第22編 『皇家のボードゲーム会』 シーン04

作者:健速

シーン04



 四人が最後に始めたのはトレーダーロードというボードゲームだった。このゲームは先の二つに比べて更に難易度は高いのだが、多くの愛好家がいる大人気の作品なので、ティアはセイレーシュに紹介しておきたいと思ったのだ。
 その内容はタイルを自由に並べて巨大な荒野のマップを作り、そこを行き交う古代の交易商人となって利益を競うというもの。ゲームのマップが毎回違う配列になるので、交易ルートや商品の組み合わせを毎回変えなくてはならず、遊び飽きる事がない。またライバルの交易ルートに盗賊をけしかけたり、商品の買い占めを行ったりという多彩な駆け引きもある。それが何十年も愛され続ける、名作たる所以だった。

「大寒波じゃ大寒波。誰のところにドカ雪を降らそうかのうかのう~♪」

 ティアは引いたばかりのイベントカードを団扇(うちわ)のように動かしながら、他の三人の顔を眺める。ルースは目を反らし、エルファリアは挑戦的な視線、セイレーシュはただ楽しそうに微笑んでいる。三者三様の反応を楽しんだ後、ティアは決断した。

「ルースの交易ルートの十字路にドーン!」
「殿下、それはあんまりです!」
「あははははははっ♪」
「やはりやってきましたか」
「陛下、やはりとは?」
「あそこは私も後半で交易路として使おうとしていた場所でもあるのです」
「なるほど、そういう事でしたか。大きく見るとルースさんへの攻撃だけでなく、陛下への牽制でもあるのですね」

 ティアがイベントカードで攻撃したのは、ルースの交易路にある十字路だった。そこでは北と東からくる交易路が合流しているので、北からの小麦と東からの黄金、その両方が滞る事になる。またエルファリアが終盤戦に備えて新規ルートの開拓を進めていた方向でもあったので、それを一手順遅らせる意味もある。とにかく攻撃が好きなティアらしい一手だった。

「実は殿下は以前、これと全く同じ事をおやかたさまにやられて、大層悔しがっておいででした」
「こ、これルース!」
「ちなみに攻撃する時の言葉も全く同じです」
「ウッ」

 ルースは攻撃を受けた腹いせに、ティアの過去を暴露した。『ティアの交易ルートの十字路にドーン!』というのが、ティアがやられた時の孝太郎(こうたろう)の言葉だ。それがとても悔しかったので、同じ事をやってみたティアなのだった。

「まったく、余計な事を………」

 子供じみた部分を暴露されてしまったティアは恥ずかしそうに頬を赤らめる。そんなティアの様子に、セイレーシュとエルファリアは声を合わせて笑った。

「あはははっ、レイオス様も思い切った事をなさるのですね」
「あの方は普段は責任感が強く何事も慎重なのですが、ゲームの時には好き放題やるようですね」
「特にティア殿下に対しては、子供のような事をよくなさいます」
「うちのティアとレイオス様は喧嘩友達というか、ライバルというか」
「いいなぁ………ティアちゃんは………」
「なんじゃ、あやつに興味があるのか?」
「ない者はいないでしょう、このフォルトーゼには………」

 伝説の英雄・青騎士の英雄ではない部分。そこには国民たちは勿論、セイレーシュも興味があった。しかしこの時、セイレーシュは何故か悲しげだった。ティアはそれを不思議に思いながら、話を続けた。

「なんなら今度遊びに来るがよい」
「でも私は皆さんを裏切ろうとした女です」
「裏切る直前で止めたではないか」
「でも………」

 セイレーシュは俯く。彼女の表情が暗かったのは、フォルトーゼでの戦いの中で皇家と青騎士を裏切ろうとした事があったからだった。それは父親の治療の為だったのだが、孝太郎達に対して申し訳ない気持ちがあった。だからセイレーシュは素直に笑う事が出来ない。するとそんな彼女の代わりにティアが微笑んだ。

「聞いておろう? わらわやクランはあやつを殺そうとした事がある。それに比べれば裏切り未遂など、どうという事はない。あやつは許すじゃろうし、歓迎されるじゃろう」
「ティアちゃん………」

 セイレーシュはそれをクランから聞かされていた。それは確かに驚くべき事なのだが、あくまで成り行きの上の対立であり、しかもティア達は孝太郎が青騎士だと知っていた訳ではなかった。分かっていて裏切ろうとした自分とは違う―――セイレーシュはそのように感じ、気持ちは晴れなかった。

「だいたいじゃな、あやつは青騎士じゃぞ? どうして反省したのに赦して貰えないなどと思う?」

 仮に本当に裏切ってしまったとしても、心の底から反省をしていれば、孝太郎なら許すだろう。ましてや未遂、しかも病気の父親の治療を取引材料にされては、孝太郎が許さない筈はない。ティアにはその確信があった。

「私は………本当は、裏切ってはいけないものを裏切りそうになった自分が許せないんだと思います。心は一度、動いたのですから………」

 セイレーシュの悩みの根源は、孝太郎ではなく彼女自身にあった。
 セイレーシュもフォルトーゼの生まれだから、青騎士の伝説には格別の想いがあった。アライアと青騎士がフォルトーゼを守り抜いたからこそ今がある、そういう視点で世界を見て来たのだ。そして皇族ゆえに、それを次代へ引き継がんという使命感と誇りを持って生きて来た。
 だが父親の病の治療と引き換えに、セイレーシュはそれらに一度背を向けた。そこから実際に足を踏み出す前に思い留まったものの、一度背を向けたのは紛れもない事実だ。言うなればセイレーシュは、それまで自分が生きて来た世界を否定してしまったのだ。彼女は自分のそんな裏切りが許せないのだった。

「あの馬鹿はそういう女の都合など全く気にしないから、悩むだけ無駄じゃぞ」
「そうなのですか!?」
「うむ。あれは頭のてっぺんから足の先まで、騎士道と武士道だけで出来ている、ザ・グレート・馬鹿・青騎士じゃ」
「ティアちゃんはレイオス様を全面的に信じているのですね?」
「わらわの騎士じゃもの。わらわが信じずしてどうするのじゃ」
「………ティアちゃんが羨ましいです」

 ティアは孝太郎と出逢ってから今まで、裏切ってはいけないものは裏切らなかった。手段としての間違いは多かったが、心の奥にあるものは決して揺るがなかった。その強い心がセイレーシュの目には眩しく映る。そして思うのだ。その揺るがぬ心こそが、皇帝の資質であるのだろうと。なればこそ、国民と国に背を向ける事もないのだろうから。

「羨ましがっていてどうする! 間違っていたなら、そんな自分を受け入れ、その上で間違いを正せ! そしてライバルを正面から乗り越えるのじゃ!」
「ティアちゃん、それは私にティアちゃんを越えるように言っているように聞こえますけれど」
「そう言うておる。今度の事件で思い知った。今の時代、我がマスティル家だけでは大きな事件は支え切れん。そなたやクランの力が要る。わらわに負けぬ強い力が、な」

 そんなティアの力強い言葉を聞き、セイレーシュは自分に足りないものに気が付いた。そして同時にかなわないな、とも思った。だがそこで終わってはいけない。その事実を受け入れ、直視して改善する。今のティアを越えていかねばならないのだ。今度こそ、裏切ってはいけないものに背を向ける事がないように。

「銀河は広過ぎる。地球は遠過ぎる。もはや皇女や皇帝が一人で頑張れる時代ではない。確実に味方だと分かっている者同士で支え合う事が肝要じゃ。これからのフォルトーゼと地球には、そなたの力も必要なのじゃ」
「広過ぎる新しい世界の為に………そうですね、やってみます!」

 アライアの時代、二千年前のフォルトーゼは大陸の片隅にある小さな国の一つだった。だから皇女や皇帝一人の舵取りで問題はなかった。しかし国土が銀河規模に拡大し、しかも宇宙の彼方にある地球と国交を持つとなると、通信技術が発達しても一人では手が回り切らない。どうしても志を同じくする舵取りが複数人必要になって来るのだった。

「その意気じゃ。差し当たってこのゲームで勝ってみるがよい。ホレ、今度はそなたの番じゃぞ」
「はい、頑張ります!」

 セイレーシュは思う。自分の弱さを克服して、今の自分に胸を張れるようになったら、地球へ行って―――その頃には流石に帰っているだろう―――孝太郎に会おうと。会ってこうして、一緒にゲームをして貰おうと。今のティアがそうしているように。そしてフォルトーゼには信頼出来る味方がいますと、胸を張って告げてこようと。



 トレーダーロードの平均的なプレー時間は一時間となっている。しかし何故だか不思議と四人はお喋りで脱線する事が多くなり、終わった時には三時間が経過していた。既に日は傾き、夕食の時間は目前だった。

「いやー、まさか全員破産とはのう………」

 しかもその結末は意外な事に引き分け。ティアが一番気に入らない、曖昧な結末になってしまっていた。

「全員で海に出ている時でしたからねぇ………」

 セイレーシュは笑う。全員で交易路の拡大で海に出た時、大嵐のイベントが起こってしまった。それでプレーヤーが死亡という事にはならないのだが、船が沈んだ事で大きな損失を出してしまった。その損失分を跳ね返す事が出来ず、全員が破産してゲームオーバーとなってしまったのだった。

「エルファリア様まで破産とは珍しい展開でございましたね」
「ふふ、私もあのビッグウェーブに乗りたかったのです」
「おやかたさまの病気がうつったのかもしれませんね」
「確かに、そんな気がしますねぇ」

 特筆すべき点は、頭脳派のエルファリアが他の三人と一緒に破産してしまっていた事だろう。全員で海に出て最後の大勝負という面白展開に惹かれた結果だ―――という事になっているのだが、ルースは実はそうではないだろうなと思っている。あの時エルファリアがトップであり、彼女だけが船を出さずに守りに入れば、非常につまらない展開となってしまう場合が考えられた。他の三人は仮に航海に成功しても、エルファリアには届かない可能性が高かったのだ。それではみんなつまらなかろうな、という気持ちが働いて損失が出る場合が多々ある航海に出た―――ルースはそう考えている。結果は予想外の全員破産だったが、これはこれで楽しい良い結末と言えるだろう。

「セイレーシュ、そこの小袋を取っておくれ」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。ところでセイレーシュ、どうじゃった? 地球のゲームは」

 もうすぐ夕食なので、ティアはゲームを片付け始める。そうしながら片付けを手伝ってくれているセイレーシュに笑いかけた。

「地球の文化に触れられて、とても面白かったです。早急に輸入する必要があるんじゃないかと思います」

 セイレーシュはそう言うと笑顔を作った。彼女はこの休暇にとても満足していた。やはり見知らぬ星の文化は興味深い。しかもそれがゲームとして体験できるのは大きなプラスだった。更に言うとこれらのゲームは青騎士こと、孝太郎が好むという。国民も絶対に欲しがるに違いなかった。

「それは良かった、持ってきた甲斐があった」

 ティアは嬉しそうに微笑む。自分が好きなものを気に入って貰えるのは嬉しい事だ。だからティアはこの時、機会を見て地球からもっと持って来ようと考えていた。そんなティアの様子を受け、ルースはエルファリアに質問する。

「ところで陛下、日本との国交を開く場合、こうしたゲームの輸入は可能になるのでございましょうか?」
「ゲームなら文化と人的な交流に含まれるでしょうね。しかしまあ、一番輸入したいのはレイオス様本人ですが」
「それは確かに」

 ルースは思わず大きく頷いた。今のところ孝太郎はあくまで地球人。フォルトーゼの国民にとって孝太郎―――青騎士をフォルトーゼの国民として迎えるのは悲願だろう。

「しかし母上、あの馬鹿が果たして首を縦に振るかどうか」

 ティアは腕を組んで眉を寄せる。ティアには孝太郎が俺は地球人だと言い張る姿が目に浮かぶようだった。

「振らせるのです、どんな汚い手を使ってでも!」
「はい!」

 しかしエルファリアの力強い言葉で、ティアに笑顔が戻った。嫌われない範囲ならどんな手でも使う。無理矢理にでも勝つのがマスティル家の流儀だった。

「陛下!? 殿下ぁ!?」

 もちろん真面目なルースは目を剥く。そしてセイレーシュはというと、彼女はこの状況に呆気に取られていた。

「貴方にも協力して貰いますよ、セイレーシュさん。あなたはウチの皇女達の中では貴重なお色気要員です。裏切りがどうのとか言っている余裕はありませんよ!?」
「は、はぁ………」
「どういう事ですか母上っ!? わらわには色気はないとっ!?」

 こうして四人のゲーム会は終わった。だが早くも新たなゲームが始まっていた。エルファリアが始めたこの新しいゲームは、ここには居ないクランも巻き込んで既に幾つもの策が動き出している。何も知らない孝太郎は、この少し後に勝手に地球へ帰ってしまう。おかげで彼女らの最初の策は空振りに終わる事になる。しかし彼女らはそれをバネにして、さらに大きな一手を打つ事になるだろう。彼女達のゲームは、この先もしばらく続いていくのだった。



   ◆◆◆次回更新は10月5日(金)予定です◆◆◆

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