第23編 『リーダーは辛いよ!?』 シーン01

作者:健速

シーン01 静香の昇進



 吉祥春風高校(きっしょうはるかぜこうこう)にはお料理研究会がある。このお料理研究会は分類上は部活動の下位カテゴリ、同好会にあたる。同好会は予算こそ少ないものの、活動報告の義務がなく、また活動そのものへの縛りも少ない。結果的に同好会長の交代も必要になった時に、というケースが多い。運動系の部活動の場合は秋に大会があるので、そこが交代のきっかけになりがちだ。同好会の場合はそのきっかけが年明けにある。それは新年度を目前に控え、新入部員の勧誘の準備に取り掛かる時だった。

「―――という訳で、昨日から私がお料理研究会の会長になりまして」
「おめでとうございます、笠置(かさぎ)さん。大変ですけどやりがいのある仕事なので、頑張って下さいね」
「ありがとうございます。そこで………なんですけど、桜庭(さくらば)先輩に心構えなどをご教授願えたらと思いまして」
「ああ、そういう事だったんですね」

 (しず)()は昨日、お料理研究会の会長に就任した。だが右も左も分からぬ状態なので、不安と悩みが多かった。そこで編み物研究会の会長をしていた晴海(はるみ)に相談を持ち掛けた、という訳なのだった。

「構いませんよ、私の知っている範囲で良ければ」
「是非お願いします、桜庭先輩!」

 もちろん晴海は協力を惜しまないつもりだった。そもそも晴海には、大切な友達の真面目な相談を断るような発想はない。出来る限りの事をしてあげたいと考えていた。

「早速なんですけど、新入生の勧誘ってどうやるんですか?」
「ええと確か、最初は生徒会に届け出をする必要があります」

 こうして二人は一〇六号室のちゃぶ台を挟んで向かい合い、話を始めた。日が沈むまではまだかなりの時間があるので、もうしばらくは誰も帰ってこないだろう。相談には十分な時間が取れる筈だった。

「多分、もう少ししたらそれについての説明会がある筈です」
「ちゃんとそういうのあるんですね、良かった」
「届け出を行わずに勧誘をするとペナルティがあるので、注意して下さいね」
「ペナルティ?」
「予算が下がったりとか、活動停止一週間とか。違反が酷い場合は廃部や廃会なんて事もあるみたいです」
「怖い怖い、ちゃんとしないと………」

 静香が疑問に感じている事を順番に述べ、晴海がそれに丁寧に答えていく。二人とも根は真面目な方なので、話は細かい部分にまで及んだ。静香は元々大家をやっているし、晴海はアライアの影響を受けている。二人とも責任感が強く、気になる点はしっかり確認せねば気が済まないのだった。

「―――だから本当は三人が良いんですけど、私の場合は他が幽霊会員だったので、一人でやらざるを得なくって」
「でも先輩はそのおかげで里見(さとみ)君を引っ掛けた訳ですし、大きく見れば良かったんじゃないですかね?」
「引っ掛けたって………別にそんなつもりは………」
「どうやって引っ掛けたのか、詳しく知りたいんですけれど」
「もぉ………みんな最近意地悪です!」
「それはですね、最近は桜庭先輩が元気になってきたから、多少当たりをきつくしても良いかなぁって」

 しかし話題にたまたま孝太郎が登場したところから、二人は徐々に脱線を始めた。研究会の会長、つまりリーダーとしての心構えや注意点の話から、親しくしている孝太郎(こうたろう)の話へ。結局は十代の少女。時折それらしい話題への脱線は避けられなかった。

「それは嬉しいような、悔しいような………」
「あはは、でもですね、そういうのを差し引いても、正直な所はどうだったのかっていう気持ちはあります。だってほら、里見君と最後に出逢ったアライアさんが、必死になって最初に逢いに来た訳じゃないですか」
「それはまあ………はい………」

 晴海の声がどんどん小さくなっていく。それはまるで孝太郎と出逢う前の、内向的だった頃の彼女のようだった。だがそれとは明らかに違っていたのは、彼女の頬が赤らんでいた事だろう。声が小さくなるのは、他人との接触が苦手だったかつてとは違い、今はただ話題が恥かしいものであるからだった。

「だから知りたいんです。同じ人を好きになった、女の子として。本当のところはどうだったのかなぁって」
「………そ、そういう事でしたら………分かりました………」

 アライアが晴海になって孝太郎のもとへ現れたのは、ひとえにシグナルティンに備わった基本的な機能によるものだ。だがアライアはシグナルティンを操るチューナーであったから、無意識にでも不要だと思えばその機能は無くなっていただろう。無くならなかったのは、間違いなくアライアが孝太郎へ向けていた愛情ゆえ。いわば愛情が明確に形として示されているようなもので、晴海としては言い逃れが難しい状況だった。そして静香の言い分も理解出来る。他ならぬ晴海自身も、他の少女達がどうやって孝太郎との関係を築いたのかには興味があった。

「ただし私の話が済んだら、笠置さんの場合がどうだったのかも聞かせて下さいね?」
「ウッ………そ、そっか、そういうものですよね。わ、分かりました、話します」

 晴海だけでなく、静香も顔を赤らめた。静香も静香で、自分と孝太郎の間に起こった事をとても大切にしている。本当なら明かしたくはない部分だが、自分が同じ事を既に晴海に要求している以上、そういう訳にもいかない。話をする事を予感した静香の心の中で、孝太郎との出会いから好きになってしまうまでの出来事が順番に流れていく。同じ事は晴海の心の中でも起こっていたから、二人は互いに顔を赤らめて沈黙、非常に居心地が悪い時間が続く事になった。

「………さ、最初はですね………」

 沈黙を破ったのは晴海だった。このままでは居心地が悪い時間が延々と続く。状況を打破するには自分が話すしかない。この二年程で度胸が付いた晴海の決断だった。

「何も、分からなかった、です」
「分からなかったんですか? 里見君が?」
「はい。変な男の人に絡まれて、それどころではなかったというか………当時は男の子というか、他人との接触が苦手で………私がどうしていいか分からず混乱しているうちに、里見君が気付いて助けてくれたんです」

 話していると晴海の胸に当時の事が蘇ってくる。二年前の三月一日、それこそ新入生の勧誘の日。必死に声を上げても、周囲の熱気溢れる勧誘の声に掻き消されてしまう。そんな時にやってきた、部活動よりも女の子に興味があるだけの男の子。幾ら拒絶しても引き下がらず、逃げようにもその男の子は晴海の腕を掴んで逃げられないようにしていた。その時は本当に怖かった。当時の晴海にはどうしようもない状況で、恐怖で身体が竦み、心は押し潰されそうになっていた。そこへ通りかかったのが孝太郎だった。

「ちゃんと来たんですね、白馬の王子様が。いいなぁ………」
「最初は里見君の登場にも驚いていたんですけど、後になって冷静に考えてみたら、自分でもよく分からない感情があって………里見君には何故か警戒心が湧かなくて。むしろ安堵していたような………それを単なる一目惚れだと思っていたんですけれど」

 その時に孝太郎が何をやったのかは正直よく覚えていない。ただ問題の男の子が逃げていったという事と、そして自分が安堵していたという事だけは覚えていた。冷静になってみれば、迷惑な男が別の男に変わっただけで、安心出来る状況ではない。しかし晴海は何故か確信していた。もう大丈夫だと。この人は大丈夫だと。だからこそ内気な彼女が孝太郎に話しかける事が出来たのだった。

「実際には一目惚れと再会が同時に起こっていて、運命の出逢いが起こりつつ、命懸けの大恋愛が再開したんですもんね。いいなぁ、映画のヒロインみたいで………」
「そういう訳ですから、私がどうこうではなく、アライアさんの想いの強さが引き寄せた出逢いだったんじゃないかと思います」

 アライアの想いが出逢いを作り、自分はそこでオロオロしていただけ。その時の事を晴海はそのように感じていた。アライアが居なければ駄目だったろうと。しかし静香は違う意見だった。

「でも、捕まえたのは桜庭先輩の手柄ですよ」
「え?」

 静香の意外な言葉に晴海は目を丸くする。そんな晴海に軽く笑いかけてから、静香は続けた。

「もし違うなら、二千年前にアライアさんが成功してますよ。ずっと好きだったアライアさんと、一目惚れした桜庭先輩、二人分の気持ちで捕まえたんだと思います」

 アライアだけでは失敗した。それを晴海とアライアで成功した。静香はそのように解釈していた。だが晴海はまだ自信が持てなかった。

「でも、結局は私とアライアさんだけで捕まえた訳ではありませんし。笠置さんがころな荘で里見君を捕まえてくれてたじゃないですか」
「………そこを言われると辛いです。当時の私は里見君がこの部屋に長く住んでくれたら、部屋に幽霊が出るっていう悪い評判を消せるなぁって考えてただけだったんです。桜庭先輩以上に里見君に何も感じていなかったし、経営の為という下心が………うぅ、あの頃の私に説教したい!」
「でもころな荘は御両親の形見だった訳ですし、そうなっても仕方がないですよ」
「そうですかねぇ?」
「はい。だいたい里見君だって私の為というよりは、セーターを直す技術が欲しくて編み物研究会に入ったんですよ?」
「………形見だからって、そう思う事にします」
「私はむしろそういう、意図していないものを運命と呼ぶのだと思っています。何もかも計算尽くで狙った関係って、何だか嫌じゃないですか」
「あっ、何だかそれで納得したみたいです、私」
「あはは、良かった」
「桜庭先輩もですよ?」
「えっ?」
「意図しないものを運命と呼ぶ。桜庭先輩と里見君の間にだって、沢山あるじゃないですか。みんなで捕まえたんですよ。ふふふ………」
「そう言われてしまうと………そうですね、私も自虐的にならないようにします」
「うふふふふっ」
「あははははっ」

 二人とも最初の頃の自分に思うところがあったのだが、話している内に気持ちが納まるべき所に収まってくれた。二人ともすっきりとした表情で笑っていた―――のだが。

「ああ、ここに居たんですか桜庭先輩、大家さん」
「きゃあぁあぁあぁぁぁっ!?」
「わああぁあぁあぁぁぁっ!?」

 突然話題の中心人物であった孝太郎に声をかけられ、驚いた晴海と静香は同時に素っ頓狂な声を上げた。聞かれたのか、それともギリギリセーフか。心臓が止まりそうになった一瞬だった。だが、それ以上に驚いていたのは当の孝太郎だった。

「なっ、何ですかっ!? 何が起こったんですかっ!?」

 孝太郎としては普通に帰って来たので、自分が二人を驚かせたつもりはない。玄関でもきちんと「ただいま」と声をかけている。それを聞き逃したのは、二人が話題に集中していたせいなのだ。そんな二人が同時に大きな悲鳴をあげたものだから、孝太郎としては何かトラブルが起きたと考えるよりなかった。そしてもちろん、孝太郎は二人が話していた内容など知る由もなかった。

「ちっ、違うのっ、何でもないのよ里見君! 大丈夫! 全然大丈夫!」
「私達里見君が帰って来たのに気付いてなくて、今声をかけられて驚いたの。そ、それだけ!」
「はあ、なら、良いんですけれど………」

 孝太郎は軽く首を傾げる。二人の様子はどこかおかしい。だが女の子という生き物は、しばしば孝太郎の理解を超える言動をする。そしてそういう時に限って、追及すると大火傷をする。二人の様子からそういう時に特有のオーラを感じ取った孝太郎は、追及するのは止める事にした。最近は女の子の都合にも気が回るようになってきた孝太郎だった。

「そ、それで里見君はどうしたのっ!?」
「そうそう! 私達を捜していたような口ぶりだったけど………」
「ああ、それです! 忘れるところでした!」

 晴海と静香としては話を誤魔化すのに必死だっただけなのだが、結果的にこれが良かった。孝太郎は重要な用件で二人を捜していたので、この段階で完全に意識の中から二人の奇妙な言動の事は消え去っていた。

「実はサンレンジャーの連中が、先輩と大家さんに教官になってくれないか、という依頼をしてきたんです」
「教官って、つまり何か教えるって事ですか?」
「私と桜庭先輩なら、お料理と編み物ぐらいなら教えられると思うけど………」
「魔法を使ってくる敵との戦いを習得したいんだそうです。ほら、今後そういう流れが起こり得るので」
『魔法の教官!?』

 二つの声が綺麗に重なり、その直後、二人は全く同じタイミングで顔を見合わせた。驚いた事にサンレンジャーの依頼は、晴海と静香に魔法が絡んだ戦闘を習いたい、というものだった。



   ◆◆◆次回更新は10月12日(金)予定です◆◆◆

作品応援ボタン(1日1回)応援コメントを書く