは、トップ以外は最下位も同然と考えるティアだからこその決断だった。

「ティア、掛け率を指定せよと書いてありますよ」
「………セイレーシュには後二回の収入があるから、それらが才能の分だけ平均より大きい場合を想定して………ふむ、掛け率は二倍ではギリギリ足りぬ………三倍か。母上、三倍で勝負致します!」
「なるほど、人生大逆転とはこういう意味なのですね」
「はい。どのような順位からでも、最後の賭けで逆転できる可能性がございます。ランダム性が強過ぎるとの批判もありますが」
「技量だけが試されるゲームばかりでは、常に特定の人が勝ってしまいますから………こういうゲームも必要なのでしょうね」
「仰る通りです、セイレーシュ殿下」
「フハハハハハハハッ、いくぞぉぉぉぉっ!!」

 ティアは十二面体のサイコロを掴むと、豪快に振った。サッカーボールにも似た十二面体のサイコロがごろごろとテーブルの上を転がっていく。掛け率が三倍の場合は、成功率は三分の一になる。具体的には一から四までの数字が出ればいいという事になる。ティア達は息を呑んでその行方を見守った。

 コロコロコロ………

「よせよせよせ、にょわぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!」

 カタン

 サイコロが止まるのに前後して、ティアの悲鳴が上がる。出目は五。残念ながらティアの賭けは失敗だった。



 人生最大の賭けに失敗し、ティアは破産した。そしてその事はこのゲーム全体の一つの転機となった。各人が目標を明確に定め、ゴールに向かって動き出したのだ。

「う~~~、負けじゃあ~~~」

 ゲームの終了と同時に、ティアはテーブルに突っ伏した。結局ティアは破産が響き、最下位に終わった。破産後に幾らか持ち直してはいたのだが、それでも他の三人には追い付けなかった。

「殿下は攻めてその結果なのですから、仕方がありませんよ」
「そなたは攻めきれなかったのう」
「アイドルに見切りを付けるのが遅過ぎたようです」

 三位はルースだった。ルースはアイドルから実業家に転身、アパレルのブランドを立ち上げた。才能とも噛みあっていたのだが、やはり動き出しの遅れが致命傷となった。彼女の保守的な性格と、女の子の心の奥に潜むアイドルへの憧れを捨てられなかった事が敗因と言えるだろう。

「私はどうやら大漁に胡坐(あぐら)をかき過ぎていたようですね。好調なら好調のうちに、次の手を考えておくべきでした」
「仕方がありませんよ、初めてのゲームなのですから」
「次はもっと上手くやろうと思います」
「その意気です、セイレーシュさん」

 二位はセイレーシュ。彼女は途中までマグロ漁が大成功でトップを走っていたのだが、資産の運用面で後れを取った。運用方法を絞り切れずにあれもこれもと手を伸ばしている内に、運転資金が足りなくなって利益を生み出せなかったのだ。

「それにしてもティアちゃん、エルファリア陛下はゲームも得意なのですね」
「母上はいつもこうじゃ。知らない間に大金を持っておる」
「どうやら陛下は、最初からきちっと計画なさっておられたようです」
「ふふふ、サラリーマンになった時点で、計画性がないと勝ちようがありませんから」

 最終的に一位になったのは、途中までは目立っていなかったエルファリアだった。彼女はサラリーマンになった時からストックオプションで地味に自社株を買い続けた。また会社の業績は才能のおかげで堅調だったので、株価が下がる事はなかった。おかげで目立った行動はしていないのに、気付いてみれば株成金という状態に。これにはエルファリアが社のCEOに就任出来た事も影響が大きかった。そして資産を巧みに運用した結果、僅差ではあるがセイレーシュの上に出る事が出来たのだった。

「それにしても殿下、エルファリア陛下は相変わらずお強いですね」
「だからこそ挑む価値がある! 次じゃ次! このまま終わってなるものか!」
「おや、まだやるのですか?」
「勝ち逃げは許しませんぞ、母上!」
「わぁ、次はどんなゲームをやるのですか!?」

 もちろん負けず嫌いのティアなので、このまま終わりにするつもりはない。自分からせっせと人生大逆転ゲームの片付けを済ませると、近くにある別のテーブルに積み上げられた他のゲームを物色し始める。四人の戦いはまだ始まったばかりだった。



   ◆◆◆次回更新は8月17日(金)予定です◆◆◆

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