第3編 『藍革の手帳』 シーン01

作者:健速

シーン01 : 謎の使途不明金


 ティアが勝負事を好むのは、元々は自分の力を誇示する事で母親の足手まといになるのを避け、むしろ助けとなる為であった。
だからティアは常に勝つ事を考え、勝負の内容には無頓着だった。
しかし一〇六号室へやってきてからは、徐々にそれが変化し始めた。
当初こそライバルを蹴落とす事しか考えていなかったが、最初の夏を過ぎた頃には勝負の内容を楽しめるようになった。
それは彼女が故郷から離れた事で、勝っても負けてもいい友人を沢山手に入れたから。
それまでのティアは、負けてもいい相手は幼馴染みのルースだけ。
そんなティアは地球へ来て多くの友人を手に入れ、ようやく勝負事そのものを楽しむ事ができるようになったのだった。

「ホレホレ、コータロー、いい加減覚悟を決めて言わぬか」
「………………ください」
「ん~? 聞こえんのぅ」
「けっこんしてください、皇女殿下」
「おーっほっほっほっほっ! 我が騎士よ、そこまで言うなら結婚してつかわす!」
「この野郎、勝ってるからっていい気になりやがって!!」
「しかしこれでそなたはルール上、破産を(まぬが)れる。背に腹は代えられまい?」
「ちっ、後で吠え面かくなよ、マイハニーッ!!」
「おっほっほっほっほ、出来るものならやってみるがよい、ダーリン!! 誰が飼い主なのかを教えてくれよう!!」

 そしてティアが一番お気に入りの対戦相手は孝太郎(こうたろう)だった。
かつての孝太郎はティアにとって不倶戴天(ふぐたいてん)の敵であったが、今では絶対の味方でありながら同時に全力で戦ってくれるライバルでもある。
だからティアは勝とうが負けようが構わないと思っている。
今のティアには勝敗という結果よりも、過程で行き来する感情や知恵のぶつかり合いが大切だと思っている。
ティアにとって孝太郎は、勝負そのものを最高に楽しませてくれる対戦相手なのだった。

「………そこでじゃ、コータロー。わらわに製鉄所の権利を譲れ。それで我らの体制は盤石なものとなろう」
「嫌だ。ここで製鉄所を手放すと逆転の目がなくなる」
「なにぃぃっ!? 愛する妻の言う事が聞けぬと言うのかっ!?」
「破産を免れる為に結婚した仮面夫婦に何を期待しているっ!?」
「そなた我が騎士であろう!? そこは嘘でも愛していると言うのじゃっ!!」
「アイシテマスコウジョデンカ」
「なんかむかつくっ!!」

 ティアと孝太郎はゲームやクイズをしていると徐々にヒートアップしていく。まるで子供のような意地の張り合いになるのだ。
やはりお互いに絶対の味方であるという確信がそうさせるのだろう。
二人の激突は甘えに過ぎない。お互いに幼稚な部分を見せていい相手だと思っているのだった。

「そういう奴はこうじゃっ!!」

 ぽかっ

「いてっ、なにしやがる!?」
「教育じゃ! わらわの愛の(むち)じゃっ!」
「この野郎、それならこうだっ!」

 めきめきめきっ

「いたたたたたっ、そなた少しは手加減せよ!! わらわが傷物になったらどうしてくれるのじゃっ!?」
「心配するな、一生介護してやるっ!!」
「言うたな、ぐみんめぇっ!!」

 ぽかぽかぽかっ、めきめきめきっ

「ぐわっ!?」
「いたたたたたぁっ!?」

 二人の意地の張り合いは高い確率で実力行使に移行する。
そんな二人の格闘戦を見る者達は、いつも感じている。
皇女を殴ったり、皇女に殴られたりする事が、どういう意味を持つのか。
そして二人の争いが毎回あっという間に忘れ去られるのは何故なのか。
これもやはり、お互いへの甘えなのだ。抱き付く代わりに殴り、耳元で(ささや)く代わりに関節を()める。
二人の格闘戦は、単なる愛情表現の一形態でしかないのだった。



 二人の格闘戦は愛情表現のバリエーションの一つなので、自分は自分なりのやり方で気持ちを示せばいいという事は、()()にもちゃんと分かっていた。

「………凄いなぁ、ティアさんは………」

 しかし真希はティアのやり方に憧れていた。
真希は生まれつき真面目な性格をしている上に、感情を内に秘めるタイプだ。
おかげで他人への働きかけも真面目で、型にはまったものになってしまう。またその頻度も少ない。
かつての晴海(はるみ)と似ているのだが、内気というより真面目の方に重心が寄っている。
 真希は他人に対して明るく振る舞う事は出来るのだが、ぎりぎりのところで真面目さや内向的な性格が足を引っ張り、完全には甘え切れない。
だから例えば、孝太郎との関係がまだ友達同士であった頃には冗談を言ってからかったり、バレンタインデーのチョコを渡したりという事が出来たのだが、関係がその先へ進み始めると途端にブレーキがかかるようになった。
ただの友達という建前を失った事で、自分の存在や気持ちが負担にならないかと不安になってしまうのだ。
 こうした事は孝太郎に限った話ではない。そして多くの人間がそんな事はないと言ってくれている。
だが真希はその言葉に素直に甘える事が出来ない。長い期間に(わた)って人の愛情に飢えていたから、それを享受する事に慣れていないのだ。
そしてそれに生まれついての性格が拍車をかけている。
 真希は常々そんな自分に悩んでいた。だから彼女はティアの積極的過ぎる対人関係に憧れていたのだった。

「………私もせめて、ティアさんの一割ぐらい積極性を持てたら………」

 真希は孝太郎と格闘戦を繰り広げるティアに憧れの眼差しを向けつつ、小さな溜め息を漏らした。
今のティアほどに派手な対人関係は、真希には難しいだろう。
それは性格的に向かないという事と、これまでのイメージが邪魔をしている。
恐らく真希が急にティアのように振る舞い出したら、誰もがびっくりしてしまうだろう。
だから真希は自分に出来るのはティアの一割ぐらいだろうと考えている。
しかしたとえ一割であっても、そういう事が気軽に出来るようになれば、大分印象が変わってくる筈だった。

「………今はこれが精一杯なのよね………」

 真希は身に着けている服に目を落とした後、自身の頭に触れた。
彼女の服は先日買ったばかりの新品で、落ち着いた藍色の生地をベースにしつつ、そこかしこにレースやリボンを配した可愛らしいデザインになっている。また頭にも同じようなデザインの髪飾りが飾られている。
真希自身の印象ともあいまって、一見落ち着いた雰囲気ながらも、よく見ると可愛いというコーディネートに仕上がっていた。
 真希がこんな格好をしているのは、彼女なりの愛情表現だった。
真希は自分から積極的に出られないから、いつもとは違うファッションに身を固め、相手に行動を促しているのだ。
()めてくれるのでも、笑ってくれるのでも構わない。受け身ながらも何とか接点を持ちたいという、苦肉の策だった。

『そ、そなたは皇女を何だと思っておるのじゃ………ぜぇ………ぜぇ………』
『ひっさつ………ぜぇ………わざの、練習、相手………ぜぇ………』

 しかし今のところ真希の思惑は上手くいっていない。
真希が気を()きたい相手は、他の事に忙しくて彼女の姿に気付いていない。
この様子では、しばらく待っている必要がありそうだった。

「………そうだ、仕事仕事!」

 どうせ待っているなら、仕事をしよう。そう考えた真希は、少し前までやっていた作業を再開した。
真希は孝太郎の騎士団の会計担当なので、買い物のレシートを集めてお金の出入りを記録していた。
孝太郎の騎士団は規模が非常に小さく、また実質的には戦闘組織ではないので、帳簿は家計簿に毛が生えたようなものでしかない。
けれど真希はこの仕事に誇りを持っている。
立派に役目を果たして褒めて貰おう―――これもまた、彼女なりの愛情表現なのだった。
 真希は藍色に染められた革が表紙になっている手帳を手に取ると、ページをめくっていく。
この藍色の手帳が、サトミ騎士団の家計簿―――もとい、帳簿だった。
真希はそれからしばらくレシートや手帳とにらめっこしながら計算機を叩いていたのだが、途中でふと手を止めた。

「………あれ?」

 真希が手を止めたのは、帳簿に不自然な点を見付けた為だった。
サトミ騎士団は、その実体はともかく建前上は軍事組織なので、帳簿に使い道を記録しなくていい自由裁量の予算が存在している。
これは情報収集や極秘会談の費用として使われるお金で、状況によっては帳簿に記録を残してはまずい場合があるからだ。
もちろん過度な使用は私的流用などの疑惑が生じて監査が入ったりする場合もあるが、今回真希が発見したものはどれも金額が少なく、放っておいていいレベルのものばかり。下は数千円から、上は数万円という程度のものだった。

「………ティアさん………一体何に使っているのかしら………?」

 使い道は申告しなくていいお金だが、帳簿が合わなくなるので金額は申告しなければならない。
そしてその申請は何故か毎回ティアによって出されている。だからこそ真希は帳簿を見直した時に不自然に感じたのだ。
もし毎回別人によって申請されていたら、きっと真希は注目しなかっただろう。

「………ティアさんの場合は、何に使っても良いような気もするけど………」

 額からして問題にならない上に、騎士団の活動資金は元々皇室予算からではなく、ティアの個人資産から出ている。
そもそもサトミ騎士団自体が、公に出来ない性質のものだからだった。
だからその資金をティア自身が私的に流用しても、誰にも迷惑はかけない。
仮に資金が足りなくなっても、補填(ほてん)するのはやはりティア自身なのだ。

「でも………やっぱり気になるわね。今度確かめてみよう」

 だが真希はどうしてもお金の使い道が気になった。問題にならないなら(なお)の事、ティアに使途不明金がある理由を知りたい。
真希はティアに憧れていたから、秘密を知りたいという気持ちがとても強かった。
そこで真希は、ティアに直接確認してみる事に決めたのだった。


   ◆◆◆次回更新は6月12日(金)予定です◆◆◆

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